夜明けの決闘、謎もきわまる(2)
『さあ、あの忌々しき《逆しま》を、食らえ!』
双頭の銀髪妖女が、この時にあっても、なお蠱惑的な声音で指令を叫ぶ。
超大型の三つ首《人食鬼》が、ゴバァとばかりに、胴体部に大きな異形の口を開けた。
異形の開口部をグルリと縁どるのは、ぞっとするような長さのある、凶悪な黄金色をした多数の牙。さらに奥から、あの忌まわしき無数の触手が繰り出される。
『往生際が悪いわよ、ニセ双子!』
本能的に、アルジーは、腰に装着していた護身用の短剣をつかむ。果物ナイフと似たり寄ったりの品だが、無いよりはマシ。
肩先で白文鳥《精霊鳥》パルが、《精霊語》呪文のような、ひとくさりをさえずった。
――人類アルジーの耳では、ほとんどは聞き取れなかったが……『白孔雀』という語句が入ったように聞こえる。
短剣を抜くと同時に、その刀身から、銀月の色をした光が散った。
何故、と思う余裕は無い。
とにかく今は、この化け物たちを退魔調伏しなければ!
『『人類の短剣で対抗しようとは、高慢なる《逆しま》が』』
『高慢はそっちでしょうが、双頭の《時代》だかなんだか』
激怒するままに《精霊語》で切り返すアルジー。
藍色の空間のなかで背中に感じていた、あの不思議な灼熱は、まだそこにある。
身体は――動く。
カラクリ人形に憑依して肉弾戦をしていた時よりも「動ける」という感覚がある。
どちらかというと、白文鳥に憑依していた時の――有翼の種族の感覚に近い。
超大型の三つ首(いまは双頭だが)《人食鬼》の多数の触手が、襲いかかって来た。
だが、既知の動きをしていると見える。
かつて、山岳シュクラ王国の第一王女アリージュ姫として、恩師オババ殿から、10年ほどかけてシュクラ国家儀礼の剣舞の数々の所作を叩き込まれたが――それが「邪霊との戦闘の伝承を元にした振り付けである」と教えられたとおり、それで対抗できそうな感じだ。
アルジーの直感は正しかった。
考えられうる限りの高速で、剣技を振るう。
銀月の光を帯びて短剣を取り巻いた霊光は、本格的な三日月刀の形へと成長して、おぞましい触手の舌を次々に切断していった。
双頭の銀髪妖女が、なにかを叫んでいる――さだめし《人食鬼》へ新たな指示をくだそうとしているに違いない。
『させるかぁッ!』
アルジーは、灼熱の怒りのままに跳躍した。
左右の腕にかかる長大な振袖の感覚が、そのまま、白文鳥《精霊鳥》に憑依していた時の、翼の感覚だ。
――高く飛べる!
勢いのままに、アルジーの飛び蹴りが炸裂した。
再び、不思議な銀月の色をした閃光が、あたりを圧するように照らす。何故か、光線は、白孔雀の尾の形に似ている……
ぎらつく黄金《人食鬼》の頭部が、吹き飛んだ。
黄金の、派手な血しぶき。
不完全な双頭をした異形の頭部は、見る間に、真紅の無害な熱砂へと変わる。
身体をクルリと回転して、連続の飛び蹴りを食らわす。
人質の塔に軟禁されていた間、コーヒー滓を詰め込んだ麻袋相手に磨いた、お手製の必殺技だ。
双頭の銀髪妖女も、蹴り落とす形。
驚くほど、スムーズに「お手製ドロップキック」が決まる。
超大型《人食鬼》肩先から転げ落ちてゆく――邪霊キノコ・アマニータを素材とする銀髪妖女カラクリ人形。
総・銀髪をなびかせながら、妖女の双頭が吹き飛んだ。
首ナシ・グラマー胴体が、地上に落ちるや、肉色をした数多の菌糸が……多数のカラクリ糸のように、ばらけていった。
キノコを変形した「カラクリ人形のようなモノ」というだけあって、バトルアクション衝撃に対する耐性は、キノコなみに弱かったという訳だ。
アルジーの背後から、白羽の形をした数多の残像がブワッと出現する。
純白の色をした不思議な残像の群れは、まるで故郷シュクラの春の名物、花吹雪のように舞い……邪霊の側から吹き上げる黄金の粒子を次々に退魔調伏しつつ、煙のようにかき消えてゆく。
アルジーが勝利の実感を味わう間もなく。
ほど近くから、怒りの叫び声が吹き上がって来た。
「アマニータ傑作が!」
相変わらず「空飛ぶ魔法の白い絨毯」に乗り組んでいた、謎の宝冠魔導士だ。グニャグニャ御曹司トルジンも一緒。トルジンのほうは、まだ失神している状態。
「人面鳥の化け物めが! かの《歩く屍》酒姫アルジュナが、トチ狂った後は、これが金ヅルだったものを!」
――なんですと!?
アルジーが、その意味を考えている間に。
超大型・人食鬼だったものの真紅の残骸が、宝冠魔導士の頭上へ落下した!
銀月の光と威力が浸透していたのか、それとも地平線に顔を出しはじめた太陽の威力によるものか……退魔調伏の過程が進んでいたのだ。人知を超えた『天の書』の運行、ないしは、自然現象。
宝冠魔導士は三日月刀を振りあげていたが……あっけなく、退魔調伏が済んだ真紅のカタマリの下敷きになる。
それほど、熟練の戦士という訳では無いらしい。多少の、腕の覚えはあるようだが。
謎の大柄な宝冠魔導士の、黄金ガイコツ仮面がズレた。
――見えたのは人相の上半分の部分だけ。
下半分――口元などは覆面に隠されている状態だが、金色のヒゲが、少しハミ出て見える。
――群を抜く眉目秀麗な人相。
年齢不詳だが、年配といって良い年齢層に違いない。やはり、《人食鬼》対抗可能なほどに強力な《魔導》に熟練するには、それほどの修行時間が必要。
知らない男。だれ?
宝冠魔導士は、忌まわしき気配をバリバリに発する黄金《魔導札》を掲げ、歪んだ邪声でもって叫んだ。
『我がしもべ《人食鬼》! 契約によりて、この人面鳥の化け物をバラバラにしろ!』
その手は、人類ではありえない形に変形していた。
9本の指――カギ爪。《人食鬼》種族の、忌まわしき手そのもの。
『言ってくれるじゃないの、9本カギ爪の、人外のクセして!』
宝冠魔導士の9本指がつかんでいる黄金《魔導札》が、邪悪な黄金の閃光を放つ。
黄金の閃光を受けて、首ナシ超大型《人食鬼》が――まだ退魔調伏されずに残っていた残骸が――両腕と両脚を変形した。
――長い長い《蠕蟲》のように、両腕が、グニャグニャと……見る間に、邪霊害獣《八叉巨蛇》のような、悪夢の吸盤セットの腕となる。
いまや、不完全な化け物は、不完全な邪霊害獣《八叉巨蛇》である。
ガバァと口を開けた胴体の残骸。手足が変形した結果の、4本ばかりの太いグニャグニャ腕。
上段から、邪霊害獣《八叉巨蛇》の腕が落ちて来る、悪夢……
『よけるピッ!』
白文鳥《精霊鳥》パルが、パニックになっている。
最初の攻撃の、ひと振りを、アルジーは素早く回避した。幸運にも。
あたりを揺るがす破壊音。
悪夢の吸盤セットの長い長い黄金の腕は、地面を、ギョッとするような深さまで割り砕いていた。
バックリと造成された裂け目から、真新しい岩肌が見える……
――冗談じゃない!
アルジーが次の一手を出しあぐねて、固まっていると……
…………
……
それは……突然だった。
青白い落雷が、目の前に炸裂した。
邪悪にして忌まわしき化け物の腕が落雷に撃たれるや、退魔調伏の真紅の過程をすっ飛ばして、速やかに蒸発する。
つづいて宝冠魔導士が、9本カギ爪の手を落雷に撃たれた様子で、ビリビリと飛び上がった。
「クソが!」
宝冠魔導士が頭上を振りあおいで、毒づく。眉目秀麗な目元を歪めて。
つられて、アルジーも。
はるか天空の鳥の影――あり得ないくらい、大きな鳥の影。特徴は大ワシ……
――人体サイズをはるかに上回る、偉大なる白ワシ《精霊鳥》。鷲獅子グリフィン。
あっと思う間もなく。
視界いっぱいの大地に、あらんかぎりの青白い落雷が降りそそいだ。
「雷のジン=ラエド召喚……! チクショウ」
宝冠魔導士は、相変わらずブヨブヨしている意識の無い御曹司トルジンを再び殴りつけて、空飛ぶ魔法の白い絨毯へ押し付けるや。
超高速そのものの猛烈な速度でスッ飛んでいった。
文字どおり、瞬間消滅、高飛び――そのもの。いじきたなくも「逃げるが勝ち」と判断した様子。
『逃げるか――ッ!』
思わず、怒りの《精霊語》を投げつける、アルジーであった。
次の瞬間、目を見張るほど大きな鳥の姿が――急降下して来た。瞬時に、身体サイズを縮めながら。魔法そのものの不思議な光景だ。
白タカ《精霊鳥》シャール。
若手ベテランといった風の白タカ《精霊鳥》は、まだ緊張している様子で、息遣いは荒かったが……やがて、落ち着いた様子で、フワリと大地に着地する。
『間に合ったらしいな、パル殿。鳥使い姫』
気がつけば、忌まわしき化け物だった巨大なる異形は……青白い落雷の集中攻撃を受けた結果、完全なる真紅の熱砂へと砕け果てていた。驚くべき退魔調伏の速度。
もはや、ちょっとした砂の山だ。
10日後ごろには、その辺の普通の色をした、一般的な土砂と変わらなくなるだろう。
信じられないが――いよいよの部分では、白タカ・シャール援護のお蔭で――退魔調伏できたのだ。
気が付くとアルジーは、腰が抜けて、ペタリと座り込んでいた。
いつの間にか、背中に感じていた、あの不思議な熱さは消えていた。
……いままで左右の腕にとりついていた、長大な振袖の感覚も、消滅している……いま存在するのは、ボンヤリとした疲労感。
ボンヤリと、呪物の腕輪がハマっている左手首を見やる。
――半分の幅になっていた。正確には、元々の幅の、さらに3分の1が、消滅していた。
『解除、されてる……』
『アリージュが頑張ったからね、ピッ』
『たいしたもんだ鳥使い姫。とはいえ怪物王ジャバの生贄《魔導陣》。その最後の3分の1を解除するのは、いっそう大変な過程になるだろうが……』
白タカ《精霊鳥》シャールが、静かに祝福して来る。パタタッと左右の翼を打ち合わせるところは、うっすらと、10年前の、あの愛くるしかったヒナ鳥の面影を感じられるところ。
さらにアルジーは、異変に気付いた。
――手首に、刺青がある?
なにやら、羽翼紋様と思しき純白の模様が、できている。
両方の手首の部分から、両腕へ、模様が広がっているように見える。
よく見ると、刺青のようだが刺青では無い。身体内部から湧きあがって来た天然の色素によるもの、のように見える。
純白の刺青のようで刺青では無いナニカは、肩まで延びているようだが……背中までグルリと続いているのか?
脱いで全裸になってみないと判らない。だが、この野外、しかも《人食鬼》が出て来た現場では、とうてい全裸になる勇気は無い。
『これ、なに?』
急な不安で、グルグルと混乱するままに呟く。
白文鳥パルが素早く「ぴぴぃ」とさえずって返した。
『それが、《地の精霊》も説明してた《怪物王ジャバ》対抗措置となる異形の類の変身――の証跡ね。ピッ。水のジン=ユーリュメルの手術で、人体と霊魂の修復の仕上げ部分であるピッ』
『かの巨人戦士ザムバの、変身前・オーバーキル変身後と比べれば、気にならぬ範囲とは思うが、やはり人類としては気になるものだろうか?』
――うっすらとだが、思い出した。10年前、ジャヌーブ砦の時空へ放り込まれた時、その話が出たのだ。確か。
確か、あの謎の宝冠魔導士は「人面鳥の化け物」と言っていなかったか?
それは、どういう意味なのか? ただ単に、超人的なまでに高く跳躍できただけで……普通は、そのような表現は出て来ない筈だ。
どうなっているのだろうか?
――そういえば何故、あそこまで高く跳躍できたのだろうか?
限りなく実在感があった。不思議な有翼の感覚……
アルジーは、いっそうの不安と新たなる驚愕で、クラクラとするままに……ターバンとして巻き付けていた布を巻き直そうと、取り外した。ベールで隠してしまえば、この衝撃的かつ不思議な変化の全容を調べて、慣れるまで、当座の時間は確保できる……
ふと……人の気配が近づいて来た。
オベリスク灯台の傍に、既知の、背の高い人影が現れる。
「……! そこに居たのか、アリージュ!」
オーラン青年だ。偉大なる《風の精霊》グリフィンの一族である、《精霊鳥》シャールの、相棒。
――精霊魔法《超転移》が終わった後、アルジーとは別の、割と近い位置に放り出されていた様子。
白タカ《精霊鳥》シャールの相棒となっている人類が、アルジー=アリージュ姫の従兄オーラン青年である。アリージュ姫にとっては一番近いシュクラ王族の血縁だが色々と複雑な事情があって、今は隣国のオリクト・カスバ諸侯のひとり。
オーラン青年は落ち着かなげに、アルジーの各所をあちこち触れて、生存を確かめはじめた。
「無事で良かった! シャールが急に消えたから、てっきり」
『まぁそれなりに絶体絶命ではあった。妹どのは超大型《人食鬼》と、きっちり刺し違えた……というよりは、足蹴にした、だな。アレは』
白タカ《精霊鳥》は微妙な顔つきになって、辺りを見回していた。
そこらじゅうの数多の落雷の痕跡は、雷のジン=ラエドが暴れまわった痕跡でもある。真紅の砂山のうえでは、まだ火花がバチバチ散っているところ。
「え、えぇと、他の皆さんは……」
「この崖の下のほうに放り出されて、直後、急に邪霊害獣の群れが沸いて、対処中だ。おそらく、そこの超大型《人食鬼》の気配に引き寄せられたんだろうが……」
オーラン青年は、あらためて、真紅の砂の山へ視線を向けた。もと超大型《人食鬼》だっただけに、結構な高さ。




