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17/19

17 興奮すると広島弁じゃけど、なんなん?

現代日本・渋谷――。

薄暗い路地裏の雑居ビル。

ここは秋の精霊軍

玩秋組がんしゅうぐみ』の事務所だ。


ゲートランドでの張り詰めた静寂が嘘のように、

窓の外からはスクランブル交差点の騒音と、

大型ビジョンの喧騒が地響きのように微かに伝わってくる。


「――で、次の作戦なんだけどぉw」


ソファでキセルから紫煙をくゆらせ、

怠そうに足を組んでいる和装の女──

霜月しもつき照紅しょうく』が、

何でもないことのようにさらりと切り出した。


「??????」


目の前に立つニノは、

あまりの温度差に言葉を失い、

頭の上に無数の疑問符を浮かべて立ち尽くした。


ゲートランドを禁呪で追放され、

死に損なってこちらの世界へ流されてきて、

まだ自分の状況すら掴めていないのだ。


「あぁ!あとさ、これからはウチのこと、

 気軽に『ししょう』って呼んでよね!w」


「…………」


突然の提案にも、ニノはまだ声が出ない。

ただ戸惑うニノの様子など気に留める風もなく、

照紅(以後:師匠)はニヤリと笑い、キセルを彼に向けた。


「そう、いい返事!w」

 

まったく返事していないけど……

あまりの師匠のマイペースぶりに

戸惑うニノ。


「まず、君。

 お務めご苦労さんじゃん!w」


「……え? お務め?」


ニノがようやく、

かすれた声でそう呟いた瞬間だった。

彼の後ろに控えていた黒服の子分たちが、

一斉に「お疲れ様でした!」と

力強く、深くお辞儀をする。


「どーやったかわかんないけど、

 単身であっちに乗り込んで!w

 冬の禁呪くらって生きて戻ってくるとは、

 マジですごいよねっ!超ウケるんだけど!!w」


「ハッ、姐さんのおっしゃる通りです!

 『深冬邪党』のど真ん中に単身突っ込み、

 生きてこちらのナワバリに戻られるとは……!

 兄さん、マジで鉄砲玉の鑑にございますッ!」


黒服の子分たちが感極まって

ニノに最敬礼を捧げる。


「は……? 兄さん? 鉄砲玉……??

 いや、俺はただ負けて、

 向こうの世界から追い出されただけで……」


「いい?

 ウチの計画は超シンプルよんw」


……師匠、俺の話

まったく聞いていない。


「私の『秋の精霊様の調律』と、

 君の『春の精霊様の調律』で、

 異世界にカチコミ(殴り込み)じゃん!w」

 

「とりま君はもう少し強くならないとだけど、

 2つの力だと楽勝じゃねー? w

 一緒に冬の精霊のタマ(命)とりに

 行くよっ!!」


「…………。すみません……

 まったく意味がわかりません」


師匠のキセルからポロッと火種が落ちる。

シーンと静まりかえる黒服の子分達。


「なっ!! どういうことっ!?

 あんた、

 なんしに異世界までお礼参りに行ってきたのよ!?

 『YOUは何しに異世界へ!?』じゃん!?」


師匠はガタッと立ち上がり、

ニノのあまりの無知っぷりに心底驚いたように

キセルの先端を突きつけた。


後ろの黒服の子分たちも

「えっ、知らないままで特攻を……!?」

と、ザワザワと動揺し始める。




「ふーん……何も知らされずに

 利用されてたわけかぁ……」



師匠の口元から、ふっとギャルの笑みが消える。

キセルの煙の向こう側、その赤色の瞳が、

冷徹な極道のそれに切り替わった。


「――ほんま、ゲートランドの上層部らは

 人の使い方が下手くそすぎて使えんけんのー。

 あいつら、人を何じゃと思うとるんよ。

 ……反吐が出るけん」


ぽつり、と吐き捨てられた、

低く怒気を含んだ広島弁。

部屋の空気が一瞬にして凍りつき、

後ろの黒服たちが

『姐さんの逆鱗に触れた』と直感して

サッと背筋を正した。


師匠は大きくため息をつきながら

ソファにドカッと座り直すと、

テーブルの上のコップを4つ、

指で弾きながら並べてみせた。


「ええか、耳の穴かっぽじってよう聴きなよ。

 この世界にゃあ季節が4つあるんじゃ。

 やったら、それを裏で支える

 『各季節の精霊さん』も『各季節の精霊軍』も

 4つあるんが、この世界のすじ

 っちゅうもんじゃろうが……なぁ?

 ………返事わぃ!?」


「は、はいっ! 師匠!」


(これ、あかんやつや……

 わからんとは言えないやつや。

 この人、怖い…)


ニノは物語が始まって以来、最大の恐怖を覚えた。


師匠はコップを一つずつ指さしていく。


「春の軍『一番いちばん』、

 夏の軍『常夏衆とこなつしゅう』、

 そして、ウチら秋の軍『玩秋組がんしゅうぐみ』、

 そして冬の軍『深冬邪党みふゆじゃとう』。

 それぞれの軍には、世界の根幹を成す『四季の精霊さん』が

 一人ずつおるわけや……」


「はいっ!!」


「まだ話している途中やけん!!黙りゃあ!!」


「……......はぃ」


「で、君の相棒だったコハルは、

 その春の精霊の思念体──

 そう、分かりやすく言えば、

 君の見ていたコハルは

 『春の精霊の心』だけってことw」


徐々に怒りが冷めてきたか、元の?

ギャル語に戻っていく師匠。


「実はさ、あの子が時々こっちの世界に

 ひょっこり迷い込んできてた頃、

 ウチ、何回か一緒に遊んであげてたんだよねー☆」


「最初に出会った時、あの子、

 自分の名前も『春の精霊』だってことも、

 ぜーんぶ記憶なくしちゃっててさ」


「春の精霊がそんな状態で思念体として

 現れたから、さすがのウチも正直チョー驚いたわけ。

 辛い目に遭ってきたのも知ってるしねぇ……」


「……え?」


師匠の口から出た言葉に、

ニノは思わず声を漏らした。


「そこは乙女のプライベートじゃん!

 ひ・み・つw

 まあ、おいおい教えてあげるって!w」


そう言って、照紅はキセルを口にくわえたまま、

ニヤリと艶やかな笑みを浮かべた。


「で、まーそんな感じだたからぁ、


『とりま難しいことは考えずに、まずは遊ぶっしょ!?

 コギャル道を教えちゃるけんのー!』

 

 って感じで、ウチが色々叩き込んであげたのさっ」☆


ちなみに思念体に『コハル』って

名前をつけたのは師匠だった。

由来は「春の精霊の思念体」だからという

単に思いつきだというが……


「だけどさ、あっちの世界でコハル

 が消えちゃったあの瞬間――」


照紅はふっと寂しげに、

だが愛おしそうに目を細めて、

宙を見つめた。


「あの時、コハルが脳ミソの奥からすんって

 消えたのをリアルタイムで感じたわけ。

 あ、あの子、消えちゃったんだ、って」


照紅はキセルをコツンとコップの縁に当てた。


「思念体が消えちゃったのはさ、

 あの子がホントに死んだワケじゃなくて、

 中身の魂──星脈の根幹が、

 『時空の狭間』に強制逆流させられただけ。

 ま、要するに元の体に戻ったってことじゃん?w」


「時空の、狭間……?戻る?

 じゃあ、あいつは……

 コハルは生きてるんですか!?」


ニノが前のめりになって叫ぶ。


「そう。

 あっちとこっちの境界線のチョー中間地点。

 要するに──生き返らせる手がかり、

 ワンチャンそこにあるってコト☆」


「だったら……!

 コハルを救い出す方法は!?」


すがるような、焦れたようなニノの問いに、

師匠はキセルをくわえ直してあっさりと笑った。


「それは秋の精霊様を

 お救いしてからじゃーんw」


「え……?」


「順番を間違えちゃダメ。

 君単体の出力じゃ、コハルのいる深層まで届かない。

 まずはウチの秋の精霊様を解放して、

 その絶大な調律の権能をウチらに

 バックアップしてもらわなきゃ話にならないの」


「じゃあ……秋の精霊様さえ救えば、

 コハルをどうやって異世界の時間軸に戻すのか、

 その方法は教えてもらえるんですね!?」


「あ、それ?

 ――方法はわからない」


「はぁッ!? わからないって、それじゃ──」


ガタッと椅子を引き、

ニノの顔にまた絶望の影が差し込もうとした、

その瞬間。


バキィィィン!!!


「できないことは絶対ないけんのぉぉ!!!!!」


師匠が立ち上がり、

猛烈な勢いで灰皿を叩き割った。

凄まじい地鳴りのような衝撃波が事務所を揺らし、

黒服たちが慣れた様子でサッと物陰に隠れる。


「方法がないなら、ウチらが作れば

 ええだけの話じゃろうが!!!!のぅ!?」


バキィィィン!!!


今度は机をたたき割る。


師匠の瞳の奥で、秋の深紅の魔力が、

本物の劫火となってメラメラと燃え上がっていた。

その圧倒的な覇気と、突然の激しい広島弁の怒号。


「(し、師匠は、怒った時だけでなく、

 興奮したときも広島弁になるんだ……)」

ニノは息を呑む。


「何が冬の禁呪じゃ! 何が深冬邪党じゃ!

 あいつら冷血漢どもに、ご先祖様も含めて

 これ以上コケにされてたまるかっ!!

 ぜってーに『秋と春の精霊様』を救い出して、

 冬の精霊にでっかい一泡吹かせちゃるけん!!!!」


キセルを真っ赤に引き絞り、

目に凄まじい炎を宿して吠える師匠。


あまりの熱量に、ニノはただただ

圧倒されながらも、その言葉の裏にある

「何が何でもやってやる!!!!!」

という絶対的な意志に、自らの胸の奥の火種が

強く共鳴するのを感じていた。


ここで初めて、

ニノの口から覚悟に満ちた言葉がこぼれ落ちる。


「……っ、師匠!」


その名は、もう迷いではない。

コハルを救うために、この熱く、狂おしく、

どこまでも心強い師匠のもとで、

どんな地獄でも這い上がるという

確固たる契約の証だった。


「……だけどさ」


一瞬で元の極道ギャルに戻り、

キセルの煙をふぅーっと吐き出す師匠。


「今の君の爪楊枝みたいな

 細くて薄っぺらい『調律』の技術じゃ、

 その狭間に指一本触れることすらできないじゃん?w

 コハルの魂に手が届く前に、君自身の魂が

 時空の圧力でグズグズに潰れておしまいだよぉw」


「だったら……っ!?」


ニノが拳を握りしめ、身を乗り出す。


「どうすればいいんですかっ!?

 どんなことでもやります。

 俺に…俺に、コハルのところまで届く力をくれ……!」


その必死な眼差しを見て、

師匠は再び、ニノが惹き込まれるような、

艶やかな笑みを浮かべた。


「いい返事。そうこなくっちゃw」


師匠は立ち上がると、ポンッとニノの肩を叩いた。


「ま! 難しい理屈とか細かいことは、

 ぜーんぶ後回し☆」


「え? 後回しですか?」


「あったり前じゃん。座学なんてウチの柄じゃないし。

 とにかく! ウチら霜月のご先祖様が3000年間温めてきた

 『秋の調律術』を君の体に直接ブチ込んで、

 冬の禁呪だろうが世界の壁だろうが、

 全部自分の都合のいいようにぶっ壊せるようにしてあげるw

 そしたらカチコミかけ放題じゃん☆」


「……全部、ぶっ壊す?」


ニノは、自分の手のひらを見つめた。

冬に敗れ、コハルを消され、追放された無力な自分。

だが、あいつらの理不尽なシステムそのものを

力ずくで書き換える力を手に入れることができる!


「やります!

 俺に、その調律ってやつを教えてください!」


ニノの瞳の奥で、

かつてない青い調律の炎が、

静かに、しかし熱く灯る。


それを見た照紅は、

満足そうに真っ赤な唇を吊り上げた。


「姐さん、荷物の積み込み

 完了いたしましたッ!」


「兄さんの分の特攻服とサラシも

 バッチリ車載してありますッ!」


物陰からサッと戻ってきた黒服の子分たちが、

どこからどう見ても『これから喧嘩に行きます』

というフル装備で敬礼する。


「ちょっと待ってください!

 どこに行くんですか!?

 修行ですよね!?」


「あったり前じゃん☆」


照紅はニノの肩をガシッと抱き寄せ、

満面のギャルスマイルを浮かべた。


「さあ、いくけん!? 準備しーや!」


「……え? どこに?

 ……

 師匠……今、広島弁ですね。

 いつの間にか......」


ニノが完全に引きつった顔で

首を傾げた瞬間、師匠は牙を剥くような

獰猛な笑顔を咲かせた。


「そんなもん地脈地獄の旅に

 きまっとろーが!!」



師匠のノリが好きです。

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