玩秋組総本家の若頭
ここは広島市のとある地区。
「照紅姐さんが戻ってきたで!!」
「お前ら〇されたくなかったら、
はよー片付けんかい!」
「そこのUNOのドロー4のカードも
確実に隠せや!!」
「このチャカ(拳銃)はどうします?」
「そのチャカは丁重に扱えや!」
「この刀は?」
「それは……まあ、姐さんに見つからんかったらええ」
「お前、あほか!? 拳銃は丁重に扱え言うたやろ!?」
『リコリス・リコイル』の限定フィギュア
「ちさと」の持ち替え用拳銃やけぇ!!」
「丁重に、丁重に隠せや!」
「刀は……『鬼滅の刃』の「胡蝶しのぶ」の
フィギュアの予備のやつやな……?」
「旬を過ぎたからな。まあ壊れん程度ならええ」
「とにかく!
フィギアが 姐さんに見つかったら
蹴飛ばされて、踏み潰されるで!
バラバラになるで。絶対にや!」
「そんな鬼の化身みたいな人おるんですかい!?」
広島市内の片隅に重々しく身を構える正義の組織——
『玩秋組』総本家。
照紅、ニノ、紅葉の3人が
重厚な門を叩いた瞬間、組内はまるでアリの巣を
つついたような大パニックに陥っていた。
廊下をバタバタと駆け回る組員たちの
怒号と悲鳴が飛び交い、散らかった部屋の
怪しい道具や娯楽品を慌ただしく隠す男たち。
その混乱を押し切るようにして、
奥から黒スーツに身を包んだ
身長186センチの超絶イケメンが、
頭にのせたサングラスを
揺らしながら走ってきた。
「照紅姐さん、紅葉姐さん!
ご無沙汰しておりやす!」
玩秋組の若頭、「秋丸 斗真」である。
超イケメンな容姿とは裏腹に、
秋の調律師としてはまだまだ未熟だ。
秋丸は真面目で性格もよいのだが、
少々あるサボり癖と若干アホなのが
玉にキズの男だった。
「おう、久しいのう。
しっかり街の秩序を守っとたか?秋丸?」
「もちろんでございますっ!」
秋丸はビシッと胸を張ってみせるが、
照紅の眼光は誤魔化せない。
照紅は無言で部屋の隅へと歩み寄ると、
座布団の隙間に突っ込まれていた
クシャクシャの紙きれをサッとひっぱり出した。
「嘘つけい!!
じゃあ、これはなんじゃ?」
「あ、それは……!
だ、誰や!?宮島競艇場のハズレ舟券を
こんなとこに隠しとる奴は!?」
「(ジト目の照紅)」
「あ、姐さん、後できつく
言うときますんで……(汗)」
滝のような汗を流す秋丸の様子を
冷ややかに見つめながら、
照紅は別の紙きれをスッと拾い上げた。
「……あとこれは何じゃ?
広島市民球場の……
あ、これ明日の試合か……」
照紅はチケットの対戦カードを
マジマジと凝視すると、
そのまま何食わぬ顔で無言のまま
スーッと自分のポケットに入れた。
とっさに明後日の方向を向き、
一切何も見なかったことにする秋丸。
そんな二人のダメさ加減を後目に、
ふっと深いため息を吐いたニノと紅葉が
ボソボソと囁き合う。
「……ねえ、モミジさん」
「はい、ニノさん」
「「昨日、照紅師匠も競艇やってたよな」」
「(姐さんも競艇やってたんかい!!)」
一切、素の表情のまま、
心の中で壮絶なつっこみを入れる秋丸。
「はい……あと照紅姐さん、
その野球のチケットは返しなさい」
紅葉の氷のように冷たい一言が部屋に響き渡り、
照紅は「チッ」とあからさまに大音量で
舌打ちしながらチケットを戻した。
「ゴホン! 無駄話は終わりじゃ!」
照紅が強引に咳払いを挟み、
話題を切り替える。
「おいニノ、お前は一番最初に
どうやって異世界に行ったんじゃっけぇ?」
「え? えっ……と、
伯方の塩、イチゴジャム、赤い羽根募金の羽、
それとスマホを持った状態で呪文を呟いたら、
床に穴が空いて落ちて……気づいたら異世界でした」
「ほんまかいな……にわかには信じられん話やが……
よしっ!秋丸! 塩とジャム持ってこい!
とりあえずここで、それやってみよか!」
「えっ!? ここでですか!?」
数分後。
「照紅姐さんも紅葉姐さんも、
本気ですかい!? ジャムを
床に塗りたくるんですか!?」
悲痛な秋丸の叫びも虚しく、
玩秋組総本家のフローリングの間の床には
ドバッと伯方の塩が撒き散らされていた。
そこにベッタリと塗りたくられた謎のジャムと、
申し訳程度に添えられた赤い羽根。
スマホを構えた照紅とニノは、
真剣な眼差しで床を見つめていた。
……当然、何も起こらない。
ただ総本家の綺麗な床が惨絶に汚れただけである。
「あ……あの、照紅姐さん……
俺が昨日ワックスがけしたばかりの
フローリングが……」
絶望的な表情で膝を震わせる秋丸。
「……あ、あの時のイチゴジャムは
賞味期限が切れてたから、
それが触媒の条件だったのかな……?」
と、ニノが記憶を振り絞る。
「関係ないと思います!!!」
紅葉の容赦ない一刀両断が部屋に響き渡ったその時——
床の紫色の悲惨な惨状を見つめていた秋丸が、
ハッと何かに気づいて叫んだ。
「あ、これ、ブルーベリージャムでしたわ!
こら! イチゴジャム持ってこんかい!!」
「「えっ?」」
下っ端組員が慌てて持ってきた本物のイチゴジャムを、
自らの手でベッタリと追いがけして床に塗りたくる秋丸。
……当然、何一つ起こらない。
「ニノ兄さん、よろしいですか?」
額に汗を浮かべた秋丸が、
真剣な顔つきでニノに歩み寄る。
「兄さん、ほんまにそのときは塩でしたか?」
「…たぶん」
「もしかして砂糖やないですか?」
「そう言われれば、深夜だったし……
塩と砂糖を間違えたかも……」
「よし! 砂糖持ってこい!!」
「まだやるんですか!?」
と叫ぶ紅葉を無視して、
秋丸は下っ端が持ってきた上白糖を
ジャムの上に山盛りでぶち撒けた。
甘酸っぱいジャムと砂糖が混ざり合い、
カオスと化したフローリングの間の床。
……もちろん、
時空の穴など1ミリも開くはずがない。
次第に漂ってくる暴力的なまでの甘い匂いと、
ドロドロの惨状を見つめ、秋丸が疲れ果てて呟いた。
「もう、やめや……もう, やめや」
膝から崩れ落ち、
自ら汚した床を見つめながら絶望を味わう秋丸。
「ジャムや砂糖でアリもぎょうさん来るわい。
これ、『日本甘い物協会』に怒られるで。絶対」
秋丸は半泣きになって呟く。
「そんな協会聞いたことないですよ!!」
紅葉の容赦ないツッコミが響き渡る。
自ら追いがけをして自滅した秋丸のあまりの悲惨さに、
全員が生温かい視線を交わすしかなかった。
「……俺は何しとんねん……」
ワックスがけしたばかりの床の上で
完全に撃沈した秋丸を残し、
照紅は「はぁー」と大きく息を吐くと、
ふと足を止めてニノを振り返った。
「……クソッ、
やっぱり適当な事故の再現じゃダメか。
ニノ、よー思い出しよ。あのとき、
変わったことはなかったか?」
「うーん、そうだなぁ。
あ! あの時、コハルの
スマホが最後に青く光ってた!」
「ほう?」
「スマホの形をしてるけど、
幽霊でも持てるのが気になってたんだよね…
そうなるとカラーコンタクトも気になる!
あと……」
「なるほどなぁ……!
コハルがそのスマホをどこでどうやって
手に入れたんかがキーじゃけぇ!」
照紅が手をポンと叩き、力強く言い放った。
「伯方の塩だのジャムだのはどうでもええ!
『青い光』ってことは、たぶん………っ!
ゲートランドの時空石をレンズに
したスマホがあるはずじゃけぇ!!
今から渋谷に戻るで!!」
「えっ、渋谷に!?」
「片付けはお前に任せたぞ、
秋丸! ウチらは渋谷へ向かうけぇ!」
「俺が片付けるんですかーーーっ!?
砂糖とジャムで最悪ですやんーーーっ!?」
「アホか! 半分以上は
お前自身がやったもんじゃろが!」
「…………確かにそうや、
やったのは、ほぼ俺や……
誰にも頼まれてないのに…」
ぐうの音も出ない正論を叩きつけられ、
素直に納得してしまう秋丸。
去っていく照紅たちの背中を見送りながら、
拭いても拭いてもベタつく
フローリングの間の床を前に、
秋丸はぽつりと呟いた。
『(やっぱ、姐さんが帰ってきたときは、
逃げるんが一番じゃな……)』
窓の向こうで真っ赤に染まる夕日を見つめながら、
秋丸は一人静かに涙を流すのであった。
異世界へ渡るための重大なキーを手に入れるため
渋谷へと舵を切った照紅たち。
その頃、異世界のギルド長室では『夏の音叉』を囲んで
カゲロウたちがくだらない押し付け合いを繰り広げていた。
だが——彼らはまだ知らない。
極寒の魔力を身に纏い、
冬の四天王の一角であるエルザが、
単騎でサーマリアへと向かっているという事実を。
忍び寄るエルザの冷酷な影。
囚われの夏の精霊を救おうとするカゲロウたち。
そして、異世界への扉をこじ開けようとするニノたち。
交錯する三つの運命の歯車は、
着実に激動の時を迎えようとしていた——。
幕間です。
秋丸みたいなキャラ、皆さん好きでしょ?





