第67話 赤い妖精
雲海を突き抜け、
ニノたちの平岩が辿り着いた
前人未到の空中庭園。
見渡す限りの紅葉と、
太陽の光を美しく反射する
澄み切った巨大な湖が広がっていた。
その湖の中央に浮かぶ古びた石造りの祠。
その前に立ち塞がり、
静かに静寂を破る【影】があった。
「……立ち去れ、神域を侵す愚か者ども」
低く、重々しい威厳を含んだ声音。
そこに現れたのは——
どう見てもダンボールと布で作られた、
手作りの張りぼてドラゴンであった。
「……もう一度言う。帰れぇ」
萌え袖の袖口をふりふりさせながら、
必死に威圧的な低音を作って言い放つドラゴン(仮)
「……なぁ、照紅師匠。
あの威勢のいい声出してるの……
ダンボールだよね?」
「う、うむ……何者かは知らんが、
なんというか、随分と張り切った工作じゃな……」
ニノの呆れ果てた呟きに、
照紅も戸惑いを隠せない。
「「「「………………」」」」
秋の風がそよぎ、澄み切った境内に
シュールな静寂が広がる。
四人の冷ややかすぎる視線と、
居心地の悪い沈黙。
それに耐えられなくなった張りぼてドラゴンが、
ガタガタと激しく揺れ動いた。
「ばれたならしょうがない!!」
バシャッ! と勢いよくダンボールの
竜頭が脱ぎ捨てられた。
そこに現れたのは、
ちょこんと祠の前に立ち、
小さな手を腰に当てて仁王立ちする、
一人のかわいい妖精の少女であった。
ぷくーっと頬を膨らませ、
地団駄を踏みながら叫ぶ少女。
「ここは! 人間ごときが軽々しく
足を踏み入れてよい場所ではないわ!
さっさと立ち去れッ!!」
「威厳どころか、
ただの駄々っ子にしか見えんけぇの……」
照紅が呆れて煙管をくゆらせると、
紫煙の向こうからニヤリと不敵な笑みを覗かせた。
「そう言われて『はいそうですか』と
帰るわけがなかろうが。絶対に帰らんけぇ」
「……なっ!?」
「悪いが、ウチらはしばらく
ここにいさせてもらうけぇのぅ」
照紅はそう言い捨てると、
妖精の少女など端から存在しないかのように背を向け、
祠とは反対方向へ向かって悠々と歩き出した。
ニノたちも当然のように照紅の後に続く。
「待て! こら!
無視するなッ!
勝手に進むなーーっ!!」
慌てて先回りし、
短い両手を広げて立ち塞がる妖精の少女。
そんな少女を見下ろし、
照紅は煙管をすっと向けながら、
低く重厚な声で言い放った。
「ウチらはな、
この世界を救うためにココに来とるけぇ。
神域とか、人間はだめとか、
そんなもんは一切関係ないわい。
……お前は、冬の支配を何とも思ってないんか?」
「っ……!!」
あまりにも迫力満点な照紅の発言。
威圧感もさることながら、
言っていることはぐうの音も出ないほど正論であり、
世界を守るための切実な覚悟が込められていた。
少女は思わず言葉に詰まり、気圧されて後ずさる。
「(やばいやばいやばい……!
この人たち、本気で出て行ってくれない!!
どうしよう、
力づくで追い払えるような器じゃないぞ……!?)」
必死に小さな頭を回転させる少女。
その時、彼女の記憶の奥底からかすかな記憶が蘇った。
「(……そうだ! 3000年前、精霊様が
『試練に合格した者なら滞在を許してもよい』
って言ってたような……。
なら逆に『不合格』にすれば追い払えるじゃん!
私、頭いいー!)」
ナイスアイデアと思いつき、
少女は勝ち誇った顔で胸を張った。
「フッ……いいだろう!
ならば神域の定めに従い『試練』を受けてもらうッ!
これに合格できねば即刻立ち去ってもらうからな!!」
「ほう? 試練とな。
ええ度胸じゃ、受けて立とうないか」
照紅が面白そうに目を細める。
さあ、受けて立つと言われた少女は、
ドヤ顔のまま——固まった。
「(……あれ?
試練って何させるんだっけ???)」
「(なんだっけ?
確か……私自身が戦う系ではなかったのはわかる。
なんとなく「それなら痛い目にあう心配不要じゃん!」と、
ホッとしたような記憶があるような……
魔術系? いやいや、魔術は私も苦手だし、
武闘系……なわけないし……マジで完全に忘れた。
これやばすぎでしょ……どうしよう)」
青ざめる少女。
記憶の糸を手繰り寄せようとするが、
3000年の月日は容赦なくすべてを打ち消していた。
ドヤ顔のままピキッと固まった少女の額から、
滝のような冷や汗が噴き出し始める。
なんとかこの場の試練を取りやめ、
ワンチャン中止にできないかと、
少女は恐る恐る口を開いた。
「え、えー……試練についてだが……」
態度にだけは焦りを出さぬよう、
重々しく告げようとしたその瞬間。
「あん?」
照紅が紫煙の向こうから、
恐ろしいほどの眼光でじろりと睨みつけてきた。
「(こわっ!!)」
ひぃっと悲鳴を上げそうになるのを
必死で耐え、周りを盗み見る少女。
見れば、ニノは静かに地脈調律を開始して
周囲の環境を整え始めており、
マリーはシャリ……シャリ……と
不敵な笑みを浮かべながら短剣を磨いている。
ザードに至っては「よっしゃー!」と
気合い十分で「魔法の木の棒」の素振りを始めていた。
完全に全員、やる気満々である。
「(……あかん)」
とてもじゃないが撤回できる雰囲気ではない。
万事休す。
追い詰められた少女の脳細胞が
弾き出した起死回生の時間稼ぎ——
「……コ、ゴホン!
試練を行う前に、まずは問おう!
……『好きな食べ物は?』」
「焼き肉一択だっ!!」
『『『好きな食べ物??』』』
即答したザードに対し、
ニノ、マリー、照紅のツッコミが見事に重なった。
「いやザード、なんで答えてるの……」
ニノが額を押さえて深々と溜息をつく。
必死に取り繕う少女に、
ニノは冷ややかな視線を向けた。
「……何の理由かはわかりませんが、
時間稼ぎしてますよね?」
「ギクッ……!?
(な、なんでバレてるの!?
勘が鋭すぎるでしょこの小僧!!)」
完全に図星を突かれた少女は、
サッと背筋を伸ばすと、
何事もなかったかのように誤魔化しにかかった。
「……フッ、戯言を。
時間を稼ぐ必要性がどこにある?
長旅で疲れて頭が鈍っておるのではないか?
今宵の宿はワシが提供する故、まずは休まれよ!」
「「「「絶対、時間稼ぎしている……!!」」」」
四人の冷ややかな疑惑の目が突き刺さる。
限界を迎えた少女が
「ほら行くぞッ! 早く寝るのだーーッ!」と
強引に一行を宿へ誘導しようとした——
その時だった。
ゴオオオオオオオン……ッ!
突如、神域を包む澄み切った空が不気味に歪んだ。
太陽の光を反射していた秋の紅葉が一瞬で白く凍りつき、
空間そのものがガラスのように激しくヒビ割れていく。
「なにあれ!?
空が割れてるぞぉぉ!!?」
ポンコツ妖精が短い腕を
振り回してパニックに陥る中、
照紅が煙管を収め、
恐ろしいほどの眼光で上空を見上げた。
「……あり得ん。
障壁も何もないこの島に、
空間そのものを力ずくで
捻じ曲げて直接侵入してきとる……!」
照紅の言葉に、
ニノは不吉な予感を抱いて眉をひそめた。
「……まさか」
「……禁呪『空間転移』やけぇ!」
照紅が苦々しく吐き捨てると、
ニノの目が冷たく鋭く光った。
「……こんなことできる奴は、
一人しかいない!!」
ストックがなくなりました。





