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ローアンの黒銀会(その1)


謁見の間には、重苦しい空気が流れていた。


ひんやりとした冷気が床を指し、

高天井から吊り下げられた氷晶のシャンデリアが、

蒼白い光を室内に落としている。


その中央、氷の玉座に鎮座するのは——

極寒の絶対者『冬の精霊』


「私の迂闊さゆえ、夏の音叉の奪還、

 並びに常夏衆の忍者の始末に失敗しました」


エルザが片膝をつき、頭を下げ報告を行う。


「調子に乗るからだ…」


物理至上主義の四天王、

氷剣王ロドンが冷たく言い放つ。


「あらら、情けないところを見せちゃったわね、

 新四天王のお嬢ちゃん。フフフ」


美を愛する四天王、

氷雪将ヨルダも優越感に満ちた笑みを浮かべて

手に握った扇をすぼめる。


「…………」


氷魔道王ジゼルは深くフードをかぶり、

不気味なほど黙ったまま微動だにしない。


「…どのような処罰も受ける所存」


エルザは更に深々と頭を下げた。

足元から尋常ではない冷気が職い上がり、

凍てつく床の冷たさが全身の皮膚を刺す。


「よい、エルザ。下がりなさい」


あらゆる出来事を手のひらで

見下ろしているかのように

『冬の精霊』が静かに言い放つ。


あの情報は本当だったのだろうか?

かなりの手練れである忍者が

『全裸』で襲ってきたという報告。


『(…私でも一瞬は動揺はするでしょうね…)』


心の中でそう思い返していた冬の精霊。


図らずも全裸のカゲロウは、

絶対者である冬の精霊にひとつ『畏怖』を植え付けた。

国民栄誉賞もののとんでもない快挙である。

誰もこのことを知らないが。


「あら? 主様?

 それは甘くないかしら……?」


氷雪将ヨルダが納得いかない様子で

冬の精霊に不満を漏らした。



その時であった。



「大変です!!!!」


静寂に包まれていた謁見の間へ、

なりふり構わず使者が飛び込んでくる。


「何事だ!! 主の御前であるぞ!!!

 事と次第によっては死罪だ!」


ロドンが怒号を上げ、大剣を抜こうとするが——


「火急の要件につき!

 スノーフレークに進軍していた三千の軍が全滅です!」


「何だとっ!?」


ロドンは大剣を鞘に戻し、

使者の胸倉を掴み上げて叫ぶ。


「何があった!? 相手はどこの精鋭部隊だ!?」


「それが……かろうじて生き残った者が言うには……

 2人の人間にやられたと……っ!」


「な……ッ!?」


そんな話がにわかに信用できるわけがない。

厳選された魔族や魔獣で構成された我が冬の軍勢に、

劣等種である人間風情がたった二人で立ち向かい、

壊滅させるなど……何かの間違いに決まっている。


「バカな……三千の軍勢よっ!?

 たった二人の人間で殲滅など不可のぅ!!」


ヨルダが扇を強く握りしめ、

優雅さを失って声を荒げる。


「……その二人は、『秋の星脈調律師』」


深くかぶったフードの奥から、

氷魔道王ジゼルが掠れた声でポツリと呟く。


確信めいたその一言が、

騒然とする場を一瞬で静まり返らせた。


「秋のですか……ようやく現れましたね。

 いずれこうなることはわかっていましたが…

 その二人は放っておくと厄介です」


冬の精霊が冷たく淡々と言い放つ。


「面白くないわね……。

 我が軍勢を踏み潰した星脈調律師めっ!」


ヨルダが忌々しそうに扇を叩きつける。


「……で、その二人は今どこにいるのだ!?」


腕組みをしたロドンが重々しい声で尋ねる。


「進行方向と時間から推測すれば……

 『地下都市ローアン』に到着した頃合いかと」


報告を届けてきた使者が

未だ整わない息を切らしながら答えた。


冬の精霊は表情をまったく変えず、静かに命じる。


「ローアンですか……。

 怪しい人間の二人連れを探し出すよう

 『黒銀会』に命令をしてください」


「地下都市ローアンには

 何万もの人々が行き交っております。

 人間の2人組を探すのは少々難しいかと……」


使者が思わず声をあげるが、

冬の精霊は冷酷な眼光で静観するのみだ。


ロドンが鼻で笑い、冬の側に協力している

うってつけの集団があることを使者に教える。


「フン!お前は知らないかもしれんが、

 『黒銀会』を使えば容易いことだ。

 実質、ローアンの表も裏も牛耳っているしな。

 何より金に汚い。金さえ出せばなんでもやる。」




冬の精霊が青白い瞳でエルザを見下ろした。


「エルザ。

 お前にもう一度機会をあげます。黒銀会を動かし、

 その二人をローアンの地で永久に葬りなさい」


「ッ……! 謹んで命を拝し奉ります!」


使者の報告で波乱に揺れる城をあとに、

敵も味方も次なる舞台——

地下都市『ローアン』へと集結しようとしていた。







頭上を埋め尽くす鉄骨と、無数の魔導パイプ。

そこから噴き出す白い蒸気が、

色とりどりの怪しげな魔導ネオンの光を乱反射させている。


スノーフレークの地上世界とは打って変わり、

ここは巨岩の洞窟の中に広がる巨大地下都市『ローアン』

暗渠と迷路のような路地、

無数の露店と熱気が渦巻くこの街は、

各国の無法者や商人が集う混沌の吹き溜まりでもあった。


スノーフレークに進軍していた冬の軍勢、

三千人を消滅させたという大事件など、

この地下深くまでは届いていない。


街はいつものように、

薄暗く、湿気があり、

しかし、活気に満ちあふれていた。





「ふぅ……ぶち美味かったのう、ニノ!

 やっぱり地下都市の名物料理言うたら、

 あの巨大地底キノコと魔導豚のホイル焼きに限るで!」


ローアンの繁華街にある賑やかな

酒場を出た照紅(しょうく)は、

満足そうにお腹をさすりながら夜の

(といっても地下のため常に暗いのだが)

路地を歩いていた。


「……さすがに食べすぎですよ、照紅師匠。

 最後のパイまでしっかり平らげてましたよね」


隣を歩くニノは、やれやれと

肩をすくめながら無表情に付け加えた。


「…太りますよ」


ピキッと照紅の額に青筋が走る。


「ニノ、お前はそういうとこじゃ!

 秋丸やったら絶対言わへんぞ!

 お前はデリカシーがないけぇ!

 ついでに言うと存在感もないわ!」


「ひどい言い方ですね……。

 存在感は関係ないのでは…?」


「やかしいわっ!!

 三千の軍勢を相手に

 『秋の合体技ユニゾン

 ぶちかました直後なんじゃけぇ、

 エネルギー補給は大事じゃろうが!」


「はいはい。すみませんでした」


ニノは棒読みで流しながら、

どこか投げやりな手つきで

ひらひらと手を振った。


反省の色などミドリムシほども

感じられない態度である。



「まあええわい、

 とりあえず今夜は露店で聞いた

 一等街の宿屋に泊まって、

 明日から本格的に情報収集開始じゃな!」


「俺もさすがに疲れましたから、

 早めにベッドに入りたいですね」


二人が軽口を叩き合いながら、

賑やかな大通りから少し外れた

静かな路地へと差し掛かった、


その時だった。


「わっ……!?」


「っと……!」


路地の曲がり角から突然飛び出してきた

小さな人影が、勢いよく照紅に激突した。


「痛たた……あ、ご、ごめなさい!!

 お姉さん!」



ニノの存在感がまったくありません。

それは私がよくわかってます。

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