第68話 勇者の復活
一方その頃——
ニノたちがいる
オータムリアから遠く離れた地、ゲートランド城。
重厚な石造りの壁に囲まれた王城の謁見の間には、
かつてないほどカオスで豪華な面々が集結していた。
夏の精霊・炎夏。
夏の音叉・ナツちゃん。
夏の星脈調律師・シルエッタ。
常夏衆筆頭・忍者のカゲロウ。
ネクロマンサーのレイス。
一切が謎の人物・宵咲。
そして、元・冬の四天王『氷剣王』——
現在は夏の精霊の禁呪により
新生した『炎天斬のロドン』
一行が足を踏み入れたその瞬間から、
謁見の間を守護する近衛兵たちの間には
どこか異質なざわめきが広がっていた。
普段なら威風堂々たる態度で
一国を治めるグラッド王は、
目の前に並んだ規格外の面々を前に、
玉座から転がり落ちるように駆け下りると、
豪華な絨毯に片膝をつき、恭しく礼をする。
「お、お会いできて光栄の至りにございます……!
偉大なる『夏の精霊』様……!!
そしてカゲロウ……まさか本物の精霊様を
連れてきてくれるとは、ありがとう!
本当にありがとう…!」
ボロボロと大粒の涙を流し、
感動のあまり身を震わせて
感謝を述べるグラッド王。
それを受けたカゲロウは、
至極真面目な顔で
背中の荷物から背負い紐を外した。
「フッ、グラッド様、礼には及ばん。
さあ、この歓喜の瞬間を祝い、
サウナで身を清め……」
「いらん(ペシッ)」
いつもの「携帯用サウナテント」を
準備しようとしていたカゲロウの頭を、
宵咲が手慣れた手つきで扇子を使って叩き伏せる。
宵咲は全てが不明の少女だが、
カゲロウの「新・ツッコミ役」
への就任は自他共に認めるところであった。
当の本尊である炎夏といえば、
国王の平伏など意にも介していない様子だった。
「王よ、跪いてないでさっさと起きんかい!
話は後からでええねん!
要は勇者の精神を乗っ取っている
氷の闇を払えばええんやろ!?」
炎夏が腕をブンブンと振り回して
豪快に言い放つ横で、
兵士たちの視線は一行の最後方に控える
圧倒的な巨漢へと集中していく。
静まり返る城内の中、
手元を震わせた一人の近衛兵が、
息を呑みながらぽつりと呟いた。
「……ま、待て……あの男、
まさか……
『氷剣王ロドン』じゃないか……!?」
その一言が引き金となり、
謁見の間全体が一瞬でパニックのような
激しい動揺に包まれた。
城内の空気は完全に凍りつき、
兵士たちの顔面が急速に蒼白となっていく。
「っ……!!?
冬の軍勢を率いている『氷剣王ロドン』……!!?
な、なぜ冬の四天王がここに……っ!?」
あまりの恐怖に、
衛兵たちがガタガタと槍を振るわせ、
今にも腰を抜かさんばかりに叫び声を上げた。
かつて数々の戦場を凍てつかせてきた伝説の剣士。
その男が今、体に灼熱の火炎魔力を脈動させながら
堂々とここに立っているのだ。
「……フン。安心しろ人間。
今の俺は夏の精霊様のご加護を受け、
炎天斬として生まれ変わった身だ。
貴様らに害はなさん」
腕を組み、重厚な低音で吐き捨てるロドン。
かつての『氷剣王』が精霊のご加護によって
『炎天斬』へと属性改変され、
配下として参戦しているという凄じい事に、
グラッド王は息をのんだ。
「ほ、本当に冬の四天王を
従えておられるというのか……!?」
にわかに信じがたいが、
それほどに「精霊様の力」は我々の
想像をはるかに凌駕するのであろう。
近衛兵たちに武器を引くよう手で合図するグラッド。
「……たく、騒がしい連中やな!
汁!(=シルエッタのこと)
勇者のとこまで案内してんか?」
炎夏が呆れ顔で吐息を漏らすと、
シルエッタが胸元にそっと手を当て、
おっとりと微笑みながら歩み出た。
「グラッド様、大丈夫ですよ。
精霊様にお任せ下さいぃ~♪」
案内された王城最奥の寝所には、
冷気漂う極悪な氷の結晶に包まれ、
静かに眠り続けるエルザの姿があった。
ベッドの上で横たわる彼女の胸元から全身へと広がる、
おどろおどろしい黒い氷の紋様。
王国の国家最高峰の魔導師たちすら、
その魔力により他の魔術の詠唱すら
封じられていた絶望的な術式である。
「なんや。根深い、いやらしい呪文やないかい。
でもこんなもん、それ以上の火力でドカンと
溶かせばええねん!」
炎夏が腕を大きく振り上げ、
夏の精霊としての神聖な炎を
全身から豪快に噴出させる。
「はい、完了や」
シュン……ッ!!
ボッ、という小さな温かい音とともに、
室内を包んでいた極悪な冬の呪詛が一瞬で
不快感のない心地よい暖気へと上書きされた。
「「「「えええぇぇぇーーーっ!!???」」」」
王国の魔導師たちが目をむいて絶叫した。
その魔力により、
他の魔術の詠唱すら封じていた恐怖の禁呪が、
まるで夏の炎天下の日光にさらされた粉雪のごとく、
一瞬で跡形もなく蒸発・消滅したのだ。
「ふぁ……ん……? あれ、みんな……?」
黒い氷の紋様が完全に吹き飛び、
精神の闇から解放されたエルザが、
ゆっくりとパチパチと瞬きをしながら目を覚ます。
「よしっ! 勇者復活! 大成功やな! 」
無事に目を覚ましたエルザを前に、
炎夏が豪快に笑う。
「お姉様!!良かった!!!」
ルナが号泣しながらエルザに抱きつく。
同じパーティーとして闇堕ちしたエルザの
凄まじい暴走を間近で目撃し、
傷ついたルナを抱えて決死の覚悟で
逃げ延びていたカゲロウは、
感動でボロボロと涙を流しながら
「夏の精霊様を信仰してきたことを、
拙者達常夏衆は改めて誇りに思う…」
と噛み締めるように呟いた。
だが——
覚醒したエルザの瞳から光が失われ、
その頬をツーっと大粒の涙が伝い落ちた。
闇に落ちていた間の凄惨な記憶が、
一気に脳裏へとフラッシュバックしていたのだ。
操られていたとはいえ、
大切な仲間に剣を向け、傷つけ……
何より、思念体であったとはいえ、
親友のように大切に思っていたコハルを、
己のその手でその胸へと刃を深々と
貫かせてしまったという凄惨な感触。
「……私……私は……っ。
ニノ殿たちを傷つけ……コハル様まで……っ!!
勇者でありながら、
己の不甲斐なさゆえに……っ!!」
ベッドの上で自身の手を見つめ、
声をつまらせて激しく震えるエルザ。
「……」
ベッドの傍らに身を寄せるルナを含め、
その場にいる者は誰一人として
声をかけることすらできない。
どう慰めていいのか、
誰も言葉を見出せずにいた。
エルザは己の犯した罪の重さに耐えかね、
ボロボロと溢れ出る涙を止められない。
そんな勇者の絶望や周囲の重苦しい空気を、
炎夏は腕を組みながら豪快に一蹴した。
「ええか?
お前はアホの冬の精霊の禁呪に侵されとったんや。
その時の振る舞いを後悔する意味がわからんわ」
「結局、何も失ってないしねぇ」
どこかすべてをわかっているような口ぶりで、
宵咲が扇子を口元に当てながらふっと微笑む。
「ですが……っ!!」
「それで気が済まんのやったらなぁ!
ええか!?ウチは『夏の精霊様』や!!
この世界の『神様』や!!
このウチが全部許したる!!
勇者なら胸を張って生きんかい!!」
腹の底から響くような
炎夏の神威に満ちた一言。
理屈も罪悪感もすべてを飲み込む圧倒的な肯定に、
エルザはハッと息を呑み、涙で濡れた瞳を見開いた。
「……精霊様……」
「クヨクヨ悩んでる暇があったら
さっさと立たんかい!
間抜けの『春』と、
弱虫の『秋』を助けんとあかんのやろ?
ま、まあ、しゃーなしやけどな、
ウチも手伝ったる!」
「……! はい……っ!!」
炎夏の一言で魂を救われたエルザは、
力強く涙を拭うと、きりっとした
勇者の顔つきを取り戻して立ち上がった。
難なく解呪を完了させ、
勇者の心までをも救い出した救援チーム。
その瞳に宿るのは、
溢れんばかりの希望の炎だ。
一行はすぐさま、
ニノたちが待つオータムリアへ向けて、
風を切って駆け出すのだった。
「1日5PVがなんやねん!?
……やっぱ、それは、
ウチでも何ともできひんなぁ」





