第78話 いざ時空の狭間へ!
「大調律師様? 大調律師様!?
応答してください、大調律師様っ!!」
秋の聖域——色鮮やかな紅葉が舞い散る
優美な社殿の奥深くで、
秋の精霊『秋華』は幾度目になるか分からない
切実な叫びを念話へと投じていた。
だが、
脳裏に返ってくるのは途切れた
魔力のノイズと、
まるで空間そのものがきしむような
不気味な歪み音だけだった。
「なんてことでしょう……!
時空の狭間に入られた直後から、
念話が一切途絶えてしまいましたわ……!
大調律師様……返事をしてください……ッ!」
秋の精霊は深く胸に手を当て、
優美な眉を痛切にひそめる。
「……秋の精霊様、
まずは落ち着こうか」
背後から濃密な死霊魔力をゆるやかに揺らめかせ、
静かで冷徹な声がかけられた。
振り返ると、
そこにはニノから直接この
秋の聖地に留まることを依頼された3人——
黒いローブの裾から不気味な影をうごめかせる
ネクロマンサーのレイス、
そしてザードとマリーの姿があった。
ニノと固い約束を交わし、
大切なこの場所を護るために留まった、
かけがえのない仲間たちである。
「レイス……ザード……マリー……」
「時空の狭間に入った瞬間から
通信が途絶えている以上、
向こうで何が起きているか、
僕たち外界の人間には
正確にはわからないってことが
前提だけど…」
ゆったりと足を進めたレイスが、
ローブの奥で不気味に瞳を光らせながら、
淡々と持論を述べる。
「考えられる可能性の一つとしては……
冬の精霊が、外界との念話を完全に
遮断するような特殊な空間や結界を
作り出していることだね。
……もちろん、最悪の可能性として、
ニノさん達がすでに敵に倒されてしまっている……
という筋も、ゼロとは言いきれないけれど」
「いいえ。大調律師様たちが
倒れるはずがありません。
冬の仕業なのでしょう」
秋の精霊は毅然と言い放つと、
気品高く胸を張った。
「なぜ時空の狭間に入った瞬間から
大調律師様たちとの念話を遮断されたのか……
その原因も確かめぬまま、
ただ待つことなどできませんわ。
このような遮断空間が放置されていては、
大調律師様たちの戦況も掴めず、
春の精霊様の救出にも支障が出ます。
……わたくし自ら時空の狭間へ赴き、
この通信遮断の原因を突き止め、
打ち破ってみせますわ!」
秋の精霊が気高く顔を上げた。
その美しい眼眸には、
迷いを完全に吹き飛ばした
秋の熱火が燦然と燃え上がっていた。
「レイス! ザード! マリー!」
「やれやれ……」
レイスは小さく息を漏らしつつも、
その唇にうっすらと笑みを浮かべ、
静かに深く頭を下げた。
「わたくしは……時空の狭間へ赴きます!
原因を確かめ、大調律師様や
照紅たちの元へ合流いたしますわ!」
「……承知したよ」
レイスは一切の動揺も見せず、
影の中から静かに首を垂れる。
「止めませんの……?
わたくしがいなくなれば、
この聖地の防衛は……」
「問題ないよ」
レイスが杖に手を添え、低く不気味な、
しかし確固たる声で言葉を繋ぐ。
「僕たちはニノさんから
『この聖地に留まり、護ってほしい』と
固く依頼された身だからね。
この僕の死霊術式とザード、マリーが揃っていて、
誰もこの聖地を侵すなんて不可能。
ここは約束通り僕たちに任せて、
どうぞ安心して行ってくるといいよ」
「レイス……」
「ニノさんとの約束は、
僕の魂と死者たちにかけても
必ず果たしてみせるさ。
だから秋の精霊様は……春の精霊様を、
どうか救い出してきてね」
「あなたたち……!」
秋の精霊は胸を熱くし、
気品高く微笑みながら力強く頷いた。
「感謝いたしますわ! この聖地、
あなたたちに託しましたわね!!」
秋の精霊は傍らにいた
秋の音叉精霊アキちゃんを肩に乗せると、
朱色の絢爛たる精霊衣を羽織る。
一方その頃——
王都ゲートランド城の魔導術式の間。
薄暗い室内で、
ルナは術式盤の上に両手の指先を深く沈め、
眉間に鋭いしわを寄せていた。
「(……応答がない。
ニノさん……通信経路が
完全に遮断されている……)」
外界の声や音としてではなく、
精神波の接続そのものが冷たく弾かれる
不気味な感覚。
術式盤に刻まれた魔力の紋様が、
途絶えた通信の歪みを表すように
虚しく明滅を繰り返している。
「——ルナ殿。
やはり念話は通じぬか」
静寂な室内に響いた声は、
厳かな威厳を湛えた
国王グラッドであった。
ルナは指先を術式盤から
離さぬまま、静かに頭を垂れる。
「……はい、グラッド陛下。
ニノさんたちが時空の狭間へ
足を踏み入れたその瞬間から、
術式が完全にノイズで遮断されております。
向こうの戦況どころか、生存の確認すら……」
「案ずるな、ルナ殿」
グラッド国王は深く、
重厚な声でルナの言葉を遮ると、
威厳に満ちた眼光で術式盤を見つめた。
「あのニノという男が、
この程度の通信遮断で
屈するような器でないことは、
お前が一番よく知っているはずだ。
今頃は揺るぎない意思を持って、
前へ進んでいる」
「……しかし陛下、
向こうは孤立無援。
もし敵が念話を妨害するほどの
強大な結界を張り巡らせているとなれば——」
ルナが懸念を口にしかけた、その時だった。
『ドカァァァンッ!!』
魔導術式の間の重厚な扉が
豪快に押し開かれ、
圧倒的な夏の熱気と共に
部屋へと踏み込んでくる影があった。
「——王様よぉ!
そんな甘っちょろいこと
ゆーてる場合じゃないんとちゃうかぁ!?」
艶やかな黒髪をたなびかせ、
清涼な純白のワンピースを纏った
美しき少女——夏の精霊「炎夏」であった!
その清楚で凛とした可憐な姿からは
想像もつかないほど豪快な雰囲気を纏い、
背後には夏の星脈調律師シルエッタと、
夏の音叉のナツちゃんが従っている。
「——っ、炎夏様……!!」
部屋の空気を圧倒する絶対的な存在感に、
ルナは息を呑んで深く腰を低くした。
そして王であるグラッド自身も、
一切の迷いなく胸に手を当て、
世界の絶対的上位者たる大精霊に向けて
最敬礼をもって深々と頭を下げた。
「……夏の精霊、炎夏様。
ご機嫌麗しく」
炎夏は白いワンピースの裾を
気にすることもなく豪快に
腕を組むと、威勢よく
床を踏み鳴らした。
「通信が途絶えた?
向こうの様子が分からへん?
やったら、理由を確かめに
直接殴り込みに行けばええやないか!」
「なっ……! 炎夏様、
時空の狭間は現在、不規則な時間の歪みと
強力な遮断結界に覆われているのですよ!?
軽率に跳び込めばどこへ飛ばされるか——」
「しゃーないな!!」
炎夏は黒髪をサッとなびかせて
ルナの制止をバッサリと切り捨てると、
背後の二人にビシッと指を突きつけた。
「おいッ!
汁(=シルエッタ)!
音叉(=ナツちゃん)! 行くでっ!!」
「はいぃ、承知しましたぁ」
シルエッタが明るく即答し、
ナツちゃんも「……おおせのままに」と
しぶしぶ、嫌そうに同意の声を漏らす。
炎夏は口端をニヤリと
吊り上げて言い放った。
「秋の精霊『秋華』が時空の狭間におるんか、
聖地におるんか知らんけどな、とりあえず
入口開けて待っとけやと伝えといてんか!?
意地でも伝えろや!ルナ!」
「えっ……!
秋の精霊様へ……でございますか!?」
ルナが頭を下げたまま尋ねる。
「秋も念話が伝わらんことを
おかしいと思っとるはずや。
すでに時空の狭間に行っとるなら、
中から入口を出せと伝えればええねん!」
「冬のしょーもない妨害ノイズなんて
軽く乗り越えて念話するだけや。
簡単やろ?やれ」
炎夏の灼熱のような笑みに、
ルナはハッと息を呑んだ。
そうだ。精霊たちは、仲間を救うため、
異変の真実を確かめに一切の迷いなく動ける。
どこに飛ばされようが、
通信が遮断されようが、
彼女たちの絆はそんな小細工で
途切れるものではないのだ。
「汁! 音叉!
掴まっとけや!」
炎夏が黒髪を大きく揺らし、
右手を高く掲げた。
その瞬間、魔導術式の間全体を
焼き尽くさんばかりの、圧倒的な
夏の絶対魔力が爆発的に膨れ上がる!
空間そのものが灼熱の圧によって歪み、
炎夏を中心に眩い紅蓮の陣が描き出された。
「炎夏様……まさか、
大精霊の禁呪『空間移動』を……!?」
ルナが息を呑み、グラッド国王も
目を見張りながら再び深々と深礼を捧げる。
「——とりあえず秋の聖地や!!」
ドカンッ!!
室内の空気を跳ね飛ばす爆音と共に、
灼熱の閃光が弾けた。
炎夏、シルエッタ、ナツちゃんの三人は、
純粋なる大精霊の力をもって空間を直接叩き割り、
秋の聖地目掛けて一瞬で転移していった。
あとに残されたのは、
わずかな熱気と、
ついに二大精霊が動き出したという
とんでもない事実だけであった。
暗く、底知れぬ
「時間の歪み」が渦巻く時空の狭間のはずが、
眼下には城や街並み、草原まで見える。
外界からの念話が遮断された理由は、
たぶんこの光景が関わっているのであろう。
空中を優雅に舞いながら地表を目指す、
朱色の高貴な秋の風を纏った
秋の精霊『秋華』と秋の音叉アキちゃん。
「炎夏さん、お久しぶりですわね。
そのせっかちで、短気なところは
全然変わってございませんねぇ。
3000年も幽閉されたら、
大人しくなるんじゃなくって?w」
そして秋の聖地からさらに次元を穿ち、
猛炎を撒き散らしながら突入してきた
夏の精霊『炎夏』、
夏の星脈調律師シルエッタ、夏の音叉ナツちゃん。
「やかましぃわ!秋華!
お前こそ冬のにやられた傷は
大丈夫なんかいな!?
ウチ一人で十分やし、
もうお役御免や!
帰って寝ててくれてもええでw!?」
二大精霊の圧倒的な魔力が、
念話遮断の異常事態の真実を解き明かし、
囚われの春の精霊様を救い出すため、
そしてニノたちへ合流するため、
戦場へと殴り込んでいくのだった。
炎夏のビジュアルってそんなだったっけ?
では、読み返してください…フフフ。





