時空石を求めて(その2)
「で、もう1つは1億円の値がついたんで、
昨日富豪に売りました 」
「「「「えっ……!?」」」」
まさかの想定外の事態に、
ニノたち4人はその場で固まる。
「実は、一週間ほど前、
むこうで魔物に襲われましてね……
命からがら逃げられましたけど……」
「おいしい商売なんですが、
もうこりごりです。
命の方が大事ですからね」
「俺たち異世界との交易の上がりで、
ずっと借金を返済していたのですが、
昨日の『青い石』の1億で
やっと全額返済できたんです!
ですので、もうこの商売は畳みます」
半泣きで叫ぶ店主と店員の言葉を聞き、
秋丸は「よく頑張ったな」と、こちらも半泣きで
店長と店員の手を交互に熱く握る。
照紅は煙管から紫煙をふぅーっと吹き出した。
「なるほどねぇ……。
まあ、その富豪から
石を取り戻せばええわけやな」
「と、取り戻すって……
相手は……えっと、
詳しくはお客様の情報なので言えませんが、
かなりやばい奴です!
絶対に関わらない方がいいです!!」
必死に訴えかける店主に、
照紅は煙管の灰をトントンと落とし、
冷ややかに言い放った。
「その富豪の所に案内せい」
照紅の放つタダならぬ殺気に、
行けば確実に危険な目に遭うと確信した店長は、
背に腹は代えられないとばかりに、
顔を蒼白にして富豪の情報を吐き出し始めた。
「じゃ言いますが……
奴は人身売買や臓器売買で成り上がった、
とんでもない極悪人です!
債権者を強引にイカサマの賭けに引きずり込み、
その身体や命そのものを巻き上げて商売の種にしている……
正真正銘のバケモノですよ!」
「そんなことはどうでもええけぇ!
その富豪の屋敷へ案内せいゆーとるけぇ!!」
照紅の気迫に背中を押される形で、
俺たちは『あやしくない屋』の二人を先導役に、
渋谷の深奥にそびえる富豪の豪邸へと乗り込んだ。
重厚なオーク材のドアを叩き、
通された豪華絢爛な応接室。
やけに簡単に屋敷に入れてくれたことが
逆に不安になる。
そこに座っていたのは、
細身の体に不釣り合いなほど
指輪をジャラジャラとハメた男だった。
「初めましてぇ、みなさん。
伊藤と申しますぅ。以後お見知りおきを」
うす笑いを浮かべる伊藤へ、
「『青く光る石』に用があるけぇ。
大人しく渡してくれればそれでええ」と、
眼光を鋭くする照紅を制し、俺は一歩前に出た。
「まずは、信じてもらえるかはわからないですが、
ここに来た事情を説明します」
俺はこれまでの経緯——
コハルと異世界へ飛ばされたこと、
『青く光る石』と異世界へのカラクリ、
そして今ゲートランドで起きている危機について、
包み隠さずすべてを打ち明けた。
一通り聞き終えた伊藤は、
手元のワイングラスを優雅に傾け、
クックッと喉を鳴らして笑った。
「なるほど、なるほどぉ。
おとぎ話のような異世界の危機……
実に面白い。ですがぁ……」
伊藤はワイングラスをテーブルに静かに置くと、
蛇のような細い目で俺たちを蔑むように見下ろした。
「そんな見知らぬ異世界の人間が何千人死のうが、
私には何の関係もありませんねぇ。
私が興味あるのは、私が所有する財産だけですぅ」
「なっ……!?」
冷血すぎる反応に、
全員思わず息をのむ。
「財産とは……力。
私の手元に財産があるからこそ、
あなた方はこうして必死になり、
土下座せんとばかりに、私を乞い仰いでいるぅ」
「つまり、これが私の力ってことですよぉ……
ふふ、実に素晴らしい眺めですねぇ」
薄笑いを浮かべる伊藤の腹黒さに、
応接室全体に重苦しい緊張感が走る。
「まあ事情はわかりました。
しかし、私も1億円支払っている以上、
タダでどうぞとはいきませんねぇ。」
「……賭けをしませんかぁ?
私はこの『青く光る石』を賭けますぅ。
あなた方は…そうですねぇ。
そちらのお嬢さんを賭けてもらいましょうかぁ?」
「「「(紅葉だとっ!?)」」」
店長の言っていた通りの事の運びだ。
伊藤の常軌を逸した提案に、
俺は怒りを露わにして伊藤を睨みつけ、
殴りかかろうとする秋丸を手で制す。
ニノ、秋丸とは正反対に
意外と冷静に伊藤に対する照紅。
「紅葉。大丈夫やけぇ。ワシに任せとけ」
「姐さん、全てお任せします!」
今まで何度も照紅に助けられてきた。
この世で一番尊敬する姐さんに不可能なんかない。
紅葉は信じる。
「で、勝負の内容は?」
照紅は微塵も表情を崩さず、
静かに伊藤を見据えていた。
伊藤は楽しそうにワイングラスの脚をなぞりながら、
細い目をさらに細めた。
「私は一度、この勝負をやってみたくてねぇ。……
『秘密のセリフ誘導ゲーム』
君たちは『秘密の言葉』を一つ考えてください。
会話の中でその単語を私がうっかり口にすれば、
私の負けですぅ」
「逆に、君たちの下手な誘導尋問を逆手にとって、
私がその『秘密の言葉』を言い当てた場合は君たちの負けぇ」
「もちろん、私が『秘密の言葉』の回答を間違えれば、
その時点で私の負けですねぇ」
指輪をジャラジャラと鳴らしながら、
伊藤は不気味な笑みを深めた。
「……どうですか、面白いでしょう?
ただし、日常会話で使わない単語は禁止、
制限時間は30分ですよぉ?」
「(……ニノ、余計な口出しは無用や。
秘密の言葉は『痛い』で行く)」
照紅は迷いなく紙に文字を走り書きし、
テーブルの上に伏せた。
「決まったで、伊藤。勝負開始じゃ」
「結構。
では、30分間の会話を楽しみましょうかぁ」
伊藤は優雅にワインを一口含み、細い目を細めた。
「さて……まずはこの素晴らしい部屋の
調度品についてでも語りましょうかぁ。
私は絵画や骨董品が好きでしてねぇ。
特に『傷』ひとつない完璧な美品を
コレクションするのが趣味なんですよぉ」
(……傷?『痛い』に関連するワードか……!?
探ってきてるぞ……!)
ニノが冷や汗を流し、
秋丸と紅葉もゴクリと唾を呑み込む。
「へぇ、傷ひとつない美品ねぇ。
だが伊藤、人間ってのはな、
人生で一度も転ばず、膝をすりむいて
辛い思いをしていない奴ほど、
土壇場で使い物にならへんもんやで?」
照紅が煙管をくゆらせながら、
静かに「痛み」を連想させる言葉で揺さぶる。
「ちなみに、そちらの賭けの対象になったお嬢さんも
察するに、きっと傷がない綺麗なものなのでしょうねぇ。
おっと失礼!下品でしたかぁ?
ハハハハハハッ! 私のものになった暁には、
じっくり調べてあげますよぉ」
気持ち悪すぎる……
紅葉は全身が凍る思いがした。
「勝手にすればええ。
ワシが負けることはありえんからのう」
「フフ、強気ですねぇ。
気が強い女性は嫌いではないですよぉ。
あなたもそこのお嬢さんとの
今宵のパーティーにお誘いしましょうかぁ?
3人で楽しいひとときを過ごしましょう」
もう勝った気でいる伊藤は、
ワイングラスを静かに傾けながら不気味な笑みを深めた。
「話を戻しましょう。まず、痛覚などというものは、
生き物にとって単なる『エラー情報』に過ぎない。
……そうは思いませんかぁ?」
「(ヤバい……! こいつ、
すでに『痛み』『傷』『痛覚』のラインに目を付けて
誘導してきてやがる……! 30分も持たねぇぞ……!?
けど……「言葉」を絞るにしても早すぎる!)」
何かおかしい………店長の言った通りイカサマか?
このままだと負ける……
ニノの額からツーッと
冷や汗が伝い落ちた。
しかし次の瞬間……
ニノは顔面蒼白になる。
分かる……地脈が整い、
照紅に膨大な魔力が供給されるのを。
「(照紅師匠!?)」
ニノが察した時にはもう遅かった。
「痛覚がエラーじゃと?
……さっきから鬱陶しいんじゃ!!!」
照紅が低く吐き捨て、
ゆっくりと立ち上がった。
爆風のような咆哮とともに、
照紅の目がギラリと紅く輝く。
「ゲートランドでは、
今この瞬間も、冬の軍からの
「お前の言う『エラー情報』」に
怯える者が沢山おるけんのぉぉぉぉぉ!!!!!」
「姐さん!?正気ですかい!?」
「その技は危険です!!」
制止する秋丸と紅葉の叫びも虚しく、
照紅の全身から爆発的な魔力が吹き荒れる!
秋の調律最終奥義——
『弐陣奏環「秋」 絢爛神楽紅葉狩り』!!!
ドゴォォォォォォォォンッッッ!!!!!!
極大の衝撃波が豪邸を内側から吹き飛ばし、
豪華絢爛な応接室も、重厚なオーク材のドアも、
屋敷ごとすべてが粉々に吹き飛んだ!
瓦礫と猛煙が舞い散る廃墟の中で、
伊藤は全身ボロボロになりながらも……
なんとか奇跡的に踏みとどまっていた。
「ぐはっ……! はぁ……はぁ……
派手にやってくれたな…許さんぞ…
か、必ず報復する……!」
「こ、こんなやり方には屈しないからな!
私は……私は絶対に『秘密の言葉』など
……口にしない……!」
執念だけで意識を保ち、
絶対に『痛い』と言わない伊藤。
伊藤の態度から、
たぶん紙になんらかの仕掛けがあり、
最初から秘密の言葉が『痛い』だと
わかっているのだろう。
チッチッチッ……。
残り時間は、あと1分。
照紅はゆっくりと高下駄を鳴らし、
ボロボロの伊藤へと近づいていく。
「いいか、よく聞け。
秘密の言葉は『痛い』やけぇ。……言え」
「だれが……っ! 誰が言うかこんな……
ひぎゃあぁぁぁっ!???」
ガンガンガンガンガンガンッッ!!!!!
言葉を言い終わるより早く、
照紅のキセル連弾が伊藤の顔面に超高速で叩き込まれる!
容赦なさすぎる打撃が伊藤の顔面の形を変えていく!
「あがっ! ぶふっ! いたい!
痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!!!
ひ、ひ、ひ、卑怯だぞ!!!!」
顔面をボコボコにされ、
耐えかねた伊藤が悲鳴を上げて転がり回りながら叫ぶ。
真っ二つに砕けたテーブルの瓦礫から、
転がり落ちた『青く光る石』をひょいと拾い上げると、
照紅は煙管の灰をトントンと落とし、言い放った。
「ゲートランドに行き、秋の精霊様を復活させて、
冬を倒し、再び平和な世界に戻す大義の前に、
一切の『卑怯』なんて存在せぬ」
「今この瞬間も苦しんでおるゲートランドの民を
一刻も早く救うのやけぇ。……お前らのお遊びに
まともにつき合ってる暇は一切ない」
ニノ、紅葉、秋丸に振り向き照紅が鋭い眼光を放つ。
「ワシの背中だけ見てついて来い。
……秋の風を、もう一度あの世界に吹かせるけぇ!」
全国の伊藤さん、すみません。
(5日連続掲載できました!ありがとうございます)





