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18/19

18 完全に旅行じゃないですかぁー!なんなんですかぁ!!??

高級感のある本革シートに、

静かに響くエンジン音。

ニノが乗せられていたのは、

玩秋組の所有する巨大な黒塗りの

高級リムジンだった。


事務所を出る時、

簡単なジャージ姿のまま

車に放り込まれたニノ。


ふと視線を横に向けると、

リムジンの隅っこに小柄な黒服姿の少女がちょこんと座り、

ビクビクと肩を揺らしながらお茶の準備をしている。


そんな車内の緊張をほぐすように、

対面に座る師匠がキセルからふぅーっと煙を吐き出し、

足を組んで艶っぽく笑った。


「まぁまぁ、

 そんなカチコチにならなくてもいいっしょ。

 しばらくは、まず何もかも一旦忘れる。

 そして無心で休むのがいいじゃん?」


「休む……ですか? 修行じゃなくて?」


「そうそう。

 あっちの世界からいきなり流されてきて、

 君のメンタルも限界でしょ?

 張り詰めた弦は切れやすいからねー。

 まずはリフレッシュでしょ?」


ニノはシートに背中を預け、

少しだけホッとした。


(この人、口は悪いし雰囲気は

 めちゃくちゃイカついけど……

 追放されて傷ついた俺のことを、

 一応気遣ってくれているんだろうか)


その時、

師匠がキセルの火種をじっと見つめ、

不意にトーンを落とした声で問いかけてくる。


「ちょっと気になったことあるんだけどー?」


「何ですか……?」


「ウチが『コハルは春の精霊の思念体』って教えたとき、

 あんま驚かなかったよねー?


「……っ」


突きつけられた質問に、

ニノは喉を詰まらせた。


「……驚きましたよ……ただ」


「ただ?」


「なんとなく……そんな気がしてたんです」


出会った瞬間から、

コハルが放っていた妙に懐かしく、そして儚い波形。

ゲートランドの調律師であるニノの感覚が、

言葉になる前に本能でそれを察知していたのだ。


「ふーん……」


師匠はそれ以上何も追及しなかった。


「……んじゃ、とりま寝るじゃん?」





……何時間ぐらいたったのだろうか?

師匠に「着いたよー♪」と起こされる。


リムジンが静かに停車し、ドアが開く。

外へと一歩を踏み出したニノの目に

飛び込んできたのは――

修学旅行生や外国人観光客で大賑わいの、

華やかな京都の街並みだった。


「はい、京都に着いたじゃん♪♪♪」


サングラスを頭に乗せた師匠は、

完全に観光モード全開の足取りで歩き出した。


「ウチさー、あの鳥居が沢山あるとこ行きたい!

 名前何だったっけ?w」


「え? ……って、

 それ修行ですか!?」


ニノが思わずツッコミを入れた瞬間。

くるりと振り返った師匠の目が、

サングラス越しにスッと細められた。


「……なんや?」


底知れない凄みを含んだ、ガチの広島弁。

同時に放たれた絶対強者としての殺気に、

ニノの全身の毛穴が全開になった。


「ぼ、僕も行きたいと思ってましたァ!!」


ニノは直立不動のまま、

ビシッと右手で親指を立てて震え声で叫んだ。


「だよねー! じゃあ行こっか♪」


かくして、ニノの不思議な観光旅行が幕を開けた。


最初の目的地である伏見稲荷大社に到着し、

どこまでも続く真っ赤な千本鳥居のトンネルを歩いていく。

無数に連なる朱色の鳥居を見上げながら、

師匠がのんきに口を開いた。


「鳥居ってさー、

 神様が通る『神聖な場所への入口』じゃん?

 でもさ、こんなにいっぱいあったら、

 神様に、

『この道を通れよ!オラ!さっさとくぐれ!』って

 命令してるみたいじゃんね。

 だって神様、寄り道できないじゃん!w

 なんか神様より偉い人が鳥居作ってる?みたいな?w」


挿絵(By みてみん)


「それに……思ってた以上につまらないよねぇ~w

 何本ありしまんねん?って感じどすえぇ?w」


毒舌ノリノリの京都弁や…

最悪や…

慌てて とめに入るニノ。


「ちょ!、何言ってるんですか!?」


ここは日本屈指の聖域である。

神前でのあまりにも恐れ知らずな

ギャル特有の偏見発言に、

全身の汗が吹き出る。


周囲にいた観光客たちが、

一斉にギョッ!とした目でこちらを振り返った。


「あ、あははは! すみません!

 ちょっと旅行のテンションで……!

 皆さんも気を付けましょうねぇ~w

 旅先は妙なテンション注意!ですよぉw 」


ニノは意味不明な台詞で

引きつった愛想笑いを振りまき、

周囲にペコペコと頭を下げまくった。


ふと横を見ると、あの小柄な黒服の少女も


「ひぃぃ、申し訳ありません神様、

 皆さまぁっ!」と


目をうるうるとさせて

一緒に頭を下げまくっている。


当の師匠は「ウケるっ!w」と

全く気にせず先へ歩いていく。


冷や汗を拭いながら、

そのままお土産物屋が

ひしめく通りへと連行される。


ニノも荷物を持たされていたが、

後ろを歩く小柄な黒服の少女の手には、

すでに両手から溢れんばかりの

無数の紙袋がぶら下がっていた。


老舗の扇子屋の前に差し掛かった時、

師匠が足を止めて店内の商品を一瞥した。


「んー、どれにしようかなー。

 迷うダルいし……じゃ、この店の扇子、

 全部貰おうかなw」


「全部!?」


ブラックカードで一瞬で決済を済ませる

師匠の背中を見ながら、ニノは呆然と呟いた。


(……これが爆買い。初めて見た。)


「ほら、さっさと持ちなっ!」


「ひ、ひぃぃ……重いですぅ、姐さん……!」


師匠にどやされ、

さらに増えた紙袋に押し潰されそうになりながら、

小柄な少女が涙目でプルプルと震えている。


太陽が傾きかけた頃。

一行は『清水の舞台』の上に立っていた。


「これが清水寺かぁ。

 この抹茶ソフト、最高においしいじゃん♪」


抹茶ソフトを舐める師匠の隣で、

ニノと少女は荷物の重さでハァハァと息を切らしている。

そう呆れ果てていたニノの耳に、

ふと、師匠の意外な言葉が飛び込んできた。


「ここ、大昔はガチで

 地脈調律の中心地だったわけ」


「え? そうなんですか?」


「『清水の舞台から飛び降りる』って言葉、

 知ってるっしょ?」


「はい。一生モノの覚悟を決めるとか、

 重大な勝負をするみたいな意味ですよね」


「意味はそんなに変わらないんだけどさー。

 本当はさ、

 『地脈が大暴走したら、ここから飛び降りながら

  物理エネルギーも乗っけて術式ぶち込め』

 って意味だから」


「え、飛び降りながら術式ですか!?」


「そ。自由落下のGを利用した方が、

 大地の奥底まで魔力の振動がブチ刺さるっしょ?

 昔の調律師、ウケるよねーw」


「飛び降りる、術式……」


現実のことわざと、星脈調律師の歴史。

点と点が繋がるような感覚に、ニノはゴクリと息を呑んだ。

ただ遊んでいるように見えて、

この人は世界の均衡を守る

『調律』の歴史を深く理解しているのだ。





やがて完全に夜が更け、観光客の姿が消えた頃。


師匠がニノたちを連れてやってきたのは、

街外れにある人気のない、

薄暗い地下水路のアクセス口だった。


入口からはコンクリートの不気味な

階段が下に伸びるのが見え、

ひんやりとした空気と共に、

どこか不気味な水の流れる音が頬を伝う。


「……師匠? ここは?」


ニノが問いかけた瞬間、前を歩いていた師匠の横顔から、

昼間の軽薄なギャル笑みが綺麗さっぱり消え失せた。


「まずは地脈の流れを整えること。

 簡単に言うと、この地面の奥底には魔力の流れがあって、

 常に一定量、一定方向で何万年も前から流れているわけ」


「その流れが乱れ始めたら、

 この地表にもおかしな影響が出てくる。

 今のこの世界ではもう乱れまくってて、

 部分的な補修しかできないんだけど……」


「それでも、放ってはおけないんだよね。

 例えばさ、この世界で言われてる『温暖化』とかあるじゃん?

 あれだって、本当は地脈の乱れが原因だから」


「温暖化が……地脈の、乱れ……」


ニノは言葉を失った。ゲートランドの調律師としては、

想像すらしたことのないスケールの話だった。


師匠はキセルをコツンと叩き、

ニノの目を真っ直ぐに見据えた。

瞳の奥の赤が、夜の闇の中で怪しく光る。


「いい? 君がゲートランドで『調律師〜♪』

 とか言ってイキがれてたのはね、

 あっちの地脈が元から綺麗に整ってたからなわけ」


「星脈調律師なんてね、

 地脈から魔力を供給される側。

 地脈が乱れてたら、君は何の役にもたたないよw」


ニノの背筋に戦慄が走った。


「あっちの恵まれた大自然に甘やかされてただけなのに、

 自分の実力だと勘違いして調子に乗ってた君の技術なんて、

 こっちの地脈の乱れた世界じゃ爪楊枝以下なの」


「修行第一弾♪

 まずは自分の周りの地脈の乱れを、

 元の流れに調律じゃん!w」


「自分の周りの、地脈を……」


あっちの綺麗な環境に胡座をかき、

調子に乗っていた自分の慢心を、

真正面から叩き斬られた。


供給されるのを待つんじゃない。

魔力の源泉である

この大地の地脈の乱れそのものを、

力ずくで自分の手で直して従わせる。

それこそが『星脈調律』


「実はこの足元にはさ、京都一巨大な

 地下水脈が広がってるわけ。

 水脈は複雑に環流しててねー。

 まずは全部の地下水の還流を全部逆回りに

 してみてねー!じゃん!w」


「ウチらはこれから、

 その中でも『特にやばい箇所』を

 調律しにいくじゃんw

 ……ってことで☆紅葉!紅葉はいるか!?」


「は、はい!」


黒塗りのリムジンから降りてきたのは、

夜の京都にそぐわない、

驚くほど清楚な少女だった。


綺麗に切り揃えられた黒髪に、

色素の薄い大きな瞳。

本来なら、どこかの私立に通う

お淑やかなお嬢様として、

白いワンピースでも着ている方が

よほどしっくりくる。


そんな彼女が、あえて仕立ての硬い黒の

パンツスーツを着て、無数の和菓子の

お土産袋を両手いっぱいに抱えながら


「ひ、ひぃぃ……」


と涙目で震えている。


そのアンバランスすぎる佇まいは、

通り過ぎる誰もが、

思わず三度見してしまうほどだ。


紅葉と入れ替わるように

ヒラリと身を翻してリムジンの

後部座席へと滑り込んだ師匠。


「紅葉ぃ~、

 ニノの見張り!ヨロ!」


「えっ?」


突然の指名に、お土産袋を両手いっぱいに

抱えた紅葉が素っ頓狂な声を上げる。


「どうせしばらくはできないっしょー!

 できたら連絡してね! じゃんw」


「アドバイスするなら

『相手のルールに合わせるな!』

 でしょ?やっぱw」


バタン!!!


非情な音を立てて

リムジンは走り去っていった。


地下水路入口には、

ニノと、荷物を抱えたままポツンと残された紅葉だけ。


「……行った。あの人、

 マジで俺たちを置いて行ったよ……」



「あ、あ、姐さんから連絡が……」


絶望するニノの横で、紅葉が震える手で

携帯電話の画面を見つめ、半泣きで呟いた。


「えっと……

『ドライブがてら山越えて滋賀に行くよん。

 雄琴温泉最高やけん!

 湯上がりのビール味わってくるけんのー!』

 ……って……」


「温泉旅行に行きます…………だとっ!?」


「うぅっ……

 私も温泉入りたかった……グスン」


紅葉は目をうるうるとさせて、

すかさず半泣きでニノにすがりついた。


「あ、あのっ! 早く、

 『修行第一弾』水流の調律を成功させてください!

 じゃないと温泉に行けません!

  お願いしますぅぅ!」


必死に涙をこらえながら泣きついてくる紅葉。


(シュールな光景すぎて何も言えん…)


ニノはもう後がないことを悟り、

漆黒の地下水脈に向き合うのだった。


伏見稲荷最高です。毎日行ってます(嘘)

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