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エルザとの戦い(その1)


「……というわけだ、カゲロウ。

 お前が夏の音叉を受け取って、

 新たな『夏の星脈調律師』になれ」


サーマリアのギルド長が、こちらを振り返ることなく、

ペットのカメに餌をやりながら呟くようにカゲロウに伝える。


重厚な机の上に鎮座する『夏の音叉』は、

「夏の星脈調律師」となるための神聖なる道具であった。


そして目の前に立つ男——カゲロウは、

『夏の精霊』を崇拝し護衛する集団

常夏衆とこなつしゅう』の一員である。


ギルド長のあまりにあっさりとした打診に、

カゲロウの全身の毛穴という毛穴が激しく開いた。


「め、滅相もない……ッ!!」


カゲロウはバッと身を乗り出し、

激しく頭を振った。


「拙者のような未熟者が、崇拝して止まない

 夏の精霊様の威光を預かる『星脈調律師』になるなど……っ!

 恐れ多すぎます! 信仰心が耐えきれません!

 罰が当たって即座に灰になってしまいます!」


「いやいや! 常夏衆のお前だからこそ適任なんだよ!

 ほら、さっさと持っていけ!」


カメにエサをやり終えたギルド長が、

面倒そうに手をシッシッと振る。


「無理です無理です!

 崇拝しすぎているからこそ受け取れません!

 それなら……サーマリアは昔から『夏の精霊様』信仰の街、

 ギルド長!むしろあなたがなってください!」


「こんな先の長くないおっさんより、

 若い奴を選べってんだっ!

 俺に押しつけたら音叉を破壊する!!」


面倒くさくてさっさと帰って欲しいギルド長と、

崇拝しすぎているが故に「自分ごときが」と恐怖して

受け取れないカゲロウ。


二人の信仰心と都合が空回りする問答は、

一向に拉致があかない。


汗だくになったカゲロウは、

助けを求めるように部屋にいた仲間たちへと振り返った。


「も、申し訳ないが、4人の意見を

 お伺いしてもよいでござるか?

 あくまで現段階での、

 各々の思いだけでござる」


「 ……まずはマリー殿!」


カゲロウが振ると、

言い終わるまでに既に指で『丸』を

作っているマリーの姿があった。


「えっ!? OKでござるか!?」


「はっ!? 寝言は寝てから言いなさい。

 お金よ、お・か・ね。まず引き受け代と、

 調律師の月々の手当て、

 どんだけ出るのか聞いてんの!」


「OKサインではなかった!!」


ガックリと肩を落とすカゲロウ。

気を取り直して隣へ視線の先を移す。



「マ、マリエッタ殿は……?」


「私でよければ喜んでぇ〜♡」


いかなる場合でも相手ことを最優先にする、

神官マリエッタ。こう答えるような気がしていた。


「あ、ありがとうでござる」


「(……しかし、時空魔法に調律師……

 あまりにもチートすぎて恐いでござる……!

 万が一力の均衡が傾き、

 世界が滅亡したら拙者のせい.……)」



「ザード殿は……?」


「俺には無理だな。多分。

 俺の魔力は俺自身が戦うための魔力だぜ!」

 

「た、確かに、精霊様にも

 供給しなさそうでござるな……」


ザードの脳筋的思考に納得しつつ、

カゲロウは最後のメンバーに尋ねた。



「レイス殿は……!?」


「……僕もマリエッタさんと同じで、

 調律師になってもいいよ」


「ありがとうでござる」

 

「(また、よくわからんチートが

 手を挙げてくれたでござる……!

 感謝しかないのでござるが…

 冥界の王と調律……やはり恐すぎる……!)」


チート組の圧倒的な余裕に戦慄を覚えるカゲロウ。




「みんなの気持ちはよくわかったでござる。

 少し考えさせてくだされ」


カゲロウが真剣な表情で顎に手を当て、

深刻そうに長考に入ろうとした……





場面は一転し、サーマリアへと続く街道沿いの山道。


冷たい風が吹き荒ぶ中、一匹の黒馬に跨がり、

静かな圧迫感を放ちながら進む女性の姿があった。

冬の四天王の一角——エルザである。


彼女が通った後の地面は一瞬にして凍りつき、

草木は白銀の氷像へと姿を変えていく。


そこへ、

サーマリア周辺を根城にする凶悪な山賊団の男たちが、

物陰からニヤニヤと下品な笑みを浮かべて飛び出してきた。



「へっへっへ! 運がいいぜ、

 上等な女が一人で馬に乗ってやってくるとはなぁ!」


「身包み剥いで、売り飛ばしてやるぜ——」


山賊たちが武器を構えて襲いかかろうとした、

まさにその瞬間。


エルザは馬を止めることすらなく、

ただ冷淡な視線を一瞬だけ男たちに向けた。



——パキンッ!!



詠唱も仕草すらもなく、

襲いかかった下っ端山賊たちの体が

一瞬で完全な氷漬けとなり、

風圧だけで結晶となって砕け散った。


だが、山賊のボスだけは後方へ跳躍し、

ギリギリでその冷気を回避していた。


大柄な体にいくつもの傷跡を刻んだ男が、

大剣を身構えながら獰猛にニヤリと笑う。


「へっ……タダもんじゃねえと思ってたが、容赦ねえな。

 だが甘く見るなよ?

 俺は元冒険者で『Bランク』だった男だ。

 今の氷の魔術も、俺には全部見えてたぜ」


元Bランクの圧倒的な戦術眼と反応速度。

ボスは不敵な笑みを浮かべてエルザを威圧する。


しかし、エルザは馬の上から一瞥を投げるのみ。

一切の感情を交えず、淡々と吐き捨てた。


「……うせろ。」


「なんだと? 口の聞き方を知らねーねーちゃんだなw」


ボスの額にピキと青筋が浮かぶ。


「おら!!」


ボスが大声を張り上げ、

激しい踏み込みとともに大剣を振り下ろした

——瞬間。


視界から、エルザの姿が消えた。


次の瞬間には、馬の上の影はなく、

寒気を伴う気配がボスの真後ろに揺らめいていた。


魔法どころか純粋な体術と速度のみで、

完璧に死角を取られたのだ。


ひやりとした冷たい刃の感触が、

ボスの首筋にピキリと押し当てられる。


「…そうだ。お前に手伝ってもらおう」


耳元で響く、氷のように冷徹なエルザの声。

ボスは冷や汗をダラダラと流し、喉を鳴らした。


「お前を人質に『夏の音叉』を持って来させよう」


「な、なに……?」


自分の実力すら子供扱いにされた恐怖と、

圧倒的な冷気の前に、元Bランクのボスは動くことすらできず、

刃のなすがままに引きずられていくのだった。



「…そこの、伝念魔道士。このことをギルドに伝えろ」



「(ばれている!)」

——物陰の茂みから

この惨劇を目撃していた「伝念魔道士」が、

恐怖にガタガタと震えながら、

ギルド長の脳内へと直接意識を繋いでいた。






「(ギ……ギルド長……ッ!! 大変です……っ!!)」


突如として脳内に直接響いた、

「伝念魔道士」からの悲鳴のような緊急通信に、

ギルド長はビクッと目を見開き、こめかみに指を当てた。


「(……何!? どうした!?)」


一瞬の沈黙。通信を聞き終えたギルド長の顔から、

みるみるうちに余裕が消え去っていく。


「うん?ギルド長?

 どうしたでござるか?」


いぶかしむカゲロウたちに向かい、

ギルド長は緊迫した面持ちで言葉を紡いだ。


「伝念魔道が入った……。

 冷気の魔法を操る騎士が、

 単独でサーマリアへ向かっている。


「……山賊を一瞬で全滅させ、

 ボスの男を人質に取ったらしい。

 奴の要求は

 『山賊の命と引き換えに夏の音叉を持参しろ』だ……!」


「なっ……何だと!?」


息を呑むカゲロウたち。

ギルド長は深いため息を吐くと、

険しい表情で言い放った。


「冷気を操る乗馬の騎士……一瞬で山賊を壊滅だとぉ?

 ……チッ、のんきに考えてる場合じゃなくなったな!

 カゲロウ! 今のサーマリアの戦力じゃ、

 まず、そいつ相手に街を守り切れん!

 『夏の音叉』を持って、今すぐゲートランドへ逃げろ!!」



だが——カゲロウは逃げなかった。

引き締まった表情で『夏の音叉』を強く握りしめ、

静かに、しかし断固とした声で言い放った。


「断るでござる」


「なっ……何だと!?」


ギルド長は思わず叫び、机を激しく叩いた。


「おいおい、山賊は人の命を奪っていた側だぜ!

 そんな奴が人質になっても自業自得だ!

 ゲートランドに行け! これは命令だ!!」


ギルド長の至極全当な怒号が部屋に響き渡る。

だが、カゲロウの瞳に宿った静かな炎は消えなかった。


「たとえ罪深き山賊であろうとも、

 見捨てて逃げれば『常夏衆』の誇りが廃る……。

 何より、見知らぬ命を犠牲にして得る安全など、

 精霊様がお喜びになるはずもないでござる」


「お前なぁ……!

 相手は騎乗単騎で突撃してきたんだぞ!

 更に、一瞬で山賊を全滅!……

 冬の四天王かもしれないのだぞ!?

 命を捨てる気か!」


「捨てはせぬ! 人質を救い出し、

 そして音叉も守り切ってみせる!」


カゲロウの揺るぎない眼差し。

その横顔を見て、部屋にいた仲間たちが一人、

また一人と一歩前に踏み出した。


「お金にならない命の救出劇なんて大赤字だけど……

 仲間が腹括ってんなら、見放すわけにはいかないわね」


マリーがやれやれと溜息をつきながら、

懐のコインを投げ上げてポケットに収める。


そしてザードが大盾を豪快に担ぎ上げ、

獰猛な笑みを爆発させた。


「俺、一度『冬の精霊軍』と戦ってみたかったんだよ!

 なんせ、俺には「魔法の木の棒」があるからね!」


「ふふ、四天王との対決かも!なんて、

 なんだか少しワクワクしちゃいますねぇ〜」


マリエッタがみんなにお茶を入れながら、

余裕の笑みを浮かべる。


「僕も手伝うよ。カゲロウさん一人を

 行かせるわけにはいかないからね」


レイスも静かに魔力を高め、

援護の姿勢を見せる。


「みんな……!

 ありがとうでござる!!」


仲間たちの熱い同意を受け、

カゲロウは『夏の音叉』を胸に強く抱いた。


「あーあ、オーウェンの所はバカばっかだ」


呆れ果てながらも、どこか誇らしげに息を吐くギルド長を残し、

5人は迷いなくギルド長室を飛び出していく。


逃亡ではなく、正面突破。


白銀の冷気が迫るサーマリアの街道へ、

カゲロウたちは決意を胸に足を踏み出すのだった——!



「夏休み特別企画!5日連続小説掲載」

ってイベントがあります。迷ってます。

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