第85話 陽だまりの街のカオスな光景
第一の旗艦城
『南氷監獄城ヴァルゼク』を攻略し、
救出した仲間たちとともに
進軍を続ける三季連合軍。
次なる目的地への道中、
激しい極冷の吹雪が吹き荒れる
極寒の冬領域において、
一行は奇跡のような街
『スノーフレイク』へと到着した。
街の外は視界を奪うほどの猛吹雪と、
肌を削ぎ落すような絶対零度の
冷気が渦巻く極冷の世界。
……だが、
一歩スノーフレイクの街へ踏み込めば、
そこはお日様のひだまりの中にいるような
暖かな空気に包まれていた。
「あ〜〜〜ッ!!
ぽかぽかで最高〜〜〜☆」
広場の中央でコハルが
両手を広げて伸びをする。
ここスノーフレイクは、
冬の精霊の領土内で唯一
『陽だまりの残響』で守られた街だ。
「へっ! 見たか! 3000年前のウチの仕事、
まだまだ現役でバリバリ使い物になるやろ!
冬の連中の庭だからって好き勝手させんために、
意地でこの飛び地に結界張っといて正解やったわ!
さすがウチやな!」
炎夏が豪快に酒杯を掲げ、
八重歯を覗かせてドヤ顔で胸を張る。
パチパチパチパチッ……!!
「「「さすが炎夏様ーーーーーーッッ!!!!
(パチパチパチ)」」」
すかさずロドン、ナツちゃん、シルエッタの
夏の陣営トリオが一斉に全力の拍手を贈った。
「ふふ、
相変わらず自画自賛がお好きですわね、炎夏様。
ですが……半分は私の力でしてよ?」
秋華が優雅に扇子をパチンと閉じ、
クスクスと意地の悪い微笑みを浮かべる。
「あぁん!? 何言うとんねん秋華!
九割はウチの熱気のおかげやろがいッ!」
「あら、
秋の保温効果と結界の維持構造がなければ、
炎夏様の熱などとっくに冷め切っていましたわ。
感謝していただきたいくらいですけれど?」
「なんやとぉっ!?」
バチバチと火花を散らす夏と秋の精霊たち。
3000年の時を超えて今なお人々を守り続ける
『陽だまりの残響』の温もりの下で、
グラッド王が振る舞った
熱々の特製スープや肉料理が並び、
兵士も庶民も精霊も分け隔てなく
大宴会が繰り広げられていた。
「おいニノ、
これぶち美味いけぇ食べてみんさい!」
「あ、師匠。
ありがとうございます」
照紅が差し出してきた焼き肉を
モグモグと頬張りながら、
ニノはふと街を包む
『陽だまりの残響』の暖気を見上げて、
感慨深そうに息を吐いた。
「……でも、
こうやってみんなで暖かな街で、
温かいスープを飲んでるのって……
なんだかすごく不思議な感じがしますね」
照紅がキセルを口に咥え、
紫煙をくゆらせる。
「ここに来るのはウチとお前が、
最初にこっちの世界に転移してきた時
以来じゃけぇな」
照紅が懐かしむように目を細めて呟くと、
ニノもゆっくりと頷いた。
「そうですね……。
あの時は何もわからないまま突然放り出されて、
凍えそうになりながら二人で必死に暖を取って……。
なんだか、すでにすごく懐かしい感じがします」
「ほんまになぁ。まさか、
大陸の最南端を目指すのに、
こんな北に転移するとは思わんかったけぇ。
で、
ここから地下道でオータムリアを
目指す旅が始まったんじゃなぁ……
で、ローアンの一件よ」
「地下道の最中、地下都市ローアンの町で
色んな出会いがあって……気付けば
こんなにたくさんの人たちと
一緒に戦ってるんですもんね。
あの時の俺たちに言っても、
きっと信じてもらえないですよ」
「そうやなぁ…ワシも
お前がここまで立派な星脈調律師になって、
ギャルの精霊様を隣にはべらせるようになるとは
夢にも思っとらんかったわい!」
「はべらせてないですってば……っ!」
ニノが顔を赤くして抗議する横で、
コハルが楽しそうにニノの顔をのぞき込んだ。
「ねぇねぇニノ、
ちゃんと食べてる?☆」
「うん! 食べてるよ」
「ほんと〜? でもね、
こっちのスープも超やばいよ☆
ほらニノ、あーん!」
コハルはなんの疑問も躊躇もなく、
スープを掬ったスプーンを
ニノの口元へ差し出した。
「え? あ、うん。あむ」
素直に一口食べさせてもらうニノ。
「ね? 美味しいでしょ☆」
「うん、すごく優しい味がする!」
「でしょ〜!
じゃあ次はこっちの温野菜も!
はい、あーん☆」
「あむ。うわ、甘くて美味しい!」
当たり前のように
「あーん」を繰り返す二人。
美味しい料理にご機嫌になったコハルは、
今まで『魔力供給』の時に
ずっとそうしていたように、
なんの深読みもなくギュッとニノの
右腕を両手で抱きしめ、
自分の肩と頭をニノの腕にすり寄せた。
「やっぱさ〜、
ニノと一緒に食べるご飯が一番美味しいし、
一番落ち着くんだよねぇ〜☆」
「あ……うん。俺もだよ、
コハル。コハルが笑ってくれてると、
宴会もすごく楽しいし……」
腕を抱きしめられる触れ合いには
慣れていたはずのニノだったが、
すりすりと頭を預けてくる
コハルの髪の甘い香りと感触に、
一気に鼓動が跳ね上がる。
「(う、うわ……どうしよう……!?
撫でてあげた方がいいのかな……!?
いやでも、大勢の前で頭を撫でるなんて……
そんなの勇気が要りすぎるっていうか、
それって完全に
『そういう関係』じゃん……っ!!)」
心臓がバクバクと暴れ出し、
伸ばしかけた左手を空中で
ピクピクと彷徨わせるニノ。
しかしコハルは、
ニノの葛藤など露知らず、
気持ちよさそうに目を細めて
さらにぴったりと密着してくるのだった。
それを横目でガン見しているカゲロウが
心の中で叫ぶ。
「(ニノ殿!
そこは覚悟を決めて
撫でるでござる……っ!)」
エルザも机の下で拳を握り締めながら
固唾をのんで見守り、
照紅も「(ウチの弟子なら堂々としんかい!)」と
呆れ顔でキセルを叩いていた。
と、ここでようやく、
周囲の
『あまりにもバラバラで
生温かい視線とカオスな空気』に
ニノが気づいた。
「……? あれ、みんな、
どうしたの? 急に黙っちゃって」
ニノが赤面しながら首を傾げると、
コハルもニノの腕に抱きついたまま
ポカンと皆を見上げる。
「え?
みんなお腹いっぱいになっちゃった感じ〜?」
「……あのなぁ、ニノ。
大勢の目の前で堂々と何を
見せつけとるんじゃ……」
「ッ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?!?」
『見せつける』という言葉が刺さった瞬間、
ニノは顔を真っ赤にして弾かれたように
腕を引っ込めようとした。
「で、何がです!?
何がでしたっけ……っ!?
コハルがいつも魔力供給のときにこうやってたから
自然とそうなっただけであって!
別に何も見せつけてないですしッ!
意図とかないですしッ!」
必死に汗を吹き出しながら
超高速でシラを切るニノ。
……だが、
そんなニノの必死な弁明をよそに、
周囲はそれぞれの思考と酒の勢いで
勝手に大暴走を開始していた!
「あーあ、
ニノさんも必死だね。
若いっていいよねぇ〜」
ザードが豪快に
肉を食らいながらニヤニヤと笑う。
「あなたの方がニノさんより
年下でしょうがッ!」
マリーがザードの頭をビシッと
帳簿で叩いて間髪入れずに突っ込んだ。
「ぐはっ!? な、なんだよマリー!
俺は体格も心も百戦錬磨の
ベテランなんだよ!」
「はいはい、その『ベテラン』が
宴会で平らげた肉の追加請求書も
ここに入れておきますからね?」
マリーは呆れ顔でソロバンをパチパチと弾くと、
帳簿の数字を眺めながら暗黒の笑顔を浮かべ、
ポツリと独り言を呟いた。
「……さて、街へ帰ったら
オーフェンギルド長になんて言いましょうかしら。
『これまでのノホホンブレイクの
基本給、戦闘手当、深夜残業代、ザードの食費、
および精霊封印解除の成果報酬をまとめましたわ。
ざっと試算して1000億円になりますけれど、
すぐにお支払いしていただけますわよね?』
……ふふっ、言った瞬間に
『1000億……!? ぐはっ!!』って
血を吐いて倒れるかしらね♪」
「(……あの笑顔、
絶対本気で取り立てる気だ……
で、オーフェンは100%国に
全額請求してくる……っ!!)」
自分の国が1000億円の
スライド請求で破産する未来を察知し、
グラッド王が背筋を凍らせて
ガタガタと震えながら後ずさりする。
その横では、
酒杯を傾ける炎夏と秋華が、
ニノとコハルの将来について
真面目に(?)語り合っていた。
「っちゅーか、
春妃とニノってこれからどーするんやろな?
精霊って不老不死なんやけどなぁ」
「大丈夫ですわ、炎夏様。
大調律師様もまた不老不死でございます」
「へー、ほんまかいな!
ほな歳の差問題は解決やな!」
「ええ。ただ宵咲様だけは
『覚悟ができているのかのぅ……』と
深くご心配されておりましたわ」
不穏すぎる宵咲様の懸念が明かされる中、
バシャーンと盃を叩きつける音が響く!
すっかり酒が回って真っ赤になった
夏の音叉ナツちゃんと、
秋の音叉アキちゃんである。
「おいニノぉぉぉぉッ!!」
「「ぶへっ!?」」
千鳥羽ばたき?で近づいてきた
ナツちゃんとアキちゃんが、
いきなりニノの左右の頬をパパーンッ!!と
豪快に叩いた!
「痛ったぁぁぁ!?
なにすんの二人とも!?」
「お前がッ!
もっと引っ張らんかいッ!
精霊様を待たせてんじゃねぇぞ!
ゴルァッ!」
「そうですよぅニノさんッ!
春妃様がせっかく
可愛く甘えてらっしゃるのに、
モジモジしてんじゃないですようッ!」
酔っ払い音叉コンビの理不尽すぎる説教に、
ニノが涙目で頬を押さえていると——。
その横から、
ヌッと人ごみをかき分けて一人の男が現れた。
前回、スノーフレイクの酒場にも急に現れた
あのサイン厨である。
「あの……すみません。
サインいいですか?」
非常に静かで無機質な声で、
真っ白な色紙とペンを
差し出してくるサイン厨。
「「よっしゃぁぁぁッ!!」」
酔っ払ったナツちゃんとアキちゃんが
色紙をひっ掴むと、豪快にペンに抱きつき
色紙の余白という余白にデカデカと
自分のサインを書き殴り始めた!
「あーっ!!
お前ら何しとんねんッ!!」
そこへすかさず飛んできた炎夏が、
ナツちゃんとアキちゃんの頭をドゴォッ!と
力任せに殴りつける!
「ウチの書く枠が
ないやろがいッーーーーーー!!!!」
「「ぎゃふんっ!?」」
色紙全体を埋め尽くした
カオスな落書きとサイン。
差し出した当のサイン厨は、
それをじーっと無表情で見つめると、
「……まあ、これでいいか。
ありがとうございます」
とポツリと言い残し、
そこそこ満足そうに
群衆の中へとスッと消えていった。
「良くないだろ絶対ッ!
誰のサインだと思ってんだ!?」
そんなカオスな光景を少し離れて見ていたレイス。
レイスが遠い目をしてポツリと呟いた。
「……二人を見ていると、
なんだか僕も彼女が
欲しくなってくるよね」
その瞬間——。
『『『『レイス様ぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!』』』』
「うわっ!?」
空間が裂け、冥界の大貴族たちが
ゾロゾロと這い出てきた!
『ぜひ我が公爵家の長女をぉぉッ!』
『いや! 我が冥界王家の
姫君こそレイス様に相応しいッ!』
『側室でも愛人でも構いません!
ぜひ婚姻届にサインをぉぉッ!』
「ちょっ、みんな静かにしてよ!
宴会の邪魔だから向こうに帰って……
あっ、引っ張らないで!?」
大貴族たちに群がられ、
揉みくちゃにされて冥界の穴へと
引きずり込まれそうになるレイス。
「……はぁ。自分たちの世界に
入り込みすぎじゃろ、この連中は……」
照紅があまりのカオス空間に
呆れ果ててキセルを叩く横で、
当のコハルはニノの腕をギュッと抱き直し、
ニカッと眩しいギャルスマイルを咲かせた。
「ね〜? ニノ、
みんな楽しそうだし、
別にいーじゃんね☆」
「……まあ、そうかな?」
ニノの困惑と
全員の好き勝手な喧騒が交差し、
スノーフレイクのぽかぽかな夜は
賑やかに更けていくのだった。
数刻後…
宴の熱気がまだ冷めやらぬ広場の影から、
突如として数条の漆黒の影が揺らめき立った。
先行して第二の旗艦城
『氷華晶城ルミナス』の偵察へと向かっていた、
カゲロウ率いる忍びの一隊である。
息を切らし、
忍び特有の無表情を保ちつつも、
その瞳には明らかな困惑の色が浮かんでいた。
「ご、報告……!
第二の旗艦城『ルミナス』へ
潜入調査を試みたのでござるが……」
カゲロウがグラッド王とニノの前に片膝を突き、
重々しい声で告げる。
「ご苦労であった。
敵の防衛網はどうなっていた?」
グラッド王が杯を置き、
鋭い眼光を向けると、
カゲロウは固い表情のまま首を横に振った。
「いえ……防衛網どころか、
城内に動くものの気配が一切ござらん。
兵の一人、魔獣の一匹すらおらず……
第二の旗艦城『ルミナス』は、
完璧にもぬけの殻でござる!」
「「「な、何だってーーーッ!?」」」
どよめく宴の会場。
あからさまな不気味さと
違和感が広場を包み込む中、
三季連合軍の夜は一気に
緊迫の度を深めていくのだった——。





