ニノ、完全覚醒
周囲を取り巻く異様な熱気と、
鼓膜を揺らす重低音の中、
照紅は遠くの海にそびえる朱塗りの大鳥居を
見つめながら静かに語り始めた。
「ここが異世界から追放の禁呪を受けた
玩秋組のご先祖様が飛ばされた地、
『安芸の宮島』……
正式には『秋の宮島』って意味なんよ。
玩秋組が作った街じゃけぇ」
「あの海にそびえる大鳥居も、
単なる宗教的な飾りや観光名所じゃなくてな。
荒れ狂う地脈の暴走を抑え込むために打ち込まれた
『巨大な地脈の楔』なんよ」
「なるほど……
だから照紅師匠は
広島弁なんですね」
ニノが妙に納得したように頷くと、
照紅は真剣な眼光で言葉を重ねた。
「ええかニノ。
君の調律は完璧じゃ。
調律、吸収、共有……全部完璧。
さすが天才の家系じゃのぉ」
そこまでは良かったのだが、
照紅の顔にふっと怪しい笑みが浮かぶ。
「正直、その才能と能力には惚れ惚れするのぉ……。
今度、ディナーで地脈について一緒に♡――」
――『バシッッッッッッ!!!』
話しの途中で、どこから取り出したのかもわからない
紅葉のハリセンが照紅の顔面へ叩きつけられた。
無意識の賜物か、はたまた日頃の恨みか。
そのハリセンには怪しい闇の魔術すら
施されているように見えた。
「…いてぇのぉ……おいこら小娘!
わしを誰だと思って叩いとんじゃっ!?
さらに乙女の顔面かいっ!!!!」
「……姐さんの言動があまりに下品でしたので。
玩秋組の品位が落ちぬよう注意したまでです。
あ、姐さん、『乙女』でしたのね。
それは失礼いたしました、フッ。」
バチバチと火花を散らして睨み合うふたり。
「ちょ、ちょっと待って!
今すごく大事なところだったよね!?
ふたりとも一回仲直りして仕切り直して!!」
俺の叫びが届いたのか、
照紅はコホンとひとつ咳払いをして、
何事もなかったかのように向き直った。
「……えー、君は完璧って所からじゃったっけ?
えっと……ニノ、魔力の『調律、吸収、共有』
一番重要なもんが1個足りんと思わんか?」
「……攻撃!」
「ほうじゃ!
調律師いうんは地脈を整える『守り』の存在じゃ。
じゃが、異世界の悪意や暴走した精霊を
力ずくで押さえつけるには、魔力をそのままブチ込む
『攻撃(攻撃的調律)』の威力が不可欠なんじゃ!」
真剣な眼差しに戻った照紅が、
ビシッと指を突きつけて宣言する。
「守るだけじゃあ何も救えん。
……じゃけぇ今から最終試験をやるんじゃ!
あの鳥居は今は封印状態じゃけぇ。
封印を解いたら、異世界の狭間に繋がるん。」
「今から、その封印を解くけぇ!!」
「ご先祖様達が苦労して封印した
数千の魔族が出てくるけぇ、
一緒に全部退治させるんじゃっ!!
……失敗したら世界が滅ぶけぇのぉ」
「「そんな重要なこと、
先に言っといてくださいよっ
ーーーーッッ!!!!」」
ニノと紅葉の絶叫が
海風を切り裂いた。
「す、数千の魔族!?
失敗したら世界滅亡!?
なんでそんな危険な試験を
ここでやるんですか!?」
ニノが青ざめながら叫ぶが、
照紅の表情は一切の冗談を許さない
「師匠」の真顔そのものだった。
彼女は大鳥居からスッと目を落とし、
真剣な面持ちでブツブツと呟き始める。
「……ニノ。
ここは集中して考えにゃあいけん時じゃ。
……敵の気配は…うん、まだ上昇しきっとらん。
これならワンチャンどころか充分な勝機じゃ」
「再度、確認…………よし、大丈夫じゃ。
じゃが、なかなか手強いのが揃っとるぞ!」
(敵の気配……!? 魔族のプレッシャーが
もうここまで漏れ出してるのか……!?)
緊張感は極限に達し、ニノと紅葉は
呼吸すら忘れて照紅の横顔を見つめた。
照紅はボソリと呟いた。
『……始まるけぇのぉ』
その直後——
パパーーッ!と高らかなファンファーレが響き渡り、
爆風のようなエンジン音がさく裂した!
『さあ!宮島競艇、第10レーススタート!
1号艇、地元の意地を見せてイン逃げ決めるかーっ!?』
「行けぇぇぇ1号艇ぇぇぇ!!
ここにウチの全財産と
秋の誇りがかかっとるんじゃあぁぁっ!!」
血走った目で観覧席の手すりを打ち叩く照紅。
「今まで話していた内容はレースの話ですか!?
次元の狭間に封印した魔族の話でしたか!?
い、いえ、ど、 どこから!?
ど・こ・か・ら!!??
どこからがレースの話です!?
『集中して考えなあかん』あたりからですか!?」
ニノと紅葉のパニック交じりのツッコミが炸裂する。
「やかしい!黙っとれ!!
あーーーあっ?…あっ!…ぐわぁぁぁ、
よりによって6号艇かいね!波多野めっ!!
かすりもしんがなぁぁ!!」
「青島ぁぁぁ!!!
1号艇で勝てんのじゃったら、
ボートレーサー辞めてしまえっ!!!
くそーーーーーーーーー!!!!」
照紅は、ビリビリに破った舟券の残骸を、
もはや粉末状になる勢いでさらに細かく引き裂き、
虚空へぶちまけた。
潮風に乗って舞い散る紙くずが、
夕日に照らされて哀しくキラキラと輝いている。
ハァハァと荒い息を吐きながら、
照紅は一瞬でスン……と真顔に戻り、
懐に手を突っ込んで煙管をふかした。
今の照紅は意味不明に尊く見える。
一切の欲(金)がなくなり達観した状態だ。
「で、何だっけ? もう帰る?」
――『バシッッッッッッ!!!』
紅葉のハリセンが照紅の顔面へ
再度叩きつけられた。
「…おい小娘!
おどれ、2回目は許さんぞ!!」
「姐さん!
真面目にやってください!!」
さすがに俺も意見したい!
「そうそう! 世界が滅ぶとか言った直後に
競艇で負けて帰るってありますか!」
「……あー、
そうじゃったそうじゃった。
すまんすまん、あまりの予想外の展開に
(注:ボートレースの展開)
脳のメモリが全部飛んでおったわ……」
『では、封印を解くぞ』
照紅が両手を広げた瞬間、
海にそびえる朱塗りの大鳥居が
グラグラと天地を揺らし始めた。
鳥居の枠の中に漆黒の亀裂が走り、
異界の魔気が『ブワッ』と噴き出す!
「よしっ……行くぞっ!!」
意を決してニノ、紅葉、照紅の3人は
漆黒の亀裂へと飛び込んだ!
視界が弾け、たどり着いたのは幾重もの
古代遺跡と破滅した地脈の破片が浮遊する、
静寂と不気味な圧迫感に包まれた、
まさに『時空の狭間』だった。
「……ここが、時空の狭間……」
紅葉が警戒しながら周囲を見渡すが、
数千と聞いていた魔族の大軍勢の姿はどこにもない。
だが——
空間の中心に漂う
『漆黒の核』
から放たれる圧迫感は、
息をすることすら困難なほど絶大だった。
「……照紅師匠、
魔族の大軍勢は……
いない…みたいですね?」
照紅の表情が急激に強張り、
冷や汗が頬を伝った。
「……違う。おらんのと違う……!
約3000年いう途方もない時間の中で、
狭間に閉じ込められた魔族どもが互いを吸収し合い、
『たった1匹の絶対的な化け物』
に集約されとったんじゃ!!」
その言葉に応えるかのように、
漆黒の核がバチバチと赤黒い稲妻を放ちながら膨れ上がり、
数多の魔族の怨念を宿した巨竜の如き異形の姿——
『虚空の喰世種』へと変貌を遂げた!
咆哮一閃。
空間そのものが削り取られるような衝撃波が3人を襲う!
「ニノ!紅葉!
くらったら一発で消し飛ぶけぇ!!」
ニノと紅葉が即座に回避するが、
巨獣の身体を覆う不気味なオーラに対し、
紅葉が放った秋の魔力弾は、
接触した瞬間にスッと吸い込まれて消滅してしまった。
「『秋の術式』が……吸収された!?」
紅葉が愕然と佇む。
自分の中で最高出力の『秋の術式』が
まったく通用しない……
「奴は狭間の魔気を喰らい尽くしたチート存在なんじゃ!
単純な単一属性の魔力は、全部奴の体表で
分解・吸収されて糧にされてしまうんじゃ!」
『虚空の喰世種』が
次の衝撃波を放つ体制に入った。
その圧倒的な破壊力と
『あらゆる攻撃を無効化する絶対領域』
絶望的な強さを前にして、だがニノの瞳は冷静だった。
「単一以外が通用するなら簡単ですw」
そう言うとニノはスッと目を閉じ、
一切の詠唱なしで六重の魔法陣を頭上に描く。
「そもそも、最初から『単一属性』なんて
照紅師匠に教えて貰ってないですよ。
常に二属性以上を扱わないと
『あほかーいっ!!』って叩いたじゃないですか」
あれ、地味に痛いんだよなぁ………
ではっ!」
「な、な、な、なに?? 六重??!?」
照紅が目を剥いて驚愕する中、
ニノは淡々と、しかし凄まじい密度の
魔力を展開していく。
「六重の内訳は……
『壱陣奏環』が【火】と【水】と……
【土】と……えっ?【風】の4つ!?」
照紅が目を剥いて驚愕し、
ニノの頭上の魔法陣を指差して叫ぶ。
「【風】なんていつ覚えた!!??」
ものすごく真面目な戦いのシーンですが、
健全な男子が覚えたいのはまず【風】です。
と心の中で呟くニノ。
「『弐陣奏環』からは当然『【春】と【秋】!』」
ニノは涼しい顔で指をパチンと鳴らした。
「全部で六重です」
「…紅葉、これは間違いなく
今見られる最強の術式やけぇ!」
「すごい……!」
紅葉が思わず息をのんだ瞬間——
ドドドドドドドォォォォォンッッ!!!!
四つの属性と二つ季節が
完全に調律された次元違いの極大光線が、
間髪入れずに巨獣を飲み込んだ!
単一属性を分解・吸収する暇すら与えず、
六重の概念攻撃によって巨獣の絶対領域は一瞬で崩壊。
チート級の巨獣は悲鳴をあげる暇もなく、
跡形もなく一瞬で吹き飛んで蒸発したのだった。
静まり返る時空の狭間。
あまりの秒殺劇に、
照紅と紅葉は開いた口が塞がらない。
「……ふぅ。これで終わりですね」
ニノが振り返ると、鳥居の亀裂が静かに閉じ、
3人は宮島の海岸線へと戻ってきた。
照紅は呆然としながらも、
感極まったようにニノの肩をバシッと叩いた。
「……ニノ、文句なしの『免許皆伝』じゃ……!」
「ありがとうございます、照紅師匠!」
「ニノよ。免許皆伝の祝いに今夜一緒に…♡」
――『バシッッッッッッ!!!』
本日3回目。
紅葉のハリセンが照紅師匠の顔面へ叩きつけられる。
今回は確実に闇の魔術付きだ。
「キャーーーーー!!!!!」
照紅も3度目は、許さないとばかりに
術式で紅葉のズボンを木っ端みじんにする。
「なにすんじゃーーーー!!!!」
「こっちのセリフですぅーーー!!!!」
そんな二人を
ニノは一切視界に入れず、
爽やかに夕陽を見る。
「終わったな…
俺も強くなってきたかな?」
宮島での修行は(ニノだけが)
最高の形で幕を閉じたのだった。
今までで一番時間がかかりました。





