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20/21

20 無意識の強者たち(『、何か?』を題名につけるのやめます)


「ねえ、主様ぁ? アタシにひとつ、

 素敵な案があるのだけど……

 試してみてもよろしくて?」


絶対零度の冷気が漂う、

冬の精霊軍

深冬邪党みふゆじゃとう』の氷の宮殿。


派手な扇で口元を隠しながら、

きつい化粧の目を妖しく輝かせたのは、

美を愛する四天王・氷雪将ヨルダだった。


凍てつく玉座の奥から、

脳髄まで直接凍りつくような冬の精霊の

冷徹な声が重々しく響き渡る。


『 ――言ってみなさい、ヨルダ 』


「ほら、例の生意気な『春の思念体』がリブラで放った、

 あのド派手な極大光線……あったでしょう?

 アタシ、あの術式構造を分析して、

 アタシたちの極冷の『冬の力』で再現できるように

 改良してみたのよぉ♪」


ヨルダは長い爪を立てた手で扇を優雅に開くと、

ニヤリと真っ赤な唇を吊り上げた。


「人間どもが『復興の兆し』なんて浮かれ始めた

 王都ゲートランドの城に向けて、試しにドカンと一発、

 お見舞いして差し上げようかと思いまして」


「……あの強固な防衛障壁

 『陽だまりの残響レゾナンス・サンシャイン』に

 どれだけのダメージを与えられるかはやってみないと

 わからないけれどねぇ〜☆」


「 まあ、もしこれで城ごと消し飛んじゃったら、

 せっかくの戦争も終わっちゃうかしら? 」



『 ――フフ……構いません。やってみなさい 』



「うふふ! お許し、

 感謝いたしますわぁ!」


ヨルダは歓喜の声をあげると、

氷の宮殿のテラスへと踊り出た。


黒紫のフードを深く被った氷魔道王ジゼル、

そして大剣の柄に手をかけた氷剣王ロドンが

最上階から見下ろす中、ヨルダは派手な扇を高く掲げ、

体内の冷酷な『冬の力』を極限まで錬成し始める。


「アタシの美しき冬の極冷閃光……

 受け取りなさいな、愚かな人間ども!!」


極北の上空に、

巨大な氷晶の魔法陣が展開される。


コハルの技を冬の力で模倣した、

直径100メートルを超える超絶破壊の極大光線。

それが遥か数千キロ彼方の王都ゲートランドを目指し、

大気を凍らせ切り裂いて解き放たれた!



ズドバババババババガァァァァンッ!!!!!!






同じ刻――王都ゲートランド。


王宮特別病室のひんやりとした室内には、

どこまでも重く、冷たい静寂が漂っていた。


ベッドの上に上体を起こしたカゲロウは、

包帯が巻かれた己の手のひらを凝視していた。


傷の痛みは神官たちの治療で和らいでいたが、

胸の奥底に突き刺さった自責の念は、

どれだけ時が経とうとも消える気配がない。


(拙者が……拙者がもっと強ければ。

 あやつらの前で、体を張って

 二人を守れていれば……!)


無力感に拳を強く握りしめると、

爪が皮膚を深く痛めつける。


その時、部屋の隅にある丸椅子から、

かすかな物音が聞こえた。


膝を抱え、体ごと小さくなって

壁を見つめている少女――ルナだ。


エルザの妹であり、あの壮絶な戦いの中、

己の血を通じて実の姉を闇へと

引きずり込んでしまった悲劇の当事者。


その瞳からは光が消え失せ、

まるで魂の抜け殻のようになっていた。


カゲロウはベッドからそっと足を下ろし、

痛む身体を引きずりながらルナの側へと歩み寄った。


「……ルナ殿」


呼びかけにも反応を示さない。

ただ、小さな肩が微かに震え、

大粒の涙がポロポロと溢れて膝の

生地を黒く濡らしていくだけだ。


「私の……私のせいです……。

 私の汚い血が、お姉様をあんな姿に変えてしまった……。

 私が捕まらなければ、

 ニノさんも、コハル様も……お姉様も……っ」


かすれた、今にも途切れそうな声。

ルナの心は、自分自身の存在そのものを

否定するほどの絶望に押し潰されていた。


カゲロウはゆっくりと目線を合わせるように片膝をつき、

ルナの小さな両手をそっと包み込んだ。


「自分を責めるな、ルナ殿。

 悪意を持って罠を仕掛けたのは冬の精霊の残党どもだ。

 何より……目の前で無残にも仲間を奪われた拙者の不甲斐なさこそが、

 すべての元凶。責めるならば、この拙者を責められよ」


「カゲロウ様……」


「だがな、ルナ殿」


カゲロウの眼光に、

静かだが消えることのない熱い光が宿る。


彼は、空間の裂け目に飲み込まれる直前、

自分に向かって叫んだニノの最後の表情を思い出していた。

絶望に顔を歪ませながらも、決して諦めず、

自分にルナを託したあの青年の叫びを。


「ニノ殿は……あやつは、

 死んではおらん」


ルナが小さく息を呑み、

涙に濡れた瞳を上げた。


「根拠はない。だが、あやつの最後の叫びを聞いたか?

 あやつは最後の最後まで、諦めてなどいなかった。

 たとえどんな理不尽な空間に弾き飛ばされようと、

 あやつは今も……どこか遠い場所で、泥臭く、

 不器用になおも足掻き続けているはずだ。

 ……あやつは、そういう男だ」


「どこか……遠い場所で……」


「そうとも。ならば……残された拙者たちが、

 ここで泣いて立ち止まっていてどうする。

 そんな無様な姿を見せたら、

 どこか遠くで戦っているあやつに、

 一生笑われてしまうでござるよ」


カゲロウはゆっくりと立ち上がり、

自らの腰にある愛刀の柄を固く握りしめた。


「拙者は諦めん。

 ニノ殿が戻ってくるその日まで、

 絶対にルナ殿を守り抜き、

 エルザ殿をあの闇の深淵から引きずり戻してみせる。

 ……そのためなら、この命、何度でも賭けてみせる」


まっすぐで、

偽りのない強い言葉。


ルナは呆然とその姿を見つめ、

やがて溢れ出る涙を小さな拳で

何度も何度も拭った。


「……はい……っ。私も……私も、

 お姉様を……諦めません……っ!」


二人の間に、

確かな再起の炎が灯った瞬間だった。




――ガラリ。




重々しい雰囲気をぶち破るように、

病室の扉が無造作に開け放たれた。


「はーい、お邪魔しますよ~!

 朝のお食事の準備ができました~♪」


入ってきたのは、身軽な革鎧を纏ったシーフの少女マリーだ。

その後ろには、大きな大盾を背負った戦士ザード、

黒いローブを着た死霊術士の少年レイス、そして

おっとりとした雰囲気の神官シルエッタが続いている。


冒険者ギルド長オーウェンの

「贅沢三昧でダラダラしてろ」という指示を受け、

病室の警備兼看護をかって出ている

Dランク冒険者パーティーの四人組だった。


「あら? ルナちゃん、

 ちょっと顔色が良くなったんじゃない?

 シルエッタ特製のカボチャスープ、

 今日も持ってきて正解だったわね!」


「『特製』ねぇ……

 厨房から貰ってきたんだけどね」


マリーはつっこまずにはいられない性格のようだ。


マリーがお盆に載せられた湯気の立つ

木鉢をテーブルに置くと、

シルエッタがふわりと柔らかく微笑んだ。


「誰が作るかは関係ないのですよ、マリー?

 神様も『温かいものを食べると元気が出るよ』って

 おっしゃっていますから。

 ルナ様、ゆっくり召し上がってくださいね」


「二人ともまだ怪我人なんだから

 静かにしろよ」


ザードが苦笑しながら大盾を壁に立てかけ、

レイスは静かに部屋の隅の椅子に腰掛けて

怪しげな魔導書を開く。


一切の裏表がない、

あまりにも自然体で温かな雰囲気。

張り詰めた緊張の中にいたカゲロウは、

彼らの言葉に深く救われる思いだった。


「ささっ、カゲロウさんも!

 傷を治すにはまず滋養強壮!

 今日は私が特別におかゆをあーんしてあげるから、

 おとなしくベッドに戻りなさい!」


マリーがノリノリで

スプーンとおかゆの鉢を手に取り、

カゲロウの前に迫ってくる。


「い、いや……マリー殿、

 拙者はもう自分で食べられるゆえ……」


「だーめ! 患者さんは

 大人しくお世話されるのが仕事なの!

 ほら、あーん!♡」


カゲロウはタジタジになりながらも、

彼女たちの好意を無下にできず、

苦笑交じりにベッドへと腰を下ろした。


マリーがスプーンでおかゆをすくい、

ふーふーと息を吹きかけてカゲロウの口元へと運ぶ。


――その時だった。


マリーのドジな手元が、わずかに狂った。


「――きゃっ!?」


指先から滑り落ちた木製のスプーンが、

クルリと回転しながら床に向かって真っ逆さまに落下していく。


(……おっと)


カゲロウの忍びとしての本能が、反射的に動作する。

いくら傷ついているとはいえ、彼は常夏衆の筆頭として

修羅場を潜り抜けてきた男だ。


落ちていくスプーンの軌道を瞬時に計算し、

神速の領域へと意識を集中させる。


カゲロウの右手が、

まるで空間をスキップするように滑らかに伸び、

落ち切る前にスプーンを空中で完璧に掴み取る

――はずだった。


カゲロウの指先が捉えたのは、

虚無の空気だけだった。


「――え?」


カゲロウの思考が、一瞬完全にフリーズした。

自分の手の中に、スプーンはない。


驚愕して目を見開いたカゲロウの視界に映ったのは、

すでに何事もなかったかのようにスプーンを持ち直し、

お茶目に首を傾げているマリーの姿だった。


「おほほほ! わたしとしたことが、

 うっかり滑らせちゃいましたわ~!

 あぶないあぶない♪」


何気なく笑うマリー。

だが、カゲロウの背筋には猛烈な戦慄が走っていた。


(な……なにが起きたのでござる……!?)


カゲロウの眼は、

忍びの最高峰の動体視力を誇る。

その彼ですら、今のマリーの動きを

「視認」できなかったのだ。


カゲロウが神速で手を伸ばしたそのコンマ数秒の隙の間に、

マリーは超音波すら置き去りにするほどの「超光速」で体を滑り込ませ、

落ちゆくスプーンを完璧にキャッチし、元の体勢へと戻っていた。


(な、なんでござる……!?

 今のマリー殿のスピードは……!?

 常夏衆の最高幹部すら超える領域でござるぞ……!?)


目の前でおかゆを「はい、あーん♪」と

無邪気に差し出してくるマリーの光速の動きに、

カゲロウが冷や汗を流して固まっていた

まさにその時だった――。



――ズ、ズズズズズズズズズッ……!!!!!



突如として、王都ゲートランド全体の空間が、

激しい地響きとともにガタガタと震え始めた。


病室の窓ガラスが割れんばかりに悲鳴を上げ、

大気が激しくきしみ出す。城の回廊からは


「な、なんだ!?」

「北の空を見ろ!!」


と近衛兵たちの凄まじい悲鳴と狼狽の声が響いてくる。


カゲロウは瞬時に印を結び、両目をカッと見開いた。


「忍法・鷹の眼! 遠視の術……っ!!」


忍術によって強化された視界が、

極北の遥か上空――

四天王ヨルダが解き放った冬の力の極大光線が、

王都を包む防衛障壁『陽だまりの残響レゾナンス・サンシャイン』に

向かって一直線に突進してくる光景を捉えた。


「な……ッ!? 天災規模の極大光線が

 こちらへ向かってくるでござる!

 王都が消し飛ばされるーーっ!!」


カゲロウの顔から血の気が完全に引く。

回避も防ぐことも不可能な、絶対的な破壊の濁流。


その時、バルコニーには異変に気づいた

新摂政グラッドや近衛騎士団長アルバドをはじめ、

重臣たちが顔を蒼白にして駆け込んできていた。


「くっ……防衛結界を展開しろ!

 間に合わせるのだ!!」


とグラッドが叫ぶが、

到底間に合う速度ではない。


「おっと、危ねえな!」


そんな絶望的な空気の中、

大きな盾を担いだザードが

少し不機嫌そうな顔でバルコニーのフチへと歩み出た。


「誰だよっ!?こんなことするのは!?

 こっちはけが人がいるんだぞ!」


ザードは背中の大盾をサッと地面に置くと、

あろうことか――その盾の裏側にくくり付けられていた

『何の変哲もないただの木の棒』をひょいと取り出したのだ。


「……は? 木の棒……!?」

絶句する近衛兵一同。


ザードは野球のバッターのように

腰を落とし、深く構えをとる。


その瞬間、

カゲロウの目が信じられないものをまた捉えた。


ザード自身はまったく無自覚なまま、

彼の手にする「ただの木の棒」に向かって、

神話級の極大強化魔法が重なり合うように

高速で連続術式詠唱され続けているのだ。


木の棒の周囲の空間が、

密度の高すぎる魔力によって歪み始めている!


「この棒で跳ね返せない物なんてないんだよ!

 森で拾った『魔法の棒』だぜ!」


迫りくる直径100メートルの極大光線を引きつけ、

ザードは屈強な身体をしならせると、

その極大強化された木の棒を豪快にフルスイングした!


「どりゅあーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!」


――ッッッッガァァァァァァァァァァンッ!!!!!!!!!!!!!


世界が真っ白に染まるほどの凄まじい打撃音。


王都を丸ごと削り取って消滅させるはずだったヨルダの

冬の極大光線は、ザードが振り抜いた「ただの木の棒」に真芯で捉えられ、

物理法則を完全に無視してそのまま来た方向へと

綺麗に跳ね返されて飛んで行った。


「「「「………………は??????」」」」


王都の空に、北へ向かってカキーン!

と飛んでいく光線の残光。


バルコニーでそれを見ていた新摂政グラッド、

近衛騎士団長アルバド、そして城の重臣たち全員が、

目玉が飛び出さんばかりに目を剥き、

完全にフリーズしていた。


「よし、ナイスホームラン♪」


ザードは満足そうに木の棒を肩に担ぎ、

ニコッと笑って親指を立てている。


「な……な……」


カゲロウは開いた口が塞がらなかった。

忍術をもってしても捉えきれなかったマリーの超光速。

そして、国家滅亡級の極大光線を「ただの木の棒」で

ホームランのように跳ね返してみせたザードの

理解不能なチート打撃。


(な、なにでござるとぉぉぉぉーーーっっ!!??

 この者たち、一体何者でござるかぁぁぁ!!??)


カゲロウの悲鳴のような心のツッコミと、

グラッドたちの深すぎる引きつった静寂が、

王都の空に響き渡るのだった。


……その頃。


遥か遠く離れた別の世界――日本の京都の街角。


照紅しょうく師匠による容赦なき特訓の果てに、

京都の地下水脈どころか「琵琶湖全体」の環流まで

丸ごとひっくり返してしまったニノは、

泥まみれになりながら「次は全国バグ地脈ツアーだ」と告げられ、

紅葉と共に悲痛な絶叫を上げていたのだった。


ホームランという単語は異世界でも通用するはずです。

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