第217話 新たなる仲間、そして新たな動き
「築きの国」から亡命して来た者たち。
ダザイの街に在住していたクルトセンの妻、ナナやエルフのシルヴィアから聞かされた情報……大陸北方におけるリーリエ軍侵攻の情勢。「築きの国」が制圧されたこと、そしてリーリエがダザイの街や各地で行った略奪や蛮行の情報に、わたしたちは慄然としていた。
「船で街から脱出した住民の多くは、同じ人間の街である『灰の街』に亡命しました」
避難民を代表して、ナナが進み出て言った。
「しかし私たち魔導研究所の者たちは、我が夫クルトセンがいると聞いて、この地にやって参りました」
クルトセンの姿を見ながら続ける。
「『灰の街』で、戦いで捕虜としたクルトセンを殺さずに手厚く保護していること。そして皆さんが北方のゴブリンやオークとは違い、『灰の街』などの人間たちとも友好的な関係を築いていると聞いたからです」
「平たく言えば、蛮行ばかりのリーリエ軍とは違い、『まともなゴブリン』だという事がわかったからという事ね」
シルヴィアが進み出て言った。そして、わたしを指差ながら続ける。
「同じゴブリンのハーンだけど、あなたはリーリエとは違う。あなたがハーンとして統治するこの国であれば……きっと、ゴブリンと人間。そして全ての種族の者が共存できるはず」
その言葉に続き、ナナが進み出て言った。
「理性など無く、殺戮と蛮行を繰返すリーリエ軍。……そして他種族を滅ぼして勢力を拡大しようと侵攻し、自滅する人間の諸侯たち……もうどちらも願い下げですわ」
そして、わたしの前に立ち、頭を下げながら告げた。
「ゴブリンと人間たちが共存する……全ての民を幸せにする事を理想としているこの国であれば、我らも安住する事ができると思います。どうか私たちをこの国に置いてはいただけないでしょうか」
その言葉とともにクルトセンが飛び出してきて、ナナの隣に立って言った。
「ハーン! この私も彼女たちと共に、正式にハーンの国にお仕えさせていただきたく存じます。どうかこの彼女たち魔導研究所からの避難民とともに、この国においていただけないでしょうか」
その言葉に、廷臣たちはおおっと感嘆の声を上げた。
「……わかりました」
わたしはクルトセンと、ナナやシルヴィア、魔導研究所からの避難民たちを見回してから言った。
「我らの国は、ゴブリンだけでなく、部族や種族を問わず、全ての者たちを……。この国に住む全ての者を慈しんで幸福にし、繁栄に導くのが国是です。皆さんの帰順を受け入れ……そして歓迎します」
その言葉を聞いて、クルトセンとナナたちの表情がぱっと明るくなった。
「ありがとうございます!」
クルトセンとナナが、手を取り合って喜ぶ。そして改めて表情を引き締め、わたしが座る玉座の前に跪いて言った。
「我ら魔導研究所の者たち一同……。偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンの元に、ハーンの国に帰順し、お仕えする事を誓います」
「微少ではありますが、私たちの知識と技能を、ハーンにお捧げ申しあげます。どうか国の発展のためにお役立てください」
クルトセンとナナの言葉に、居並ぶ廷臣たちはおおっ、と歓迎の声を上げた。
「彼らの加入はありがたいですな」
「人間たちの魔導研究所の……古王朝時代から伝わる『築きの国』の最先端の魔導技術が得られる事になります。我が国の魔導技術水準か、大幅に向上する事になりますぞ!」
「あ、それはあまり……過度には期待しないでね」
期待に騒いでいる廷臣たちを前に、シルヴィアが釘を刺した。
「身一つで避難して来たから、魔導兵器は勿論、魔導具も何も持ち出せなかったんだから。手近にあった本を数冊ずつ位しか、持ち出せたものはないわよ」
「貴重な書物があるのですか!? 是非とも読みたいです!」
わたしは立ち上がって、魔導研究所の避難民たちに呼びかけた。
「……それに、魔導兵器や魔導具などなくても、わたしたちは皆さんを歓迎しますよ。皆さんの知識や経験は、我が国にとって本当に貴重です。大陸北方の情報、そして『築きの国』の先進的な知識を、わたしたちに教えていただけると嬉しいです」
「お任せくだされ!」
クルトセンが進み出て答えた。
「非力ではありますが、我らの知識をお役立て下され! リーリエ軍とはいずれ戦う事になと思われます……。連中の侵略の手を跳ね返せる様に……我らは全力で協力させていただきます!」
「ありがたいです。よろしくお願いしますね」
歓迎の声で沸き立つ廷臣たち一同と避難民たち。その中で、シルヴィアも頭を掻きながら言った。
「……ま、こちらにお世話になるわ。よろしく頼むわね」
……こうして、「回廊の戦い」以降我が国に留まっていたクルトセン技師、そして「築きの国」から避難して来た魔導研究所の者たちは、正式にわたしたちリリ・ハン国に加入する事となった。
我が国は彼らのために技術研究部門を新設した。我が国のゴブリンの文官や技術者、知識人たちも加える形で編成された技術研究部門は、後に「知識の部屋」と呼ばれる技術官僚集団となるのだった。
彼らがその真価を発揮し、彼らからもたらされた技術が我が国の文明向上、魔導技術力向上に寄与するのは、もうしばらく先の事となる。
……………
こうして、クルトセン技師と「築きの国」から避難してきた魔導研究所の者たちが我が国に加入してから数日。
当面は事態が落ち着いたという事で、わたしたちリリ・ハン国の首脳部は、首都ヘルシラントで、久しぶりに主に内政面を中心にした取り組みを進めていた。
内乱の鎮圧や対外戦争により一時停滞していた、街道の整備。
「回廊の戦い」で崩壊したク=マ回廊の再建計画。そして戦死者や家族に対する弔慰金の発給や論功行賞など……。
同様に、「隅の国」の反乱における後始末。そしてシブシ周辺や「隅の国」南部を直轄領化した事による今後の統治方針の検討。
そして対外的には、北方や西方の情報収集、「隅の国」南端に残る反乱軍…サタの街への対応方針検討など。戦闘が終わってみれば、改めて取り組むべき課題は山ほどあるのだった。
皆で集まって対応を検討したり、決定した内容の実行に動き出したりしていた、とある日の事だった。
「玉座の間」でわたしと廷臣たちが会議をしているところに、伝令官が慌ただしく駆け込んできた。
「ご……ご報告申し上げます!」
「何事ですか?」
なんとなく嫌な予感がしたわたしは尋ねた。
伝令官は息を切らせながら報告した。
「申し上げます! 右谷蠡王ウス=コタ様率いるマイクチェク族の軍勢が、ク=マ回廊より西方に進軍、『後ろの国』に侵攻を開始いたしました!!」
「……な、何ですって!?」
コアクトを始めとする廷臣一同が、驚きの声を上げた。
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