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第218話 「後ろの国」への西方侵攻

「ご報告申し上げます! 右谷蠡王(うろくりおう)ウス=コタ様率いるマイクチェク族の軍勢が、ク=マ回廊より西方に進軍、『後ろの国』に侵攻を開始いたしました!!」

「……な、何ですって!?」

 突然入ってきた報告に、廷臣たち一同が、驚きの声を上げた。


「どういう事ですか?」

 わたしは思わず玉座から立ち上がって聞いた。

「右谷蠡王とマイクチェク族は、『星降る川』河畔の本営に駐屯し、周辺の情勢に備えていた筈ではないのですか」

「そ、その通りでございます」

 伝令官が頷いた。

「しかし本日、本営から『情勢より判断し、西方に侵攻する』旨の報告文が届きました。そして実際にマイクチェク族の軍勢は、回廊を抜けて西に移動し『後ろの国』に侵攻を開始した模様です」

 その言葉を聞いて、文官たちは嘆息した。

「また勝手な行動を……」

 シュウ・ホークがため息をつく。

「ハーンのご命令も無く、またも独断で軍を動かすとは……」

「しかし、彼に軍権があるのも事実です。我が国の成り立ち上、致し方ありませんわね」

 コアクトも小さくため息をつきながら言った。


 我が国、リリ・ハン国は各々の部族が、独立した部族単位でハーンに服属する形を取っている。ハーンに従属はしているものの、各部族はそれぞれ独立した軍勢を保有しているし、個別の軍勢の指揮権はハーン直属ではなく、部族長が持っている。我が国の軍勢というのは、これら従属した各部族軍の集合体なのだ。

 そしてハーンの権威の下にあるとはいえ、実際に軍勢を動かす判断は、ある程度各部族の独自の裁量として委ねられているのだ。

 確かに、マイクチェク族には本営や回廊の防御、そして周辺への警戒と対処を命じていたが、ハーンの命令として、明確に西方への侵攻を禁じたわけではなかった。

 それ故に、今回ウス=コタが独自の判断でマイクチェク族の軍勢を動かしたからと言って、責めるわけにはいかない。


 そうした事情……というか、我が国の風習や気風も影響しているのか、武官たち、そして各部族の代表たちは、この件に関して寛容な意見の様だった。

「右谷蠡王殿は、現状の周辺情勢を鑑み、西方に軍勢を動かすべきだと判断されたのかと思います」

 サカ君が進み出て言った。

「大陸北方の情勢が入り、当面は北方から敵軍が来る可能性はほぼ無くなりました。今のうちに西方に進出して防衛線を前進させ、本国『火の国』への脅威を低減させる事には、確かに一定の意味があると考えられます」

 サラク将軍も発言する。その言葉に、わたしは地図を見ながら考え込んだ。


 確かに我が国の西方については、ク=マ回廊が最前線となっている。ここを突破されれば直ちに我が国の本国「火の国」に侵攻される状況だ。

 「回廊の戦い」で西方からの侵略軍であるタヴェルト軍を撃破した今、この機会に逆にタヴェルト領である「後ろの国」に軍を進め、防衛ラインを前進させておくことは、国防上も意味がある事なのかもしれなかった。

 わたしはそう思って、

「確かに……それも一理ありますね……」

 と小さくつぶやいた。


「ただ、問題はタヴェルト候や『後ろの国』にどの程度余力が残っているかですね」

 サカ君が地図を見ながら言った。

「こちらから侵攻した場合、当然ながら迎撃してくると考えられますし……」

 シュウ・ホークとコアクトも少し心配そうな表情を見せた。

「もしも、回廊の戦いで見られた、地竜や戦車などが多く温存されているとなると厄介ですな」

「また、深入りしすぎた場合、更に後方……人間の『王家』からの援軍が出てくる可能性もありますわ」

「そうですね……」

 わたしは地図を見ながら頷いた。

「侵攻したマイクチェク軍が無事にある程度の成功を収め、『後ろの国』側に我が国の拠点や勢力を確保できればいいのですが……」

 コアクトが心配げな表情で言った。

「深入りしすぎるなどして、万が一タヴェルト軍などに敗退するなど、大きな損害を受けた場合、我が国の防衛戦略にも支障が出てくる可能性があります。それが心配です……」

「しかし侵攻が始まってしまった以上、今は右谷蠡王とマイクチェク族の力を信じるしかありませんね」

 わたしはそう言いながら、大陸の地図を眺める。



 大陸の地図を見ながら、わたしはもう一つ心配な事があった。

 それは、もしこの侵攻が成功して「後ろの国」の一部でも占領した場合、我が国にとって初めての「征服した人間の領土」となる事だ。

 人間の街としては、これまでも「灰の街」やカイモンの街などが我が国の領域内であるが、彼らとは以前からの友好関係があった。

 しかし、全く領土外にある、敵対勢力の人間を制圧して勢力下に入れるのは、これが初めてとなる。

 これらの領土に住む人間たちをどの様に統治すれば良いのだろうか。彼らは、ゴブリン勢力の支配を受け入れてくれるのだろうか。

 同じ様に、人間の領土に侵攻したリーリエ軍は、人間との共生など考えず、占領した地で破壊と略奪しか行わなかった。しかし、わたしたちはあの国とは違うのだ。


 征服した人間の領土。そして被征服地の人間たちとの付き合い。

 いずれは向き合わないとならないとは思っていたが、もっと先の話だと思っていた。

 だが、突然その問題が目の前に来て……わたしは頭を悩ませたのだった。



 ……………



 トゥリ・ハイラ・ハーンの4年(王国歴596年)、陽の月(8月)下旬。

 右谷蠡王(うろくりおう)ウス=コタ率いるマイクチェク族の軍勢は、「星降る川」本営を出陣。ク=マ回廊を抜けて、西方の「後ろの国」に侵攻した。

 「後ろの国」は人間諸侯・タヴェルト候の領地であるが、先般の「回廊の戦い」における損害が大きかったためか、侵攻の初期において迎撃の軍勢は全く現れなかった。

 ごく稀に索敵の斥候兵が現れる程度で抵抗はなく、無人の野を行くが如き進軍である。ウス=コタを始めとするマイクチェク族の兵たちはいささか拍子抜けしながら軍勢を進めていた。


「やはり人間の軍勢は、回廊で全て生き埋めになって全滅したのでしょうか」

「油断するな。さすがに本拠地には兵力が残っている筈だ。それに王家から援軍が送られてくる可能性もある」

 ウス=コタは配下たちの気を引き締めながら進んだ。


 途中で遭遇する村落や小さな街においても、抵抗は見られない。道中で遭遇する人間の住民たちは、遭遇したゴブリン軍に対して怯えた目を向けるばかりである。

 マイクチェク族軍はこれら地元住民に対しては徴発や略奪等も行わなかった。進軍速度を優先して、拠点制圧を示すハーンの旗印とマイクチェク族の旗を立てたのみでこれらの村落等をほぼ素通りし、急ぎ西方へと進軍していた。

 彼らは「後ろの国」に一定の勢力を確保するため、まずは拠点となる、ある程度大きな街の制圧を目標としているのであった。


 進軍する事、数日。

 彼らは「後ろの国」第二の都市であるヤッチロの目前まで到達した。

 そして、街の手前には……彼らを迎撃するために出陣して来た、タヴェルト候の残存軍が布陣していたのである。


 後世において「ヤッチロの戦い」と呼ばれる会戦が、幕を開けようとしていた。

 読んでいただいて、ありがとうございました!

・面白そう!

・次回も楽しみ!

・更新、頑張れ!

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 今後も、作品を書き続ける強力な燃料となります!

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