第82話 春の精霊の復活
4つの宝玉がすべて粉々に打ち砕かれたことで、
長きにわたる次元の狭間を縛り続けていた
『偽りの箱庭』の強力な結界は、
跡形もなく崩壊した。
空を覆い尽くしていた極冷の吹雪が
嘘のように晴れ渡り、雲の隙間から
暖かな春の光芒が降り注いでいる。
北の城の一室。
静まり返った豪奢な寝室のベッドには、
冬の呪縛から解放された春の精霊『春妃』
が、静かに横たわり眠りについていた。
枕元で心配そうに顔を覗き込むニノ。
少し離れた壁際に立ち、
硬い表情で固く拳を握り締めている
勇者エルザ。
部屋の隅で腕を組み、
静かに気配を探っているカゲロウ。
その時、空間が微かに揺れ、
秋の聖地に留まっている
ネクロマンサーのレイスから
透明感のある念話が脳裏に響いた。
『……念のため、僕自身で冥界の様子を
直接確かめてきたよ。
タナトスもアルゴスも、
冬の将たちの魂は確実に
冥界へ引きずり込まれていた。
封印の宝玉は完全に消滅している。
あとは……春の精霊様の目覚めだけだね』
「……ありがとう、レイス。
わざわざ冥界まで行って
確かめてくれたのか。
少し気が楽になったよ」
ニノが心から感謝を口にする。
冷徹な分析家でありながら、
仲間のためには冥界へ足を
踏み入れることすら厭わない。
レイスを含め「ノホホンブレイク」の
面々は、ニノたちにとって
これ以上なく頼もしい仲間に
なっていた。
「……ん……ッ」
その時、
ベッドの上で小さな身震いが起き、
コハルの長い睫毛が揺れた。
ゆっくりと開かれたその瞳に、
柔らかい春の光とニノの顔が映り込む。
「……ニノ……? ……」
長き呪縛から解放されたばかりの春妃は、
まだ状況が理解できず、
頭の上に小さな疑問符を浮かべるような、
どこか虚ろでポカンとした表情のまま、
ゆっくりと上半身を起こした。
「春妃様……! よかった!
お体は大丈夫ですか?」
その寝ぼけ眼のような無防備な表情を見て、
ニノは感極まり、思わず春妃を強く抱きしめた。
「本当によかった……本当によかった…」
「あの…ニノ?強すぎない?
痛いんだけど」
「あ、ごめん!」
我に返ったニノは顔を真っ赤にし、
弾かれたようにすぐに離れる。
「確かにニノ殿は、
ずっと春妃様のことばかり
考えてござったからなw
しかし…
嬉しいとは言え、抱きつくとは
思わなかったでござるがw」
部屋の隅で見ていたカゲロウが、
涙を流しながらからかう。
二人が赤面するその温かな光景を前に、
壁際に立っていたエルザの身体が、
微かに震え始めた。
彼女の脳裏に消えぬ傷として刻まれているのは、
かつて冬の精霊の禁呪に呑まれ、
闇に落ちていたあの日の記憶。
冬の禁呪に操られていたとはいえ、
自分自身のこの手で、
春妃の思念体を剣で突き刺し、
消滅させてしまった痛々しい感触——。
エルザは意を決したように息を呑むと、
重い足取りでベッドの傍らへと歩み寄った。
そして、その場に深く膝をつき、
床に頭を擦り付けるようにして伏せた。
「春妃様!」
「……春妃様。ずっと……ずっと、
謝りたく思っておりました……ッ!」
絞り出すようなエルザの声に、
部屋の空気が張り詰める。
「あの時……私はこの手で、
春妃様の思念体を切り裂きました……!
ニノ殿の大切な存在を……
コハル様という春の精霊様を消滅させたのです!
いくら謝罪しようと
許されることではありません……!
本当に……本当に
申し訳ございませんでした……ッ!!」
ボロボロと溢れ出る涙が、
床に綺麗な水たまりを作っていく。
罪悪感に押し潰されそうになりながら
頭を下げ続けるエルザに対し、
春妃は静かに体を起こした。
そして、細く暖かな手を、
エルザの震える両手にそっと重ねた。
「……泣かないで、エルザ」
「……え……?」
エルザが顔を上げると、
そこには一切の責めも拒絶もない、
どこまでも澄み切った春妃の
優しい笑顔があった。
「あの時、私を突き刺したあなたの剣……
すごく震えていたの、ちゃんと覚えてるよ。
あなたが禁呪に苦しんでいたことも……
何より、命がけで私を守ろうと、
心の中で戦っていたことも全部わかってた。
だから……もう自分を責めないで、エルザ」
すると、春妃は少し目を見張り、
照れくさそうにふわりと微笑んだ。
「ふふ……『春妃様』じゃなくて、
コハルって呼んでいいよ。……あ、
てゆーかさ!
私も我慢しなくていいって感じ?」
「え……?」
突如としてノリが変わった春妃に、
ニノもエルザも呆然と目を丸くする。
コハルはベッドの上でパッと姿勢を崩すと、
ニカッと眩しいギャルスマイルを弾けさせた!
「いやー、
ずっと思念体でギャルやって
ばっかだったっしょ?
そしたらさ、今はぶっちゃけこの方が
自然なんだよねぇ☆
こっちの方がみんな的にもいいっしょ?
みたいなっ!?」
「コハル様……あ……あああぁぁッ……!」
長年の重荷から解放されたエルザは、
ギャル口調だろうとコハルの
温かい赦しそのものに救われ、
涙をボロボロとこぼしながら
「ありがとうございます……ッ!」と
その手にしがみついて泣きじゃくった。
ニノとコハル、
そしてエルザが絆を確かめ合い、
温かな高揚感に包まれた——その時、
「よしッ!!
深刻な話も無事に解決して、
コハル殿も目覚めたことでござるしっ!!」
突然、カゲロウがパンッ! と威勢よく手を叩いた。
そして、何を思ったか、
装束の懐から異様な手慣れた手つきで
「携帯サウナセット」を爆速で取り出し、
静かな寝室のど真ん中に設営し始めたのだ!
「長旅の疲れと、
箱庭の冬の毒素を抜くには、
やっぱりサウナで『整う』のが一番でござる!
ほら、サウナストーンに
アロマ水をかけるでござるぞ!!」
言うのと同時に、
速攻でニンジャ装束をパージして
全裸になろうとするカゲロウ。
『だから、それをやめとけっての!!
クソ全裸! 虫以下かっ!』
パァァァァァンッッ!!!!
久々のルナの遠距離物理攻撃
『タイタンハンド』が空を切って現れ、
装束を脱ぎかけたカゲロウの尻を
思いっきり勢いよくビンタした!
「どがぁッ!?」
壁まで吹き飛ぶカゲロウ。
「いきなりサウナって!カゲロウ!
今のコハルは春の精霊様だぞ!」
「そうです。カゲロウ殿、
今後は時と場所をわきまえてですね…」
『次やったら、
空間ごとひねり潰すぞ!クソ全裸!!』
「てか、ぶっちゃけ煙いんだけどー!?☆」
ニノ、エルザ、ルナ、
そしてコハルまでギャルツッコミを重ねて
完璧な総ツッコミを叩き込む。
「「「「(そうだ、いつもこのノリだった)」」」」
部屋は一瞬にして和やかな
大爆笑に包まれたのだった。
「——おいおい!
湿っぽい感動の再会はそこまでや!」
「ふふ、実に賑やかで
素晴らしいことですわね」
ドカッと豪快に扉を開けて入ってきたのは、
灼熱の炎を纏った炎夏と、
その後ろから優雅に扇子をあおぐ秋華であった。
さらには、それぞれの調律師や
音叉たちも次々と部屋へ集結してくる。
「炎夏様! 秋華様も!」
「それに、ししょう!会いたかったぁ!☆」
「ウチもじゃけぇ、コハル!」
渋谷で遊んでいた頃以来か。
照紅との感動の再会である。
そこに炎夏が割って入る。
「はいはい、感動の再会はいつでもできる!
それより!
4つの宝玉は綺麗さっぱり叩き割ったで!
これでこの『偽りの箱庭』は用済みや!」
炎夏が不敵に口端を上げ、
拳を強く握り締める。
「さあ……待たせたな、皆の衆。
ここはただの偽りの空間。
うちらの真の戦場はこの先にあるでっ!」
秋華も優雅に扇子を閉じ、
静かで真剣な眼差しをコハルへと向けた。
「ええ。冬の精霊が待ち受ける、
本物の『冬の城』……。
次元の狭間から戻り次第、
一気に攻撃をかけますわよ」
コハルはベッドから「よーしッ!」と
軽快に飛び降りると、
ニノの腕を力強く抱きしめた。
久々の魔力充填ポーズだ。
「マジでそれな!
みんな、行こ!☆
今度こそ冬の暴走サクッと止めて、
最高の春取り戻すっしょ!」
「おうッ!!
全員で『冬の城』へ総攻撃だ!!」
三つの季節の精霊の力を
取り戻したニノたち一行は、
真の決戦の地——冬の精霊が鎮座する
『冬の城』への総攻撃に向かって、
迷いなく突き進むのであった。
いい感じにラストに進めそうです。





