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第86話 電撃のゲートランド侵攻


第二の旗艦城『氷華晶城ルミナス』——

その暗く冷ややかな謁見の間。


「報告いたします!

 第一の旗艦城『南氷監獄城ヴァルゼク』が落城……

 イグニス様が打倒されました!」


膝を突く伝令兵の報告を受け、

玉座の影から立ち上がった男——

冬の二魔皇が一人『氷影のルシード』は

冷ややかな鼻笑いを漏らした。


「……フン、

 あの予知野郎も口だけだったか。

 未来が見えると増長した挙句、

 無様に吹き飛ばされるとは

 反面教師にもならん」


ルシードは漆黒の外套を翻し、

冷酷な瞳で自軍の幹部たちを見渡した。


「よし、

 本軍は城から打って出る!

 目標はゲートランド城!」


「な……!?

 城を捨てて、南へ向かうと

 おっしゃるのですか!?」


幹部たちの動揺を、

ルシードは冷徹な一言で一蹴した。


「人間の奴らが

 総攻撃をしかけてきているのに

 黙って見ている奴がいるわけなかろう。

 城の一つや二つくれてやる。

 その代わり南半球を全部いただくとしよう。

 冬の精霊様もそれをお望みであることくらい

 命令がなくともわかっておる」


ルシードの口元が邪悪にニヤリと歪む。


「総員、一切敵に気づかれることなく、

 ゲートランド城に進軍だ!

 人間、エルフ、ドワーフその他、

 冬の精霊様に反抗する者は全員皆殺しだ!

 ただしケモ耳女のみ捕獲せよ。

 変態どもに売りさばき、

 この後完全に冬の世界となった時に

 その金で優位に立たせてもらおう」


ルシードが手をかざすと、

一瞬にして何万の大群が

ルシードの影に吸い込まれる。


「これで、このまま進軍だ」


北の極地から手薄な南の人間領へと向かって

極秘裏に電撃進軍を開始したのだった。






一方その頃、

温かな結界に守られた街

スノーフレイク。


スノーフレイクの結界の中で、

グラッド王とニノたちが緊迫した面持ちで

戦術の分析と再偵察の結果を待っていると、

影の中からカゲロウ率いる忍びたちが

再び姿を現した。その表情は重く、

深い困惑に満ちている。


「報告……! 周辺全域を

 再捜索いたしたでござるが、

 依然として敵の足取りは一切掴めぬでござる!

 足跡も気配すら残っておらず、

 本当にどこへ逃げたのかすら……」


「一切の足取りが掴めない、か……」


ロドンが眉をひそめると、

同じく元・冬の四天王である

エルザが硬い声で呟いた。


「ルシードの能力は

 『シャドウ・フリーザ』……

 相手に一切の気配を出させず

 影に潜ませるのが奴の能力です。

 ……もしかすると最悪の場合、

 奴らはここではなく、

 手薄になったゲートランド城を

 攻めているのかもしれません……」


「何だと……!?」


ロドンが目を見張る。

しかし、腕を組んで思索していたグラッド王は、

常識的にはあり得ぬその推測に葛藤を隠せない。


「自分の主の城まで、

 もうあと一歩という所まで

 我々が来ているのだぞ……?

 第二の旗艦城『ルミナス』を破れば、

 後は最後の敵である冬の精霊が

 滞在する本陣を残すのみなのだ。

 それを目前にして、

 まったく反対方向に出陣する……?

 それは有り得るのだろうか?」


冬の戦線の最深部、

冬の精霊が座す本陣の一歩手前まで

三季連合軍が攻め込んでいるのだ。


自陣の破滅を無視して

南へ全軍反転するなど、

兵法としては常軌を逸していた。


しかし——


時すでに遅しであった。





絶望は、唐突に訪れた。


主力が北へ遠征し、

兵力がほとんど残っていない

人間の本陣『ゲートランド城』


そのすぐ北の境界線において、

何もない空間から突如として

極寒の気が噴き出した。


まるで空間の影から

飛び出してきたかのように、

数万のルシード軍が突如として

姿を現したのだ!


「くっ……!

 スノーフレイクへ連絡を……ッ!」


留守を預かるルナが

蒼白な顔で念話を展開する。


スノーフレイクで思索に

耽っていたグラッド王の脳裏に、

ルナの緊迫した声が響き渡った!


『グラッド様、敵襲です!』


「なに!?」


グラッド王が目を見開く。

ルシードの常識外れの老猾な策略——

南半球全滅の危機が、三季連合軍の背後で

現実のものとなった瞬間であった。





「ハハハハ!

 手薄もいいところだ! 勝ったぞ!」


ゲートランド城の目前まで迫ったルシードは、

勝利を確信して高笑いを上げた。


だが、広大な城門の前に、

たった二人で悠然と立ち塞がる者がいた。


一人の少女と、一人の老人——

一(にのまえ) 宵咲と、一(にのまえ) 良尽である。


「ほら、良尽殿、

 やっぱり来たでしょ?」


宵咲が呆れたように肩をすくめると、

良尽は重厚な髭をさすりながら

深いため息をついた。


「うーむ、宵咲殿、

 こんな浅はかな奴がいる組織に

 世界を征服されていたかと思うと

 非常に残念な思いじゃ」


「なんだと!?」


幹部が青筋を立てて怒り狂うが、

ルシードは冷酷に手を制した。


「放っておけ」


小娘と老人など一顧の価値もないと切り捨て、

ルシードは全軍に向けて剣を突き立てた!


「総員、ゲートランド城に突撃!!

 『陽だまりの残響』を潜れば

 冬の魔力は一切使えぬ。

 水、氷属性の者は入ることもできぬ。

 だが——」


ルシードの口元が邪悪にニヤリと歪む。


「我が軍には水、氷属性の者はおらぬ。

 魔力も要らぬ。

 今なら短剣のみ使えれば結構!

 わははははは!」


すでに勝ち誇る大歓声とともに、

数万の突撃部隊が一斉に城門へ向かって

雪原を蹴った、その瞬間——。


スンッ


静寂。


空間がかすかに揺らぐと同時に、

突撃部隊の前列——

全体の約3分の1の魔族たちが、

一瞬にして影も形もなく消滅した。


「な、何事だ!? 」


突如として消えた自軍にルシードが

焦りを露わにした、まさに次の瞬間——。


スンッ


またしても3分の1の大軍勢が、

何の前触れもなく一瞬で消え去った。


「何!? 何が起きている!?」


ルシードが目を見開き、

冷汗をダラダラと流して叫ぶ。


そんな大混乱に陥る魔族の軍勢を前に、

宵咲は心底困ったようにパタパタと手を振った。


「空気の読めない奴だねぇ。

 この流れは、わしの かわいい かわいい

  エリート調律師『一 良太』様が

 冬の精霊をやっつけて、

 世界の平和を取り戻す流れじゃろうが」


「そうそう。最近の若い魔族は……」


良尽も深く頷き、

圧倒的な絶望を前にしながら、

まるで茶飲み話でもするかのように呆れ返る。


「くっ……ふざけやがってぇぇぇッ!!」


残りの軍勢すら一瞬で消し飛ばされ、

恐怖と怒りで狂乱したルシードは、

自身の影の中にヌッと全身を沈ませた。


そのまま完全に気配と存在感を消し去り、

雪原の影の中を自在に潜行する。


幸いにもここはまだ

『陽だまりの残響』の結界の外。


冬の魔力が存分に振るえる領域だ。

完全に無気配となった足元から、

必殺必中の魔術を叩き込んでやる——!


「(ハハハ!

 姿も見えぬ相手に攻撃などできるものか!

 食らえ! 我が最高奥義——

 『氷影穿界・黒氷絶対層』ッ!!!!)」


音も無く、

空間の影から放たれた極大の冷気と影の槍が、

一切の予兆なく宵咲と良尽の心臓を完璧に穿った——

はずだった。


「あー、なんで3000年前に

 負けたんじゃろうねぇ」


「それはな宵咲殿、冬の精霊のみが

 あまりにも強すぎるのよ」


確実に当たったはずだった。


二人には避ける素振りすらなく、

直撃したはずの影の槍は、

二人の体を通り抜けることすらできず

存在ごと空気中に溶けて消えていた。


「(な……ッ!? 馬鹿な!

 もう一発! くらえッ!

 超連発・氷影穿界ッ!!)」


狂ったように影の中から

無数の黒氷の槍を連打するルシード。

しかし、二人は着物の埃を払うような

素振りすら見せず、茶飲み話を続けている。


「ああ、この実力差がわからんか」


良尽が心底呆れたようにため息をつくと、

宵咲が「やれやれ」と冷ややかな目を

足元の影へ向けた。


『参陣奏環「無」』

挿絵(By みてみん)


「な……がぁぁぁぁっ!?」


影の中に潜んでいたルシード、

そして残っていた全軍勢が、

何が起きたのかすら理解できぬまま、

存在そのものを「無」に書き換えられ、

影も形も残らず完全に消滅した。


残されたのは、

静まり返った広大な雪原と、

ぽつんと立つ二人の姿だけであった。


「ふぅ……

 これで邪魔者はいなくなったねぇ。

 良太たちが戻ってくる前に、

 美味しいお茶でも淹れて待っておくかのう」


「うむ、そうじゃな宵咲殿。

 あやつらの帰りを温かく迎えてやるとしよう」


南半球を壊滅させるはずだった

『氷影のルシード』率いる冬の大軍勢は、

ゲートランド城の門前に足を踏み入れた瞬間に、

完全に全滅し無と消えたのだった。






「宵咲殿?」


良尽が尋ねる。


「何です?」


「参陣奏環も含めて、

 全ての力を良太君に渡したのでは?」


「そうですよ。渡しました」


「なぜ今、使えるのかの?」


「それは、渡しても消えないからです」


「あ、そういうこと」


あはははは。二人は大笑いする。


「もう、良太君の時代。

 私に頼るなということですかな?」


「そうそう! よくおわかりで」




『ルナとやら』


『は、はいッ!?』


念話越しに突如脳内に響いた

宵咲の厳かな声に、離れた城で

念話を展開していたルナが

驚愕で背筋を伸ばす。


『見ていたね?』


『はい!

 お助けいただきありがとうございます……!』


『王様には

 「良尽様が敵を一瞬で全滅させた」

 と報告しておくれ。

 私がやったというのは秘密じゃぞ』


『わ、わかりました!』


「(本当は良尽殿だけでも、

 全滅させられたはずだが、

 ついつい手が出ちゃった……)」


宵咲は心の中で、

ちょっぴり反省したのだった——。


間もなく最後の怒濤の展開です。

いやー、頑張りました。

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