ローアンの黒銀会(その4)
スラム街の奥深くに構えられた、
黒銀会の取り立て係が集まるアジト。
重厚な鉄の扉で閉ざされたその館の中では、
数十名の男たちが下品な笑い声を上げていた。
「へへっ、あのガキどもから奪った宝石と金、
いい上納金になるぜ」
「俺たちの分の上納金を支払っても、
余るんじゃね?
ちょっとつまみ食いぐらいいいだろう?」
「がはは! それいいじゃねーか!」
男たちがニヤニヤと下品に奪い取った金品を
分配しようとしていた、その時であった!
——ドドドド絶ッ!!!!
地響きどころではない。
空間そのものが歪むような超重圧とともに、
巨大な鉄門が分子レベルで粉砕され、
館の正面が丸ごと吹き飛んだ。
「ちょっとおじゃまするけぇのぅ♪」
巻き上がる土煙の中から歩み出てきたのは、
満面の笑みを浮かべた照紅と、
その背後で、茫然と立ち尽くしているニノだった。
「な、なんだぁ!? 敵襲か?——」
襲撃に気づいた構成員たちは、
一斉に武器を構えて襲いかかろうとした。
「……ふふ♪」
「秋の調律・奥義——『落葉地獄輪舞』♪」
照紅が楽しそうに両手を広げると、
館の中に突風と紅葉の刃が吹き荒れた。
「奥義『黄昏裂破』!
次は!奥義『千紅万葉撃』っ!♪」
およそこの場で使うような代物ではない、
街一つを滅ぼしかねない凄絶な奥義の数々。
「(師匠!? マジか!?
人間相手に使う調律じゃないぞ!?)」
「( ドラゴンや魔人級の魔物に使う
奥義のオンパレード……!)」
「(俺もかつて、
これを食らったってことか……)」
ニノの悲鳴のような心の声など知る由もなく、
ニコニコと楽しそうに技を繰り出す照紅の前で、
黒銀会の取り立て要員たちは回避どころか
悲鳴を上げる間もなく、吹き飛ばされていった。
——ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
見事なまでに、全員が壁の岩盤に
綺麗に一列に横並びで突き刺さっていく。
わずか数秒。
天井や岩盤に突き刺さった男たちの足だけが、
一列にブラブラと揺れる異様な光景が完成した。
「ふぅ、少しは準備運動になったかのぅ?♪」
照紅が羽織の袖を整え、
壊れた門の物陰へ向かって優しく声をかける。
「……おい少年。
心配で見にきたんじゃろ?」
物陰から恐る恐る顔を出したのは、
血だらけのアルだった。
一瞬で一列に岩盤へ突き刺された男たちを見て、
アルは目を丸くして呆然と突っ立っている。
「アルと言ったな? お主、
なかなか良い腕をしておるのう。
ワシの……ブラ…えっと、
し、私物を盗めた人間など初めてじゃよ」
「あ……あの……すみません……!
俺、ただ必死で……」
そう言いながら薬と奪われていた金品を、
アルの手元へ手渡す。
「この薬は…えっと、妹さんのかな?」
さらにニノは、優しくアルの肩に手を置くと——
『春の調律』の温かな薄黄色の光を静かに放った。
柔らかな光が身体を包み込むと、
アルの全身の痛々しい傷が、
まるで最初からなかったかのように
一瞬で完治していく。
「え?……傷が……消えた……!?
お兄さんたち……一体……ッ!?」
さらに照紅は、
館の金庫を丸ごと素手で叩き割り、
中に詰まっていた大量の金品をアルの
足元へ豪快にぶちまけた。
更に、
「お前らのポケットの中身も出してみ?」
照紅が岩盤を見上げながらニッコリと声をかけると、
壁や天井に突き刺さったままの男たちは
悲鳴を上げながら、急いで自分のポケットの中の
お金や貴重品を全て下へ放り投げた。
「この金品はすべてお主らにやる。
スラムの皆で分け合って使うといい。
元々はそこらのお主らから
吸い上げたお金じゃからのぅ」
「え……っ!?
こ、こんな大量のお金……!
ありがとうございます……!
あ、あの……これ……!」
感極まったアルが、
懐からおずおずと差し出したものがあった。
それは——豪華な装飾が施された、
重厚な『鍵』であった。
「これは……?」
「昔……
黒銀会の会長がスラムに視察に来た時に、
俺がすり盗った物なんです。
何に使うのかはわからないけど……」
「(黒銀会の……会長本人から……!?
誰にも気づかれずにすり盗っただと……!?)」
ニノは驚愕して息を呑んだ。
トップである会長の身元から、
SPの間を縫って一瞬で盗み出すなど、
S級のシーフでも不可能な神業だ。
「(さすが酔っていたとはいえ、
ワシからブラジャーまでスる
神業を持つ少年じゃけぇ…
ニノには刺激が強すぎて言えんがな)」
心の中でひっそりとアルの尋常じゃない
スリの才能に感心する照紅であった。
――この時、
ニノも照紅もまだ知らない。
この『鍵』が、
この世界の運命を大きく揺るがす
最大のトリガーとなることを。
奪われていた『時空石』も
照紅の『私物』も
無事に取り戻した一行。
アジトの外へと足を踏み出すと、
照紅は満足そうに微笑みながら振り向いた。
「さあ、みんな出た出た。
最後の仕上げやけんのう!」
照紅が優雅に手を掲げ、
紅蓮の炎を巻き起こす。
「『壱陣奏環「火」響焔連撃火炎斬』!!」
ドバァァァンッ!!
凄絶な爆破音とともに
放たれた火炎斬りにより、
黒銀会の取り立てアジトは
跡形もなく瓦礫の山と化し、
完全に崩壊した。
少し前——
地下都市ローアン本当の最下層、
黒銀会本部の会長室。
「会長、よろしいですか?」
部下が恐る恐る報告に踏み込んでいた。
「なんだ?」
「スラムの門番達と連絡が取れなくて、
スラムの連中に人探しの命令が伝わりません」
「あいつらっ!
またサボってやがんな!
処罰だな、全員」
苛立ちを露わにする会長の横で、
静かに立ち尽くしていた
漆黒の鎧の剣士——四天王エルザが、
感情の感じられない声で口を開く。
「そのスラムとやらには、私が行こう」
「四天王直々とは! 頼みますよエルザ様。
……四天王とスラムと言えば、ケケケ、
あのスラムには面白いしかけがありましてね」
ヘラヘラと笑いながら、
スラムを支配する
極悪非道な仕組みを語る会長。
その卑劣すぎる裏工作のすべてを
最後まで黙って聞き届けたエルザは、
何も言わずにフッと冷たく背を向け、
部屋を後にした。
感情は消されていたはずだった。
だが、その残酷な真相は、
漆黒の仮面の奥底に
重く不快な「何か」を残していた。
場面は再度スラム……
照紅はニッコリと笑うと、
わざと気絶させずにおいた
構成員の一人へ歩み寄った。
構成員は腰を抜かして、
恐怖でガタガタと震えている。
「さて……とお兄さん?
ちょ〜っとお話を聞かせてくれるかのぅ?」
「は、は、話すと俺が組織に消される!」
そう簡単に口を割らないことなど、
照紅にとっては織り込み済みである。
照紅が男の額に優しく指先を添える。
次の瞬間——男の全身の神経回路に、
高密度の魔力が共鳴振動となって叩き込まれた。
「ヒ……ア、ガガガガガガッッッ!!!???」
爪を剥ぐなどという生ぬるい拷問ではない。
脳神経と全身の細胞を直接「調律」され
『死の苦痛』を連続で味わいながら、
同時に再生させられるという、
人間の精神のキャパシティを遥かに超えた地獄。
叫び声すら途中から声帯が
焼き切れて音にならず、
男は白目を剥いて血反吐を
ぶちまけながらガタガタと痙攣した。
「今、拷問と一緒に
直接お前の脳に叩き込んだ質問の答えは?」
照紅がキセルを吸いながら聞くと、
構成員はあっさりと話し出した。
よほど地獄の拷問だったのだろう。
ニノは息を飲む。
「は、話し、話しますううぅぁぁッ!!
黒銀会の本部は南西の隠し階段から降りる
ローアンの本当の最下層にあります!」
「それに……
スラムを裏で守ってるなんて
全部嘘です!!」
「1家族にわざと
『1人の病人』をつくって……
簡単に逃げられないように
仕組み化してるんです!! 」
「病人がいるから逃げられねぇし、
住む場所が絶対いる!」
「それに家族のためならどんな悪事に
手を染めてもでも金を作ってくる……!
「高額な上納金を払い続ければ
『お医者様に見てもらえるかもしれない』
っていう希望をチラつかせてました!」
『家族のために』という人間の
善意の本能を利用した最悪の罠だった。
「……そんなこと、どうやって?」
ニノが構成員に尋ねる。
照紅の目が、スッと冷たく細められる。
「ふ、冬の精霊の四天王ジゼルって奴の
魔力でやってもらったと聞いてます 」
「……お前ら、
冬のとつるんでいるんか?」
男の口から出たその言葉に、
照紅の雰囲気が一変した。
人間の社会において、
敵対する『冬の精霊』と裏で手を組むこと——
それは絶対にやってはならない
最悪の裏切り行為。
ゲートランドという国を裏切り、
その卑劣な結託のせいで、
どれほど罪のない多くの人々が不当に虐げられ、
苦しく、辛く、悲しい思いを重ねてきたことか。
何より、
『愛する家族を救いたいという温かい心と、
助けたい一心で追い詰められた弱み』を弄び、
家畜のように死ぬまで搾取し続けるという
悪魔の所業。
——瞬間、朗らかな笑みが
照紅の顔から完全に消え去った。
一切の感情を削ぎ落とした、
あまりにも冷酷な無言の表情。
ニノですら長く一緒にいて
一度も見たことがない、
本気の激怒。
言葉すら発しない照紅の全身から、
空間そのものを圧殺するような
黒く禍々しい闘気が静かに、
しかし爆発的に溢れ出す。
「(し、師匠……?)」
口を開くことすら憚られるほどの
絶対的な威圧感に、ニノは背筋に
氷を突き立てられたような冷汗を流し、
息を呑んだ。
「アル、薬を持って妹のところへ戻れ。
……ここからは、本当の地獄になる」
ニノが青ざめた顔でアルを逃がした。
ニノも照紅もその気配に気づいている。
スラムの路地裏からの刺すような極寒の魔力。
周囲の湿気が一瞬で凍りつき、
地面がパキパキと音を立てて白く凍結していく。
闇の中から足音を響かせて現れたのは、
冷たい青い瞳を光らせる
『漆黒の勇者エルザ』だった。
「っ……!? エルザ……!?」
ニノは驚きを隠せない。
かつて共に旅をし、
死線を潜り抜けたかけがえのない仲間。
だが、
いま目の前に立つエルザの瞳には光がなく、
全身から禍々しい氷の魔力を放っている。
「エルザ……なんで……
なんでお前がこんなところに……!?
なんでそんな姿に……!?」
「……ニノか?
……なるほど、そういうことか。
主様の命……邪魔者は抹殺する」
なぜか、悪者を書いているときほど
筆が異常に進みます。同類かと。





