洗濯屋『なみまつ』、二号店計画(?)
マーサが店に来たのは、昼前のことだった。
いつもは洗濯物を抱えて来るのに、今日は手ぶらだ。カウンターの前に立って、少し改まった顔をしていた。
「リアロマ、ちょっと相談があるんだけど」
「なに?」
「二号店、考えてみない?」
リアロマは桶の中の布地から顔を上げた。
「二号店」
「そう。ほら、最近、街の人みんなきれいな状態の良さがわかってきたじゃない。領主館のお風呂に入って、教会もきれいになって。みんな、ちゃんと洗った布って気持ちいいんだって気づいてきてる。だから依頼が増えてるでしょう、リアロマのとこ」
「……まあ、少し」
「少しじゃないわよ。見てよ、この干し場。もう一枚も張れないじゃない。私の旦那の知り合いが港の近くに空き店舗持ってるの。格安で貸してくれるって言うし、どうかなと思って」
リアロマは干し場を見た。確かに、白いシーツが隙間なく並んでいる。貝殻の置き場所も少し圧迫されていた。
「気持ちは嬉しいわ、マーサ」
「でしょう? じゃあ——」
「ただ」
リアロマが桶に手を戻した。
「二号店を出しても、私のやり方は私にしか出来ないから、私が一人で回すことになるんだよね。そうすると、今の店が手薄になっちゃうかも」
「それは……まあ、そうだけど」
「だから、今のままで十分。気持ちだけいただいとくわ」
マーサが少し残念そうな顔をした。
「もったいないわねえ。リアロマの腕なら絶対流行るのに」
「並で十分だよ」
マーサが帰った後、リアロマはしばらく干し場を眺めた。確かに、少し手狭になってきている。依頼が増えたのは事実だ。しかし二号店を出せば、それだけ「並ではない仕上がり」が生まれる可能性がある。それは、洗濯屋として許せなかった。
夕方、カイルが書類を持って来た。リアロマがお茶を出しながら、今日のマーサの話をした。
「二号店の話が来ましたが、お断りしました」
「ほう。断ったのか」
「私にしかできない仕事を、他の人に任せるわけにはいきませんから」
カイルが書類から目を上げた。
「そうか、ところで。ゼノが相談があるそうだ。例の船の装置の残骸について」
「残骸?」
「行ってみればわかる。あとで行こう」
ゼノの研究室は、書類と測定器と魔導具の残骸で溢れていた。
ゼノはリアロマとカイルが入ってきたのに気づくと、目を輝かせながら作業台を指した。そこには、ギルバートの船から回収した魔導具の残骸が分解されて並んでいた。
「来てくださいましたか。実は、この装置の構造を分析していたのですが」
「霧の発生装置ですね」
「ええ。ところが、この魔石の配列と管の構造、少し改造すると、霧を撒く代わりに特定の振動を発生させることができるんです。つまり」
ゼノが一拍置いた。
「洗浄波を出す魔導洗濯機に転用できる可能性があります」
リアロマが作業台に近づき、残骸に指先を触れた。波紋を広げて、内部の構造を読んでいく。魔石の配列、管の繋がり方、振動の出力経路。ゼノの言う通りだった。粗削りだが、確かに洗浄波として使える構造になっている。
「……繊維を泣かせなければ、まあ」
「つまり、可能性はあると」
「ゼノ様が丁寧に調整すれば、並の洗濯ができる道具になるかもしれません。ただし、出力の調整が難しいです。強すぎると生地を傷めますから」
「その点は私が詰めます。リアロマ殿に監修していただければ」
カイルが腕を組んで二人を見ていた。
「つまり、リアロマさんがいなくてもある程度の洗濯ができる道具を作る、ということだ」
「そういうことになりますね」
リアロマは残骸から手を離し、少し考えてから言った。
「ゼノ様、一つだけ条件があります」
「なんでしょう」
「完成したら、私に一度使わせてください。並の仕上がりになるか、確認してから街に出してください」
「もちろんです」
ゼノがノートを広げ、勢いよく書き始めた。
「……街の洗濯が安定するな。完成したら二号店ではなく、領主の事業としてやらせてもらってもいいかな? もちろんそちらの商売は邪魔しないと誓おう。……まあ、勝てるとは思わんが」
「どうぞ、ご随意に」
「ゼノ、頼んだぞ」
「はい、全力で」
ゼノがノートにひたすら書き続けた。
「リアロマさん、今日もお茶をありがとう。」
「どういたしまして、またいつでもどうぞ」
夕暮れの港に、潮風が吹いていた。並の夕方だった。




