第81話 四つ目の宝玉、凍土の将アルゴスとの戦い
『偽りの箱庭』——
その東端に位置する『疾風の渓谷』
両脇を鋭く切り立った崖に囲まれ、
天を突く岩壁からは断ち切るような
極冷の暴風が吹き荒れる難所である。
谷の最奥、風が渦巻く巨大な岩窟の前に、
青白く光り輝く最後の宝玉が鎮座していた。
だが——
その極冷の吹雪が渦巻く岩窟の前で、
およそ戦場には似つかわしくない光景が
広がっている。
鮮やかな朱色の毛氈が整然と敷かれ、
その上には風情ある赤塗りの
野点傘がしずしずと広げられている。
朱色と金色が織りなす絢爛な着物を
優雅にはためかせ、秋の精霊『秋華』は、
その優美な野点傘の下で扇子をあおぎながら、
うっとりと微笑んでいた。
「……ふぅ。思いのほか気持ちのよい
風が吹いておりますこと」
後から一行に追いついた照紅は、
あまりに完璧に設営されたお茶会席を前に、
手に持つキセルをふりまわしながら、
声を張り上げた。
「あの!?秋華様!?
優雅にお茶会しとる場合じゃないけぇ!!」
「これ、照紅。あなたも秋の一員なら、
心の余裕を持つことと
自然の美しさをたしなむ心を持つのですよ」
「はぁ…意味はわかりますが、
敵陣じゃけぇ」
「ところで、あなたのその広島弁?も
味があって心地よく響きますね」
「はぁ…それはありがたいお言葉ですが、
ここ、敵陣なんやけど」
マイペースにお茶の準備を整える秋華と、
ローテンションでツッコミを重ねる照紅。
そんなふたりの優雅(?)な
会話を切り裂くように——。
「助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!
秋華様ぁー! 照紅師匠ぉぉぉーッ!!!」
渓谷の奥から、
けたたましい悲鳴が響き渡った。
見れば、
小さな羽を必死に羽ばたかせた
秋の音叉「アキちゃん」が、
目を涙目で丸くしながら
猛スピードでこちらへ飛んでくる。
そして、その背後には——
百体を優に超える氷の魔物と巨大な冬の精霊兵が
大群をなして押し寄せていた!
「……またですのね」
秋華が額を押さえて深々と溜息をつく。
「……え? どういう状況じゃけぇの?」
初共闘となるアキちゃんのまさかの大暴走に、
照紅がキセルを止めて呆然と目を丸くする。
秋華は扇子で口元を覆いながら、
淡々と、しかし諦めを含んだ声で説明した。
「音叉ちゃん…いえ、アキちゃんは、
やる気と正義感が尋常じゃなく強いため……
いつも一人で先走って特攻を
仕掛ける癖がありますのよ」
「……やる気がないよりはましや……
と思う」
迫り来る百体の魔物の大群を前に、
照紅は必死に自分へと言い聞かせるように呟いた。
「だってぇ~! 宝玉が見えたから
先に叩き割っちゃおうと思ったんだも~ん!
そしたら『いらっしゃ~い』って
言わんばかりに湧いて出てきたんだよ~!
助けてー!」
アキちゃんは秋華の着物の袖にしがみつくと、
プルプルと震えながら逃げ込んだ。
「ったく、世話の焼ける音叉じゃのう……。
まあええわ、秋華様、
ちいと下がっとってくださいや」
照紅が前に踏み出し、
キセルをふっと吹いた。
「春の精霊様を救うため、
全員が命がけで切り開いた道じゃ!
ここで足止めを喰らうわけにはいかんけぇ!!」
追いついてきた数百の氷の魔物たちが、
牙を剥いて照紅へと一斉に飛びかかる。
「ひねり潰せ! 侵入者どもを粉砕せよ!」
だが——照紅はフッと不敵な笑みを浮かべ、
手に持つキセルを大天空へと一閃させた!
「最初から行くでッ!
秋の調律最終奥義——」
『弐陣奏環「秋」 絢爛神楽紅葉狩り』!!!
ドゴォォォォォォォォォォォン……ッ!!!!
いきなり放たれた秋の最終奥義によって、
渓谷の空間全体に眩い朱色と
黄金の幾重もの多層魔法陣が展開される!
荒れ狂う極冷の暴風が一瞬で消し飛び、
空間全体を絢爛豪華な
舞い散る紅葉の神楽嵐が埋め尽くした。
「な、なんだと……!?
ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
数百の氷の魔物も、巨大な冬の精霊兵も、
叫ぶ間すら与えられず一瞬にして
紅葉の光芒の中に呑み込まれ、
粉々に砕け散り、光の粒子となって消滅した!
「フフフ、よいよい」
その圧倒的な破壊の光景を前に、
秋華は野点傘の下で扇子で口元を隠しながら、
実に満足そうに優雅に微笑んだ。
「さすが、玩秋組。
3000年経っても
素晴らしい秋の能力ですわ」
「ありがとうございます。
秋華様」
初手から最終奥義をぶちかました
照紅の規格外すぎる強さに、
アキちゃんは手のひらを返して
「すごーい! さすが照紅師匠ー!」と
パチパチ拍手を送る。
「よしっ! じゃあアキちゃん、
今度こそ宝玉を直接割ってくるね!」
「待ちなさいアキちゃん!
また一人で——」
秋華の制止も聞かず、
アキちゃんは再び「えいっ!」と
疾風の渓谷の最奥の宝玉へと
突撃していった。
「……はぁ。本当にあの子は……」
「まあまあ秋華様、
元気が一番じゃ。……っと、
本命のお出ましみたいじゃ」
岩窟の奥から、
轟音とともに地響きが起こる。
宝玉を護る最後の敵——
冬の精霊軍が誇る
重装騎士『凍土の将・アルゴス』が、
超巨大な氷結の盾と槍を携えて姿を現した。
「無駄だ小娘!
我が絶対防御の盾『氷帝の障壁』は、
いかなる攻撃も通さぬ!」
アルゴスが突き出した巨大な盾が
青白い絶対防御の結界を展開する。
そこへ突撃したアキちゃんは、
結界に「ごちんッ!」と激しく頭をぶつけた。
「ふぎゃっ!? た、たすけてぇぇぇぇぇ!
なんかすごい頑丈なのが出てきたぁぁぁ!」
「だから言ったでしょうがこのおバカ!!」
涙目になって舞い戻ってきたアキちゃんを、
秋華が扇子で「ぽこん」と叩く。
「……照紅。
あのように見苦しい冬の壁、
さっさと片付けてしまいましょう」
「私も久々の実戦、照紅、
まずは魔力を供給してくださるかしら?」
「承知!」
照紅がキセルを構え、
自らの持つ全魔力を秋華へと
波のごとく供給していく。
アキちゃんも照紅の背中に
ぴったりとしがみつき、
ちょこんと首を出して前をのぞき込んだ。
秋華が静かに一歩を踏み出し、
着物の裾を可憐になびかせる。
その瞳に宿るのは、
数千年の時を耐え忍んできた精霊としての、
底知れぬ静かなる怒り。
「長い間、
冬には苦しめられてきました。
汚い言葉ですが少し「報復」
させていただきましょう」
秋華が優雅に扇子を振りかざした。
——「風雅風月風紅葉」
「え? ここは?」
凍土の将・アルゴスは一人、
無限の暗闇の中にいた。
何が起きてここにいるのか、
一切わからない。
今は戦闘の最中、
すぐに戻らなければ宝玉があぶない。
アルゴスは焦りの中、
暗闇の出口を探して必死に走り回った。
すると、周囲からくすくすという
嘲笑混じりの声が響き渡る。
『おいおい、元気だなww』
『走ってるぞ、珍しい奴ww』
『そうそう、もう死んだというのにww』
「(え?)」
秋華の技を食らったかどうかすらわからないが、
自分はもう死んでいるらしい。
自身の体がすでに足元から
漆黒の霧となって崩れ去っていることに、
今さら気づいた。
アルゴスは走るのをやめ、
いつの間にか周りを取り囲んだ死神に、
静かに体を預けた。
「(うまくいったようだね)」
死者が冥界に連れて行かれるところを、
レイスは上空から静かに眺めていた。
ドゴォォォォォォォンッ……!!
アルゴスが自覚すらできぬまま消滅すると同時に、
背後の『絶対防御の盾』と、
世界を縛り続けていた最後の宝玉が、
一瞬で跡形もなく粉々に砕け散った。
『パリンッ……!! どっかぁぁぁんっ……!!』
「……ふう。
これで最後の宝玉も破壊できたけぇ」
照紅がキセルをポンポンと叩いて
灰を落とし、ふっと息を吐いて微笑む。
「やったぁぁぁ! 宝玉こわしたよー!
アキのおかげだねー!」
「お前は逃げ回っとっただけじゃろがい!」
照紅がツッコミを入れながら
アキちゃんの頭をワシワシと撫で回し、
そう言って振り向いた——その瞬間。
「……は?」
照紅の動きが固まった。
つい先ほどまで激闘の舞台だった岩窟の前に、
いつの間に設営されたのか、
鮮やかな朱色の毛氈と
赤塗りの野点傘が再び姿を現していたのだ。
そしてその中央で、
秋華が何事もなかったかのように
優雅に茶碗を傾け、お茶をいただいている。
「(……素早すぎる。
異次元じゃろ、この精霊様……)」
照紅が喉の奥で絶句していると、
世界を覆っていた「冬の吹雪」が急速に晴れ渡り、
空から暖かな春の光が差し込み始めた。
4つの宝玉が全て破壊されたことで、
『偽りの箱庭』の封印が完全に瓦解したのだ!
直後、炎夏からの激しい念話が響き渡る。
『——おいッ! 秋華! 聞こえとるか!?
北の『絶壁の氷城』の宝玉、
跡形もなく叩き割ってやったぞ!!
残る最後の宝玉は、
お前らが向かった東の渓谷だけや!!』
秋華は茶碗を置き、
クスッと気品ある笑みを
漏らしながら念話を開通させた。
『ふふ……相変わらず騒がしいですわね、炎夏様。
ご心配なく。……こちらの『最後の宝玉』も、
たった今、跡形もなく打ち砕きましたわ』
『なっ……!? マジかい!
じゃあこれで——!!』
『ええ。世界の封印は完全に破られました。
……さあ、大調律師様……
あとは、あなたの番ですわよ』
暖かな春の光芒の中、
世界の中心——「春妃の眠る大樹」へと続く道が、
静かに開かれようとしていた。
平安貴族風に仕上げました。





