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ローアンの黒銀会(その2)


「痛たた……あ、ご、ごめなさい!!

 お姉さん!」


ぶつかって転びそうになったのは、

ボロきれのような服を着た小さな少年だった。


顔や手足は煙のすすで汚れており、

怯えたような目で照紅を見上げている。


「おっと!大丈夫か!?

 …お互い様じゃけぇ、気にすんなや。

 それより怪我はないか?」


照紅は気さくに笑い、

少年の頭をぽんぽんと叩いてやった。


「うん……ごめなさい、急いでたから……!」


少年は何度もペコペコと頭を下げると、

照紅たちの脇をすり抜けるようにして、

路地の闇奥へとあっという間に走り去っていった。


「なんじゃ?急いでいるようじゃのう。

 ……さてニノ、

 宿屋はあっちの角を曲がったとこじゃったな?」


「そうです。さすがに地下都市に慣れてないと、

 閉塞感でしょうか?疲れが倍になったような…」


「そうじゃのう。

 やっぱりお天道様がいかに大事かわかるけぇのう」


今日はもう疲れた。


二人は少し足を早め、

吸い込まれるように目的の宿屋へと向かった。





宿の部屋に入り荷物を降ろした照紅は、

部屋に入るなり自分のベッドにダイブする。


まくらに顔を埋めながら、


「まずは大浴場に行って疲れを……ん?」


照紅の動きがぴたりと止まる。


懐を探る手が、次第に焦りを帯びて激しく動き始めた。


「あれ……? な、ない……?

 あれ!?こっちやったかな?」


懐や帯の隙間、

果ては袖の奥までバタバタと探る照紅。

その慌てようを見てニノは深くため息をついた。


「どうしたんですか? 照紅師匠。

 また何かなくしました?」


照紅の「なくし癖」は、今に始まったことではない。

紅葉や秋丸からも、

『あの人は大事な物ほどすぐ失くす』

『過去にどれだけヒヤヒヤさせられたか』

と、嫌というほど愚痴を聞かされてきた。


「(またいつものお約束ですか……。

 今回は何をどこに置き忘れてきたのやら……)」


ニノは心の底から呆れ返り、

半分諦めたような冷ややかな眼差しを師匠に向けた。


「じ、『時空石』がないんじゃ……っ!

 ポケットの中に入れておいたはずの時空石が、

 綺麗さっぱり消えとる!!」


「な……なんですってぇ!?」


ニノの顔から一瞬で余裕が消えた。


慌てて自分自身のポケットや

懐、腰のポーチを手当たり次第に弄り回すニノ。


だが——ニノに至っては全財産…

いや、ポケットの中身が、

『全て何もありません(泣)』


財布、旅の予備資金まで

綺麗さっぱり全部無くなっている。


顔を蒼白にして呆然と立ち尽くす弟子に対し、

照紅の怒声が飛んだ。


「ぼーっとしとるにもほどがあるじゃろうがっ!?」


「僕に怒られても……っ!?

 犯人は、あのぶつかってきた子どもですっ!!」


「師匠にぶつかるフリをして、

 僕の全身からも同時に盗っていったんですよ!?

 どんな神業ですかそれ……!」


「お前の『全部盗られて全く気づかない方』が

 神がかっておるわ!!」


「とにかく時空石も金も無くなったら、

 わしらあっちの世界に戻れん上に、

 今夜の宿代すら払えんようになるじゃろうが!!」


「お、落ち着いてください照紅師匠!

 まだ遠くへは行ってないはずです!

 あの子の服装、手に付いていたすすの匂い……

 あの路地の奥…………

 そう!スラム街のほうへ向かった可能性が高いです。

 今すぐ追いかけましょう!」




ニノが焦って立ち上がると、

照紅はなぜかモジモジと内股になり、

着物の裾をきゅっと握りしめた。

両頬をぽっと赤く染め、

上目遣いでニノをチラチラと見つめながら、

消え入りそうな蚊の鳴くような声で呟く。

挿絵(By みてみん)

「あ、あの…ニ、ニノ……あいつ……ウチの……

 『下着』まで……綺麗にスり盗っていたみたい…」


「えっっっっっ!!??

 ……し、し、下着まで……ッ!?」


いつもの男勝りな師匠からは想像もつかない、

あまりにも可憐で恥ずかしそうな仕草。


ニノの脳内で、照紅の着物の下が

トンデモナイ状態になっている映像が一瞬で爆発した。

『バキバキDTですっ!』といった感じ。


一気に顔をゆでダコのように

真っ赤に染め上げたニノは、

あまりの刺激と気まずさと……

妄想で、両手で顔を覆いうつむいてしまう。


耳の先端まで真っ赤にして大パニックを起こす

純情な弟子のリアクションに、

照紅は耐えきれずブッと吹き出した。


「ウソじゃ!バ〜カwww」


「……は!?」


「下着なんか取られるわけなかろうが!

 お前ほんま純情じゃのう、

 童貞丸出しじゃぞニノwww」


「〜〜〜〜っっっ!!! 照紅師匠!!!

 人の純情と下着ネタで

 遊ばないでください恥ずかしいッッ!!!」


「ニヒヒッ、顔真っ赤にしてからに!

 ほんまかわいい奴じゃのう!

 冗談はこれくらいにしておいて…」


「冗談じゃないのは時空石と全財産のほうじゃ!!!

 何が何でも引っ立てて取り戻すぞ!!」


「当たり前です!!

 早く行きますよ!もうっ!!」


真っ赤になった顔を隠すように叫んだニノと照紅は、

無一文の状態で宿屋を飛び出し、

少年が消えて行った闇の路地へと猛ダッシュで引き返した。


しかし、照紅は…


「(…マジで、ワシのブラジャーって……

 盗られた?…酔ってたとはいえ不覚すぎる!)」


ガチで盗られていたようだ…

あの反応からニノには黙っていよう…




同時刻…




ローアンの最下層に広がる貧民街スラム。

湿気とカビの匂いが立ち込め、

破れたトタンや木くずで作られた

粗末な小屋がひしめき合っているエリアだ。


その一角にある、

今にも崩れそうな小さな小屋の扉が静かに開いた。


「ただいま……レイナ」


「ごほっ……ごほっ!

 あ……おかえり、お兄ちゃん……」


小屋の奥、

薄汚れた布団の上で横になっていた幼い少女——

レイナが、青白い顔で体を起こした。


激しい咳が小さなくびれを揺らしている。


「大丈夫か、レイナ!?

 ほら、横になってろって!」


少年——アルは、

慌てて妹のそばへ駆け寄り、

背中を優しくさすった。


「ごめなさい……ごほっ!

 咳、止まらなくて……」


「謝ることなんかねぇよ。

 ほら、見てみな!」


アルはボロ布で包んだ荷物と、

手に提げてきたボロボロの金属ポットを広げてみせた。


中から出てきたのは、

薬屋で買ってきた高級な咳止め薬と、

焼き立てのパン、

そして金属ポットに入った

湯気を立てる温かいスープだった。


「うわぁ……!

 これ、なぁに?

 すごくいい匂い……!」


レイナの瞳がぱっと輝く。


「今日はな、臨時で大きな仕事が入って、

 たくさんお金が稼げたんだ!

 薬屋で効く薬を買って、

 繁華街の食堂でこのスープも貰ってきたんだぜ!

 栄養のあるものをいっぱい食べれば、

 レイナの病気だってきっと良くなる!」


「お兄ちゃん……いつもありがとう……!

 お兄ちゃんはお仕事、大変なのに……」


レイナは愛おしそうにパンを握りしめ、

兄に感謝の笑顔を向けた。


妹は、兄が命がけで他人から財布を盗み取る

『スリ』で生計を立てていることなど、

夢にも思っていなかった。


「へへ……いいんだよ。

 俺はお前のお兄ちゃんだからな。

 さあ、冷めないうちにスープを……」


アルが優しい笑みを浮かべた、

まさにその時だった。




バンッ!!!!!!!!




荒々しい音とともに、

小屋の粗末な木扉が蹴破られた。


「ひっ……!?」


レイナが悲鳴を上げ、

アルは咄嗟に妹を庇うように立ちふさがった。


土足で小屋の中に踏み込んできたのは、

黒い革ジャンに銀の装飾をあしらったガラ悪そうな男たち…

——地下都市ローアンの裏社会を仕切る

『黒銀会』の組員たちだった。


「はーい♡

 今月の上納金を支払ってくださいねぇ♪」


首に蛇のタトゥーを入れた大男が、

下品なニヤニヤ笑いを浮かべながら手を開く。


だが、今日のアルには余裕があった。

先ほど大物(と同じくらい「ぼーっと」している奴)から

かすめた金貨袋をポケットから取り出し、

テーブルへ叩きつける。


「ほら、今月分だ! これで文句ねぇだろ!」


要求された額をきっちり用意できたアルの、

少し誇らしげで余裕のある表情。




しかし——それが、

取り立て係の男の癇に障った。




「……あー、その態度。嫌だなぁー……」


取り立て係の男はヘラヘラとした笑みを消すと、

すれ違いざまにアルの顔面を思い切り殴りつけた!


ドカッ!


「がはっ……!?」


「お兄ちゃん!!」


冷たい床に崩れ落ちたアルを見下ろし、

男は胸糞悪い笑みを浮かべて指をポキポキと鳴らす。


「もっと感謝に満ちた目で見て欲しいなぁw

 生意気なんだよ…ガキのくせに。

 どなた様のおかげで、

 ここに住ませていただいてるんですかぁ?w」


「あ、アニキ……そういえば、

 アルの奴は先月分もまだ遅れてましたよね……?

 けけけw」


後ろに控えていた子分が、

嫌らしい下衆笑いを浮かべながら知恵を吹き込む。


「あ?まだだっけ?忘れてたぜw

 じゃあ先月分も貰っていくぜ!

 おいっ!!お前ら、金目のものは全部持って行け!!」


「な……ッ!? 毎月ちゃんと払って……っ!!」


アルが血吐く思いで叫ぶが、

子分どもは容赦なく部屋の中を荒らし回り、

買ってきたスープが入った金属ポットも、

残りの金貨も、レイナの薬までも強奪していく…


「アニキ! こいつぁ……

 見たこともねぇ凄ぇ宝石ですよ!

 高値で売れそうだ!」


子分がアルの袋の底から探し出したのは、

異様な光を放つあやしい結晶体——『時空石』だった。


「ほう……こいつは上物

 先月の遅延分として、

 ありがたく頂いていくぜ。ハハハハ!」


「やめろ!! 返せっ!!!」


それは素人目からしても高価な石だ。

この石でレイナの病気を

お医者様に見てもらえるお金が

用意できるかもしれない!!


アルが血走った目で飛びかかろうとするが、

子分に容赦なく腹を蹴り飛ばされ、床に伏せった。


「へっ、せいぜい妹の病気でも看病してな!

 じゃーな、ハハハハ!」


黒銀会の男たちは、時空石や

スープ、残りの金…そしてレイナの薬までも

全て奪い去り、嘲笑いながら小屋をあとにした。


「待て……待ってくれ……っ!

 それがないと……レイナの病が……っ!」


冷たい床の上に倒れ伏し、

アルは悔しさと無力感に拳を叩きつけた。


薬もスープも奪われ、

ただ荒らされた部屋と、

激しく咳き込む妹の泣き声だけが残された。


「ごほっ……ごほっ……お兄ちゃん……

 ごめなさーい……わたしが、病気だから……」


「レイナ……泣かないでくれ……レイナ……!」


奪われた時空石。引き裂かれた幼い兄妹の日常。




そしてその頃…




少年の足跡を追ってスラムへと足を踏み入れた

照紅とニノの耳に、黒銀会の高笑いが遠くから

届こうとしていた——。



照紅のを入れてきたか!…と思いました?

正解です。

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