夏の音叉(その2)
「はぁ……はぁ……はぁ……。
やはり霊に頼らず、自分たちで
探すのが一番でござるな……」
荒れ果てた地下書庫の中、
幽霊たちが消え去った静寂の中で、
カゲロウは真っ黒にすすけた
手ぬぐいで額の汗を拭った。
結局、レイズのチート降霊術による
『著人自ら語ってもらおうの会』は、
歴史の闇に眠る著者たちの
マウント合戦と乱闘によって
大騒動の末に終わった。
だが、マリーが
「まあ、損害賠償請求は
置いとくとして……」と不敵に笑う。
「おかげで有力な候補が
『南の海岸の洞窟』と『西の古代遺跡』
の二つに絞られたのは事実ね!」
「うーむ……しかし待つでござる」
旅支度を始めようとするマリーとザードを、
カゲロウが片手を挙げて制した。
忍びとしての危機管理能力が、
カゲロウの脳内で警報を鳴らしていたのだ。
「両方とも記述を読む限り、
怪しい匂いがプンプンするでござる。
もし片方に絞って向かい、
それがハズレだった場合……
時間と労力があまりにも無駄でござる
それに両方ハズレも考慮に入れねば」
「確かに、言われてみれば、
ハズレだった場合は時間と
移動費の無駄ですね……」
「そこでだ! レイズ殿、
『南の海岸の洞窟』と書いた著者と、
『西の古代遺跡』と書いた著者、
それぞれの代表者1名ずつだけを
召喚できるでござるか!?」
「それくらいなら簡単ですよ」
レイズが鈴をチリンと鳴らすと、
書庫の床に青白い二筋の煙が立ち昇り、
二体の古代著者の霊が姿を現した。
「よし! これより、
第一回『夏の音叉はどこだ!? ビブリオバトル』を
開催するでござる! 互いの著書の正当性を主張し、
勝った方の指示に従うでござるよ!」
カゲロウが審判のように宣言すると、
二体の霊は互いを鋭い眼光で睨みつけ、
静かな火花を散らした。
「ハッ! 我が記した『潮騒の書』こそ真実!
『夏の音叉』は南の海岸の洞窟の最深部に
封印されておるのだ!
そもそも『古代遺跡』って誰が作ったんだ!?
名前も安直だし『古代の遺跡に古代からの宝物』
とは都合がよすぎるだろ!?」
海派の霊が胸を張れば、遺跡派の霊が鼻で笑う。
「黙れ、知性なき洞窟オタクめ!
我が『古代文明録』こそ正史!
あのような格式高い秘宝が、
じめじめした湿気臭い洞窟にあるはずなかろうが!
塩水にひたされて錆びてボロボロになるのがオチ。
正解は西の古代遺跡に決まっておる!」
「なんだと!? 貴様の『古代文明録』など、
よく読めば3ページ目で『〜と思われる』とか
9ページ目に「という夢を見たような気がする」
とか、お前の意見の記述ばかりではないか!
妄想で本を書くな!」
「なっ……! 貴様こそ『夏の音叉』の
寸法を書き間違えて挿絵を描いているだろうが!
実際に見てもいないのに盛って書いたな!?」
二体の霊は、
己のプライドと執筆者としての誇りをかけて、
容赦ないレスポンスバトルを開始した。
相手の矛盾を突く泥沼の口喧嘩に、
カゲロウたちはポカンと口を開けて
見守るしかない。
論争が白熱し、ピークに達し、
『二人とも怪しい』という結論が
出そうになったその時!
——海派の霊が頭を抱えて叫んだ。
「だ、だいたいなぁ!
俺だって本当は洞窟なんて
書きたくなかったんだよ!」
「〆切前日に担当編集から
『もっとダンジョン感をだせ』って詰められて、
適当に思いついた近所の洞窟の
名前を書いたんだよーっ!
入ったこともねぇよ、あんなとこ!」
「「「……は?」」」
書庫全体が静まり返った。
衝撃の告白に全員が固まる中、
遺跡派の霊も気まずそうに顔を背けて呟いた。
「……ま、まあ、私だって……
初版の売れ行きが悪くてな。
打ち切りを回避するために
『西の遺跡に古代の秘宝が!』って、
後付けでロマンを盛っただけなのだがな……」
「「「両方でっちあげかっ!!!!」」」
カゲロウとマリー、ザードの
悲鳴のようなツッコミが書庫に響き渡った!
「う、うん? ちょっと待って?」
呆然と膝をつく一行の横で、
レイズがふと首を傾げた。
「どうしても話がしたい霊がいるみたい」
鈴をもう一度チリンと鳴らすと、
三筋目の煙とともに、
別の男の霊がすーっと現れた。
「はぁはぁ、やっと話せる!
最初の召喚の時からずっと
叫んでいたのに!」
「それはすまぬ。
なにぶん人数が人数だけにな」
「それはそうと、
俺の個人的な日記を読んでよ!」
「日記でござるか……?」
半信半疑でカゲロウが差し出された日記を開き、
声を潜めて読み上げる。
「『〇月×日 今日は薬草採取のクエスト中に
『夏の音叉』という珍しいアイテムを手に入れた。
ギルド長に褒められて、褒美もたくさんもらった。
いい一日だった。
今後はギルド長室に飾ってくれるそうだ』……」
「「「………………」」」
日記を読み上げたカゲロウの手が、
ワナワナと震えだした。
ギルド長室にディスプレイされている……だと!?
「嫌な予感しかしないでござる……」
カゲロウが天を仰ぎながら呟くと、
マリーは扇子をパチンと閉じ、
不敵な、そして最高に邪悪な笑みを浮かべた。
「ふふふ……なにを言ってるの?
……損害賠償がたっぷり取れそうね」
数分後——
鉱山都市サーマリア。
冒険者ギルド本部の最上階『ギルド長室』
ドカドカと重い足音を響かせ、
カゲロウたち『ノホホンブレイク』の5人は、
威圧感満載でその重厚な扉を押し開けた。
執務机で大量の書類と格闘していたギルド長は、
ペンを止め、眉をひそめて顔を上げる。
「うん? やけに早いな。
情報は見つかったか?」
「それがギルド長殿、『夏の音叉』は
どうやらこの部屋にあるようでござるが」
カゲロウが真っ黒にすすけた手ぬぐいを頭に巻き直し、
腕を組みながら冷ややかな視線を室内に巡らせた。
「えっ? それはないぜ?
ここにあるのは俺の個人的なコレクションと、
歴代の優秀な冒険者からの寄贈品くらいだぞ」
ギルド長は「何を馬鹿なことを」と
呆れたように首を振る。
だが、目ざといマリーが室内を
鋭い目つきで捜索し、棚の隅の
ガラスケースに飾られた『ある物体』に
ピタリと指をさした。
「なんか、それっぽくないですか?」
「これか? いや、これは違うぞ……。
昔、優秀な新人が薬草採取のついでに
拾ってきたとかで寄贈してきたやつで……
……あれ? 確かに似ているかもな……?」
ギルド長が半信半疑で棚からケースを取り出し、
首を傾げながら眺める。叩くと微かに熱気が漂いそうな、
不思議な形をした金属の音叉だ。
そこへ、後ろでボケーっと立っていたレイズが、
耳元でチリンと鈴を鳴らしてポツリと呟いた。
「……あ、それだって」
「え?」
「さっきの日記の霊が
『間違いなくそれだ』って言ってる〜」
「「「「確定演出ーーーっっ!!!????」」」」
ギルド長の手に握られているのが、
探し求めていた本物の秘宝『夏の音叉』だと
完全に証明された瞬間だった。
「な、なんだってーっ!??
これが噂の『夏の音叉』だったのか!?」
驚愕するギルド長を前に、
カゲロウは暗黒の笑みを浮かべて
レイズへと振り返った。
「……レイズ殿、途中でご退席いただいた、
20人の霊を再度召喚できるでござるか?」
「お安いご用です」
・・・
・・・
「……従って拙者は諸先輩方に苦言を呈することが
できるほど、立派な人間ではござらん。しかし!!………」
・・・
・・・
『夏の音叉』の前でカゲロウに延々と叱られる著者の霊。
幽霊は全員「霊になってからも叱られるのかよ」と
悲しい目をして反省していた。
・・・
・・・
「……では、今後はこのようなことがないよう、
執筆活動は、清く正しくでお願いするでござる!」
やっと終わった…
カゲロウを怒らせると厄介だな。
部屋にいる全員がそう思った。
・・・
やっと一息ついたとき、
ギルド長が『ノホホンブレイク』に話かける。
「で、誰が『夏の調律師』になるんだ?」
そりゃ、おもしろおかしく盛りたいですよ。はい。





