第3話 鍛冶屋の最後の火
水路の機械は、街の北門の地下にあるという。
そこへ向かう途中で、俺たちは鍛冶場へ寄った。機械を直すなら、腕のいい職人がいる。現実の工場でも、図面を読めるだけでは何も動かせない。必要なのは、道具と、材料と、手を動かす人だ。
鍛冶場の扉は半分閉じていた。中には冷えた炉と、積み上がった屑鉄。大柄な男が、一振りの包丁を磨いていた。
「バルドは、もう注文を取らねえぞ」
挨拶より先に低い声が飛んできた。
「仕事を頼みに来ました」
「聞こえなかったか? 明日、街を出る。道具も売った」
エドが肩をすくめる。
「だから言っただろ。無駄だって」
俺は鍛冶場の奥を見た。炉の脇には、精巧な金属の模型が置かれている。水車、橋、建物。職人が趣味で作ったにしては、どれも構造が緻密だった。
「これ、あなたが作ったんですか」
「勝手に触るな」
「すごいですね。建築家みたいだ」
バルドは顔をしかめた。
「昔、なりたかっただけだ。余計なことを言うな」
模型の橋脚には、小さなひびまで再現されていた。壁際には数種類の木片があり、どれも切り口が揃っている。仕事の合間に、何度も作り直したのだろう。
「水路の揚水機が故障しています。多分、主軸の歪みと歯車の欠損です。俺には図面が描けます。でも作れません」
「主軸の歪み?」
バルドが初めて顔を上げる。
「誰が見た」
「まだ見ていません」
「なら、適当なことを言うな」
「そうですね。まず一緒に見てください。それで違っていたら笑ってもらって構いません」
バルドは包丁を布で包み、しばらく黙っていた。
「水が戻ったって、もうこの街は終わりだ。塔に書いてある」
「九十日あります」
「九十日しか、だ」
俺は返事を飲み込んだ。
根拠もなく未来は変えられると言えば、ただの無責任な励ましになる。
「明日、出るんですよね」
「ああ」
「じゃあ今日だけでいい。明日のことは、明日決めてください」
バルドは俺を見た。少しして、鼻を鳴らす。
「気に入らねえ言い方だ」
「すみません」
「……工具はもう売り物じゃねえ。使うなら壊すなよ」
彼は腰に鍵束を下げ、工房の奥へ歩いていった。
ノアが俺の袖を引っ張る。
「トール兄ちゃん、あのおじさん、怖いよ」
「怖い人ほど、約束は守るかもしれない」
「なんで?」
「なんとなく」
ノアは納得していない顔だった。俺も同じだ。
けれど俺は知っている。閉店を決めた日、最後まで店のシャッターを手伝ってくれたのは、いつも文句ばかり言っていた隣の金物屋だった。
バルドは箱いっぱいの工具を抱えて戻ってきた。
「行くぞ。日が落ちる前に中身を見ておきたい」
「一つだけ聞いていいですか。どうして橋の模型まで作ったんです?」
「……いつか、でかい橋を一本造ってみたかった。それだけだ」
鍵がじゃらりと鳴った。バルドは振り返らずに歩き出した。




