第71話 参陣奏環・滅(さんじんそうかん・めつ)(その1)
「な、なにを余裕ぶっているのよ……!
確かに大層な魔術のようだけど……
フフッ、無駄な足掻きを!!
私の『絶対氷鏡界』がある限り、
私には指一本触れられないのよ!
攻撃しようとすれば倍の威力で自滅するだけ……!
さあ、そこから一歩でも動いてご覧なさい!!」
甲高い声で叫び、
必死に強がりながら勝ち誇ってみせるヨルダ。
だが——宵咲は静かに扇子をパチンと閉じると、
可憐な笑みのまま、底知れぬ瞳でヨルダを見据えた。
「……動いてご覧、ねぇ」
宵咲はくすりと小さく笑うと、
まるで目の前を舞う落ち葉でもあしらうように、
優雅な動作で一歩前へ踏み出した。
「お前さんのその『鏡』とやらは、
どうやら『存在する攻撃や概念』を
倍にして叩き返す程度の代物のようじゃないか」
「……な、何ですって……!?」
「いいかい、リョウタ。世の中にはね……
跳ね返す対象そのものを
この世から失くしてしまえば、
何の意味もなさない理ってものがあるんだよ」
宵咲が静かに扇子を天へと掲げる。
その瞬間、
世界から一切の『音』と『魔力圧』が消え去った。
威圧感すら存在しない。
ただ——
空間の色彩が削ぎ落とされていくような、
恐ろしいまでの絶対的な静寂。
「——『参陣奏環「無」』」
宵咲の鈴を転がすような声が静かに響き渡る。
「——『無概念世界』」
スッ……
爆発も、衝撃波すらも起きない。
ただ、ヨルダの頭上に絶大なる権能として
展開されていた絶対不可侵の氷鏡領域——
そして彼が命綱として誇っていた
『絶対氷鏡界』の概念そのものが、
まるで最初からこの世に
存在していなかったかのように、
綺麗サッパリと「消滅」していた。
「な……ッ!?
私の……私の氷鏡領域が……消えた……!???
何が……一体何が起きたのよぉぉぉっ!!?」
先ほどまでの強がりと
嫌味な笑みは木っ端微塵に砕け散り、
ヨルダは己の手を見つめながら、
今度こそ本気の狂乱と恐怖の悲鳴を上げた。
「フフ、何って言われてもねぇ。
『無』にしただけさ。跳ね返す対象も、
守る領域も、全部最初から
無かったことにしたんだよ」
宵咲はパチンと扇子を鳴らすと、
あまりの出来事に腰を抜かした
ヨルダを一瞥すら送らず、ニノに向き直った。
「さて、リョウタ。
ワシがこの境地に達した昔話を、
少ししてあげようかねぇ」
「む、昔話……!?」
呆然とするニノに、
宵咲は腕を組みんで懐かしそうに目を細めた。
「ワシが生まれたのはね、
今から約3000年前……
あの惨惨たる『精霊大戦』の最中さね。
世界が『冬の精霊』の残酷な支配に
呑み込まれていく時代だった。
春の精霊は禁呪『異世界追放』で
時空の狭間へ追い払われ、
夏の精霊は幽閉され、
秋の精霊は深手を負ってどこかへ逃げ隠れる……
まさに地獄のような時代さ」
「そんな……時代に……」
「ワシの家族はね、
春の精霊を信仰する『一番』という
団体の一員でね。冬の軍勢から逃れるために、
ゲートランド西海岸のスープリアまで命からがら
逃げ延びたんだよ」
「……ん? 宵咲様、
『一番』ってのは『いちばん』やなくて、
『にのまえばん』って呼ぶんけぇ?」
復活を果たした照紅が思わず
首をひねってツッコむと、
宵咲はパチンと扇子を開いて
ニッと笑ってみせた。
「そうさねぇ。「にのまえ」と読むんだよ。
春の訪れを『一番』に待つ者たちの意さね」
照紅に小さく答えると、
宵咲は再び誇らしげに胸を張る。
「だがまあ、
ワシには類稀なる調律師の才能があってねぇ!
10歳の時には『壱陣奏環』も『弐陣奏環』も、
全ての属性を一人で完璧に習得してしまったのさ」
「……まあ、
その膨大な魔力と全属性習得の反動で、
体が『不老不死』になっちまってね。
永久に精霊へ魔力を供給し続けられる
肉体になったんだが……
もちろん、誰にも供給なんて
してやらなかったがね!」
「(10歳で全属性習得……
不老不死……!?)」
あのいつも優しかったひぃおばあちゃんが…
ニノは息を呑み「マジか…?」
と呟くのがやっとの様子だ。
「その後は自分を高める試練や冒険を重ねてね。
ついに自ら冥界へ足を踏み入れ、
押し寄せる死者の国の兵どもを片手で蹴散らして、
冥界そのものを支配してやったのさ!」
「レイスという召喚士が現れるまでは、
ワシは生者の世界と死者の世界を
好き勝手に行き来していたんだよ」
スケールが大きすぎる昔話に、
ニノは開いた口が塞がらない。
「そして500歳になった時……
ついに究極の概念調律
『参陣奏環』を完成させたのさね。
ただ、完成させたはいいが威力を
試したくなってねぇ? 」
「サーマリアで幽閉されていた
『夏の精霊(炎夏)』の封印を、
腕試しに解いてやったんだよ」
「え……っ!? 夏の精霊を……
ひぃおばあちゃんが解いたの!?」
「そうさね。だが、解いてやったら
『炎夏』の奴、調子に乗ってウチに
暴れかかってきやがってねぇ。
あまりに生意気だから『参陣奏環』を
思いっきり喰らわせて、
ボコボコに叩きのめしてやったのさ!
『参陣奏環』が精霊を越えた瞬間さね!」
宵咲はいたずらっぽくニッと笑う。
「で、あのバカを再封印する時にね、
元のサーマリアじゃ面白くないから、
冬の精霊が混乱するよう、封印場所を
『ローアン』にこっそり変えてやったんだよ。
だから冬の精霊の奴らも、
今日まで炎夏がどこに幽閉されているのか
サッパリ分からなくなっちまったのさ!」
「参陣奏環を極めると、
いろんなことができるようになってね。
異世界へも自由に行き来できるようになったのさ。
その内の一つが『日本』さ」
「そこで運命の出会いがあってね!」
宵咲はほっぺに手を当て恥ずかしそうに語る。
こうして見ると、確かに10歳で
不老不死になったことがよくわかる。
「2888歳の時にね。
日本での旅の途中で出会った人間に
一目惚れして結婚したのさ。
子宝にも恵まれてねぇ……
長男の長女、リョウタのお母さんの
家系に生まれたのが、ひ孫のアンタ、
リョウタってわけさ」
宵咲は愛おしそうにニノを見つめた。
「アンタも大調律師としての
天才的な才能を持って生まれた。だが、
あの現代日本という平和な世界じゃ、
その力も必要とされなかったろう?
だが……この異世界で命を懸け、
仲間を守るために戦うアンタの姿を、
ワシはずっと誇らしく見守っていたんだよ」
「ひぃおばあちゃん……っ」
温かな絆が胸を満たす中、
宵咲が何気なく扇子を振るう。
「——『参陣奏環「創」』」
「——『創世構築』」
次の瞬間、
ヨルダの激しい攻撃によって崩落しかけていた
空中庭園『石積島』の亀裂が綺麗に塞がり、
砕けていた石造りの大地が
まるで時間を巻き戻すかのように
元通りの完璧な姿へと「再構築」された。
「ひ……ひぃぃっ……!
概念を消し……
空間を元通りにし……
な、何なの……この化け物はぁぁっ!?」
絶対の権能を奪われ、
完全に再構築された島の上で、
ヨルダはもはや恐怖のあまり
言葉すらまともに紡げず、
惨めに膝から崩れ落ちる。
「さて……『無』で敵の理を消し、
『創』で世界を元に戻した。……
さあ、いよいよ仕上げさね」
宵咲は静かに扇子の先を、
震えるヨルダへと向けた。
「いいかいリョウタ。
これが見本として見せる最後の極意……
『参陣奏環「滅」』だ。
しっかり目に焼き付けておきな!」
台詞ばっかですね。





