武闘大会に出場する流れですが、何か?
「(……あの声は、一体なんだったんだ)」
朝、エルザの家のベッドで目覚めた俺――
ニノは、まだ薄暗い天井を見つめながら
ぽつりと独り言を漏らした。
あの王の間前の大廊下での三王子との決戦の最中、
脳内に直接響いてきた、冷徹で、
だけどどこか懐かしい女性の声。
あの声に導かれるようにして、
俺の中で眠っていた能力
『星脈調律』
が起動した。
これはどのような能力なのか?
あの時は「火、水、風」の属性魔法の出力を、
イメージで根本から書き換えて弱体化させられた。
イメージが物理的に「何か」に作用したのか、それとも
イメージだけで何もかもを意のままに
調整できる完全にチートスキルなのか、
現段階ではまったくわからない。
しかし、あの時は無我夢中で考える余裕がなかったが、
今になって冷静に自分の『あの時の力』を思い返してみると、
とある事実に気づく。
普通、これほどの絶対魔法をねじ伏せるような能力を使えば、
魔力枯渇で命に関わるはずだ。だが、あの時、俺の体内にある
エネルギー量はどれだけ使っても全く減る気配がなかった。
それどころか、まるで『∞(無限)』というバグじみた数理が
そこに書き込まれているかのように、どれだけ出力を上げても、
まったく体に影響がなかったのだ。
現に今も地脈の流れが自分に魔力を供給する感覚が感じられる。
どうやらこの異世界のリズムに、
俺の体が完全に慣れてきたのだろう。
これはそうに違いない。
記念すべき『1つ目』のわかったことだ。
「少しずつわかっていけばいいか……」
俺はよくある『異世界物』として、ようやく目覚めた
自分のよくわからない能力に苦笑いした。
一方・・・・・・
国民の壮絶な勘違いで『勇者』に仕立て上げられた
エルザの家の居間では、早朝から異様な緊張感が漂っていた。
「ニノ殿、コハル様、カゲロウ殿・・・・・・
で、私が、この方々を率いる『勇者』……ッ! うう、
責任の重さで倒れそうです・・・・・・」
いよいよ世界解凍に向けた本格的な旅路が始まるというのに、
エルザは朝からガチガチになって、何度も何度も旅の荷物を
点検している。
すでに母校には、
『本校卒業生 勇者 エルザ・フィン・エチェバレリア
冬の精霊を退治する旅に出発!
君なら必ず倒せる!頑張れ! 在校生・卒業生一同』
という、横断幕が貼られているとの噂だ・・・
エルザは再度旅の荷物を点検しながら叫ぶ。
「あっー!!、なんでこんなことにっ!?」
「エルザ、大丈夫!楽勝、らくしょーっしょ!☆」
「コハル殿のおっしゃる通り。
エルザ殿、まずは気を楽に持たれよ」
戦闘能力は心配してないです!
あなたがたの団体行動を思い切り乱す行動を心配しているんです!!
と、エルザがコハルとカゲロウを
『じとー』と見つめながら心の中でつぶやく。
そこへ、エルザの妹であるルナが、
ハーブティーの載ったトレイを手にしとやかな足取りで現れた。
「お姉様ったら、なんとはしたないお言葉遣い。
せっかくの格好良い客人の御前だというのに」
ルナはカゲロウの前でスカートの裾を少し持ち上げ、
ペコリと完璧に綺麗な淑女の礼をしてみせる。
「エルザの妹のルナと申します。以後お見知りおきを」
その丁寧で気品溢れる挨拶に、カゲロウは深く感心して目を輝かせた。
「おお……! 姉君に似て、なんと容姿も綺麗で上品な淑女でござらんか。
拙者はこの度エルザ殿と一緒に夏の精霊様の救出に向かうことになった
カゲロウと申す。こちらこそ、よろし・・・・・・えっ!?」
カゲロウが完全に油断し、満足げに自己紹介を交わそうとしたその瞬間、
彼の脳内回線に、あの聞き慣れた冷徹なノイズが直接挿入される。
『フフフ。
やけに簡単に騙されたじゃねーか?おう?クソ全裸。
・・・貴様の目の前にいるのが、
貴様の名付けた『地獄少女』だっ!コラっ!!』
「っ!!???」
上品な微笑みを浮かべたまま、
目の奥だけを冷たく据わらせて自分を凝視している可憐な少女。
脳内のボイスと目の前のグラフィックが100%完全に同期した瞬間、
カゲロウは生まれて初めて、恐怖のあまりガタガタと膝を震わせ、
その場に思いきり尻餅をついて動けなくなってしまった。
「あら、どうかなさいましたか? カゲロウ様」
ニコニコと笑いながらトレイで顔を隠すルナに、
カゲロウは這うようにして必死に後ずさる。
そんな凸凹なファーストコンタクトがバグを起こしている最中、
「・・・失礼する」
土属性の四男、
新摂政となったグラッドが不敵な笑みを浮かべて入ってきた。
「旅立ちの挨拶に来たよ、勇者諸君。
・・・ニノ、さっそく例の『城の尖塔をぶっ壊した貸し』を
回収させてもらおうか」
「ちっ、相変わらず食えない王様だな。
で、俺たちはどこへ向かえばいい?」
グラッドが机に広げたのは、周辺エリアの精密な地図データだった。
「最初の目的である『夏の精霊』の幽閉先だが、この先にある
『灼熱の鉱山街サーマリア』のギルド長が古いログを持っている。
……だが、君たちは旅の経験のない初心者パーティだ。
まずは、この先にある【交易都市リブラ】を目指すといい」
「リブラ?」
「ああ。治安も良く物資も豊富で、非常に平和な街だ。
そこで装備品や必要な旅の物資を整えるがよい。
……もっとも、そこでは、ちょっとした『お楽しみイベント』
が開催される予定でね」
「お楽しみイベント?」
「フッ。西方の商人から領主が購入したという
伝説の秘宝『夏の精霊のベール』
――それを賭けた大武闘大会が開催されるのさ。
夏の精霊を追う君たちにとっては、これ以上ない手がかりだろう?」
「夏の精霊のベール……! ニノ殿、これです!
これさえあれば、夏の精霊様の居場所のログが
掴めるかもしれません!」
エルザが緊張を忘れて興奮気味に声を上げる。
カゲロウも『なんと! そんな貴重な品がリブラに!』と目を剥いた。
だが、俺はふと、グラッドが広げた古い歴史書のデータ
に目を留め、眉をひそめた。
「……なあグラッド。一つ聞いていいか?」
「なんだい、ニノ」
「夏の精霊が冬の精霊に敗れて幽閉されたのって、
確か3000年前だよな?『夏の精霊』が本当に
まだ生きてる確証があるのなら教えてくれないか?」
「フッ、鋭いな。確かに普通の生命ならとっくに消滅している。
だが精霊は世界のシステムそのものだ。主である冬の精霊が
その概念ログを完全に消去しない限り、
たとえ形を変えられていようとも、
この世界のどこかに必ず存在し続けているはずさ」
「意味がよくわからんのだが」
グラッドはやれやれといった様子で話を続ける。
「要は、夏と秋の精霊様が作り出した
『陽だまりの残響』
が存在する限り、本体の命脈も保たれているってことだ。
ただ、構成魔力は弱まってきているがな。
グラッドの言葉に、
俺は奇妙な胸騒ぎを覚えたが、それ以上は追求しなかった。
グラッドはニノに一歩近づくと、声を潜め、
綺麗な顔に意地悪な笑みを浮かべながら言った。
「そういうわけだ。きっちり優勝して、
そのベールを回収してきてもらおうか」
「そうとわかれば、
一刻も早く逃げ・・・いや、出発するでござる!」
カゲロウは「地獄少女ルナ」から物理的に離れられることに
魂の底から安堵しつつ、一行はグラッドに推奨された
リブラへと向けて出発した。
王都ゲートランドを発って数日。
俺たちの旅路は、予想通りというか、
実に賑やかなものだった。
「ふぅ……やはり旅の夜営、誠に一日の疲れを癒やすには、
これに限るでござる!」
街道沿いの森で夜を明かすことになった俺たち。
カゲロウは「プロの忍者の嗜み」と称して、
焚き火の熱気を大きな布で囲い、
簡易サウナ(※ただし諸事情により水着をきっちり着用)
を勝手に設営して、一人で恍惚とした表情を浮かべていた。
しかし、その至福な時間も長くは続かない。
『夜営中に何サボってんのよ、クソ全裸。
早くお姉さまの周りの索敵を更新しなさいよ』
「ま、また地獄少女でござるか!?王都にいるはずなのに
脳内チャットの感度が良すぎるでござる!」
ルナからの遠隔覗き見(監視)と脳内ボイスに震え上がるカゲロウを横目に、
俺は小さな焚き火を見つめていた。
(……やっぱり、全然減ってないな)
道中、襲いかかってくる魔獣を蹴散らすためにいくつか
魔法のパラメータを弄ったが、俺の体内のエネルギー量は、
どれだけ出力を上げても『∞』のままピクリとも動かない。
普通なら魔力枯渇でぶっ倒れる領域のはずなのに、
倦怠感すら一切ないのだ。
この燃費の概念を置き去りにした肉体に、
俺自身、かなりの速度で馴染んできている気がする。
「あの、ニノ殿……」
そこへ、焚き火の明かりに照らされながら、
すっかり落ち着いた様子で自身の剣を丁寧に磨いていたエルザが、
穏やかに微笑みながら話しかけてきた。
「明日にはリブラに着きますね。
これほど大きな使命を帯びて王都を発つのは初めてですが、
ニノ殿や皆様が一緒だと思うと、不思議と心が落ち着いています。
……まあ、皆様があまりに個性的すぎて、
時々ついていくのが大変な時はありますが」
「エルザ!マジそれな! カゲロウの個性ってやりすぎっしょ?
常に上限してるからね☆」
「(いや、お前もだろ!?)」
ニノは思いっきり心の中でつっこむ。
いつの間にかエルザの隣にぴったりと距離を詰めて座っていたコハルが、
どこから取り出したのか『ポムの実チップス』を
サクサクと小気味よく齧りながら、その綺麗な顔でケラケラと笑う。
「でもとりま、リブラに着いたらまずは
可愛い服とか買い出しっしょ! 旅の始まりとか、
ぶっちゃけ形から入るのが一番テンション爆上げだし☆
ほらエルザちゃんもこれ食う? はい、あーん☆」
「えっ!? あ、あーん……もぐ、もぐ……。
は、はい、絶妙な塩気と甘みがあって、
とっても美味しいです、コハル様!」
すっぴんのまま呆れるほどの美貌を輝かせ、
無邪気に『ポムの実チップス』を口に放り込んでくるコハルに、
エルザはすっかり気圧されつつも、その強引な優しさに頬を緩めていた。
いつの間にかギャルに完全に懐かれ、
完全にペースを握られている新米勇者。
そんな二人の眩しすぎるほのぼのとしたやり取りを、
俺は特等席で眺めていた。
「こいつらがそばにいるなら、
どんな旅になっても退屈はしねえな――。」
静かに焚き火に当たりながら、俺はこの先の予測不能な旅路を、
どこか心待ちにしている自分に気づくのだった。
そして翌日。
街道を進んだ一行は、ついに目的の
『交易都市リブラ』の巨大な城門の前へと到着した。
本来ならば、多くの商人や旅人が行き交うのどかな交易都市。
――ところが、門をくぐって街に入ってみれば、
そこは異様な熱気に包まれていた。
『おい! 今年の大会はマジでヤバいぞ!』
『ああ! 領主様が出した優勝賞品、本物の秘宝らしいからな!
街中の猛者が集まっててお祭り騒ぎだ!!』
あちこちで激しい怒号や大歓声が飛び交い、
住人や旅人たちが大興奮のパニック状態で四方八方へと走り回っている。
「噂では、毎年ものすごいお祭り騒ぎになる
武闘大会だとは聞いていましたが……
さすが『夏の精霊様のベール』が優勝賞品となれば、
とんでもない熱気ですね……!」
エルザが周囲の熱気に圧倒されながらも、
感心したように目を丸くする。すると、
俺の横でコハルがいつも通りお気楽な声を上げた。
「っていうか、ウチぶっちゃけベールとかマジいらんから、
早くリブラの可愛い服見に行こうよー!☆
テンション爆上げでショッピングしよ?☆」
「何を言うかコハル殿ーっ!!」
物欲に走るギャルに対し、それまで静かだったカゲロウが突然、
目を血走らせて叫んだ。
「夏の精霊様の聖なるベールが、あのようなむさ苦しい武闘大会の
賞品にされるなど、拙者もう我慢ならんでござる!
大会など待っていられるか、でござる!!
今すぐ領主の館に忍び込み、ベールを盗み出して参るッ!」
『おいっ!待て、クソ全裸!! お前だけならまだしも
お姉様も犯罪者になるだろうがよっ!!
ねじ曲げるぞ!クソがっ!!』
「落ち着いてくださいカゲロウ殿ーっ!
勇者パーティが冒険の最初の街で
即タイホされてどうするんですかーっ!?」
今にも領主の館へ文字通り裸一貫で突撃しようとする
カゲロウを、俺とエルザで必死になって左右から
ガチガチに押さえつける。
「離すでござる! では拙者が、拙者があの大会に出場し、
絶対に優勝してベールを勝ち取ってくるでござるからぁぁっ!」
「分かった、分かったから暴れるな!
出るなら正面からエントリーしろ!」
わーわーと大騒ぎする仲間たちの中心で、
地鳴りのような歓声が響いてくる中央広場(闘技場)の方向を見つめながら、
俺はふと冷静になり、あのアゴヒゲ摂政の顔を思い浮かべた。
「(……わざわざこのタイミングで、こんな大々的なイベントに
俺たちを誘導した。グラッドの奴、一体何を企んでやがる……?)」
あの食えない王様が、
ただの「お楽しみイベント」に俺たちを行かせたはずがない。
間違いなく、この狂乱の裏には何かしらのシステム的な
意図(策略)がある。
「よし、カゲロウ。お前がそこまで言うなら、
大会のリングは任せた。ベールは正面突破で
優勝してゲットして来い!」
「おおっ! ニノ殿、
話が解るでござるな!」
「エルザ、お前はカゲロウのセコンド(見張り)を頼む。
……俺とコハルはちょっと、
そのベールをリブラに持ち込んだっていう
『西の商人』とやらを探ってみるわ」
グラッドの策略の全貌は見えない。
だが、その商人に会いデータ解析すれば、
何かが掴めるはずだ。
カゲロウのガチ死闘の火蓋が切って落とされる中、
ニノとコハルは、裏でうごめく謎の商人を追う――。
バグまみれの武闘大会、一体どうなる!?
キャラを旅に出せば、
いろいろアイデアが浮かぶと言った人はだれですか?




