第63話 夏の精霊
神技山の山頂。
雲を抜けた先に広がる最高聖域『真実の泉』は、
澄み切った黄金色の光を静かにたたえていた。
「ここが……最高聖域
『真実の泉』でござるか……!」
カゲロウは呼吸を整えると、
シルエッタの腕から幼龍ラーズをそっと受け取った。
「……すまぬな、ラーズ」
カゲロウの手のひらに、
ラーズの小さな体が不安そうにプルプルと
震えているのが伝わってくる。
ナツちゃんも祈るように
両手を胸の前で固く握りしめた。
レイスは無言のまま険しい表情で、
シルエッタも心配そうに胸元へ両手を寄せ、
息を呑んで見守っている。
サスケ頭領の言葉や冬の軍勢の思惑——。
もし真実を暴くことで、この小さなラーズに
恐ろしい運命が襲いかかったらどうする?
カゲロウの胸は、張り裂けそうなほどの不安
と葛藤で押し潰されそうだった。
それでもカゲロウは、宝物を扱うように
優しくラーズを抱きしめ、泉の縁へと歩み寄る。
「大丈夫でござる……!
何があっても、拙者たちが守るからな……!」
今にも震え出しそうな声を必死に張り上げ、
祈るような思いで、ラーズの小さく温かな身体を
清らかな水面へとそっと沈めた。
ジュワァァァァァッ……!!
泉に触れた瞬間、
爆音と共に目も眩むような
「黄金」と「緋色」の光が炸裂した!
極彩色の光の柱が天を突き抜け、
山頂の雲を一瞬で吹き飛ばしていく!
「きゃああっ!?」
「くっ……ラーズくんっ!?」
あまりに凄まじい光と風圧に、
シルエッタやナツちゃんが思わず目をかばってよろめく。
「ラーズっ! ラーズーーッ!!」
ジュワァァァァァッ……!
光の渦のなかで、
幼いドラゴンの小さな輪郭が
滑らかに引き伸ばされていく。
愛くるしかった鱗は一枚一枚、
眩い光の羽衣へと昇華し、
ラーズの幼龍としての姿は黄金と緋色の
光の粒子となって美しくほどけていった。
まさに、封印されていた真の姿——
完全なる覚醒の瞬間であった。
やがて荒れ狂う光が静まり返ると、
そこにはひとりの美しき精霊が降臨していた。
立ち現れた精霊は、
遠い太古の気高さを宿した凛とした威容を誇り、
全身から溢れんばかりの圧倒的な生命力と
神威を漂わせている。
精霊が降臨した瞬間、
波紋のように神聖な魔力が広がり——
極寒の風が吹き荒れていた泉の周囲に、
色鮮やかな百花が咲き乱れた。
……間違いない!
「……おお……! 常夏衆が古より祀りし、
『夏の精霊様』にございますか……ッ!」
神話の1ページのような神々しさに
シルエッタやレイスが息を呑む中、
カゲロウはいち早くその絶対的な存在感を察知し、
迷わずその場に片膝をついて深々と平伏した。
……しかし、顕現した『夏の精霊』が
開口一番に放ったのは、
神聖さとは程遠い怒号であった。
「やっとかいいっっ!!!!!
遅かったなぁ!?おいっ!?」
「えっ……!?」
山頂全体を揺るがす、
超コテコテの激オコ関西弁。
神々しい光を背負いながら、あまりの怒りに
仁王立ちで肩を怒らせる精霊に、
平伏していたカゲロウはビクッと硬直する。
「お前ら3000年やで!? 3000年っ!?
いくら何でも遅すぎやろ!?」
精霊はギラリと目を光らせると、
同じく「夏の力」を秘めた
『夏の音叉』ナツちゃんへと
勢いよく指を突きつけた。
「おい! 音叉ぁぁぁ!!」
「はいっ!」
あまりの恐怖に、
ナツちゃんは羽を動かしたまま空中で
「気をつけ」の態勢をとった。
「サボりすぎちゃうか!? なぁ??」
「す、すみません!!
めっちゃ反省してます!!」
精霊の凄まじい姉御肌の迫力に完全に気圧され、
空中で直立不動のまま全力で謝罪するナツちゃん。
「音叉は、放課後職員室な。
3000年間何してたか
じっくり聞かしてもらおか?」
「(…何ゆーてるかわからんが、最悪っぽい…)」
ナツちゃんは今にも泣きそうだった。
更に、
夏の精霊は額に青筋を浮かべながら、
ひざまずくカゲロウを鋭く睨みつけた。
「……で? 散々ウチを閉じ込めて
放置してくれた、冬の精霊はっ!?」
カゲロウは額に冷や汗を流しながら、
恐る恐る現状を口にする。
「……い、今や世界の支配者でござる」
その答えを聞いた瞬間、
夏の精霊の怒気テンションが
最高潮へと跳ね上がった!
「どこにおんねん!?
今すぐお礼参りや!!!」
「お、お礼参りィィィッ!?!?」
速攻で冬の軍勢の本拠地へ殴り込もうとする
超武闘派の精霊に、カゲロウは慌てて
手をかざして制止した。
「お、お静まりくだされ精霊様!
実は……エルザという勇者が
『冬の精霊』の禁呪に侵されており、
まずはそれを解いていただきたいでござる……!」
「あぁん……?
勇者が冬の禁呪に……?」
カゲロウの切実な訴えに、
夏の精霊は胸の前で腕を組み、
ペッと唾を吐き捨てるような仕草を見せた。
「ほんま冬の連中はやることが陰湿やな…
人の身体にドス黒い呪い残すとか、
相変わらずネチネチしとる…
ほんま大嫌いや!そういうの!」
精霊は苛立ちを隠せない様子で鼻を鳴らすと、
フッと力強い笑みを浮かべた。
「ええわ!
その『エルザ』とかいう勇者の呪い、
ウチが丸ごと焼き払うて消したる!
3000年ぶりの準備運動代わりや!!」
「お、おお……!
感謝感激にござります!」
「感謝は後や! おい音叉! カゲロウ!
ぼさっとしてんと、さっさとその勇者の
トコ案内せかい!! 3000年分のツケ、
冬の連中にまとめて払わせたるからな!!」
精霊は急かすように声を張り上げると、
おっとりと立ち尽くしていたシルエッタへ
バッと鋭い視線を向けた。
「おい! シル! (注:シルエッタのこと)
さっさと魔力を供給せんかい!
さっさとせんと、貴様の呼び方を
いやらしい『汁』にするぞ!!!」
「はいー! ただいまぁ!」
突然の暴言にもニコニコとおっとり答えながら、
慌てて魔力を練り始めるシルエッタ。
カゲロウたちも「「はいっ!!」」と声を揃え、
一気に騒がしさを増した山頂でドタバタと
出発の準備を進めようとした。
しかし——
パワハラ?はまだ終わらない…
「そんで、この会話の間に誰も
宴の準備してないって……お前らアホかぁ!!!
『3000年経ったらもう気が利かぬ
人間ばかりになってました 』
こういうことかぁぁ!!?? あーん???
3000年も何も食ってないんや!察っせや!?」
「でしたら、
精霊様、ここには食べ物が
少量しかございませぬゆえ、山の麓の里……」
理不尽な怒りに恐る恐る言い訳を
口にするカゲロウに対し、
夏の精霊はスッと目を細め、
静かで冷酷な低音を叩きつけた。
「なめてんの?」
「え?」
「ウチがメシを作れと言うたら、
メシ作らんと。なぁ?」
「…ですので、
食料が少ないので麓の里へ…」
「なに?なめてんの???」
「い、いえ!」
「え?なめてない?」
「は、はいっ!」
一瞬の静寂…
「メシを作らんかいっ!!!!!!
〇すぞっ!!!!!」
パーーンッ!!!!
「ぶはっ!?!?」
容赦のないビンタが飛び、
カゲロウの顔面が真横に弾け飛ばされる!
(※注1)
「せ、精霊様!! 大変申し訳ございませぬ!
全て常夏衆の不徳の致す限り!
しばし!しばしお時間をくだされ!
すぐに麓の里にて宴の準備をいたします!」
頬を真っ赤に腫らし、
青ざめた顔で土下座して
必死に宥めるカゲロウ。
「(……無茶苦茶でござる。
本当に夏の精霊様でござるよな……?)」
あまりにも理不尽すぎる暴力と圧に
冷や汗をダラダラと流しながら、
カゲロウは心の中で激しいツッコミを放つのだった。
その瞬間——遥か遠方、
ゲートランド城の王の間。
水晶を前に目を閉じ、
精神を研ぎ澄ませていたルナが、
勢いよく目を見開いた。
「グラッド様!!
カゲロウさん達が『夏の精霊様』の
幽閉解除に成功しました!」
ルナの念視によってもたらされた絶叫に近い報告に、
ゲートランド城内は一瞬の静寂ののち、
地鳴りのような歓声とお祭り騒ぎに包まれた。
精霊の復活——それは世界の命運を握る、
3000年間絶え間なく祈り続けてきた
悲願の成就であった。
「……おお……おおおっ……!」
ルナからの知らせを受けたグラッド王、
そして居並ぶ近衛兵たちは、
溢れ出る涙を拭おうともせず、
互いに肩を抱き合って歓喜の声をあげた。
「カゲロウ……見事……
い、いや、ありがとう……!」
グラッド王は遥か南の空を見上げ、
胸に力強く拳を当てながら、
感動のあまり言葉にならない感謝を
噛み締めるのだった。
「(…え?…あれが精霊…様???)」
この時、すぐに念視の続きを再開したルナが
徐々に険しい表情になっていくことに
気付く者は誰もいなかった…
また凄いもの書いたな。
と、思われましたか。
(注1)
【参考動画】佐山聡のシューティング合宿
https://www.youtube.com/shorts/ve5DOxm33Jc





