夏の音叉(その1)
異世界——灼熱の太陽が照りつける
鉱山都市サーマリア。
冒険者ギルドの最上階、重厚な彫刻が施された
執務室のデスクで、白ひげを蓄えた老ギルド長が
『ノホホンブレイク』の面々を前に厳粛な面持ちで
語りかけていた。
「……いいか、よく聞け。たとえお前たちが仮に
『夏の精霊様』を封印から救い出せたとしても、
……それだけでは意味を成さん」
「精霊様に魔力を循環・供給させる
『夏の調律師』が存在しなければ、
精霊様に魔力を供給することができん」
「やはり『調律師』が必要でござるか……」
カゲロウが落胆する。
「そうだ。そのためにはまず、
『夏の音叉』を入手せねばならん。
そして……お前たちの誰か、あるいは新たな者が
その音叉に認められ『夏の調律師』として
覚醒しなければならんのだ」
「……よし! 難しいことは考えずに、
まずは『夏の音叉』のありかを
捜し出すまででござる!」
「オーフェンの所の奴だ、
好き勝手やってくれていいぜ」
と言って、
ギルド長が差し出した重厚な銀の鍵を受け取った
『ノホホンブレイク』の面々は、即座にギルドの
地下深くにある『古代図書館』へと雪崩れ込んだ。
だが——
ズシンと重々しい鉄扉を開けた瞬間、
全員が絶句した。
「な、なんじゃこりゃあ……!?」
そこは地下数階層にわたって
天井まで書庫が埋め尽くされた本棚が並び、
何万冊もの古文書が眠る知識の樹海だった。
湿った紙とインクとカビの匂いが漂う薄暗い空間に、
本棚が地平線の彼方まで延々と続いている。
常人ならば目当ての本を一冊見つけるだけで
数年はかかる途方ない情報量だ。
……いや、数年で済めばよいほうかもしれない。
「こ、こんなにあるでござるか……?
これを1冊ずつ調べるなんて、何年かかるか……。
エルザ殿の救出に間に合わんでござるよ!」
カゲロウが頭を抱え、ザードも盾を地面に突いて
「俺、文字見ると3秒で寝るぞ」と鼻を鳴らす。
しかも、本当にもう寝ている。
マリエッタも、
「私の検索魔術でも、さすがに、これだけあると…
検索に時間がかかりすぎますわ……困りましたねぇ」
と、悲しい顔を見せた。
マリーに至っては、
「こんな所を紹介したギルド長に
損害賠償請求でしょ!?」
とすでに、金を取る算段に入っている。
結局、なんだかんだで
全員が途方に暮れかけていたその時だった。
パーティーの降霊術師のレイズが、
首を傾げながら平然と言い放った。
「じゃあこの本を書いた人の魂、
全員呼び出すね」
「「「全員っっ!!??」」」
カゲロウ、マリエッタ、マリーの絶叫が
地下書庫に虚しくこだました!
「ち、ちょっと待つでござるレイズ殿!
全員って、この書庫にある何万冊の著者の
幽霊をってことでござるか!?」
「うん。書いた本人に聞いた方が早いでしょ?」
レイズは至極当然といった様子で小さく頷くと、
懐から禍々しくも聖なる気配を纏う銀の鈴を取り出した。
「『降霊・万書著人召喚』」
レイズが鈴をチリンと鳴らした瞬間、
地下書庫全体が怪しい紫と金色の光に包まれた!
ガタガタガタッ!!
猛烈な地鳴りとともに本棚が一斉に揺れ、
何万冊もの古文書から立ち上る煙のような魔力とともに、
古代の歴史家、学者、冒険者、詩人、自称ジャーナリスト、
同人作家、なろう系作家といった数百万人もの
著者の幽霊がワラワラと実体化して出現したのだ!
「うわあああ!? ホンモノの幽霊が
湧き出てきたでござるーっ!?」
「大丈夫ですよ。カゲロウさん
レイズさんの術式ですぅ~。
幽霊の皆さん、こんにちは~♪」
相変わらずマイペースのシルエッタ。
いつも冷静、誰にでも平等、彼女のいい所だ。
出現した無数の霊たちは、
自分たちが召喚された理由も分からぬまま、
実体化した喜びに沸き立った。
※「おおっ! ワシの本はどこじゃ!」
※「お前の駄作など、どうでもよい!
我が最高傑作を読め!」
※「おいそこのお前!、お前、俺の話をパクった奴じゃん!」
※「知らんわい!誰がお前の文章なんかパクるかっ!?」
※「ワシの論文こそが正統なる歴史書じゃ!」
※「嘘つけ!お前の歴史書、半分以上創作やけんのぉ!?」
書庫内が一瞬で幽霊たちの怒号と
アピール合戦で大騒ぎになり始める。
最初は、
『おおっ、レイズ殿凄すぎるでござる!
これぞ究極の情報収集!』
と、絶賛していたカゲロウだったが、
あまりのカオスぶりに即座に前言撤回した。
「だ、駄目でござる! 声が多すぎて何も聞き取れん!
静かにするでござる!」
カゲロウが声を張り上げ、
「『夏の音叉』の詳しい場所を知る者はいるか!?」
と問いかけた。
その瞬間——
「『夏の音叉』のことに一番詳しく書いたのは俺だ!」
ドババッ!と約20人の幽霊が一斉に手を挙げた!
※「おい待ちやがれ!
お前、嘘ばっか書いてた詐欺ライターじゃねーか!」
※「お前こそ、なんだそこまでして自分の本を売りたいのか!?」
※「俺は実際に音叉を現地に置いてきたんだぞ!」
※「俺は王様に献上した公式の書物だっつーの!?」
※「……ワンチャン、俺の旅行記にも少し音叉のこと書いてるけど」
※「やかましい! 引っこんでろ!」
※「なんだとコラやるか!?」
自尊心とマウント合戦が爆発した20人の古代人ゴーストたちが、
胸ぐらを掴み合って「俺の本が一番詳しくて正しい!」と
大乱闘を始めてしまった!
「霊たちが揉めすぎて
収集がつかんでござるーーーッ!!」
見かねたカゲロウが
「まあまあみなさん! 一度落ち着くでござる!
順番に話を聞くから!」と間に入り、
両手を広げて必死になだめ、
なんとか20人の幽霊たちを一列に正座させた。
そして、彼らが手にしていた書物を1冊ずつ
丁寧に精査していく『ノホホンブレイク』の面々。
……すると、あることに気づく。
「……あれ? 20人中、半数の書物に
『南の海岸の洞窟』っていう共通の表記が
見受けられるでござるよ?」
「本当ですわ! 『南の海岸の洞窟』が、
こっちにも、あ、これにも!」
カゲロウとマリエッタが「おお!」と
顔を見合わせた、その瞬間だった。
※「あたり前じゃ! ワシが直接そこに置きに行ったんだからな!」
※「嘘つけ! お前、俺の書いたヤツをパクっただけだろうが!」
※「何を!? 人の盗作扱いする気か!?」
※「事実だろ! やるか!?」
またしても乱闘が勃発!
さらに悪いことに、
別のグループから「西の古代遺跡」という記述も
『南の海岸の洞窟』の次に多いことが判明し、
事態は泥沼化していく!
※「夏の音叉だぜ?、古代遺跡に決まっているだろ!?」
※「お前、古代遺跡について何を知ってるんだよ!」
※「お前の書いてること、全部でたらめじゃねーか!」
※「お前も古代遺跡といって、
遺跡の地図を書いただけじゃねーか!間違ってたけどな!!」
※「何を!?」
※「やるか!?」
幽霊なのに血の気の多い連中である。またしても
本棚をなぎ倒しながら全開で殴り合いを始めてしまった!
「もういいでござる! レイズ殿!
この方々にお引き取り願ってくだされ!!」
はぁはぁはぁ…
やはり自分で探すのがいいようでござるな…
果たして『ノホホンブレイク』は、
この状況を乗り越えることができるのだろうか!?
ゴーストライター。





