第70話 四天王ヨルダとの激闘(その2)
「な、なに……!? 嘘でしょ?
……私達以外に禁呪『空間転移』だなんて……!?
誰が……一体誰が、こんな大魔術を……っ!?」
空間の裂け目から溢れ出る、
世界そのものを押し潰すような
異次元の魔力圧に、
ヨルダの顔が驚愕と恐怖で歪む。
その亀裂からひらりと軽やかに降り立ったのは——
扇子を片手にした一人の可憐な少女。
かつてゲートランド城で
カゲロウのツッコミ役を
務めていたあの謎の少女、
宵咲であった。
宵咲は周囲の凄惨な惨状を見回すと、
血の海に横たわるニノと
倒れ伏す仲間たちを見下ろし、
痛ましそうに愛おしく目を細めた。
「——『参陣奏環「創」』」
宵咲が静かに扇子を振るう。
「——『創世治界』」
その瞬間、
温かく神聖な光の波動が戦場全体を覆い、
ニノと仲間たちの全身を包み込んだ。
砕け散っていた全身の骨が接合し、
裂けた肉体が寸分の狂いもなく再生され、
枯渇していた魔力と生命力が一瞬にして全快する。
怪我を負う前の完璧な状態どころか、
世界そのものが再定義されたかのような
絶対の治癒。
「え……っ!?
傷が……身体が……治った……!?」
激痛から解放され、呆然と起き上がるニノ。
倒れていた仲間たちも何が起きたか
わからない様子で次々と体を起こしていく。
そんなニノに、宵咲は
優しくくすりと微笑みかけた。
「大丈夫かい、リョウタ。
よくここまで耐えたねぇ」
「っ……!? な……え……?」
起き上がったニノは、
あまりの衝撃に言葉を失った。
「(『リョウタ』……!?
なんで……なんで初対面のはずのこの少女が、
僕の本名を知ってるんだ……!?)」
見知らぬ少女のはずだ。
だが——その佇まい、その声、威厳、
そして圧倒的な存在感。
記憶の底にある「あの人」の面影が、
一瞬でオーバーラップする。
「もしかして…ひ……
ひぃおばあちゃん……!?」
「そうだよ、リョウタ」
パチンと扇子を閉じ、
ニノの顔を覗き込む宵咲。
その目元には、孫を愛おしむ
温かな色が浮かんでいた。
「まったく……
相変わらず手のかかる子だねぇ。
元気にしていたかい?」
「ひぃおばあちゃん……っ!
ほんとに……本物の
ひぃおばあちゃんなんだね……っ!?」
目の前に立つ家族の温もりに、
ニノの目頭が熱くなる。
異世界へ来て以来、
一人で背負い続けてきた緊張と孤独が、
その笑顔ひとつでほどけていくようだった。
「ふふ、当たり前だろう。
ワシ自慢の可愛いひ孫を、
こんなところで死なせる
わけがないじゃないか」
宵咲は優しく微笑むと、
口元を一切動かすことなく——
ニノの脳内へ直接、あの懐かしい声を響かせた。
「(——壱陣の「火・水・風・土」に、
弐陣の「春・夏・秋」……
合わせて7重の調律か。
ずいぶんと腕を上げたじゃないかい、
リョウタ?)」
「っ……!!??」
頭の中に直接響く、
寸分違わぬその声と口調。
ニノは息を呑み、
目を見開いた。
バラバラだった記憶のピースが、
一瞬で一つに繋がっていく。
「っ……!! じゃあ、今まで……!
窮地のたびに僕の頭の中に
直接響いてきていた、
あの導くような声は……っ!?」
「そう、ワシじゃ」
宵咲はいたずらっぽくクスリと笑うと、
パチンと扇子を鳴らした。
「何度も頭の中に直接語りかけてやったろう?
『調律なんて簡単なんだ』ってさ」
「ちょっとアンタ……!
一体何者なのよぉ! 私の『絶対氷鏡界』の前に
立ち塞がる気!? 誰であろうと、
私の氷鏡領域は倍にして叩き潰すわよ!!」
しびれを切らしたヨルダが叫ぶが、
宵咲は一瞥すら送らず、
ニノに向けてニッと笑ってみせた。
「それにしても、7重の調律か……!
なんたって、ワシに次ぐ歴史上2番目の
大調律師なんだからね!
さすがはワシ自慢の可愛いひ孫だ!」
「でもね、リョウタ。
もう少し上もあるんだよ。
今から見せてあげるからね」
宵咲は腕を組み、静かに語りかける。
「いいかいリョウタ。かつてこの世界で、
概念を扱う最高位……『参陣奏環』に至った者は、
歴史上ワシただ一人しかいない。
精霊の力すら余裕で凌駕し、
あの夏の精霊・炎夏ですら
ワシを恐れて震えていたのは、
これが理由さね」
「精霊様……すら……!?」
「まあ、
この世界の戦いにはとっくに飽きてねぇ。
自ら冥界へ降りたけど、あっちも制圧しちまってねぇ。
暇を持て余していたんだが……
レイスの召喚に遊び半分で付き合っていたら、
リョウタがこの世界に来たと知ってね。
見守ってきたが、直接『参陣』を授けてやるために
乗り込んできたってわけさ」
ちょうどその頃、石積島の真下、
冬の軍の強襲を受けているオータムリア——
「ひぃぃっ! 助けてくれぇぇ!!」
「冬の軍勢だ! 街が、街が凍りついていくぞ!!」
空中庭園から急降下してきた
冬の軍勢の手により、
オータムリアの街並みは
みるみるうちに黒い氷に覆われ、
市民たちの悲鳴が響き渡っていた。
しかし次の瞬間、
バリバリバリバリッ……!!!
本日3回目の禁呪「空間転移」
またしても巨大な空間の裂け目が
発生した!
「な、なんだ!?
また新たな増援か!?」
冬の兵たちが困惑して見上げる中、
裂け目から降り立ったのは——四人の影。
「くっ……!? ……空間ごと
飛ばされたってことですか……っ!?」
「これが、
禁呪『空間転移』でござるか……!」
レイスとカゲロウ、
そして——その前線に立ち、
圧倒的な威圧感を放つ二人の男女。
「「な、なに……っ!?
あなた達は……っ!?」」
オータムリアを襲撃していた冬の兵たちが、
一斉に目を見開き、驚きを通り越して混乱の渦に陥った。
一方、ゲートランド城に残った炎夏は、
宵咲の放つ規格外の威圧感を感じ取るやいなや、
あくびを噛み殺してふかふかのベッドへ潜り込んでいた。
「宵咲様が行くんなら、
ウチはお城のふかふかのベッドで寝てるわ。
汁(=シルエッタのこと)もそばにおれ」
「ちょっと炎夏様!?
汁って呼ばない約束ではぁ~?
別にいいですけどねぇ」
呆れつつも炎夏のペースに巻き込まれるシルエッタ。
宵咲様が動いた以上、自分たちの出る幕など
皆無だと熟知しているがゆえの究極の職場放棄であった。
再度、オータムリア。
そこに立っていたのは、
かつて自分たち冬の軍勢の
頂点に君臨していた男と女——
元・冬の四天王、
「漆黒の勇者エルザ」と「氷剣王ロドン」だった。
「な、なぜ……
う、う、う、裏切り者がこんな所に!?」
動揺し、怯む冬の兵たち。
そんなかつての部下たちに向け、
エルザは一切の情を捨て去った、
冷徹で激しい激怒の瞳を向けた。
「何も知らぬ民を襲い、
逃げ惑う者を笑って踏みにじる……
反吐が出る悪党どもが。
逃げられると思うなよ」
「ひっ……! や、やれ!
裏切り者どもを叩き潰せぇぇ!!」
パニックに陥った冬の兵たちが、
槍や氷波を構えて一斉に群がり襲いかかる。
だが——エルザの前に、
巨大な大剣を担いだロドンが
ズシンと立ち塞がった。
「下がれエルザ!
ここは俺に任せてもらおう……
冬の虚飾を捨てた、俺の新たな
覚悟を見せるためにな!」
「ロドン……っ!?」
ロドンは大剣を固く握りしめると、
かつて身に宿していた凍てつく氷雪の
魔力を完全に拒絶するように、
腹の底から咆哮した。
その全身から吹き荒れたのは、
氷を苛烈に溶かす圧倒的な「夏の灼炎」
——炎夏の禁呪にて命の危機に瀕した際、
それを自らの執念で喰らい込み、
新境地として手に入れた真夏の熱風であった!
「冷酷な王の駒だった俺はもう死んだ!
これが——
冬を打ち破る俺の新しい剣だぁぁっ!!」
『炎夏昂揚灼熱爆砕』!!
ロドンが振り下ろした大剣から、
巨大な炎の津波と爆風が解き放たれ、
群がり襲いかかっていた
冬の兵たちの氷波を跡形もなく吹き飛ばし、
完全に蒸発させていく。
かつて『氷剣王』と呼ばれた男が魅せた、
冬との完璧な決別。
「な……氷剣王様が……
炎の力を……っ!?」
冬の兵たちが極度の恐怖で凍りつく中、
ロドンの背後からエルザが跳躍する。
もともと、類稀なる「光の加護」を
身に宿していたからこそ、
見習いだが近衛兵への入隊を許された
過去を持つエルザ。
しかし皮肉にも冬の禁呪を受けた副作用により、
その身には「水(氷)」の属性が強制付加され、
同時に光の力も爆発的に増幅していた。
さらには光の破壊極致たる
『神雷』の威をも手にするに至る。
かつて奪われた過去、
受けた呪い、
属性の昇華、
そして自らの根幹たる聖なる光。
それら全てを極限まで融合させ、
再構築した完全なる「力」が、
今解き放たれる。
「我が刃に集え——人間最強の理」
エルザの剣に、
白銀の雷光と聖なる光の渦、
そして絶対冷却の冷気が神々しく巻き荒れ、
空間の色彩を塗り替えていく。
「——『聖光雷撃 虚無還元』!!」
一閃。
放たれたのは、光と雷、
そして絶対冷却が
完璧に融合した超極大の閃光弾。
ロドンの灼熱で押し返された冬の軍勢、
そして街を侵食していた黒い氷の群れが
一瞬にしてその輝きに呑み込まれていく。
ズドガァァァァァァンッッッ!!!!
反撃の暇すら与えない。
数による圧殺も、
黒い氷の防護すらも意味をなさない。
絶大な閃光が駆け抜けた後には、
冬の軍勢の姿は影すら残らず消滅し、
黒く凍りついていた街並みは
聖なる光によって清められ、
元通りの美しいオータムリアへと
「還元」されていた。
上空、石積島。
地上から伝わってきた
凄惨な雷光と残魔力を感じ取り、
宵咲は満足げにうなずいた。
「……よし、下は片付いたようだね。
さあ、いよいよ本題に入ろうかねぇ、
リョウタ」
「エルザ……
よかった…呪いは解けたんだ……
オータムリアを助けてくれてありがとう……!」
ニノが胸を打たれ、
目頭を熱くする中——
ヨルダの顔からは、
完全に余裕が失われていた。
「(何なの……何なのよこの女はぁっ!?
一瞬で全員の命を繋ぎ止め、
あまつさえ二箇所同時に禁呪『空間転移』を
成功させるなんて……そんな芸当、
人間にできるわけがないじゃない……っ!!)」
心底からの恐怖と焦燥に息を乱し、
額に嫌な汗を浮かべるヨルダ。
だが——
自分は最高位の権能を持つ者だというプライドが、
引き下がることを許さない。
強引に喉を鳴らすと、
顔を引きつらせながら必死に
嫌味な嘲笑を作り浮かべた。
「な、なにを余裕ぶっているのよ……!
確かに大層な魔術のようだけど……
フフッ、無駄な足掻きよっ!!」
必死に強がり、
己の優位を自分に言い聞かせるように叫ぶ。
「どれだけ取り巻きを治そうと、
どれだけ増援を呼ぼうと関係ないわ!
私の『絶対氷鏡界』がある限り、
私には指一本触れられないのよ!
攻撃しようとすれば倍の威力で自滅するだけ……!
さあ、そこから一歩でも動いてご覧なさい!!」
動揺を打ち消すように、
甲高い声で勝ち誇ってみせるヨルダ。
だが——宵咲は静かに扇子をパチンと閉じると、
可憐な笑みのまま、底知れぬ瞳でヨルダを
見据えるのだった。
みなさん、大雨は大丈夫でしたか?
線状降水帯って厄介ですね。
宵咲ちゃんが綺麗に描けて満足です。





