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第79話 二つ目の宝玉、凍結の水龍との戦い


南の『水底の鏡湖』——

見渡す限り澄み渡る

氷層に覆われたその湖は、

底知れぬ極寒の魔力を湛えて

不気味な静寂を保っていた。


湖の中央、

天を突くようにそびえ立つ

巨大な万年氷の結晶柱。


その奥底で青白く不気味な

脈動を打っているのは、

世界の封印を司る二つ目の宝玉——

そして、

それを護る巨龍『凍結の水龍』であった。


「……ッ! なんという堅さ!!

 刃がまったく通らないでござる!」


湖の氷上で刀を構え直し、

激しい火花を散らしながら

退いたのはカゲロウだ。


頭上からは絶対零度の

極冷ブレスが容赦なく降り注ぎ、

エルザの細身の魔剣と

照紅の星脈調律をもってしても、

宝玉から無限に供給される

回復結界によって、傷口が一瞬で塞がれていく。


「照紅師匠!

 水龍の防御結界が強すぎて、

 みんなの攻撃が半減以下になっています!

 しかも圧倒的に回復速度の方が早い!」


ニノが身体の周りに『弐陣奏環「春」』を展開し、

他のメンバーに防御結界を張りながら、

歯を食いしばりながら叫ぶ。


あまりに早い回復に、これでは

不死の魔獣を相手に戦っているのと同じであった。


「チッ……! 冬の野郎ども、

 一つ目の宝玉を破られたことで

 警戒を強めよったか!

 宝玉からの魔力供給経路が

 幾重にも重なっておる……

 これじゃ手が出せんけぇ!」


照紅が苛立ちと共に

『弐陣奏環「秋」』を展開した、

まさにその時だった——


『——ツ…………ッ……!!』


突如として、

ニノ、照紅、エルザ、カゲロウの4人の脳裏に、

激しい空間の摩擦音と共に

「あたたかく強大な魔力の波動」が

直接打ち込まれた!


外界からの通信を冷たく

遮断していた不気味なノイズが、

まるで巨大な灼熱の嵐によって

吹き飛ばされるかのように

綺麗さっぱり掻き消えていく。


『——もしもし!?

 大調律師様!

 聞こえていらっしゃいますの!?

 秋の精霊『秋華(しゅうか)』でございますわ!

 ……あら、

 真名をお伝えするのは初めてだったかしら?

 …って、そんなことはどうでもよくってよ!』


脳裏に響き渡ったのは、

気品高くも焦りを滲ませた

秋の精霊「秋華」の凛とした声だった!


「……っ!? 秋の精霊様!?

 念話……念話が繋がった……!?」


ニノが目を見張り、声を張り上げる。


「秋の精霊様なんか!?

 どこにおるんじゃ!? 無事なのか!?」


照紅も展開した弐陣奏環を激しく明滅させ、

驚愕の声を投じた。


『ええ、無事ですわ!

 念話が遮断された原因を突き止め、

 大調律師様たちをお助けするために、

 わたくしも時空の狭間へと

 参上いたしましたわ!』


そして、秋華の声に重なるように、

あの豪快で勢いのある関西弁が

念話の回線をぶち破って割り込んできた!


『——おいッ! ニノ!

 いま、どこにおんねん!?』


『——きゃあ!? ちょっと、炎夏様、

 人の念話に割り込んで来ないで

 くださいます!?』


「……えっ……!?

 この声……炎夏……様!?」


ニノは思わず素の声を漏らした。


『ウチや! 炎夏や! 汁(じる)(シルエッタ)と

 音叉(ナツちゃん)ひき連れて

 時空の狭間に殴り込んできたったわ!!』


『「汁(じる)って呼ばれるのに慣れてしまってますぅ」』


『「……おおせのままに(嫌そうに)」』


「夏と秋の精霊様……!

 二人が時空の狭間に来てくれたんだ……!」


ニノの胸に、圧倒的な

熱い感情が込み上げてくる。


だが、時空の狭間に降り立った

二大精霊は、眼前の光景と

歪んだ次元構造に強い不審を

抱いたようだった。


『……それにしても、

 なんやねんこの空間は!?

 城や街はあるわ、

 お前らは戦っとるわで、

 今はどういう状況やねん!?』


炎夏の困惑混じりの問いかけに、

ニノは戦いながら息を荒らして応えた。


「この時空の狭間の中に作られた世界は……

 冬の精霊軍が作り出した

 『偽りの箱庭』なんです!

 王都も城も人も、すべては春の精霊・

 コハルを絶望の中に閉じ込めるための

 悪趣味な演劇の背景にすぎません!」


『……なんですって……!?

 春妃(はるひ)様を……

 そのような偽りの牢獄に……!?』


念話越しに、秋華の激しい怒りの

息遣いが伝わってくる。


「(コハルの真名は「春妃(はるひ)」っていうんだ)」

と思うのと同時に、ニノはさらに言葉を続けた。


「世界の封印とコハルの……

 いえ、春妃様の記憶の洗脳を維持するために、

 この世界の四方に4つの宝玉が隠されているんです。

 この4つの宝玉をすべて壊さないと、

 この世界の封印も、

 春妃様の記憶も元に戻らない

 仕組みになっています。

 俺たちはすでに宝玉の一つを破壊しました!

 今、南の『水底の鏡湖』で

 二つ目の宝玉を護る『凍結の水龍』と

 戦っています……!」


ニノの説明を聴き終えた炎夏は、

ニヤリと鼻で笑うような

気風のいい声を上げた。


『——なんや、

 その宝玉を壊せばええんやな。

 よし! どこにあるか教えんかい!』


「えっ……!? どこにあるかって……」


『うちらが直接その宝玉とやらを

 叩き割りに行ったらぁ!

 四方に隠れてるんなら、

 手分けした方が早いやろがい!

 次の目的地はどこや!?』


炎夏の圧倒的な行動力と頼もしさに、

ニノはハッと目を見開いた。


「次は……東の『疾風の渓谷』です!

 そこに宝玉があるはずです!」


『その次は!?』


「北の『絶壁の氷城』です!

 そこにも宝玉があります!

 壊す順序はありません!」


『東の『疾風の渓谷』と、

 北の『絶壁の氷城』やな! 覚えたわ!

 汁! 音叉! 殴り込むで!!

 ウチらは、より難解そうな北や!

 秋のは東で遊んで来いや!!』


『「承知いたしましたぁ~!」』


『「……おおせのままに(嫌そうに)」』


『「おいっ!音叉!ええかげん、

 やる気出さんかい!ボコッ!」』

挿絵(By みてみん)

念話の向こうから、

ナツちゃんが炎夏に速攻で

どつかれる賑やかな音が響いた。


決してパワハラなどではない。

関西特有の、愛の籠もった

ツッコミである。


炎夏たちがすぐさま

動き出そうとしたその時、

秋華が制するように気高く

力強い声を投げかけた。


『わたくしは

 東の『疾風の渓谷』に向かいます。

 照紅! あなたはわたくしに

 合流してくださいまし!』


「——! 承知いたしました、

 秋の精霊様!」


照紅に一切の迷いはなかった。

精霊と調律師は一対の存在。

時空の狭間という歪んだ空間で

本来の星脈を巡らせるためには、

共に並び立つことこそが自らの役割だと、

その魂が理解している。


『さすが! わたくしの

 「秋の星脈調律師」!

 頼もしい限りですわ!』


ニノも固い眼差しで照紅と向き合う。


「照紅師匠、行ってください!

 秋華様と合流してください!」


「ニノ……すまん!

 この水龍、任せたぞけぇ!」


「はい! 僕とエルザ、カゲロウで

 必ずこの水龍を倒し、

 二つ目の宝玉を打ち砕きます!」


照紅は力強く頷くと、

跳躍一閃、秋華の魔力波長を目指して

そのまま離脱していった。


『待っとけよ冬のクソ野郎ども!

 宝玉もろとも全滅させてやるからなぁッ!!』


炎夏と秋華の力強い声が念話の奥へと消えていき、

各々の目的地へ向けて二大精霊が動き出す。


残された南の『水底の鏡湖』


巨龍『凍結の水龍』が、

照紅の離脱に乗じるように激しい咆哮を上げた。


「オオオオオオオオオッ……!!」


宝玉から注ぎ込む青白い回復結界が

水龍を包み込み、傷痕を瞬く間に塞いでいく。


巨躯を振り回し、絶対零度のブレスを

吐き散らす水龍を前に、

息を荒らげるニノとカゲロウ。


その時、一歩前へ出たのは

細身の魔剣を構えたエルザだった。


「ニノ殿、カゲロウ殿……

 ここは私にお任せいただけませんか?」


エルザの静かな、

だが尋常ではない決意を秘めた言葉に、

ニノとカゲロウは息を呑んだ。


「えっ……!? エルザ、

 一人でなんて危ないよ!

  あの水龍の回復速度は異常なんだ、

 一人で戦うなんて無謀だ!」


「左様でござる!

 エルザ殿の強さは重々承知しているが、

 あの巨龍を一人で相手取るのは

 いくらなんでも無茶でござる!

 三人で力を合わせねば——」


カゲロウとニノが必死で制止しようとするが、

エルザは静かに首を振った。


その瞳には、かつて闇に堕ち、

絶望の深淵をくぐり抜けた者だけが宿す、

凄絶なまでの覚悟が宿っていた。


「……闇堕ちして以来、

 私の能力は飛躍的に向上しました。

 まるで倍……いいえ、

 全てが三倍になったとすら感じています。

 ただ、まだ出していない……

 たぶん私の中の『最強の技』があります。

 私にも予測が付かない力であり、

 恐くて今まで使いませんでしたが……

 ここでそれを出したいのです」


「エルザ……」


ニノは言葉を失った。


エルザの纏う雰囲気が、

みるみるうちに変わっていくのを

感じ取ったからだ。


「はぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


エルザが低く凛とした叫びとともに、

細身の魔剣に自身の全魔力を流し込み始めた。


ズズズ……ッ! ズズズズズ……ッ!!


凄まじい密度の魔力が周囲の空間を歪ませ、

湖の氷層が激しく震動する。

その魔力の圧迫感はあまりにも凄惨で、

ニノやカゲロウすらも思わず

数歩後ずさりしてしまうほどだった。


魔剣は光と氷の魔力を帯びて目眩く輝きを増し、

周囲を昼間のように照らし出していく。


目を開けていることすら困難なほどの

極光を放つ魔剣——

だが、エルザはそこへさらに、

深層に眠る未知の魔力を注ぎ込んでいく。


すると次の瞬間、

膨れ上がった眩い光がスーッと収束し、

魔剣の刃が禍々しくも幻想的な紫煙を纏い始めた。


光を失った刃は深みのある紫色へと変色し、

やがて内側から溢れ出すように、

眩烈な『紫色の輝き』を放ち始める。

紫でありながら、息を呑むほどに

美しく高貴な光芒。

挿絵(By みてみん)

光と氷、そして闇の深淵を超克した

エルザの真なる覚悟が、

今ここに結実したのだ。


「『剣技極光紫氷(きょくこうしひょう)』……!!」


エルザの身体が消えた。


そう錯覚するほどの超絶的な速度。


紫色の光の軌跡だけが空間に一筋走り——


ザ……ッ!!


次の瞬間、巨大な『凍結の水龍』の首が、

まるで紙切れのように一瞬で

水平に切り落とされていた!


「ガ……ッ……!?」


何が起きたのかすら理解できぬまま、

巨龍の巨大な頭部が氷層の上へ

ドサリと崩れ落ちる。


切断面から紫色の氷の結晶が爆発的に増殖し、

首を失った胴体だけでなく、

水龍が巻き付いていた万年氷の結晶柱の根元、

そしてその奥に埋もれていた宝玉までもが

一瞬で紫結晶の網に囚われた!


ミシ……ミシシシシッ……パリンッ……!!


宝玉に刃が触れたわけではない。

エルザの放った衝撃波と絶大なる紫氷の魔力が、

結晶柱ごと宝玉を内側から完全に粉砕したのだ。


光の粒子となって宝玉が消滅し、

水龍の巨躯もサラサラと

白い氷の砂となって風に舞い散っていく。


「……はぁ……はぁ……っ……!」


魔剣を収め、肩で息をつくエルザ。

その背中に、ニノとカゲロウは

呆然と立ち尽くしていた。


「すごい……」


ニノが呆然とした素の声を漏らすと、

カゲロウは目頭を強く押さえ、

涙を流しながら叫んだ。


「これがエルザ殿のコハル殿への

 思いの強さだと思うと、

 拙者、感動で涙が止まらんでござる……ッ!」


二人の言葉に、エルザは少し照れたように

胸に手を当て、そっと振り向いた。


「これで……二つ目ですね」


これで四つの宝玉のうち、

二つまでを破壊した。


世界の封印が解かれ、

コハルの洗脳と記憶を取り戻すための道が、

確実に拓かれたのだ。


「俺たちは城に向かおう……

 宝玉は必ず全部精霊様により破壊される」


「「承知!!」」


南の『水底の鏡湖』を完全に攻略したニノたちは、

さらなる反撃、そして囚われのコハルを奪還するため、

王都の城を目指して力強く駆け出すのだった。


2枚も挿絵を入れましたよ。

やればできますね。

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