第219話 ヤッチロの戦い
トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)、陽の月(8月)下旬。
ク=マ回廊を抜けて、西方の「後ろの国」に侵攻した右谷蠡王ウス=コタ率いるマイクチェク族の軍勢。
彼らはほぼ無抵抗で進軍を続けて「後ろの国」の東南部の諸拠点を制圧した。
更に進軍を続けたマイクチェク族軍は、より大きな拠点の制圧を目標として「後ろの国」の内部に軍を進めた。
「後ろの国」の首都であり、タヴェルト候の居城であるヒーゴの街は、「後ろの国」最奥……西北の端にある。そのため、ヒーゴの街を陥落させて「後ろの国」全土を制圧するためには、ますは手前にある周辺の諸拠点を制圧する必要があった。
東部から侵攻したマイクチェク軍が目標としたのは、「後ろの国」中南部にある都市、ヤッチロである。
「後ろの国」で二番目に大きな規模を持つこの街は、「後ろの国」のほぼ中央部に位置している。重要拠点であるこの街を制圧できれば、「後ろの国」の中央部~東南部全域がマイクチェク軍に…ひいてはリリ・ハン国の勢力下に入る事を意味していた。
とはいえ、「後ろの国」第二の都市という重要拠点をタヴェルト候が易々と明け渡す筈がない。この都市を失えば、実質領土のおよそ半分が失われてしまうのだ。
そのため、ゴブリン軍がヤッチロに迫ったという情報に接して、さすがにタヴェルト候も首都ヒーゴから出撃して迎撃軍を派遣したのである。
「回廊の戦い」で遠征軍がほぼ壊滅し、大打撃を受けたタヴェルト候にとっては、本拠地に残された残存兵力のほぼ全てをかき集めての出撃であった。
……………
「前方、ヤッチロの街の手前に敵軍……タヴェルト候軍が布陣しております。軍団規模4!」
物見の報告を受け、右谷蠡王ウス=コタは前方に布陣する敵軍を眺めた。
ひるがえる旗印から、タヴェルト候の軍勢で間違い無い。しかしその軍勢は思ったよりも少ない。「回廊の戦い」における損害が大きく、兵力が回復できなかったのであろう事を示していた。
ウス=コタは、敵軍の背後に見えている街の姿を眺めながら、側に控えるマルオ将軍に話しかけた。
「あれがヤッチロの街か。結構大きな街の様だな」
マルオ将軍は頷いて答えた。
「海岸沿いで美しい街ですな。『灰の街』やカイモンの街とも海路で交易があると聞いております。あの街を掌握できれば拠点として極めて有用かと」
「うむ。近くに温泉もある様だし、この地を制圧して献上すれば、ハーンもお喜びになるだろう」
ウス=コタは海景色を背景に佇む街を眺めながら言った。
「しかしその前に、目の前のタヴェルト軍を蹴散らす必要がありますな」
マルオ将軍の言葉に、ウス=コタは布陣するタヴェルト軍を眺めた。
「回廊の戦い」の際に攻め寄せてきていた軍勢と比べて、かなり数が少ない。現在のマイクチェク族軍よりもやや少ない程度だ。
そして特筆すべきなのは、その陣容が極めて寂しい事だった。
「回廊の戦い」の際に見られた威圧的な装備の数々はほとんど見られない。あの戦いで視界を埋め尽くしていた、銀色に輝く戦車の軍団。しかし今回は敵陣の端に少しだけしか戦車の姿は見られなかった。
そして同じくタヴェルト軍の誇る主力戦力だった、地竜。圧倒的な巨体と数量で押し寄せてくる地竜の軍勢は、「回廊の戦い」において大きな脅威となった。……しかし今回、地竜の集団は見られず、敵陣の中央部に一匹だけしか姿が見られなかった。
そして、あの戦いでノムト候から提供されていた、リリ・ハン国のゴブリン軍を苦しめた魔導兵器の数々は、全くその姿は見られなかったのである。
「……随分と寂しい陣容だな、タヴェルト軍は」
ウス=コタの言葉に、マルオ将軍も頷いた。
「全くですな。あの『回廊の戦い』で、タヴェルト軍のほぼ全てがハーンのお力で『埋葬』されたというのは確かな様ですな」
「そして残存兵力をかき集めても、あの程度しか残っていないという事か」
ウス=コタはタヴェルト軍を眺めながら言った。
「我々としては楽で良いが、いささか張り合いか無いな」
「左様ですな。さっさと撃破して、ヤッチロの街を、そしてタヴェルト候の首をハーンに献上するといたしましょう」
「それが良いな」
ウス=コタは頷いて乗騎を歩かせて、敵陣の前方に進み出た。
「タヴェルト軍よ! 聞け!!」
ウス=コタは馬上から蛇矛を振り上げて、大声でタヴェルト軍に向けて声を張り上げた。
「我こそは、大陸を統べる偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンが臣にして、『火の国』のマイクチェク族の王! 右谷蠡王ウス=コタなり!」
そして蛇矛をタヴェルト軍に向けて怒鳴る様に続けた。
「無謀にも我らがハーンに刃向かい侵略の軍を向け、そしてハーンのお怒りによって回廊に埋葬された愚かなるタヴェルト軍よ! 貴様らはまだ懲りないのか!? 全軍が回廊の大地の下に埋もれても、偉大なるハーンのお力が理解できないのか!!? この期に及んで、我らハーンの軍勢に手向かおうとは、愚かにも程があるわ!!!」
そして、びしいっと蛇矛を突きつけて続ける。
「愚かな敗残軍ども!! ハーンに手向かう逆賊ども! この右谷蠡王ウス=コタ様が成敗してくれる!
タヴェルト軍の生き残りは腰抜けだらけか!?
この俺様の前に立つ事のできる度胸ある者はおらぬのか! もしおれば出てきて尋常に勝負せよ!」
ウス=コタの雷鳴のごとき怒声が、布陣するタヴェルト軍に降り注いだ。
……………
「お、おのれゴブリンの蛮族どもめ……。好き放題言いおって……!」
対する、タヴェルト候の陣営。
本陣の中では、迎撃軍を率いるタヴェルト候ドーゼウが歯がみしていた。
東征軍が健在であれば、ゴブリンの族長如きに大きな口など叩かせなかったものを……。あの戦いにおける損害はあまりにも大きすぎた。
東征軍に帯同した戦車部隊も、地竜の軍勢も、そしてノムト候から供与されていた魔導兵器軍も、全てが回廊の崩壊に巻き込まれて壊滅。全てが大地の下に埋葬されてしまった。
ほぼ身一つで逃げ帰ったタヴェルト候にとって、現在残されているのは、本拠地ヒーゴの守備軍として残していた、この僅かな予備兵力のみである。
本拠地を守っていた子飼いの乏しい兵力のみ。戦車も地竜も僅かしか残っていない。ゴブリン軍を迎え撃つには、あまりにも心許ない戦力だった。
しかし、ここでゴブリン軍を迎撃して止めなければ、背後にあるヤッチロの街も。そして更に後方にある本拠地であるヒーゴの街も守る事ができない。これらの街を失うことは、タヴェルト候自身の滅亡を意味していたし、「後ろの国」全土がゴブリンに征服される事を意味していた。
それ故に、なんとしてもここでゴブリン軍を撃退する必要があるのだが……。
「ええいっ! 誰ぞ出て行って、あのゴブリンの族長を倒してくる勇者はおらぬのか!」
苛立ったタヴェルト候が幕僚たちに呼びかける。しかし「回廊の戦い」で壊滅し、僅かな残存者しか残らぬ諸侯たちに、その様な腕に覚えがある、覇気ある者は残されていない様だった。
「どうした!? ゴブリンの蛮族に侮られて悔しく無いのか? 腕に覚えのある者はいないのか?!」
静まりかえった面々を前に、タヴェルト候が苛立って叫ぶ。
その時だった。
「タヴェルト候よ! わたくしにお任せ下され! ゴブリンの酋長の首を取って参りましょう」
勇ましい声と共に、銀色の鎧に身を包んだ騎士が進み出てきた。
「おおっ!? そなたは……!」
タヴェルト候が表情を輝かせる。
進み出て来たのは、客将として滞在している銀騎士、セントであった。
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