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時空魔導士


極北の地にそびえ立つ、

氷と永久凍土で塞がれた『冬の軍』の本拠地。


吹雪が吹き荒れる静寂の大広間に、

一人の男が深く頭を下げていた。

冬の四天王の一角、ロドンである。


「……報告は以上です。

 地下都市ローアンの黒銀会は、

 ゲートランド城下街のギルドによって

 一晩で完全に壊滅いたしました」


氷の玉座に鎮座する『冬の精霊』は、

青白い冷気を纏いながら、

その表情には欠片の動揺すらうかべずに告げた。


「そうですか……

 貴重な『黒き精霊核』を無駄に使い潰し、

 あまつさえ我らが与えた拠点や重要な保管品を

 すべて投げ捨てて逃げ出すとは。

 バルゴフという男は、思っていた以上に

 無能だったようですね」


「……それとエルザからの連絡も

 完全に途絶えております。

 消息は不明です……」


ロドンが重々しく報告すると、

冬の精霊は淡々とした調子で言葉をかぶせた。


「エルザは、奴らに

 殺されたものとお考えなさい」


「(……あのエルザが、か)」


ロドンは垂れた首の裏で、わずかに息を呑んだ。


エルザの冷酷さと実力は熟知している。

仮にも元四天王『氷晶将 グレーネ』を一瞬で

葬った魔力の持ち主である。


更に、今回は昔の仲間が敵だったはずだ。


それが潰された以上、

ゲートランドの戦力と意識が想定以上に

跳ね上がっているのは間違いなかった。


そして、同胞の死をゴミのように言い捨てる

冬の精霊の冷酷さにも、ロドンは至極納得していた。


魔族だろうと人間だろうと、精霊様にとっては

『ひとつの使い捨ての駒』に過ぎない。

換えなどいくらでもいるのだ。


「(……フッ、だが我が『氷剣王』の

 代わりがそう簡単に見つかるとは思えんがな)」


ロドンは大剣を背負う

己の腕と力への絶対的な自負を、

胸の奥で不敵にたぎらせた。


「はっ……。では、今後の指示を」


ロドンが頭を垂れると、

冬の精霊は氷のように冷たく澄んだ瞳を向けた。


「我々の計画を狂わせたゲートランドの者たち……

 そして、我が軍の財を置き去りにして

 敵前逃亡した黒銀会の裏切り者たち。

 バルゴフを筆頭とする逃亡幹部どもも含め……

 今回の件に関わった者すべての

 『完全抹殺』を命じます。

 ……ロドン、頼みましたよ」


「御意。このロドン、

 我が凍てつく刃をもって直ちに遂行いたします」


深く一礼し、

立ち去っていくロドンの背中を見送りながら、

冬の精霊は白磁(はくじ)のようにしなやかな指先を顎に添えた。


「(……妙ですね。あの戦場から伝わる残光……

 微かに『夏の精霊』の気配を感じましたが……)」


透き通るような美しい眉をわずかにひそめ、

冬の精霊は少し怪訝な表情を浮かべた。






一方、ローアンでの激闘を終え、

ゲートランド城へ帰還したニノたち。


王の間の重々しい扉が開いた瞬間、

カゲロウは前へ躍り出ると——

目にも止まらぬ速度で地面を滑走した!


シュザーーーーッッ!!


「ナツどのーーーッ!!

 大変申し訳なさすぎたでござるぅぅぅっ!!」


芸術的なスライディング土下座。


あまりの勢いに、

城の磨き上げられた床へ激しく

頭を叩きつけるカゲロウ。


その見事な土下座っぷりに、

周りの仲間たちはおろか、

国王のグラッドでさえも

タジタジとなり苦笑いを浮かべた。


「ま、まあナツ殿……。

 カゲロウも無事に大事を成し遂げて戻ってきたのだ。

 今回ばかりは多めに見てやってはどうか……?」


グラッドが助け船を出した、次の瞬間——。


シュババババババッッ!!!!


「ふふふ……おかえり。カゲロウさんよぉ」


無言のナツちゃんの手元から、

残像すら置き去りにする速度で解き放たれた

『吹き矢フルコース』!

全弾が寸分の狂いもなく

カゲロウの首筋と背中に命中した。


「がはっ……!? 痺れ……

 激痛……手足の感覚が……っ!?

 眠気…しかし!眠くならない!?」


「……次はないで。ただ、

 『常夏衆』には苦情を入れるからな」


「ひっ……!?

 と、常夏衆だけはご勘弁を……っ!!」


毒のトリプルパンチと『常夏衆』という

ワードの圧倒的精神ダメージで白目を剥き、

プルプルと震えながら倒れ込むカゲロウ。


……だが、彼には倒れている猶予すら

与えられなかった。


「あ、カゲロウさん!

 ちょうど良かった!

 これから私の『夏の星脈調律師』の

 最終試験でダンジョンに行くんです~!

 護衛としてついてきてもらえますかぁ?」


「し、シルエッタ殿……!?

 拙者いま……手足の感覚が……っ

 あと眠気が…しかし眠くならない!?

 これはなんの毒矢でござる!?」


「大丈夫、すぐそこですからぁ!

 歩いて3日程度です。

 では行きましょう~♪」


強引に引っ張られ、

フラフラの状態で

同行させられるカゲロウ。


もちろん後ろには『夏の音叉』として、

ナツちゃんも同行して出発していった。







ナツちゃんの猛烈なお仕置きと

それに翻弄されるカゲロウたちの去り際を横目に、

残されたニノ、ルナ、グラッド、そして照紅は

王の間の一角で静かに輪を作っていた。


「で、お姉さまは眠ったままなのよね?」


ルナが尋ねる。


エルザを無事に取り戻せた安堵からか、

その表情に悲壮感はまったくなかった。


ニノと、彼を支える頼もしい仲間たちがいれば、

絶対にお姉さまを元に戻してくれるという

揺るぎない信頼があるからだろう。


「ああ。

 まずは完全に星脈と繋がっている状態にした。

 命に危険が及ぶようなことはないよ。

 今はグラッドの用意してくれた部屋で寝ている」


ニノの言葉に、

グラッドが重々しく頷きながら問いかけた。


「この後は、どうするつもりだ?」


ニノと照紅は顔を見合わせ、

苦笑いを浮かべた。


「いろいろ手を尽くしてみたけど…

 俺や照紅師匠のどの調律を試しても、

 エルザにかけられた禁呪を

 解除することはできなかった。

 ……やはり、根本から解決するには

 『夏の精霊』の力が必要だと思う」


一応、呪いを解く道筋は見えているが……

『夏の精霊』の手がかりは一切ない。

一同は複雑な表情になる。


「キュー!」


その時、

ニノの足元から可愛らしい鳴き声が響いた。

ニノの影からひょっこりと顔を出したのは、

ローアンから連れて帰ってきた

幼龍の姿をしたドラゴンだった。


「ところで……

 ずっと思っていたのだが、

 そのドラゴンは?」


グラッドが珍しそうに目を細めると、

ニノは微笑みながらその頭を優しく撫でた。


「この子は『ラーズ』。

 黒銀会に関係する……のかな?

 とにかくローアンでは卵の状態で

 厳重に保管されてたんだ」


「キュルルッ♪」


ニノの手のひらに甘えるようにすり寄るラーズ。


激闘を終えた王の間に、

ほんのりと温かな空気が流れ込んでいく。


「ふむ、黒銀会の地下にそんな存在が……。

 だが、人懐っこい良い顔をしている。

 同行を認める。」


「キュー♪」


グラッドの温かい言葉に、

ラーズは嬉しそうにひと鳴きした。






一方その頃——


シルエッタたち三人は、

城から歩いて南に三日ほどの場所にある

ダンジョンを目指して進んでいた。


最奥の祭壇に

『夏の花(ゲートランドに夏に咲く青い花)』

を捧げるという、ごく簡単な最終試験だ。


「……ナツ殿、

 道中お荷物などはお持ちいたしますので、

 なんなりとお申し付けくだされっ」


「……別にええよ。

 カゲロウさんは前方の警戒だけしっかり頼むで」


「は、ハハッ! 御意にござる!」


元から『夏の音叉』の化身である

ナツちゃんには頭が上がらないカゲロウ。


その上、

今回は無断でローアンへ出撃して

激怒させた直後とあって、

その肩身はますます狭く、

道中は終始ペコペコと恐縮しきりであった。






南の街道を進むこと三日。

道中で遭遇する魔物も、

カゲロウが必死の警護で見事に散らし、

何事もなく目的のダンジョン——

苔むした古代の岩壁に

口を開けた自然洞窟へと到着した。


洞窟内部へ足を踏み入れると、

ひんやりとした湿った空気が肌を撫でる。

水滴が岩肌を伝う静かな音と、

壁面に自生する微光苔のほのかな

青い光が幻想的な空間を作り出していた。


「ふむ……内部も静かなものでござるな。

 魔物の気配もほとんどない」


「ええ。ですが油断は禁物ですよ。

 ここは昔から精霊の力が強く残る場所ですから」


「です~! 張り切って調律してきますねぇ!」


シルエッタは杖を手に、

軽い足取りで洞窟の奥へと進んでいく。


危険な魔物もいないという安心感から、

三人はどこか気を抜いていた……

だが、彼らは致命的な一点を失念していたのだ。


何年もの年月が経過したことで、

洞窟全体の地盤と岩盤の構造が

酷く老朽化していたことを。


静かな洞窟の奥へ奥へと進み、

ついに青く光る『夏の花』が咲き誇る、

最奥の祭壇が見えかけた——まさにその時であった。



ゴゴゴゴゴゴギガガガガッッ!!



「っ!? な、なんや!?」


突然、洞窟全体を揺らす激しい地鳴り!


長年の老朽化に耐えかねた天井の岩盤と

足元の地盤が、祭壇の直前で同時に

大規模な崩落を起こしたのだ!


「キャッ……!?」


「ナツ殿!!」


頭上から次々と崩れ落ちてくる巨大な岩盤と土砂の濁流!

宙を舞って回避しようとしたナツちゃんだったが、

死角から迫る巨大な落石を避けきれず、

直撃を受けてそのまま激しく地面へ叩きつけられてしまう!


「ナツちゃん!!」


シルエッタは悲鳴を上げ、即座に杖を構えた。

岩の性質そのものを『星脈調律』で変化させ、

衝撃を和らげようと魔力を練り上げる。


……だが、

足元へ駆け寄ったシルエッタの目に飛び込んできたのは、

崩れ去った土砂の底で頭部から血を流し、

ぐったりと意識を失っているナツちゃんの姿だった。


「そんな……嘘……!

 ナツちゃん! 目を開けて!!」


頭が真っ白になる。


このままでは、

さらに上から落ちてくる巨大な岩盤が

ナツちゃんを押し潰してしまう。


岩の構造を変える程度の

調律では間に合わない。


助けたい、助けたい、助けたい——!


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」


必死すぎるシルエッタの叫びとともに、

彼女から解き放たれたのは、

黄金の星脈の光ではなかった。


空間そのものを歪める、

目も眩むような紺碧の時空光線。


パァァァァァァァンッッ!!


世界から音が消えた。


「……え?」


カゲロウが息を呑む。


崩れ落ちていたはずの巨大な岩盤が、

まるで映像を逆再生するように勢いよく上空へ戻っていく。

土砂が巻き戻り、崩壊した地盤が何事もなかったかのように

綺麗に元通りへと繋ぎ合わされていく。


そして——


頭から血を流し意識を失っていたはずの

ナツちゃんもまた、怪我を負う前の無傷な姿へと

時間が巻き戻り、ハッと目を覚ました。


「……あれ? ウチ……何を……?」


ナツちゃんは何が起きたのか分からず

呆然と周囲を見回している。


信じられない光景を前に、

膝をついて激しく息を吐くシルエッタ。


カゲロウは驚愕に目を見開いたあと、

静かに彼女の元へ歩み寄り、

その目線を合わせるように優しく語りかけた。


「……シルエッタ殿。

 驚かずに聞いてほしいでござる」


「カ、カゲロウさん……?

 私、今……何を……?」


「シルエッタ殿が今使ったのは、

 ……時空魔法でござる。

 あなたはたぶん、

 この世界に唯一の『時空魔道士』」


「え……? 時空……魔道士……?」


困惑するシルエッタに、

カゲロウは真剣な眼差しで畳みかけた。


「治癒が得意だったのも、傷を治していたのではない……

 ケガをする前に時間を巻き戻しておったのでござる」


「じ、時間を……巻き戻して……?

 私が……?」


自分がおとぎ話や古文書でしか聞いたことのない

伝説の魔道士だったとは……。

急すぎる話に正直、頭がついていかず信じられない。


しかし、さっき自分が必死に手を伸ばした瞬間、

崩落する岩盤が上空へ戻り、

目の前で血を流していたナツちゃんの時間が巻き戻った。


——あの確かな『時間を操った自覚と感覚』が、

手に残っていた。


あまりの出来事に己の手を見つめ、

ただただ呆然と立ち尽くすシルエッタ。


カゲロウはそんな彼女の肩にドンと力強く手を置いた。


「星脈調律師としての自覚は、

 シルエッタ殿はすでに十分持っておられる……

 だが、時を操る能力を持つことの自覚と重みを知ることは、

 ここからさらに大変な道になるでござる」


時間を巻き戻すなど、

世界の理を覆す絶大すぎる禁忌の力。

軽々しく使えば己の身を滅ぼしかねない。


「……だが、

 今の命がけの想いと優しさがあれば、

 シルエッタ殿なら必ずや

 『星脈調律』と『時空魔法』の

 両方を完璧に両立させられると、

 拙者は信じているでござるよ」


「……カゲロウさん……」


カゲロウの真摯な言葉と信頼に、

シルエッタはしっかりと頷いた。


「(……私に眠る……時を……巻き戻す力……)」


自分の両手をじっと見つめるシルエッタの瞳の奥に、


一瞬だけ——


誰も見たことのない静かで深い光が揺らめいた。


こうして、己の内に眠る『時空魔道士』としての

凄まじい資質に気付かされたシルエッタは、

無事に最終試験の『夏の花』を捧げ、

『夏の星脈調律師』としての新たな一歩を

踏み出したのであった。



しばらく真面目な話が続きます。

この物語の非常に重要なシーンばかりです。

我慢してください。

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