黒銀軍との戦い(その5)
「また扉かよっ!?」
「……また扉ですか!?」
「うそでしょ!?」
静まり返る現場。絶句する一同。
「く、くそっ!
もう一回だぁぁぁッ!
いけッ、相棒ーッ!」
ザードが再び神力たっぷりの
『魔法の木の棒』を全力で振り下ろし、
二重目の扉へ叩きつけた!
フッ……
「え……?」
手応えがない。
打撃音すら響かず、
まるで空気を叩いているかのように、
魔法の木の棒が扉の表面をすうっと
通り抜けてしまった。
手元に伝わるのは
スカッとした虚無の感触だけ。
「な!? 当たらねぇ??
まるでそこに存在してないみたいに
通り抜けちゃうなぁ???」
ザードは何度も棒を振るが、
全て空を切るように透けてしまう。
「だめだ……何も受け付けねぇ。これじゃだめだ……
俺の『魔法の木の棒』で無理なんて初めてだよ……!!」
ガバッと膝をつき、
絶望に打ちひしがれるザード。
神話級の重ね掛け術式すら意味をなさない、
概念的な絶対遮断の扉。
全員がその『不思議な扉』に息をのむ中——
二枚目の扉を検分していたシーフのマリーが、
手元でカチャリと金属音を鳴らしながら呟いた。
「……この鍵穴、
ダミーじゃないわ。本物よ」
彼女が自慢の
『万能ピッキングツール(マスターキー)』
を鍵穴に差し込み、指先の繊細な感覚で
内部の構造を探り当てた結果だった。
「物理攻撃や魔法は全部すり抜けるのに、
鍵穴の内部だけはしっかりと『実体』がある……。
逆に言えば、正規の『鍵』でしか開かない仕掛けを
隠すための巧妙な偽装ってことかしら?」
マリーのプロらしい見立てに、
カゲロウが納得したように頷く。
「なるほど……物理や魔法による破壊を無効化し、
正規の鍵以外での開錠を拒絶するカラクリでござるか」
照紅がハッと目を見開き、
自分の懐をまさぐり始めた。
「照紅師匠、どうしたんですか?」
「いや……
スラム街で出会ったあのスリの少年……
アルから預かった『鍵』があったんじゃ。
あやつ、バルゴフがスラム視察に来た時に
懐からすり盗ったと言っておったが……」
照紅が取り出したのは、
アルから手渡されていた古びた一本の鍵。
ダメ元で照紅が二重目の扉へ歩み寄り、
実体がないはずの扉の中央に
ぽつんと空いていた小さな鍵穴へ
その鍵を挿入する。
カチリ。
静かな音が響き、照紅が鍵を回すと——
ギギギギギ……ッ
あんなにも攻撃をすり抜けていた扉が、
あっけなく、すんなりと音を立てて
奥へと開いていった。
「「「「開いたぁぁぁぁぁっ!?」」」」
「バルゴフがスラム視察の際も
肌身離さず持っていたということは……
もしかすると、とんでもない
『鍵』なのかもしれないな」
呆気にとられながらも、
ニノたちは慎重に扉の内部へと足を踏み入れた。
そこは、外の極寒とは打って変わって、
ぽかぽかと温かい不思議な熱気が
充満する小さな石室であった。
そして、その部屋の中央——
祭壇のような台座の上に、
巨大で美しい『神秘的な卵』
が静かに保管されていた。
「卵……?」
ニノたちが息を呑んで見つめる中——
ピキッ……
澄んだ音が石室に響いた。
「「っ!?」」
卵の表面に、すーっと一本の亀裂が入る。
続いて、ピキ・ピキピキッ……と
亀裂は瞬く間に全体へと広がり、
内側から温かな溢れんばかりの光が漏れ出し始めた。
パカッ!!
ついに殻が大きく割れ、
中から小さなヒナが顔を覗かせる。
「きゅ……キュゥ……?」
光の中から現れたのは——
つぶらな瞳をパチパチとさせる、
一匹の小さく可憐な『赤ちゃんドラゴン』であった。
赤ちゃんドラゴンは殻から這い出ると、
トコトコと愛くるしい足取りで歩み寄り、
ニノの足元へすり寄って
「キュ〜♡」と甘えた声を上げ、
すりすりと首を擦り付けてくる。
「な、なんでしょう???……
僕についてきますね?」
戸惑うニノの姿を見て、
カゲロウが優しく目を細めながら言った。
「ふむ……
どうやらニノ殿のことを母親だと
思い込んでいるようでござるな。
こんな生まれたばかりの幼子を、
このような石室に放置していくわけにもいきますまい。
……とりあえず、今は連れて行くでござる」
「そうです……ね。
放っておくわけにもいきませんし」
ニノが抱き上げると、
赤ちゃんドラゴンは嬉しそうにニノの腕の中で丸くなり、
小さく「キュ♡」と鳴いた。
こうして赤ちゃんドラゴンを腕に抱えたニノたちは、
石室をあとにし、スラム街へと戻った。
地下都市ローアンのスラム街には、
すでに黒銀会の壊滅と、
ニノの『春の調律』による奇跡の噂が
駆け巡っていた。
噂を聞いて一人の少年が人込みを押し分けて
ニノたちの元へ息を切らして走り込んできた。
スリの少年——アルだ。
「ニノの兄ちゃん……! お願いだ、
妹を……レイナを助けてくれっ!!」
アルがすがりついたのは、
ボロ布の上で青白い顔をして横たわる少女——
妹のレイナだった。
アルはこの妹の薬代を稼ぐために、
命がけでスリに手を染め続けていたのだった。
「もう大丈夫だ」
ニノが優しく微笑み、
レイナの胸元へ静かに手をかざす。
ふわりと広がった暖かな『春の調律』の光が
レイナを包み込むと、衰弱しきっていた肌に
一瞬で健康的な朱が差し、規則正しい寝息へと変わった。
「ん……んん……お兄ちゃん……?」
「レ、レイナ……っ! レイナぁぁぁっ!!」
アルはレイナを力いっぱい抱きしめ、
声を上げて号泣した。
「ニノ兄ちゃん……
俺、もうスリを辞め…じゃなく!
もっともっと、もっと真面目に働く!
これからは俺の汗で、レイナをちゃんと
養っていくんだ!!」
「うむ。黒銀会はもうおらん。
理不尽な上納金を払う必要も、
脅える必要もないんじゃ。
これからは自分の汗で稼いだ金で、
普通に温かい飯を食べればええけぇ☆」
照紅の言葉に、スラムの住民たちからも
地鳴りのような歓声が上がった。
——そんな温かな空気の中…
「……ん? そういえば、
ザードの奴はどこへ行ったんじゃ?」
照紅が首をかしげた、まさにその時であった。
「ハーーーーッハッハッハッハ!!!!」
突如として、この街で最も高くそびえ立つ
黒銀会の象徴『氷の時計塔』の天辺から、
雷鳴のような大音量が街中に響き渡った!
見上げれば、塔の最上階の屋根の上に立ち、
仁王立ちで高笑いを上げる男の姿。
ザードである。
誰もが嫌がり、関わることすら恐れた
裏社会の巨大組織『黒銀会』
それを相手に堂々と勝ちどきをあげるなど、
正気の沙汰ではない。
必ず倍以上の報復があるだろう。
だが——これこそが、
ギルド長オーフェンと交わした
『ギルドの名を世界に示してこい』
という約束を果たすための、最高の証明であった!
ザードは愛用の『魔法の木の棒』を天高く掲げると、
地下都市全体へ響き渡る圧巻の声量で叫んだ。
『ゲートランド城下街のギルドがっ!!!!
黒銀会をぶっつぶしたぜっーー!!!!』
その叫びが地下都市ローアンの
隅々にまで届いた瞬間——
一瞬の静寂ののち、
街全体から地響きのような大歓声が巻き起こった!!
「「「「うおおぉぉぉぉぉッッ!!!!」」」」
黒銀会の暴政に怯えていた一般住民も、
虐げられていたスラムの人々も、
誰もが手を突き上げて叫び、抱き合い、
歓喜の涙を流している。
恐怖による支配が終わり、
本物の平和と希望が訪れたことを、
誰もが確信したのだ。
ローアンの街全体が、
弾けたような祝福と
歓喜の輪に包み込まれていく。
その大歓声の中、
全員の脳内にすうっとルナの念話が優しく、
そして誇らしげに響き渡った。
『(……まったく、バカみたいに大騒ぎしちゃって。
でも……ふふっ、オーフェンギルド長との約束、
見事に果たしたわね)』
念話越しに伝わるルナの嬉しそうな声に、
ニノは眩しそうに時計塔を見上げて微笑んだ。
「あ、そういうことか……w
宣伝効果抜群だな!w」
「ふふ……このような命令を出すとは…
そのオーフェンとやらもなかなかよのぉ」
照紅も嬉しそうに目を細め、
カゲロウも力強く頷く。
ザードの豪快すぎる宣言とルナの誇らしげな声は、
長年暗闇に閉ざされていた地下都市ローアンに、
二度と消えることのない、
完全な『勝利と解放』を深く刻み込んだのだった。
ちょうどその頃——
遠く離れたゲートランド城の
『玉座の間』では……
念話越しに響くローアンの大歓声と
ニノたちの無事を知り、玉座の間は
爆発的な歓喜に包まれていた。
「よしっ!! やったなニノっ!!
あの最強最悪のマフィア『黒銀会』を
本当に叩き潰したぞ!! 見事である!!!」
国王グラッドが玉座から身を乗り出し、
豪華な会議卓をドカンと叩いて大笑いしながら、
傍らの近衛兵たちとガシッと熱いハイタッチを交わす。
普段は自ら王の間になんか絶対に来ない
犬猿の仲?の『ギルド長オーフェン』でさえ、
今日ばかりは自ら足を運び、
込み上げる誇らしさと安堵を
隠しきれずに高笑いを上げていた。
「ガハハハハッッ!
あいつらなら絶対にやり遂げると思ってたが……
やはり俺の目に狂いはねぇな!!今日は宴会だぜ!!」
遠く離れた地で試練を乗り越え、
偉業を成し遂げた仲間たちの成長と絆を、
王の間に集う誰もが心から称えていた。
——そんな狂喜乱舞する室内の片隅。
念話越しにニノたちと話すのに
夢中になっているルナのすぐ隣で、
一人静かに極小の筒を磨く影があった。
ナツちゃんである。
「ふふ……カゲロウはんよぉ……」
数日後には胸を張って帰ってくるであろう
カゲロウの姿を思い浮かべ、
ナツちゃんはニヤリと意味ありげに微笑む。
その手元には、麻痺毒、激痛毒、幻覚毒など、
色とりどりの毒薬が塗られた凄まじい数の
『吹き矢』が整然と並べられていた。
「お前の本分…忘れすぎやろ?あん??」
ナツちゃんの
帰還を祝う『吹き矢フルコース』の準備は、
すでに万全であった…
私の作品の読者様なら
「ナツちゃんの吹き矢ならご褒美でしょ?」
それで普通です。





