夜明けの決闘、謎もきわまる(3)終
やがて、「崖の下のほう」でも……夜明けの光の勢いを得て、退魔調伏が終了した気配。
折からの風で、真紅の熱砂の、特に細かな粉塵が吹き上げられている。
白タカ・ノジュムとシャールの先導で、当座の面々が再会した。
――クムラン部隊のうち3名ほど、邪霊害獣との戦闘で落命しており、すみやかな死体処理を実施されている。戦闘に伴う定番とは言え、気が重くなるところだ。
さらに不思議なことに、銀月の戦士ジャウハラ老その他、クムラン部隊ほとんどが、此処に転移していなかった。精霊たちの不思議な情報網によれば、藍色の空間に一緒に呑み込まれたものの、地理的には同じ方向の、別の場所に放り出されているとのこと。目下、命に別状は無く、元気にしている様子。
当座のメンバーは、老魔導士フィーボル、鷹匠ユーサー、セルヴィン青年とオーラン青年、ミリカとアルジー、それにクムラン隊長。
「なんだか、ジャヌーブ砦の時代を思い出しますよ」
――とは、クムラン隊長の呟きだ。
「とりあえずシャロフ君や部下たちは、精霊たちの情報によれば、銀月ジャウハラ老と一緒に居るらしいですね。こっちにも秘密の連絡手段がありますから、早々に連絡つくでしょう」
程なくして……白タカ・ノジュムとシャールの、上空からの報告もあわせて、地形が判明した。
アルジーが居た場所は、川中島の台地のようになっていた。オベリスク道標は台地の最高点に設置された灯台と見える。
見渡すかぎり、江湖の風景だ。
複数の、中規模の河川が、川中島の数々を横切りながら、南方へ流れている。あの世を流れる「三途の川」なるエメラルドグリーン色の海と、亀島(正式名:牢獄島)の数々みたいだ。
一行が放り出された川中島は、普段は無人島で、オベリスク灯台の台座としての扱いであるように見受けられる。
ほぼほぼ、岩塊のカタマリ同然といってよい地質のゆえだろう。中途半端な規模で、田畑はおろか放牧も難しそうな地面。
――とにかく、此処はどこなのか?
疑問は、意外に、ミリカの説明で氷解した。
「私も信じられないんだけど、ウトパラ・デルタだね。割と下流のほう。この辺、見覚えあるんだよ……川の名前はたくさんあって見当つかないけど、私の故郷の城砦とか水仙海岸に近いのは確かだし、人に聞いたら判ると思う」
程なくして、河岸で周囲の様子を窺っていた鷹匠ユーサーが、老魔導士フィーボル一行へ向かって、手を上げて合図して来た。
「この川中島の騒動に気付いた人が居たようです。向こうの岸から水兵団の偵察船が近づいて来ています」
――見ると、本当に、当座の対岸となっている有人の――港や各種施設が見える――川中島の方向から、3艘ほどの川舟がオール漕ぎで近づいて来ていた。標準的な輸送船より一回り小さく、小回りが利きそうな印象。目ぼしい風は無いため、三角帆は畳まれたまま。
いずれの川舟も偵察や哨戒といった役回りらしい。長槍や弓矢などが、舷にズラリと並んでいるのが窺えるが、大型武器は積んでいない印象。
クムラン隊長が、さっそく川船へ向かって手持ちの布を掲げ、帝国共通の旗振りの作法で合図する。「我々は敵では無い、攻撃する意図は無い」という意思表示だ。
朝の光のなか漕ぎ寄せて来る、3艘ばかりの川舟。
中央の舟の、代表者と見える大柄な中年ベテラン水兵……戦士ターバン姿が、帯刀に手を掛けながら呼ばわって来た。
「あんたら何者だ? 向こうの港の検問では、だれも通してなかった筈なんだ! それに、あの《人食鬼》のような騒音は、なんなんだ?」
*****
東のかた、大きく有力な城砦のひとつ――ウトパラ・カスバ。
帝国領土を流れる両大河のうち、東方ユーラ河が流れるデルタに位置する。かつての古代ウトパラ王国の王都。
大陸を流れる大河であるユーラ河の下流は、支流の数も、水量も多い。
かつて古代ウトパラ王国の領土であった――現在もウトパラ・カスバ管轄下にある――ウトパラ・デルタは、大河ユーラ河の下流・南洋沿岸に広がる広大な江湖である。
東北へ流れるユーラ河の水が亀甲城砦を流れる。東南へ流れるユーラ河の水がウトパラ・カスバを流れる。ちなみに、西へ流れるユーラ河の水が東帝城砦を通り、さらに流れて帝都周辺でターラー河と最接近する……ここでは詳細を割愛する。
*****
「ここは、ウトパラ・デルタ=パランド、水仙海岸よりパランド=ガンダル運河を遡上して5日ほどの距離。最寄りの城砦は、ウトパラ王侯城砦に近い順から、パランド・カスバ、ガンダル・カスバ。ここより運河をくだれば、1日で南洋の国際港である水仙港に着く」
大柄な戦士を含む、3艘の水兵たちは、ウトパラ・デルタをめぐる多くの運河のうち「パランド=ガンダル運河」の治安をあずかる検問所の、所員たちであった。
かつて帝国の魔導大臣を務めた『毛深族』白ヒゲ老魔導士フィーボルの高名は、ここウトパラ・カスバでも鳴り響いている。
目下の一行(全7名)ともども連行されて行った、立派な堤防を抱える川中島の検問所では、居合わせたウトパラ戦士の目という目が、伝説のご老体へ集中しているところ。
「申し遅れたが、この検問所の所長を務めるシャルクと申す。早速だが、先に身柄確保して尋問中の、おかしな……文房具屋の店主と主張する鬼耳族の中年美女が居て、東帝城砦から飛んできただのなんだの、筋の通らぬことを繰り返しているのだ。同じく東帝城砦から、訳の分からぬ瞬間移動をしたというのなら、身元確認ご協力願いたい」
さっそく、ミリカ――ミリーシャ姫がピンと来た。
「あ、ロシャナク姉御。帝都や東帝城砦でお世話になった恩人。早く出してあげないと」
「……うけたまわりました。ガンダル・カスバのミリーシャ姫」
しばし意味深な絶句を挟んだ後、パランド=ガンダル検問所のシャルク所長は一礼した。東方の流儀で。
…………
……
遺体の埋葬など、もろもろ一段落して、遅い朝食、ないし昼食の頃合い。
生きていれば腹は減るものである。
中年ベテランのウトパラ戦士シャルク所長が受け持つ検問所の近くに大衆食堂を兼ねた民宿があり、皆々いったんそこに落ち着く形。
老魔導士フィーボルやクムラン隊長の疲労は、極限に達していた……腹ごしらえをするが早いか、仮眠休憩へと入る。
夜を徹しての死に物狂いの戦闘につづき、明け方の小戦闘もあったゆえだ。
女商人ロシャナクは、表と裏のある商人の常で、徹夜業務に慣れている性質。検問所の留置場から解放されるや、早くも最寄りの――検問所の通りの向かい側に見える――帝国伝書局へ走った。東帝城砦にある店へ業務連絡するためだ。
「商人は速度が命だよ! ちょいと、ミリカ、いやミリーシャ姫も、アルジーも、おいで。留置所の隣人から気になる話を聞きこんだし業務が山積みだからね!」
その女商人ロシャナクの気合に引きずられる形で、ミリカもアルジーも連れ立っていった。契約上「営業店の主と店員」「代筆の依頼主と派遣」の関係は継続中。
――帝国伝書局・パランド=ガンダル出張所。
パランド=ガンダル検問所の通りとは地続き、すなわち同じ区画となっている。その先で区画が終わっていた。街路と同じような幅をした小さな水路網が、区画の区切りを示している。
小舟が複数、結ばれていた。見かけは緻密に編まれた大型の竹籠。ココナツ実を割ったように丸っこい形。
大運河を運行する船は、本格的な木材を使った外洋船さながらの足の速い型が多い。しかし、街路さながらに区画を巡る小さな水路網は、水流がゆっくりしていて……丸っこい小舟やゴンドラ型で、充分らしいと見える。
――ユーモラスでエキゾチックな丸い小舟。
アルジーは好奇心のままに、少しの間、視線を奪われていた。
「あれ、なに?」
「竹籠舟だよ。あ、アルジーは初めてだったよね」
今まさに、目の前の小さな水路をプカプカと移動している竹籠舟がある。
買出し物々交換に出ているものらしく、竹編み笠をかぶった母と幼い姉弟――と見える3人が乗り組んで、風呂敷や野菜・果物その他を積んだ竹籠舟を、竹製オールや竹竿で、せっせと漕いでいるところだ。
ミリカが、簡単に説明してくれる。
「ウトパラ・デルタ水郷の名物ってところかな、あまりにも日常すぎてウッカリするんだけど。私も小さい頃は、ベール付の竹編笠かぶって、竹籠舟で背の高い水草の茂み突っ込んだりして、あっちこっち探検してて。竹編み笠、あとで買っとくわね。南国の陽光はシャレにならなくて男女問わず必需品だから」
手前の伝書局の、待合スペースの中から、すぐに女商人ロシャナクの催促の声が掛かる。
「そうだね、ミリカは必需品が判ってるから竹編み笠を調達しておくれ。アルジー、指示どおり為替書類やっとくれ。その間にあたしは娼館と文房具屋へ飛ばす書面つくってるからね」
帝国伝書局・パランド=ガンダル出張所のなかは、比較的こじんまりとしていた。
あちこちに配置された竹細工の机や椅子が、東南地方ウトパラ・デルタ風味を醸し出している。
――居る筈の責任者が居ない。たとえば、かつてのバーツ所長のような……この場所を守備する人物が。
「この伝書局・出張所の所長さんは?」
アルジーが思わずつぶやくと、竹細工の机のひとつのうえで夜間照明さながらの《魔法のランプ》がパッと灯り……《火の精霊》火吹きネコマタが、ゆらりと出現した。
『我が守備してるニャ。普段から開店休業の状態ニャネ。人件費おさえるためもあって、検問所のほうから書記を派遣して割り当ててるニャ。いま書記は昼飯に出ていて、我が留守番ニャネ』
『ナルホド』
『机に出してある筆記用具の色々は公共品ゆえ、気兼ねなく借用してくれニャ。あとで、この聖なる《魔法のランプ》前に賽銭……料金を払えば大丈夫ニャ』
確かに、定番の料金箱があった。《火の精霊》火吹きネコマタがユラユラしている《魔法のランプ》の前に。聖火神殿や高灯籠の前に設置してある、定番の賽銭箱の形式。
納得して、無心に、書類作成に取り組むアルジーであった。
筆記用具は、竹ペンだ。使い慣れた葦ペンとは感触は違うが、大量の文字作成を実現するための工夫は、どこも似たような方向になるお蔭か、扱いやすい。
女商人ロシャナクは、テキパキと書状をしたためながら、忙しく喋っている。
「パランド=ガンダル検問所で、隣の牢屋に居た――酔っぱらってブチこまれてた愉快な呑んべ野郎から、話を聞いたんだけどさ」
「なになに? なんかあったの?」
早くもミリカが戻って来た……ベール付の竹編み笠を抱えて。
「おぅ竹編み笠ありがとね。あとで清算するよ。ミリカの、じゃなくてミリーシャ姫の出身の城砦の話。ガンダル・カスバ風水礼拝堂で、なんか変な死体が出たって話を聞いたんだよ」
「え」
ミリカは絶句していた。故郷の城砦だけあって、衝撃も大きい様子。
「精霊にとっても死角の位置だったらしくて詳細不明。だけど帝都で営業してた頃の顧客名簿で知ってる名前だった。黄金《魔導札》免許あり魔導士。文房具屋の店主として気になる点があり過ぎる」
女商人ロシャナクは一気にまくし立てた後、少しの間、息をついて、コキコキと首と肩を動かしていた。ついでに先祖ゆずりの鬼耳もマッサージ。思いがけなく牢屋にぶち込まれていた間、身体各所に凝りが溜まっていたらしい。この辺りは、やはり年齢を感じるところ。
「もう少し疲れが取れたら……明日かな。行って詳しく聞いてみるつもりだけど、ミリーシャ姫として立ち会ってくれるね? 帝都へ上京する前、女神官の候補として、ガンダル=カスバ風水礼拝堂で勉強して修行してたんだよね?」
――驚きだ。小耳にはさんで、なんとなく察するものは、あったけれど。
思わずアルジーは、パッと顔を上げて、ミリカを見つめる形。
アルジーの肩先でまったりしていた、ちっちゃな相棒――白文鳥《精霊鳥》パルも、なにかを直感した様子で、ビシィッ! と真っ白な尾羽を緊張させているところ。
ミリカは口元を引き締めて――ガンダル・カスバ王女ミリーシャ姫の顔をして――力強く頷いていた……
諸般事情により更新休み入ります。




