↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
捨てた未来、買い取ります。 ~滅亡予定の街で始める「もしも」商店~  作者: モコ
第1部 水が戻るまで

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/4

第1話 滅亡予定都市フィオル

 鼻の奥がむずむずした。くしゃみを一つして顔を上げると、天井板の隙間から空が見えた。背中の下は板張りの床。近くに倒れた椅子があり、空っぽの棚には蜘蛛の巣が張っている。あの雨はどこへ行った。

「……生きてるのか、俺」

 立ち上がると、腰が痛んだ。夢にしては感触がはっきりしすぎている。ポケットを探る。スマートフォンがない。財布もない。持っているのは、会社帰りの薄い上着と、使い古した腕時計だけだった。

 店の入り口に、木の札が掛かっている。読めない文字なのに、意味だけが頭に入ってきた。

 《空き店舗・使用希望者は評議所へ》

「外国……じゃないよな」

 外へ出ると、灰色の石畳が真っすぐ伸びていた。左右に商店が並び、洗濯物のない窓が続く。遠くの屋根は赤く、空には見たことのない大きな白い鳥が浮かんでいる。異国情緒というには、廃墟の気配が濃かった。

 広場にだけ人だかりがあった。十数人が、時計塔の下を見上げている。

 塔の文字は、青空よりもはっきりと見えた。

 【都市名:フィオル】

 【存続判定:不適格】

 【未来消滅まで:90日】

 数字は、俺が目をそらしても消えなかった。塔の下では、白髪の女性が指折り何かを数えている。荷造りの日数か、家族が出発する順番か。若い男が彼女に声をかけたが、返事はなかった。

「お兄さんも、逃げに来たの?」

 振り返ると、茶色い髪の少年がいた。十歳くらいだろう。小さな水桶を抱えている。

「逃げに? ここへ?」

「向こうの街道、通れなくなっちゃったから。戻ってきた人がいっぱいなの」

 少年の桶には、底を濡らすほどの水しかない。

「水を汲みに行ったのか」

「うん。でも今日は一杯まで。妹が熱を出しててさ」

 少年は桶を持ち直した。細い腕が震えている。

「井戸は?」

「もう出ないよ。水路の機械が壊れたんだって。みんな怒ってるけど、直せる人はいないって」

 桶の底に残った水が、ノアの歩くたび小さく揺れる。俺は喉が渇いていたが、水を分けてくれとは言えなかった。

「君、名前は」

「ノア。ノア・ベルク」

「俺は透。牧瀬透」

「トール?」

「そう呼んでくれ」

 ノアは俺をじっと見た。

「トール兄ちゃん、ここに住むの?」

 答える言葉を探して、口を閉じる。帰り道すら分からない男に、そんなことを聞くなよ。

 そのとき、視界の右端に、小さな光がまたたいた。

 【未選択の未来:近傍に存在】

 【対象:ノア・ベルクの父】

 【選ばれなかった進路:水利技師】

 【技能を一時貸与できます】

 俺は思わず後ずさった。文字は移動しても離れない。目を閉じても、瞼の裏に残っていた。

「どうしたの?」

「ノア。君のお父さんは……農家か?」

「そうだよ。前は大きな街で勉強したかったんだって。でも、おばあちゃんの畑があるから残ったんだ」

 一語一句、文字の内容と一致していた。

「そのお父さんに会わせてくれないか」

「いいけど。なんで?」

 俺は時計塔を見た。九十日。俺が前の会社なら、長期の配送契約にすらしない日数だ。だが、ここでは人の暮らしが丸ごと懸かっている。

「……ちょっと、商売の話をしようと思って」

 自分で口にして驚いた。三年前、あれほど後悔した言葉なのに。

 ノアは首を傾げ、それから桶を抱えたまま走り出した。

「こっち! うち、そんなに遠くないよ!」

 桶の水をこぼさないよう、ノアは小走りになったり、立ち止まったりした。そのたびに俺も歩幅を変えた。手を貸そうとしたら、「これ、僕の仕事だから」と断られた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。