第80話 三つ目の宝玉、極寒の将タナトスとの戦い
『偽りの箱庭』——
その北端に位置する『絶壁の氷城』
天を突くように切り立った蒼白の氷壁と、
幾重もの吹雪の結界に護られた巨城の内部は、
肌を刺す絶対零度の冷気が渦巻く
絶望の死域であった。
城の最奥、
玉座の間を模した氷結晶の大ホール。
その中央で不気味に
青白く脈動しているのは、
世界の封印を司る宝玉。
そして、
その宝玉を護るように座していたのは、
冬の精霊軍が誇る精鋭、
全身を綺麗な薄氷の甲冑で固めた
巨大な魔神『極寒の将・タナトス』であった。
「何者かは知らんが、この絶対不可侵の
氷城を破れるとでも思ったか…
馬鹿としかいいようがない。」
タナトスが身の丈を超える
巨大な氷の大剣を叩きつけると、
氷城全体が激しく鳴動し、
極冷の吹雪がホールを埋め尽くした。
だが——
その絶対零度の吹雪を、
力任せにドカンッ!と吹き飛ばして
足を踏み入れてきた者がいた。
「——いやー!
久々の実戦や! ワクワクするなっ!」
轟音と共に氷城の巨大な門扉が粉々に粉砕され、
灼熱の熱風と共に炎に包まれた人影が乱入してくる!
黒髪を激しくなびかせ、
純白のドレスの裾を
炎の揺らめきに変えた
夏の精霊・炎夏である!
堂々と胸を張り、
ニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべる
炎夏の視線は、眼前に立ちはだかる
巨体・タナトスのことなど
一切視界にすら入れていない。
ただただ、存分に暴れ回れる
広い戦場に心を踊らせていた。
その背後には、可憐な衣装を纏った
夏の星脈調律師、シルエッタと、
夏の音叉、ナツちゃんが従っていた。
「な、なに……!?
この凄まじい熱気は……夏!?
まさか夏の精霊……!?」
タナトスが思わず氷の大剣を構え直し、
困惑混じりに声を上げる。
炎夏は豪快に肩を回して骨を鳴らすと、
周囲の冷気をフンッと一息で吹き飛ばした。
「おい! 汁!(=シルエッタのこと、以下略)
魔力供給や!」
「承知しましたぁ~」
「音叉!(=ナツちゃんのこと、以下略)」
「はいっ! やる気まんまんであります!」
前回、時空の狭間に飛び込んだ際に
「ええかげんにやる気出さんかい!」と
炎夏にどつかれた拳の衝撃が、
思いのほか痛かった。
今も頭のてっぺんが少し痛い。
またどつかれるのだけは絶対に嫌だと、
ナツちゃんは心の中で
冷や汗を流しながら
必死のキリッと顔を作っていた。
「よし、とりあえずは待機」
「(えぇーっ!?)」
あまりのハシゴの外され方に、
ナツちゃんは思わず心の中で悲鳴を上げた。
タナトスを完全に置き去りにした
怒涛のやり取りが繰り広げられる中、
蚊帳の外に置かれたタナトスは
顔を真っ赤にして激怒していた。
「くっ……我を無視する気かッ!
舐めた真似を……! 叩き潰せ、
氷の魔導兵ども!」
タナトスの激怒の号令とともに、
ホールの氷床から数百体におよぶ
巨大な氷の魔導兵が湧き出し、
一斉に襲いかかってきた。
「炎夏様! お任せくださいなぁ~!
『夏の星脈調律師』の力、
見せて差し上げますぅ!」
シルエッタがくるりと可憐に身を翻し、
空間に幾重もの弐陣奏環「夏」を展開する!
朱色と黄金色に輝く
空間魔法陣が多層に重なり合い、
空間そのものを『夏の絶対領域』へと
塗り替えていく!
「ナツちゃん、いきますよ~!」
ナツちゃんがフェアリーから
本来の姿である音叉へと変化し、
シルエッタが展開した弐陣奏環の
中心へと飛び込む。
次の瞬間——
ゴォォォォォォォォン……ッ!!!!
空間全体を揺るがす
巨大な「夏」の重低音が響き渡った!
調律支援によって
極限まで増幅された熱波の音線が拡散し、
襲いかかってきた数百体の氷の魔導兵を
一瞬で湯気へと蒸発させていく!
「なっ……!?
我が氷の軍勢が一瞬で
蒸発しただと……!?」
タナトスが戦慄する中、
炎夏はニヤリと凶悪な笑顔を浮かべ、
両手を広げタナトスを挑発する。
「ヒャハハハハ! 効いとる効いとる!
おい、冬のクズ野郎!
暴れ足らんわ、もっと来いやぁッ!!」
炎夏の周囲に、
シルエッタの弐陣奏環から供給された
膨大な夏の星脈が渦を巻く。
黒髪が太陽のような黄金の炎へと染まり、
純白のドレスが灼熱の光芒へと変貌を
遂げていく。
「何が『偽りの箱庭』や!
何が『春妃の洗脳』や!
そういう裏でコソコソするやり方が、
気に入らんのじゃ!!
そういうすっきりせん
冬の精霊軍は、ウチが全員黒こげの
灰にしてやるんじゃボケぇぇぇぇッ!!」
「ぬおおおッ!
舐めるなよ夏の精霊!
『極寒結界・絶対零度』!!」
タナトスが叫び、
宝玉から無限の魔力を引き出して
ホール全体を強大な氷塞へと変えようとする。
宝玉から注ぎ込む絶対不可侵の防御結界が、
タナトスの全身と宝玉を二重三重に包み込んだ。
「ハッ! そんな薄っぺらい氷の壁で、
ウチの『夏』が防げると思ってんのか!
汁! 音叉! 合わせるで!!」
「はいですぅ~っ!!」
「やる気まんまんでありますっ!!」
シルエッタとナツちゃんが
弐陣奏環「夏」の全エネルギーを
炎夏の背中へと集中させる。
炎夏の身体の周りに直列配置された
巨大な三層の空間魔法陣。その中心に、
太陽そのものを凝縮したかのような
巨大な熱球が生成された。
「まだまだやで!!」
熱球は夏の魔力を溜め込み、
どんどん大きくなる。
バキィィィィィン!!!
「なにっ!?」
タナトスが叫ぶ。
まだ攻撃を受けていないにも関わらず、
タナトスが張った『絶対零度』の結界を
炎夏の熱球が焼き切った。
「なんやとっ!?」
炎夏も叫ぶ。
これからがお礼参り本番なのに、
もう敵の切り札を破壊した。
全然面白くない!
絶対不可侵のはずだった氷の甲冑が、
結晶柱が、そして宝玉の防御結界が
赤熱化し、溶けて崩れ去っていく!
「バ、バカな……我が絶対零度の結界が……
太陽のごとき熱量に……消される……
だと……ッ!?」
「あほか!!
まだ攻撃すらしてへんわ!!
もうええ!ついでや!
このまま往生せぇッ!!
出力1%や!!」
炎夏が巨大熱球をタナトスに放つ。
巨大熱球はタナトスと宝玉へ、
ダイレクトに命中した!
パリンッ……!!
どっかぁぁぁんっ……!!
甲高い破壊音とともに、
三つ目の宝玉が粉々に粉砕され、
膨大な魔力の粒子となって風散していく。
『極寒の将タナトス』も、
苦悶の悲鳴を上げながら完全に消滅したのだった。
だが次の瞬間、
炎夏の瞳に再びギラギラとした
肉食獣のような凶暴な光が灯った。
「——まだまだ! まだ暴れ足りん!!
まだ城内に敵がおるやろ!
城ごと蒸発させるでっ!!
あと城の周りの趣味の悪い山も森も
全部破壊や!
ヒマワリの花園に作り替えるで!!
汁!!!」
「承知ですぅ~」
「了解であります!
やる気まんまんであります!!」
「うむ、音叉は待機」
「えーーー!?」
「おりゃーーー♪ たのしぃーーー♪♪」
崩壊を始めていた巨大な氷の城は、
炎夏の解き放った圧倒的な熱量によって
瞬く間に白い湯気へと変わり、
文字通り全て蒸発し、
跡形もなく消えるのだった。
周りの山も森も同様。
今は一面ヒマワリが咲き乱れる。
「よしよし、
これで少しは見栄えが良くなったやん!」
一面真っ青に澄んだ空が広がり、
ヒマワリが風に気持ちよくなびく中、
炎夏は空を見上げ、
秋華への念話回線を力強く開通させた。
『——おいッ! 秋華!
聞こえとるか!?
北の『絶壁の氷城』の宝玉、
跡形もなく叩き割ってやったぞ!!
残る最後の宝玉は、
お前の向かった東の渓谷だけや!!』
次回、秋の精霊「秋華」の活躍する話です。
結構いい感じのキャラに仕上がりました。





