黒銀軍との戦い(その4)
地下都市ローアンの最深部——
全身の骨を砕かれたアズブルが、
絶望に顔を歪めていた。
「……黒銀会の会長バルゴフはどこだ?」
ニノの低く冷たい声に、
アズブルは歯をガチガチと鳴らしながら、
奥の巨大な重鉄門を指さす。
「ひ……ひぃっ! あ、奥の……『黒銀の間』だ……!
だが……バルゴフ様はジゼル様から授かった
『黒き精霊核』をお持ちだ! お前たちなど……がはっ!」
彼を打ちのめしたのは、他でもない——
自らがニノたちを葬り去るために仕掛け、
この戦いの圧倒的『勝因』になるはずだった
『秋の調律』の魔力による攻撃であった。
己が張り巡らせた罠の牙が、
そのまま倍以上の威力となって
自分自身を砕くという無残な皮肉。
それに『二ノ前 リョウタ』という
規格外の存在、そして圧倒的な力の差を前に、
アズブルはもはや抗う気力すら失っていた。
「………」
全てを悟ったアズブルは考えることをやめた。
自らの野望も、黒銀会への忠誠も、
何もかもが虚無に消えていく。
彼は、満身創痍の体を引きずりながら、
壁を伝うようにして無言で
闇の奥へと消え去っていった。
もう二度と剣を握ることも、
戦士として戦場に立つことも
叶わないであろう背中は、
酷く小さく、哀れであった。
ニノはその去り行く背中に
追撃を加えることもなく、
冷ややかな視線を向けたまま言った。
「では、行きますよ、照紅師匠」
「うむ。そうだな……痛たた……♡」
足は完璧に治癒しているはずなのだが、
照紅は「まだ痛い♪」と言い張り、
ニノの首にしっかりと腕を回している。
ニノは照紅を抱えたまま、
重々しい大鉄門を蹴り飛ばして
最深部『黒銀の間』へと踏み込んだ。
だが——
そこに広がる豪華絢爛な氷の玉座に、
人の気配はなかった。
「照紅師匠……
バルゴフは逃げたようですね」
玉座の脇にある隠し転移陣の残り香。
黒銀会会長バルゴフは、
ニノが三百の軍勢を『一瞬で無に還元した』
常識外れの魔力をモニター越しに感知した瞬間、
戦うリスクを即座に回避したのだ。
奴はジゼルから与えられた貴重な『黒き精霊核』の
魔力をすべて逃走に使い潰していた。
追っ手が来られぬよう、自分が逃げ延びた直後に、
同じく逃走してきた幹部たちごと、緊急避難用の
洞窟通路を丸ごと氷漬けにしたのだ。
それだけに留まらず、通路の入口すら
外の岩肌と寸分狂わぬよう偽装し、
穴の存在そのものを完全に隠蔽したのである。
部下すら捨て駒にする徹底した臆病さと卑怯さで、
真っ先に自分だけ逃走を図ったのであった。
「…ニノを一瞬で『規格外』と判断したか……。
長年裏社会に君臨しておるだけのことはある」
照紅がニノの腕の中から呆れ顔で呟いた、
まさにその時であった。
「ニノ殿ーーーッ!!」
ドガァァァンッ!!
背後の通路の瓦礫を吹き飛ばし、
息を切らせて飛び込んできたのは——
カゲロウ、そして彼が引き連れてきた
援軍のメンバーたちであった!
「カゲロウ……っ! 無事だったか!!」
「ニノ殿!! きっと戻ってくると
信じていたでござる……っ!」
ニノとカゲロウは互いに駆け寄り、
ガシッと熱い抱擁を交わす。
ニノとカゲロウは、
まさに生死に関わる凄惨な戦いを
共に駆け抜けてきた戦友であり、
離れている間も互いに相手の安否を
絶えず気に病んでいたのだ。
正直、また生きて再会できるとは
二人とも夢にも思っていなかった。
それだけに、いま目の前で交わす抱擁は、
まさに言葉を超えた命がけの感動の再会であった。
……が、
間には未だにお姫様抱っこされたままの
照紅が挟まったままである。
ニノはお姫様抱っこで照紅を
抱えこんだ状態のままカゲロウと激しく抱き合い、
カゲロウもまた照紅ごとニノを力いっぱい
抱きしめて感極まり、涙を浮かべていた。
「ちょ、ちょ……苦しいんやけど……ッ!?
…えっ!?ちょっと待って♪……
こっちもイケメンやけぇ!!」
「(……え、なにこれ!? ニノに抱っこされつつ、
別のイケメン(カゲロウ)にも抱きしめられてる!?
ワシの黄金期、突然訪れた……!?)」
挟まれて潰されそうになりながらも、
予想外のイケメン二人に挟まれる
シチュエーションに密かにトキめく照紅。
『(おぅい!! ニノ虫、クソ全裸!!
間! あ・い・だ!! 挟まれている……
えっと、照紅さんって言ったっけ!?
とにかく! 潰れてる! 潰れてるって!! )』
頭の中に直接響き渡る、お馴染みの暴言念話。
声の主はもちろんルナだ。
『(そんな器用なことできるのかっ!?
あ!?……お前らセクハラ目的だろっ!?
空間ごとひねり潰すぞ!!)』
相変わらず毒舌全開の金々声で
猛ツッコミを飛ばしてくるが、
その声がかすかに震えているのは、
二人の無事を心底安堵している証拠であった。
感動の再会と、
王国からの援軍のメンバーたちとの
賑やかな挨拶を終えた一行は、
逃げ去ったバルゴフの屋敷の調査を開始した。
黒銀会が溜め込んでいた
莫大な財宝や盗品をすべて回収し、
地下牢に捕らえられていたスラムの
住民たちを次々と解放していく。
だが、救出されたスラムの住民たちは
長年の抑圧と衰弱により、
だれもが顔色を失っていた。
彼らを苦しめていたのは、
黒銀会による暴力だけではない。
この街全体にかけられたジゼルの邪悪な呪い——
『一家に一人、必ず重病人を作る』という惨劇が、
重い足かせとなって彼らを絶望に縛り付けていたのだ。
「大丈夫だよ」
ニノは静かに微笑むと、
右手をかざして『春の調律』の魔力を
優しく解放した。
ぬくもりのある黄金色の光が
波動となって広がっていく。
その光が触れた瞬間、
病に伏していた者たちの肌に血色が戻り、
骨を蝕んでいた激痛が嘘のように消え去っていく。
ジゼルの呪いが、春の陽気に溶ける雪のように
跡形もなく浄化されていくのだ。
「か、身体が軽い……!?
ずっと苦しんでいた病気が治ったぞ……!」
「うそだろ……あんなに辛かった痛みが消えた……!
助かった、俺たちは助かったんだ!!」
涙を流して感謝を捧げる
スラムの住民たちを見届けた一行は、
屋敷のさらなる調査へと向かった。
だが——。
屋敷の最奥、裏口から外へ出た一同は、
岩盤の前に立ち尽くすこととなる。
「……これは何じゃろ??」
裏の岩盤に埋め込まれるように
存在していたのは、禍々しくも
神聖な雰囲気を纏う、巨大な『古の扉』であった。
扉の表面には、何重もの複雑かつ見たこともない
古代の魔法陣がびっしりと刻まれ、
強固に封印されている。
明らかに黒銀会の技術でも、
現代の魔法でもない。
「レイスさん、誰かこの紋様が分かる人を
召喚できますか?」
初対面のニノの問いに、レイスが首を振る。
「ダメみたいです……有識者の霊を召喚しましたが
『見たこともない年代の古代文字だ』と言って頭
を抱えて消えました」
ニノと照紅が『四季の調律』の魔力を流し込んでみるが、
扉はビクともせず、開く気配すら見せない。
「くそっ、八方ふさがりか……」
全員が諦めかけた、その時であった。
「ふふふ……フハハハハ!
諸君、俺の出番のようだな!!」
高らかに笑い声を上げ、
前へと踏み出してきたのはザードであった。
その手には、彼がいつも剣代わりに愛用している相棒——
『魔法の木の棒』が握られている。
「おいザード、そんな棒切れで何をする気じゃ?」
照紅の困惑を余所に、
ザードはニヤリと不敵に笑うと、
愛用の棒を愛おしそうに撫でて
全身から凄まじい魔力を漲らせ始めた。
「フッ……俺の力じゃないよ。
俺の相棒——この『魔法の木の棒』に
秘められた奇跡の力が火を噴くのさ!」
そう言って誇らしげに棒を掲げるザード。
だがその直後、棒の周りの空間が歪むほどの
爆発的な魔力と神話級の強化エンチャントが、
何重・何十重にも強引に重ねがけされていく。
「(な、なんという無茶苦茶な魔力重ね掛け……ッ!
本人の技術と魔力量が規格外すぎるじゃろ……!?)」
「(……凄まじいエンチャントの精度だ……)」
凄まじい光景に息を呑み、
あまりの常識外れさに呆然とするニノと照紅。
そんな二人の様子に気づいたカゲロウが、
ザードに聞こえないよう、
そっと二人に近づいて耳元で囁いた。
「(……ニノ殿、照紅殿。
あの男は己の力に無自覚なのだ……
後で詳しく説明する……)」
そうこうしている間にも、
ザードのテンションは最高潮に達していた。
「ハァぁぁぁぁ……ッ!!
『木の棒アタック』ッッ!!!!」
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!
神話級の威力を叩き込まれた木の棒と、
古代の超封印魔法が正面から激突する!
激しい衝撃波が地下空間を揺らし、
バリバリと空間すら裂けるような音が響いた
次の瞬間——
バリィィィィンッッ!!
幾重にも張り巡らされていた
古代の封印術式が、木っ端みじんに打ち砕かれた!
「勝ったぁぁぁぁッ! やっぱすげぇぜ、
俺の『魔法の木の棒』は!!」
ザードが『魔法の木の棒』を掲げて勝ち誇る。
「……すごい(ザードが)」
「……すごいけぇ(ザード本人がな)」
ニノと照紅、二人の微妙な視線に気づくこともなく、
一同が崩れ落ちた扉の先へと視線を向けた——
その直後。
「「「「…………え?」」」」
全員の動きがピタリと止まった。
砕けた扉のすぐ目と鼻の先に、
さらに一回り頑丈な『二つ目の扉』が
ドカンと鎮座していたのだ。
ザードが叫ぶ。
「また扉かよっ!?」
『間に挟まるって、そんなアホな』って思いましたか。
まあ、それが普通の感覚ですよね。





