第65話 灼熱の戦士
幾重にも重なる真っ赤な紅葉が
ハラハラと舞い散る
『オータムリア』の境界線。
冬の支配下に晒されながらも、
数多の旅人を魅了してやまない
風光明媚な秋の森は、
今なお色鮮やかに息づいていた。
封印されし『秋の精霊』の手がかりを追い、
一行は慎重に足を進める——
気配を消し、鋭い視線で
木々の死角や罠を警戒するのは
シーフのマリー。
その横では、ニノが両手をポケットへ突っこみ、
美しい紅葉をぼんやりと見上げて
感嘆の吐息を漏らしている。
さらに後ろでは、
重騎士のザードが腹をさすりながら
「腹減ってない??? 」と、
しきりに仲間に問いかける。
パーティーの師匠枠であるはずの照紅に至っては、
キセルを指揮棒に見立てて
ご機嫌に鼻歌を口ずさむ始末。
「……ちょっと。
真面目に探してるの、
私だけなんだけど??」
そんな四人に、前方から
単騎で突撃をかける男がいる。
白銀の光沢を放つ美しき甲冑を身に纏い、
背には凍てつく刃を持つ一振りの大剣を背負った男。
冬の精霊が誇る四天王が一角——
『氷剣王ロドン』
ロドンが馬から降り、
その重厚な一歩を大地に踏み出した瞬間、
天から極寒の氷雨が激しく降り注ぎ、
色鮮やかだった紅葉の森が
一瞬にして白銀の凍土へと変貌を遂げていく。
先の戦いにおいて、
冬の軍勢は圧倒的なまでの打撃を受け、
その誇り高き部隊は一瞬にして全滅した。
ロドン自身、
いまや勝ち目など万に一つもないことなど
誰よりも深く理解している。
だが——四天王としての誇り、
主君への揺るぎなき忠義、
そして一人の剣士として不屈の侍魂が、
彼に無様なる撤退を許さなかった。
負け戦と知りながらも、
武人としての矜持を胸に、
ただ独りで立ち塞がっているのだ。
悲壮な静寂が漂う中、
ロドンが静かに刃を抜く。
白銀の刃が冷たく透き通る光を放ち、
彼は死を覚悟した眼差しで相手を見据えた。
「……冬の精霊様のためにも、
一矢報いるまで」
決死の覚悟を固め、
全身の氷の魔力を練り上げるロドン。
……しかし、
それに対峙するザードは、どこか呆れたような、
それでいて感心したような複雑な表情で肩を
軽くすくめた。その手には、重厚な大盾でも
身の丈を超える大剣でもなく——
例の『魔法の木の棒』が握られている。
「大将!また来たかっ!!
あれだけ完全敗亡を受けて、
まだ立ち向かってくるとは、
その根性は褒めてやるぜ!!」
ザードが魔法の木の棒をどっしりと構え、
力いっぱい腰を深く落とした。
次の瞬間、決死の覚悟で大地を蹴り、
閃光となって突進してきたロドンに対し、
ザードのフルスイング一閃が炸裂する!
ドカァァァァンッ!!!!
澄み切った秋の空に、
あまりにも爽快で澄み渡った
快音が響き渡った!
ロドンが誇る自慢の氷刃も、
四天王としての威厳も何の意味もなさず、
彼は綺麗な弧を描いて遥か大空の彼方へと
一瞬で弾き飛ばされていく!
「今日は2打席連続
ホームランだったぜ!」
ザードが爽やかに額の汗を拭いながら、
まるでバッターのように
魔法の木の棒を立ててポーズを決める。
その横で、無言で遥か彼方へと
小さくなって消えていくロドンを
ただただ見つめるニノ、マリー、照紅。
……もう、
最初からわかっていたことだった。
ツッコむ気力すら起きやしない。
この圧倒的かつ容赦のないホームランにも、
かの大谷選手のそれのように、
すっかり慣れきってしまっていたのだった。
一方その頃——朱夏の里。
先ほどまでの圧倒的な横暴さと
威張り散らしていた態度がまるで嘘のように、
夏の精霊・炎夏は
床にしっかりと額をこすりつけ、
滝のような冷や汗を流しながら
完璧な土下座を決めていた。
「3000年ぶりに目覚めて早々、
下界の者どもを威圧し、
全裸の宴会芸を強要するとは……
相変わらず品も分別もない奴じゃな、
炎夏」
顕現した『冥界の王・宵咲』は、
華奢な身体でちょこんと小さく腕を組み、
氷のように冷ややかな視線を
土下座する炎夏へ注いでいる。
「め、滅相もございません宵咲様ぁぁ!!
ウチはただ……
この者たちの信仰心が本物かどうか、
精霊として試練を与えていただけに
ございますぅぅっ!!」
全身を震わせ、滝汗を流しながら必死に苦しい
言い訳を並べ立てる炎夏。
まさにその時であった。
ズドォォォォォンッ!!!!
里の外れから、
朱夏の里全体を揺るがすほどの
凄まじい地響きと、巨大な物体が
垂直落下したような超絶的な
墜落音が響き渡った!
「な、何事でござるか!?」
突然の衝撃にパニックになる常夏衆の忍びたち。
そこへ報告に向かった忍びの一人が、
息を乱してサスケ頭領のもとへ駆け込んできた。
「ほ、報告!
里の外れに空から謎の物体が
垂直落下いたしました!
検分いたしましたところ……
冬の四天王・ロドンらしき人物が
全身傷だらけで白目を剥いて
気絶しております!」
「なにぃ!?」
ゾロゾロと里の外れへ見物に赴く一行。
そこには、地面にてつもない深さの
巨大なクレーターが有り、中央には
ボロボロになって倒れている
氷剣王ロドンの姿があった。
倒れた男に近づき、
顔をまじまじと覗き込んだ
カゲロウが声をあげる。
「これは、確かに
冬の四天王『氷剣王ロドン』でござる」
白目を剥いて倒れ伏すロドンを
不審物を見るような目で
検分していた炎夏だったが、
ふと何かを思いついたように、
ニヤリと不敵で凶悪な笑みを口元に吊り上げた。
「これが冬の四天王かぁ……
そや、禁呪には禁呪や」
「えっ?」
「こいつに夏の禁呪をかけ、
ウチの手下にしたる!
エルザとかいう勇者にしたおかえしや!」
悪代官も真っ青になるほどの
邪悪な笑顔で豪快に言い放つ炎夏。
すると、横から先ほど頬を叩かれて
腫らしているカゲロウが、
思わず余計な一言を口にしてしまった。
「えっと……精霊様。先ほど、
『こんな汚いやり方は嫌いや!反吐が出るわ!』
とおっしゃってませんでしたでしょうか……?」
「えぇ?なにぃ?」
ギロリと流し目を向けられた瞬間、
カゲロウの脳裏に先ほどの激痛ビンタが
閃光のごとく蘇る!
「いえっ!!
何でもございませぬ!!!」
「(もうあのビンタだけは勘弁でござる……!)」
カゲロウの本能がそう熱烈に叫んでいた。
炎夏は倒れたロドンに堂々と歩み寄ると、
ニヤリと鼻で笑いながらその胸元へ指先を向けた。
「禁呪だろうがなんだろうが、
それは人間が勝手に決めたことや。
精霊にしてみれば、ただの一魔法やで」
そう言い放つや否や、
炎夏の指先から黄金と緋色の
灼熱の紋章が放たれ、
気絶したままのロドンの胸元へ
ドスッと深く打ち込まれた!
「ぐあぁぁぁあぁぁぁっ……!?
ぐ、ガハッ……!?」
気絶していたはずのロドンが、
内側から身体が焼け落ちるような激痛に
白目を剥いてのたうち回る!
胸元に刻まれた太陽のごとき凶悪な紋章から、
どくどくと圧倒的な熱気が全身の経絡と
体内に直接流れ込んでいく。
ロドンの魂の根幹をなしていた
『絶対零度の氷の魔力』と、
炎夏が叩き込んだ『灼熱の夏の禁呪』が
体内で真っ向から衝突し、
バリバリと凄絶な蒸気と音を立てて
全身の細胞と魔力を書き換えていく!
「グ、オォォォォッ……!!
身体が……焼き尽くされる……っ!?」
白銀だった甲冑は太陽の焔を吸い上げて
赤く染まり上がり、
凍てついていたトレードマークの『氷剣』は、
灼熱の熱素を纏う破天の刃——
『炎天斬』へと激変を果たす!
ロドンが長年培ってきた
氷の剣気は瞬く間に蒸発し、
その代わりに荒々しく猛る太陽の熱素が、
彼の魂の骨組みそのものを強引に
上書き・組み換えていった。
やがて激しい悶絶の末、
ゆらゆらと黄金色の熱気を全身から立ち上らせる。
冬の四天王としての冷気は跡形もなく消え去り、
炎夏の強大な熱で満たされた『新たなる存在』
へと完全に変貌を遂げたのだった。
赤き甲冑を身に纏った男は、
夏の精霊の前に静かに膝をついた。
「主よ、この『炎天斬ロドン』……
主のために、この命を捧げます」
「あら……?
お仲間になられたのね?
仲良くしてくださいねぇ~!」
あまりにもマイペースな
シルエッタがふわりと歩み寄ってきた。
おっとりと可憐に微笑みかけながら優しく声をかける。
かつての戦いにおいて、
圧倒的な夏の調律を前に、
「くっ……この女には勝てん!
全軍退却——ッ!」と、
絶望した恐怖の記憶が脳裏をよぎる……はずだった。
だが、
炎夏の禁呪によって思考が前向きに
書き換えられたロドンの胸中にあったのは、
かつての畏怖などではなかった。
恐ろしさは綺麗さっぱり消え去り、
ただただ澄み渡った忠義の念が
彼の胸を支配していた。
「(……この方々のために、
この命を捧げよう)」
かつて怖れた『夏の星脈調律師』
そしてこの賑やかで温かい者たち。
ロドンは誇り高くシルエッタの前でも
深く頭を垂れたのだった。
常夏衆の忍びたちは
ヒソヒソと焦り顔で囁き合っていた。
「で、結局、
あの少女は何者でござる???
精霊様が冷汗を流して
土下座しておられたが……」
常夏衆全員、
いろいろありすぎて混乱しているとしか
言いようがない状況。
あまりの激動と過剰な情報量に耐えかね、
頭領のサスケすら知恵熱を出して
倒れている有り様だった。
忍び全員が一番解決したい疑問。
——『あの少女は何者だ!?』
『冥界の王』ということは
カゲロウから聞き及んでいる。
だが、最大の問題は、
『夏の精霊様との関係性』だ。
『冥界の王』と『夏の精霊』、
まず接点がない。
しかし、
今までの謝罪、土下座、言い訳を見る限り、
どう考えてもあの少女は、
絶対神であるはずの精霊様より
『かなり上の存在』であることは
間違いなかった。
パニックになったカゲロウは、
もはや己の頭で考えることを放棄し、
隣に立つレイスの肩を激しく揺さぶった!
「(レイス殿!!貴殿が召喚したでござるぞ!?
説明責任があるでござる!!)」
レイスは焦りも、困った表情もまったくせず、
「僕にもわかりません」
と、平然と言ってのけた。
「(では!!!この状況理解できる
霊を召喚するでござる!!!!)」
切羽詰まったヒソヒソ声で懇願するカゲロウに、
レイスは素の表情で首を横に振る。
「(さすがに誰もいませんよ)」
「(そこを何とかせんか!!
せめて、その少女が何者かだけでも
わからんと、今後何をどうすればよいのか
まったく頭が働かん!!」
「そうですよねぇ……
黒い雲って変だなぁ…と思っていたら、
本当は少女だったんですもんねぇ。
僕なんて一緒にお風呂に入りましたよ。
今後どう接しよう?困りましたねぇ」
と相変わらず見当違いな方向に
マイペースなレイスに、カゲロウは
『そうじゃないでござるよ!!』と
喉まで出かかった叫びを
必死に押し殺すのだった。
そんな中、炎夏が叫ぶ。
「腹ごしらえも終わったし、
まずはそのエルザとかいう勇者の
禁呪を解きに行くか!」
炎夏の頼もしい宣言を受け、
混乱中のカゲロウはハッと我に返り
ガッツポーズをした。
元・冬の四天王を
『炎天斬ロドン』として新たな手下に加え、
絶対的ストッパーの宵咲を擁した一行。
まずは勇者エルザの完全復活、そして
『春と秋の精霊の完全顕現』へ向けて、
朱夏の里はさらなる進展へと
突き進んでいくのだった!
そんな中、宵咲は一人考える。
「(正体を隠すつもりはなかったんじゃが…
皆の反応が面白いので、もうちょっと黙っとこう)」
宵咲の属性は必須ですよね。





