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第77話 一つ目の宝玉、カイルとの戦い


北の最奥、

何もない荒野で『一番(にのまえばん)・番頭』

一(にのまえ) 良尽(りょうじん)から

世界の真実を打ち明けられたニノたちは、

すぐさま引き返し、再び王都の門をくぐっていた。


街を行き交う人々は、

相変わらず「魔王の恐怖」に身を縮め、

悲壮な面持ちで暮らしている。


だが、真相を知った今となっては、

その光景のすべてが作り物であり、

冬の精霊軍が春の精霊を痛めつけるために

用意した悪趣味な演劇の背景にしか見えない。


「……胸糞悪い演出じゃけぇ」


照紅が低く不機嫌そうに呟き、

着物の袖の中で拳を固く握りしめた。


「静かに、照紅殿。

 ……監視の目があります」


隣を歩くエルザが、

目線を一切動かさずに嗜める。


「私たちは『魔王城はもぬけの殻であり、

 魔王などどこにも存在しなかった』という

 調査結果を持ち帰る勇者一行を

 演じなければなりません。

 カイルが私たちを不信に思えば

 即座にコハル様を盾に取る危険があります」


「……ウチらも演技か。

 俳優じゃあるまいし」


照紅は唇を噛み締め、

怒りを強引に奥へと押し込んだ。


ニノは胸元に密かに手を当て、

自身の持つ星脈調律の感覚を研ぎ澄ませていた。


王城が近づくにつれて、

城の奥深くから漂う冷たく歪んだ

魔力の波長が強くなっていく。


それは春の精霊様の力を

無理やり押さえつけ、

世界の『設定』を維持するために巡らされた

不快な脈動だった。


「(待ってて、コハル……。

 僕たちが絶対に、この偽りの箱庭を

 打ち砕くから)」


白亜の王城へと足を踏み入れたニノたちを、

騎士団長カイルがいつもの

うわべだけの笑顔で出迎えた。


ニノたちは示し合わせた通り

「魔王城には何も存在しなかった」と

困惑交じりの偽りの報告を伝えた。


「…そうですか」


同じく困惑気味のカイル。

とりあえずは女王に報告するということで、

詳細は翌朝に会議を開くこととなった。


今日は夜も深いということで、

ひとまずはあてがわれた客室へと入る。





客室の重厚な扉が閉ざされた瞬間、

ニノは間髪入れずに参陣奏環を展開し、

部屋を覆う結界を張って外部の監視を遮断した。


「……カイルは騙されていません。

 警戒の色を帯びていました」


エルザの指摘に、カゲロウも

「数刻内に確実に動く」と重々しく頷く。


「ニノ、宝玉の位置はわかるけぇ?」


照紅の問いに、

ニノは胸の奏環を響かせて

城内の魔力を探知した。


「はい。カイルの魔力と一緒に動き回ってる……

 城の地下ですね。でも……すぐ近くの執務室に、

 コハルの気配も固定されてる。

 夜になっても公務をさせられてるんだ」


許せない…全員の気持ちは同じであった。


「カイルには全てばれていると

 思っていいでしょう。

 今、このまま決着をつけましょう。

 カイルの宝玉を壊し、

 コハルに僕たちの声を届けるんだ」


「「「承知!」」」


4人は夜の静寂に乗じ、

地下の奥深くへと踏み込んでいった。




地下深くの最奥——

重厚な鉄の扉で閉ざされた広大な大理石の間。


闇の奥から姿を現したのは、

漆黒の儀式用ローブを纏い、

胸元に怪しい青緑色の宝玉を

吊り下げたカイルだった。


「フフ……あの老いぼれ……

 一 良尽と接触した者の眼光は隠せません。

 真実を知った『侵入者』の皆さん?」


カイルは嘲笑を浮かべ、

胸の宝玉へと莫大な魔力を流し込んだ。


「春の精霊を殺さず、

 永遠に終わりなき公務に追わせる……

 これぞ我が冬の軍勢の至高の芸術!

 健気に偽りの世界を守ろうとする

 あの女の無力な姿を見るたび、

 胸が空く思いですよ!」


「——黙れぇぇッ!!」


照紅の叫びと同時に、

カイルの胸の宝玉が圧倒的な狂光を放った。


箱庭の理を書き換える

超絶的な強化魔法がカイルの全身を包み込み、

その存在感が神のごとき威圧感へと跳ね上がる。


「ハハハ!

 宝玉よりもたらされる絶対の力を知るがいい!

  『氷華(ひょうか)絶対獄陣(ぜったいごくじん)』!!」


カイルが手を振るうと、

大理石の床が一瞬で絶対零度の永久氷壁へと化し、

激しい氷の津波となって襲いかかった。


カゲロウの斬撃すら表面を削るに留まり、

元四天王であるエルザの冷気魔術すら

軽々と呑み込んで、

二人の脚を瞬く間に凍てつかせる。


「くっ……宝玉の強化魔法で

 魔力が桁違いになっている……!」


エルザが歯噛みし、

カゲロウが刀を握り直す。


「無駄だ! この箱庭において

 記憶の核を宿す宝玉の力は絶対!

 貴様らごときが束になろうと——」


「ふぅ……」


静かな吐息。

絶望的な極寒の圧力の中、

ニノが一歩前へ踏み出した。


カイルが爆発的に高めた絶対零度の強化魔法、

空間を支配する膨大な氷の魔力——

そのすべてが、

ニノの周囲数メートルに触れた瞬間、

拍子抜けするほどあっけなく霧散していく。


「な……なに……!?

 宝玉の絶対的な魔術が……

 威力を結ばない……!?」


カイルの表情が凍りつく。


ニノの胸の前で、桜色と新緑の光を放つ

環が可憐に回転を始めた。


「弐陣奏環『春』」


ニノが優しく指先で光の環を叩く。

空間に響き渡ったのは、

うららかな春の訪れを告げる一小節の旋律。


その瞬間、

カイルが全魔力を注ぎ込んで、

エルザやカゲロウ、部屋全体を

埋め尽くしていた永久氷結が、

まるで暖かな日光を浴びた残雪のように、

一瞬でサラサラと消滅した。


防壁も、強化も、カイルが誇った

「絶対の力」のすべてが、

まるで最初から存在しなかったかのように

綺麗さっぱり消え去ったのだ。


「バ、バカな……!?

 宝玉の威光を……

 一瞬で打ち消しただと……!?

 どんなチートスキルだ貴様ぁぁッ!!」


錯乱したカイルが宝玉から

直接純粋な破壊光線を放とうとした。


だが、ニノの瞳に宿るのは、

冷徹なまでの静寂だった。


「参陣奏環『無』」


ニノが静かに手をかざす。

その背後に巨大な漆黒と光輪が浮かび上がり、

カイルの全身を包み込んだ。


「ぐあああああッ!?

 な、何だこれは……!

 思考が……私の存在が……

 『無』に呑み込まれていく……!?」


カイルが放とうとした攻撃も、

宝玉の魔力も、そして彼自身の自我すらも、

『無』の波動の前に完全な

「ゼロ」へと還元されていく。


あまりの次元の違いに、

カイルはひざまずくことすら許されず、

宙で全身を激しく痙攣させた。


ニノは冷たい眼差しで、

絶望に白目を剥くカイルを見下ろす。


「コハルに施した洗脳……

 絶望の中でお人形みたいに

 公務をさせられる苦しみ。

 お前自身が、そのまま味わうといい」


ニノの手の光が、

深遠な金色へと変化する。


「参陣奏環『創』」


ニノの声が静かに地下空間へ響き渡った。


「『創』——カイル、

 君の記憶と存在を書き換える。

 君は今日から、この箱庭で『本物の魔王』の

 降臨を心の底から恐れ、

 夜も眠れずに怯え続ける哀れな騎士だ」


「ひぐっ……ぁ……っ!?」


カイルの頭の中に、

ニノの『創』の調律が直接打ち込まれた。


冬の精霊とカイルがコハルに与えていた

「偽りの恐怖」と「公務の洗脳」


その悪意のすべてが何倍もの因果となって

カイル自身の脳へ逆流し、精神の根本から

塗り替えられていく。


「はぁ……はぁ……!

 い、防備を……固めねば……!

 魔王が……近いうちに、

 この国を滅ぼす……っ!」


カイルは蒼白な顔で膝を激しく震わせながらも、

うわ言のように言葉を漏らした。


その瞳からはかつての冷酷な余裕は

完全に消え去り、迫り来る未知の恐怖への慄きと、

それでも

「騎士団長として

 防衛の陣を張らねばならない」という

歪んだ義務感に縛りつけられている。


「……見回りを出さねば……

 城の警備を……すぐ、直ちに……っ!」


ガチガチと歯の根を鳴らし、

取り落とした宝玉のことすら目に入らない様子で、

カイルはよろめく足取りで

城の警備巡回へと引き返していく。


自らが作った「恐怖と公務の牢獄」に、

自分自身が永遠に囚われた姿だった。


「……己の撒いた種に、

 一生怯えて励むがいいけぇ」


照紅が冷ややかに吐き捨てる。


宙に弾き出され、

床へ落ちてきた一粒の宝玉を、

ニノがしっかりと受け止めた。


『カァン……!』


ニノの手の中で碧玉があたたかな

光の粒を放つ。


それは宝玉に封じられていた、

コハルの記憶の核。


『ニノ……あぶないよ……

 私はいいから逃げて……っ!』


ニノと照紅の脳裏に、

洗脳の奥底に閉じ込められたコハルの、

泣きじゃくる切ない声が直接響き渡った。


自分自身がどんな目にあっていようと、

ニノが危険に晒されることを恐れ、

必死に遠ざけようとするコハルの強い優しさ。


「……バカ言っとんじゃねぇぞ、

 コハルぅぅッ!!」


照紅が胸を強く押し当て、

目頭に涙を浮かべながら叫ぶ。


「ウチらが逃げるわけなかろうが!

 何が『私はいいから』じゃ……! 」


「自分の身を犠牲にしてまで相手を庇うような、

 そんな切ない嘘をつくんじゃないけぇ!」


「うん……!」


ニノは拳を固く握りしめ、

力強い眼差しで仲間たちを振り返った。


「コハルが僕たちを心配してくれてるなら……

 なおさら逃げるわけにはいかない!

 みんな、いくよ……!

 1つ目の宝玉を破壊するっ!!」


4人が同時に武器と魔力を

宝玉へと集中させる。


「「「「ハァぁぁぁぁッ!!」」」」


『パリィィィィィンッ……!!』


結晶が砕け散り、

宝玉は光の粉となって破砕した。


ドシン、と世界全体が揺れ、

王城全体を覆っていた洗脳の結界が一枚、

確実に剥がれ落ちた。


震える手で防衛指示の羊皮紙を抱え、

「魔王対策の指示を……急がねば……」と

呟きながら去っていくカイルの背中を見送りながら、

4人は地下空間を後にする。


「……1つ目の宝玉の破壊、完了です」


エルザが引き締まった表情で告げた。


照紅が拳を握り締め、

コハルがいる上層を見上げた。


「コハル……待っといてや。

 残り3つの宝玉も全部ぶっ壊して、

 絶対にその笑顔を取り戻してあげるけぇ!」


「うん。まずは南の『水底の鏡湖』を目指そう。

 ……僕たちの真の戦いは、ここからだ!」


ニノの力強い宣言に、仲間たちは固い頷きで応えた。


1つ目の宝玉は破壊したが、

偽りの『魔王討伐』の舞台はまだ続く…


4人は春の精霊奪還のため、

広大な箱庭世界の各地へ向けて

次なる一歩を踏み出すのだった。


うける小説とは「婚約破棄」で「悪役令嬢」で

「パーティー追放→ざまぁ」でないと

いけないそうです。私には無理っぽいですね。


次回作のプロットもしておりますが、

上記の要素は微塵も入らない予定です。

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