第92話 最後の聖戦(その2)
「ニノ殿……ッ! 今です、
ロドンのスキを突いて調律を……ッ!」
ジゼルの叫びを受け、
ニノとレイスが高台の石畳を
弾むように疾風となって駆け出した。
「させるかぁッ!」
ロドンが怒号をあげ、
手に握る魔剣を縦横無尽に振り回す。
剣の中に封印された四大精霊の力が
禍々しく不規則に溢れ出し、
氷塊、爆炎、風刃が自動防衛の嵐となって
ニノたちの接近を阻んだ。
「(くっ……!
コハルたちが囚われている剣だ、
生半可な攻撃で
傷つけるわけにはいかない……!)」
「ニノ、正面の属性防御が分厚すぎる!
単純な強襲じゃ届かないよ!」
並走するレイスの叫び。
ロドンは四大精霊の相克作用を盾にし、
鉄壁で隙なしの陣を敷いていた。
試練のような攻防の中、
ニノは星脈を構えるジゼルと
一瞬だけ視線を交わした。
「(全属性を扱える俺の『二陣奏環』……!
ジゼルの『冬』の波長に、
俺の魔力を完全に同調させれば……ッ!)」
「ジゼル!
俺と『冬』の魔力を合わせてっ!」
「承知いたしましたっ!」
ジゼルが凛とした瞳で頷き、
二人の周囲に極寒の
絶対零度の気が渦巻き始める。
冬の調律師ジゼルと、
全属性の調律を極めつつある
ニノの魔力が完璧に溶け合い、
高次元のハーモニーを奏でた。
「行きますッ!
『二陣奏環「冬」極氷絶華』——ッ!!」
空間ごと滑るように放たれた極氷の双刃が、
ロドンの展開する炎夏の熱風を一瞬で凍てつかせ、
一切の抵抗を許さず滑らかに通り抜けた。
サクッ——。
「ぐ、があぁぁぁッ!?
腕が……俺の腕がぁぁぁッ!?」
精霊の宿る刀身には一筋の傷すらつけず、
ロドンの右腕だけが肘から鮮やかに
凍結・切断され、空中に舞った。
手首ごと脱落した魔剣を、
ニノが神速の跳躍でキャッチする!
「取ったッ! レイス、頼む!」
「任せて!」
ニノから魔剣を投げ受け取ったレイスが、
即座に宵咲へ合図を送る。
「宵咲さん、空間転移を!」
「はいはい、お安い御用じゃよ!」
宵咲の禁呪「空間転移」が発動し空間が歪む。
レイスと宵咲、奪い取った魔剣は、
一瞬にして冒険者ギルド本部へと
転送・吸い込まれて消え去った。
「奪い取った……! 成功だッ!!」
第一陣から歓声があがる。
右腕を失い地に伏せて
悶絶するロドンを見下ろし、
シルエッタは侮蔑の表情を浮かべた。
「あらぁ……
四大精霊の剣を奪われてしまいましたのぉ?
ふふ、使い物にならないですわねぇ」
シルエッタはおっとりとした笑みを
浮かべたまま、静かに手をかざした。
その掌に凶々しい「夏の調律」の熱量が宿る。
「も、申し訳ございませんシルエッタ様!
すぐに剣を取り戻し——」
「いいえ。もう用済みですぅ」
「え——」
ドォォォンッ!!
情け容赦のない爆炎がロドンを直撃した。
かつて「冬の四天王」と恐れられた男は、
悲鳴をあげる暇すら与えられず、
一瞬で跡形もなく蒸発・抹殺された。
あまりの残忍さに、ニノもジゼルも息を呑む。
「さて……
あの子たちを奪われたのは
少し計算外ですけれど、
まあ、いいですわぁ」
シルエッタの瞳からおっとりとした色が消え、
底知れぬ狂気が滲み出る。
「本気で参りますわね。
『時空・星脈混合調律』——」
シルエッタが両手を広げた瞬間、
時空停止の世界そのものが激しく歪み、
大地の底から星脈の濁流が爆発的に噴き出した!
轟音とともに迫る
空間の崩壊とエネルギーの濁流!
「な、なんだこの圧はぁぁぁッ!?」
「くっ、防ぎきれん……ッ!」
ラトレアもザードも、
第一陣の猛者たちが
一瞬で押し潰されそうになる!
「みんなッ!
『弐陣奏環「春」絶対防護結界』!!」
ニノが前線へ飛び出し、
春の温かな生命の結界を全開で展開!
圧倒的な破砕エネルギーを力任せに受け止め、
なんとか仲間たちを濁流から守り抜いた。
だが——。
「……あ、あらぁ……?」
高台の上で、
シルエッタが嗜虐的な笑みを深めた。
その鋭い洞察力が、結界の影で苦悶に歪む
英雄たちの表情を見逃さなかった。
「(わたくしが時空魔法を発動するたびに……
みなさん、辛い顔をなさいますわねぇ?
ふふ……理由は分かりませんけれど……
時空魔法はなんとなく
効いているようですわねぇ?)」
シルエッタの勘は、
残酷なまでに当たっていた。
宵咲が施した時空遮断結界——
参陣奏環「滅」を時間の侵食より早く動かす加護は、
外部から強大な時空魔法を撃ち込まれるたびに
干渉を起こし、受けている者全員の体内に
「滅」の激痛と負の感情を爆発的に増幅させて
叩きつける欠点があったのだ。
「ふふ、うふふふ! 効いていますわ!
では……時を巻き戻して差し上げますわねぇ!」
シルエッタが高笑いとともに、
時空魔法の連撃を空間全体へ
叩き込み始める!
カチ……カチカチカチッ!!
時間の巻き戻しが発生するたび、
第一陣の猛者たちが苦労して砕いたはずの
数百体のアイスゴーレムの破片が空中へ浮遊し、
ガラガラと元の巨大な巨躯へと
完全再生・復活を果たしていく!
「な……ッ!?
倒したはずのゴーレムたちが……
復活しているだと!?」
「嘘でしょ……!?
せっかく粉砕したのに……ッ!」
ラトレアやザードたちが呆然と息を呑む。
それだけではない。
シルエッタが放つ時空魔法の波動が跳ねるたび、
全員の魂に「滅」の激痛が爆発的に叩きつけられた!
「痛……ッ! ぐあぁぁぁッ!?」
「嫌……嫌だぁぁッ!
辛い、悲しい、苦しい……ッ!」
マリーが頭を抱えて悲鳴をあげて崩れ落ち、
ザードやカゲロウすら額に激痛の
脂汗を浮かべて膝をつく。
絶望的なゴーレム軍団の復活と
「滅」の激痛の二重苦が
第一陣を容赦なく破滅へと追い詰めていく!
「くっ……! みんな、
耐えてくれ……ッ!」
ニノは「春の結界」を必死に維持しながら、
歯を喰いしばった。
「(物理攻撃は結界で防げても、
ゴーレムの再配置と『滅』の連撃ダメージが
みんなの精神を削っていく……!
シルエッタを今すぐ止めなきゃ
全員の心が持たない……!
でも……ここでシルエッタに
『参陣奏環』を使っていいのか!?)」
一方転送先の冒険者ギルド本部。
ドスンッ!と床に叩きつけられた魔剣の前に、
レイスが静かに立ち塞がっていた。
「解呪なら任せておいて」
レイスが高次元の魔法陣を展開し、
両手を魔剣へかざす。
高次元の音律と解体魔力が
魔剣の黒ずんだ刻印を滑るように駆け巡り、
封印の結び目を次々と解き解していった。
パキィンッ……ボムッ!!
眩い四色の光が弾け飛び、
魔剣は一瞬で破砕・消滅!
剣の中から、
肩を寄せ合って待っていた
コハル、炎夏、秋華、氷夜の
四大精霊が一斉に空間へと溢れ出た!
「ふはぁっ……! 自由だーっ!」
炎夏が叫ぶ。
「えー、精霊様におかれましては、
ご機嫌うるわしゅう……
とか言えばいいのかな?」
すました顔で恭しく頭を下げつつ、
ぼそりと呟くレイス。
その横では、ギルド長オーウェンが
神々しい四大精霊の姿に
どう振る舞ってよいのかさっぱり分からず、
汗だくになりながら床にべったりと
ダイナミックな土下座を決めていた。
ギルド内に張られていた時空結界のおかげで、
解き放たれた四大精霊たちは
時空停止の影響を受けることなく、
確かな存在感を伴ってしなやかに床へ降り立つ。
その様子を見届けた宵咲が、
お茶目にくすりと笑いながら歩み出た。
「ふふ、精霊様たち。お久しぶりじゃねぇ。
だが感慨に浸っておる時間はないぞ。
あやつらが戦場で限界を迎えておる」
その時、
夏の精霊である炎夏がパッと
宵咲を指差して叫んだ!
「あー! 宵咲!」
「汁(=シルエッタのこと)には
痛い目におうてもらわんとあかんけど……」
炎夏はイタズラっぽくニヤリと
不敵な笑みを浮かべ腕を組む。
「よいさきちゃ~ん?
ニノに力を全部渡したそうやん?
もう、昔みたいにやられへんで(ニヤリ)」
宵咲はくすりと可憐に微笑むと、
両手を掲げて印を結んだ。
「今からお主たちにも
時空遮断の加護を張るぞ。
少し痛むが……耐えておくれ!
『参陣奏環・滅と創』!」
「なんや、宵咲様、
力は失ってないですやーん♡
今の冗談ですよ、
じょ・う・だ・ん♡」
禍々しくも神々しい閃光が
四大精霊を包み込み、
時空停止の世界で自由に動ける
無敵の加護が全身に刻み込まれた。
「準備完了じゃ。……
レイス、精霊様方、
戦場へ殴り込むぞッ!」
宵咲が巨大な空間転移陣を
床一面に展開する!
救出された四大精霊とレイスが
眩い光の中に包み込まれていく。
「待っててね、ニノ!
絶対助けるから」
コハルの想いを乗せた叫びとともに、
光達は絶体絶命の戦場へと舞い戻っていった。
次、戦いはラストっす。
エピローグは2話くらい書きたいっす。





