黒銀軍との戦い(その3)
地下都市ローアンの最深部——
広場を見下ろす高台に立つ黒銀会の大将アズブル。
無数の建物の鉄扉が一斉に開き、
松明の火光が極寒の暗闇を赤く染め上げていた。
「ネズミどもが、
よくぞここまで降りてきた……!」
冷酷な眼光を光らせるアズブルの脇を固めるのは、
異形の氷化兵士と重装甲の私兵部隊——
その数、およそ五百。
「ここが貴様らの墓場だ!! 皆の者!
決して生かして返すな、叩き潰せっ!!」
アズブルの咆哮とともに、
五百の兵が一斉に雪崩を打って押し寄せる。
それと同時に、広大な地下空間の全体に
バリバリと音を立てて無数の巨大な氷の鏡が立ち現れた。
『氷鏡光闇陣』
頭上、左右、足元に至るまで
びっしりと敷き詰められた氷鏡群。
つまり魔力を跳ねかえす大量の『鏡』の出現。
光の断空レーザーと闇の侵食波が
全方位から多重照射され、
五百の兵の突撃と連動して
ニノと照紅へ牙を剥く。
「……チッ、大層なお出迎えやな!!」
照紅が踏み出し、
ニノも無言のまま前線へ並ぶ。
ふたりの周囲に幾重にも展開されるのは、
枯渇と静寂を司る『秋の調律・魔法防壁』だ。
ドドドドドカァァァンッ!!
全方位から多角的に反射・増幅されて
殺到する死の濁流。
だが、ニノと照紅の『秋の防壁』に接触した瞬間、
それらの攻撃は秋の枯葉が朽ち果てるかのように
勢いを失い、次々と無力化されて霧散していく。
「ほう……死角からの
多重照射を完璧に捌くか!」
アズブル自身も氷鏡の間を縫うように
目視不能の超高速移動で肉迫。
自慢の体術と氷の刃を交え、
兵たちの怒涛の攻撃と連携して襲いかかる。
対するニノもまた、
複数の秋の調律陣の展開で
アズブルの隙のない連撃を見切り、
最小限の動きで魔法防壁の角度を変えて
次々と捌いていく。
一瞬の隙が死へと直結する、
息も吐かせぬ完全な互角の攻防。
「照紅師匠!右!!」
「分かってる……ッ!」
照紅はニノの短い指示に応じ、
精確無比な火炎のピンポイント照射で
ニノの背後に位置する氷鏡を破壊。
反射ルートを潰し、
アズブルの選択肢を確実に奪っていく。
ニノの隙のない防御と、照紅の精確な牽制。
阿吽の呼吸で展開される連携の前に、
アズブルは次第に防勢へと追い込まれていった。
「ふんッ!」
ニノが防壁で弾き返した魔力の反動が
アズブルを直撃する。
凄まじい衝撃波とともにアズブルの体が
氷の石畳を大きく滑り、後方へと後退した。
だが——傷を負い、
膝をつきかけたアズブルの口端が、
歪んだ不敵な笑みを刻んでいた。
「……ハハ、ハハハハッ!
見事だ! ……だが、
まんまと罠にハマったなっ!」
「なに……!?」
照紅が目を見開いた瞬間、
アズブルが力任せに右手を
地面の石畳へと叩きつけた。
「禁呪『秋の調律返し』!」
ズズズズズズズズズズッッ!!!!
地中にあらかじめ刻まれていた
禍々しい巨大な魔法陣が、
漆黒と紅蓮の光を放って猛然と脈動を始める。
「なっ……魔力が……
防壁が消える!?」
照紅が叫ぶ。ニノと照紅が展開していた
『秋の調律・魔法防壁』が一瞬にして
粒子となって崩壊し、
さらに足元の地脈から吸い上げていた
魔力供給までもが強烈に寸断された。
「ハハハハッ! やはり貴様らが
スノーフレイクの首謀者だったか!
ジゼル様のおっしゃる通り
『人間二人』で、
二人とも『秋の調律師』であったな!」
アズブルは狂おしい歓喜に顔を歪め、
立ち上がる。
「貴様らが『秋の調律』を振るえば振るうほど、
この陣はその魔力を吸い上げ、
反転・倍加させて牙を剥く!
防壁も失い、地脈からの魔力も絶たれた今、
貴様らに何ができるッ!?」
完全に読まれていた。
無防備となった二人の眼前で、
アズブルが胸元の氷結触媒に凄まじい魔力を流し込む。
回廊に存在するすべての氷鏡が集約され、
空間すら歪める極大の光刃へと姿を変えた。
「死ねぇッ! 術式全開——
『氷鏡光闇一閃』ッッ!!!!」
ズガアァァァァァァンッッ!!!!
空間そのものを切り裂く、
死の絶対閃光。
極限の直感によってニノと照紅は
紙一重の差で真横へと跳躍し、
直撃を回避した。
しかし——
防御の術を奪われた照紅は、
わずかに反応が遅れた。
「っ!!!……あぁっっ!!!!」
ドサリ、
と重い音を立てて石畳に倒れ込む照紅。
左足から鮮血が吹き出し、
氷の床を赤く染めていく。
すんでのところで直撃こそ免れたものの、
あまりの衝撃と傷の深さに、
照紅は立ち上がることすらできず激しく喘いだ。
「ハハハハ! 己の力を過信したバカどもめ!
調律師であろうと所詮は精霊の付き人。
単体では万能ではないのだよッ!」
高笑いするアズブルの勝利の叫び。
だが——その声は、
ニノの耳には一切届いていなかった。
ニノの視界は、
倒れ伏し、血を流して苦しむ
照紅の姿だけに固定されていた。
赤い血液が氷の上に広がっていく。
その凄惨な光景が、ニノの脳裏で——
かつて眼前で光の粒子となって消え去った
思念体・コハルのあの残酷なトラウマ的瞬間と
残酷なまでに重なった。
「(あ……ああ……)」
胸が押し潰されるような、
息もできないほどの絶望と恐怖。
「(まただ……あの時と同じだ。
禁呪で異世界へ追放され、大事な仲間を失い、
傷つけられた……。また汚い罠を張っていたのか
……冬の精霊軍ッ!!)」
溢れ出すのは、
抑えきれない激怒と憎悪の波。
「(嫌だ……。
大切な仲間を失うなんて……
もう二度と、絶対に嫌だ……!)」
「……ニノ……逃げ……ろ……」
膝をつき、
足から血を流しながらも
自分を案じる照紅の声。
その瞬間——ニノの中で、
何かが音を立てて完全に断絶した。
激しい感情の濁流が思考を埋め尽くすと同時に、
ニノの脳内回線に、あの日のような強烈な
ノイズとともに『未知の信号』が直接挿入されてきた。
かつてゲートランド王城での三皇太子との死闘の際に
脳裏に響いた、あの懐かしい声——。
『——リョウタ……思い出すんだ。
春は防壁や治癒だけじゃないんだよ。
芽吹き、満ち溢れる生命の力……
その調律による攻撃だって、
本当は四季の中で一番強いんだからさ』
「(春の攻撃……)」
脳内に直接響く、
世界の理そのものが囁きかけてくるかのような
冷徹で神聖な質感。
ニノの雰囲気が、一瞬にして別物へと変貌を遂げた。
普段の静けさは消え去り、瞳は鋭く研ぎ澄まされ、
怒りと凄絶な殺意が同居した見たこともない
表情へと引き締まる。
「……仲間を傷つける奴は…」
「……冬の精霊に加担する奴は…」
静かな、しかし空間の空気そのものを
振動させるような重低音の呟き。
「絶対に許さないっ!!!!」
ゴォォォォォォォォォォッッ!!!!
次の瞬間、アズブルの『秋の調律返し』の禁呪を
あざ笑うかのように、ニノの全身から圧倒的な
魔力の波動が爆増・噴出した!
地脈の寸断など意にも介さず、
枯れ果てた極寒の地に、
まるで満開の花々が一斉に咲き誇るかのような、
温かくも恐しいまでの生命の絶対魔力が充満していく。
そしてニノは、
疾風のごとき速度で滑り込むと、
倒れ伏していた照紅の身体を優しく、
しかし力強く横抱きに抱え上げた。
「——えっ!? に、ニノ……っ!?」
完璧な『お姫様抱っこ』
照紅にとっては初体験であった。
さらにすでに足の傷は治癒されている。
追撃を放とうとしていたアズブルの目を
完全に眩ませるほどの超スピード。
照紅のさっきまでの必死な表情はどこへやら、
ニノの胸の中で腕に回された力強さと顔の近さに、
照紅の目は思わず『♡』の形へと早変わりしていた。
「(な、ななな何これ……っ!?
か、カッコよすぎるじゃろ……っ!!♡)」
顔を真っ赤にして
パニックになる照紅を抱え上げたまま、
ニノの鋭い瞳は目の前の
アズブルから逸らされない。
これまではコハルへの魔力供給や
治癒、防御を中心として使われていた
『春の調律』の真価が、
圧倒的な破壊の力と生命の熱量を伴って、
完全に開放されたのだ!
「春の調律奥義
『弐陣奏環「春」桜花爛漫』!!」
ニノの手から放たれた魔力は、
コハルのそれと同じ「レールガン」状の白い光…
光を浴びた全てを『光の粒子』に変えていく。
「な、何だこの魔力は……!?
バカな、秋の魔力は完全に封じたはずだぞ!?」
アズブルが顔を引きつらせ、恐怖に後退する。
その直後、
脳内のあの声がさらに畳みかけるように
ニノの魂に語りかけてくる。
『——リョウタ。やるねぇw
でもまだまだ「いける」よね?』
「(っ……!)」
その一言が脳に届いた瞬間、
ニノの頭の中で世界のあらゆる
「仕組み」と「理」が完璧な
一つの線となって繋がった。
自身の中に秘められた万物の調律構造。
照紅を片腕でしっかりと抱きかかえたまま、
そのすべてを完全に理解したニノは、
空いた手先をそのまま翻し、
間髪入れずに次の領域へと手を伸ばす。
「——『夏の星脈調律』」
芽吹く『春』のすぐ後に襲ってきた、
すべてを焼き尽くす『夏』の
絶大なる灼熱とエネルギーの爆風!
ズガァァァァァァァァンッッ!!!!
「な、『夏』だと……!?
3つの季節【春】【夏】【秋】を同時に操るのかっ……!?
奴は……人間かっ……!?
ぐ、ぐわぁぁぁぁぁぁッ!??!」
アズブルの悲鳴が轟く。
アズブルは胸元に埋め込んだ『冬の精霊核』の
絶大な加護を身に纏い、全魔力を防御に回すことで
死だけはギリギリで免れたものの、
絶大な熱量と衝撃によって全身の骨を砕かれ、
虫の息となって氷の床へ叩きつけられた。
「ア、アズブル様が……!?」
「ひ、怯むな!
どんなに強くても相手はたった二人だ!
アズブル様をお救いしろーッ!」
残存していた五百の兵たちが、
恐怖を打ち消すように武器を掲げて
雪崩を打って押し寄せてくる。
だが、ニノの瞳にはもはや
何の感情も浮かんではいなかった。
照紅をお姫様抱っこしたまま、
静かに一歩前に踏み出したニノの足元を中心に、
幾何学的な光を描いて同心円状の巨大な
三層の魔法陣が広範囲に展開される。
一番外側の魔法陣——
『壱陣奏環』
そこに浮かび上がるのは
『【火】【水】【風】【土】【光】【闇】』の、
世界を構成する六大物質属性の刻印。
一つ内側の魔法陣——
『弐陣奏環』
そこに刻まれるのは
『【春】【夏】【秋】【冬】』
の、世界を循環させる四季・時間の概念。
そして——最内層に位置する、
この世に扱える者が存在しないとされる
絶対不可侵の領域。
『参陣奏環』
そこには
『【創】【滅】【無】』
という、世界の運命そのものを
司る理の刻印が重なっている。
以前、宮島での魔物退治の折(ep36参照)
照紅の前で「六重」として展開した未完成の術式。
それが今、更に上の領域へと昇華し、
最高奥義として完成度を増した。
ニノが今自分の出せる最大概念七つを
静かに呟く。
「七重展開
『壱陣奏環』【火】【水】【土】【風】
『弐陣奏環』【春】【夏】【秋】」
「奥義——
『奏環演舞四象三節』」
照紅を腕に抱いたまま、
ニノが淡々と、空いた手の指をパチンと鳴らす。
——————————ッッ!!!!
音すらも消滅した。
重なり合う魔法陣から解き放たれたのは、
光でも炎でもない、あらゆる存在を
分子レベルで解体する「神威の波動」であった。
押し寄せていた兵たちは、
悲鳴を上げることすら許されなかった。
肉体も、身に纏う異形の鎧も、手にした武器も、
彼らが踏みしめていた空間そのものすらも——
波動が触れた瞬間、
まるで最初から存在しなかったかのように
「無」へと還元され、消滅していく。
わずか一瞬。
押し寄せていた五百の軍勢は、
完璧な静寂の中に消えてなくなった。
残されたのは、壊滅した広大な広場と、
虫の息のままピクピクと震えるアズブルの無惨な姿だけ。
「ハぁ……ハぁ……」
静寂を取り戻した極寒の回廊の中、
ニノは照紅を優しく抱え直すと、
静かに肩で息をつきながら、
胸の中で未だ目を『♡』にしてポーッとしている
照紅へ視線を落とす。
「……師匠、大丈夫ですか?」
「あ……う、うん……全然平気…
あっ!違う!痛いっ!まだ痛いかな?
……しばらくこのままで……♡」
照紅の明らかな動揺と赤面をよそに、
ニノは視線を前方の影へと戻す。
そこには、全身を砕かれ、
絶望の表情でこちらを見上げる
アズブルが転がっていた。
「ひ……ひぃ……っ!
ば、化け物……っ!!」
ニノは照紅を抱いたまま、
冷徹な静寂を纏ってゆっくりと歩み寄る。
「……黒銀会の会長バルゴフはどこだ?」
この設定、以前ものすごく考えた設定です。
結果、厨二病と同じ症状でした。





