16 ・・・新四天王だが、・・・何だ?
「がははは! いいかお前ら、
城の連中が裏で何を企んでようが、
お前らはただのDクラスだ!
難しい厄介事には絶対に首を突っ込むな!
面倒な政治のタライ回しなんざ無視して、
ただお城で美味い飯を食って
ダラダラ贅沢することだけ考えてろ!
これがギルド長としての絶対命令だ!」
ギルド長オーウェンが、頼もしい体躯を揺らし、
豪快に笑いながら4人のDクラスパーティーに
向かってそう言い放つ。
『とりあえず難しいことは後回しだ!
お前らみたいな若者は経験も大事だぜ!
いろいろ勉強してこい!』
オーフェンの、不器用な優しさを受け、
Dランクパーティーの4人はお気楽に
『近衛兵の応援』として王城へとやってきていた。
もともと、
国のために剣を振るうプライド高き「近衛兵」と、
荒くれ者の集まりである「冒険者ギルド」は、
ことあるごとに衝突する犬猿の仲として知られている。
そのため、
当初こそ「ギルドからの急な応援」として
お城にやってきたザードたちに対し、
『チッ、ギルドの野良犬どもが
王城を嗅ぎ回りに来やがったか』
と、近衛兵たちはピリピリと張り詰め、
怪訝そうに身構えていた。
だが、ザードたちの裏表のない自然体な
態度を前に、その高い警戒心の壁は長くは
持たなかった。
「こんにちわー♪」
いつも元気で底抜けに明るく若い4人は、
大した時間もかからずに城内の人々へと打ち解けていき、
気がつけば犬猿の仲という高い壁をいとも簡単に飛び越えて、
今や近衛兵たちのアイドルのごとく
皆に愛される人気者となっていたのだ。
近衛騎士団長アルバドにいたっては、
「君たち、冒険者を辞めて
我が騎士団へ来ないか?」
と真剣に勧誘をするほど
気に入ってしまっていた。
だが、そんな人気者の彼らが
『自主的に警備兼看病』をかって出たのは、
この特別病室に運ばれてきた二人の
凄惨な状況を知ったからだった。
数日前。
夏の精霊軍『常夏衆』の筆頭・カゲロウが
ロードランドに到着した瞬間、
城門前は騒然となった。
カゲロウは瀕死の重傷を負い、
全身から血を流しながら、
同じく瀕死のルナをその腕に固く抱いたまま、
一歩を踏み出した瞬間に糸が切れたように気絶した。
文字通り命を削り、魂の力だけで、
何が何でもルナをここまで運び届け、
気力も体力も尽きたのだ。
その壮絶な姿を見たからこそ、
4人はオーフェンの「ダラダラしてろ」という忠告を、
彼ららしいお節介で解釈して病室に居座ったのだった。
現在の病室。
カゲロウはベッドの上で、いつもの常夏衆の
厳めしい頭巾や仮面をすべて外し、
真っ白な包帯を巻かれて横たわっていた。
「な、なに……!?
超イケメンじゃん……ッ!!!」
仮面の下の、切れ味の鋭い、
それでいてどこか憂いを帯びた彫刻のような
カゲロウの素顔を見て、シーフのマリーが
息を呑んで顔を真っ赤にする。
「おいマリー、不謹慎だぞ」
大盾のザードが呆れたように
マリーの肩を軽く小突き、
ベッドの横に静かに歩み寄る。
カゲロウは、ゆっくりと重い瞼を開けた。
朦朧とする意識の中で、見知らぬ冒険者たちが
自分を覗き込んでいることに気づき、
本能的にシーツの下で体を強張らせる。
守らなければ、という敵意と警戒が、
彼の鋭い瞳に一瞬だけ宿った。
「動かない方がいいですよ。
傷が開きます」
そう言って、不気味な黒い魔導書を
パタンと閉じたのは、死霊術士のレイスだった。
レイスは冷たい手でカゲロウの額にそっと触れ、
熱を確かめる。
「あなたの体、まだ『あっちの世界』に
半分足を踏み入れてます。僕の友達たちも
『このイケメンはまだこっちに連れてきちゃダメ!』
……って怒ってますから、大人しく寝ててください」
「君……たちは……」
掠れた声で呟くカゲロウ。
いつもの鋭い覇気はなく、
声は酷く弱々しい。
「俺たちはDランク冒険者。
ギルド長から『ここでダラダラしてろ』って
命令されている。看護と警備担当さ」
ザードがへらりと笑い、
カゲロウの緊張をほぐすように
肩の力を抜いてみせた。
「あんたが命がけで守ったお姫様なら、
俺の盾がある限り、何人たりともここから先は
指一本触れさせやしない。だからさ、
今は安心して眠ってくれよ、
忍のにーちゃん」
ザードが胸の前に構えた大盾を軽く叩き、
不敵に、だが最高に頼もしい笑みを
浮かべてみせた。
「出た。
ザードの意味の無い自信」
それまでカゲロウの素顔に見惚れていたマリーが、
一瞬で現実に引き戻されたような顔をして、
心底あきれたように言い放つ。
「…………」
カゲロウは、ザードの濁りのない真っ直ぐな瞳を見つめ、
それから小さく息を吐き出して、ゆっくりとベッドに
深く身を沈めた。
差し出された温かい白湯を、
マリーが顔を真っ赤にしつつスプーンで口元に運ぶ。
カゲロウは無言のまま、それを静かに受け入れた。
一方、病室の隅。
神官のシルエッタは、ベッドの横の丸椅子に座り、
体育座りで完全に心を閉ざしているルナの前にいた。
ルナは、コハルの消滅やニノの追放、
そして何よりも、自分の流した血のせいで、
大好きなお姉様が狂い、闇へと堕ちてしまったことへの
凄まじい後悔と自責の念に押し潰され、
一言も喋ることができなくなっていた。
(私の血のせいで……私が、
お姉様をあんな姿にしてしまった……)
そんな呪いのような自問自答を繰り返し、
虚空を見つめるルナの瞳には、
光が一切宿っていない。
シルエッタは、そんなルナに無理に
話しかけようとはしなかった。
ただ、お城の厨房から「ちょっと失敬してきた」という、
温かいカボチャのポタージュスープを器に注ぎ、
ふーふーと息を吹きかけて、ルナの前にそっと置く。
「ルナ様。お祈りも大事なんですけどね、
神様は『お腹が空いてると声が届きにくいよ』
って言うんです」
シルエッタは、
ルナの小さな手をそっと両手で包み込んだ。
ぽかぽかと温かい、回復の祈りの体温が、
ルナの冷え切った指先に伝わっていく。
「何も言わなくて大丈夫です。
泣きたくなったら、
私のこのローブ、ちょっと安物ですけど、
いくらでも涙で濡らしていいですからね。
……あ、でも、スープが冷めちゃう前に、
一口だけ、ね?」
「……う、……ぅ……」
ルナの瞳から、堪えていた大粒の涙が
ポロポロと溢れ出し、温かいスープの表面に
波紋を作った。
シルエッタはそれを優しく、
ただただ静かに抱きしめるのだった。
……一方、冬の精霊軍
『深冬邪党』
の王城内にある、氷結の宮殿……
一切の生命の拍動を拒絶する絶対零度の領域。
四方にそびえ立つ氷の柱が、
青白く、不気味に光を反射している。
凍てつく玉座へと続く階段の下、
氷晶将グレーネは、誇らしげに胸を張り、
片膝をついていた。その表情には、
最大の敵であった人間の調律師一行を
この世界から排除したという、
絶対的な勝利の確信と傲慢な笑みが浮かんでいる。
『 ――よくやりましたね、グレーネ 』
玉座の奥から響いたのは、
脳髄まで直接凍りつくような、
絶対的な上位者である冬の精霊の声音。
その響きには、珍しく明らかな
満足感が含まれていた。
『……目障りな調律師を追放し、
あの春の思念体を完全に消去しました。
我が『深冬邪党』の悲願へ、
大きく前進したと言えます』
「は、ハッ……!
ありがたき幸せ……ッ!」
グレーネが、安堵と、他の四天王たちへの
優越感が混ざった声をあげる。
チラリと背後の仲間たちを見やるその目は、
「見たか!私の圧倒的な成果を!」
と語っていた。
物理至上主義の四天王、氷剣王ロドンは大剣の柄に
手をかけたまま、忌々しげにフンと鼻を鳴らす。
派手な扇で口元を隠した氷雪将ヨルダも、
きつい化粧の目をさらに吊り上げて悔しそうに身をよじった。
二人の反応に、グレーネの全能感は最高潮に達する。
黒紫のフードを深く被った氷魔道王ジゼルは、
相変わらず禍々しい気配を漂わせたまま、
完全な沈黙を守っていた。
だが、
その平伏するグレーネの背後。
氷結の宮殿の扉が、音もなく、
ゆっくりと開かれた。
そこから歩み入ってきたのは、
夜の闇を溶かしたような漆黒の甲冑に
身を包んだ騎士。
かつてゲートランドの近衛騎士として
光の側にいたはずの、エルザだった。
その瞳には一切の光が消え失せ、
底知れない暗黒が宿っている。
彼女が一歩を踏み出すたびに、
足元からピキピキと禍々しい氷の結晶が這い回り、
ロドンやヨルダすら肌を刺すような
未知の冷気が広間を支配していく。
「誰だ、貴様は……!
主の御前であるぞ!」
ロドンが最敬礼の姿勢のまま、
鋭い視線をエルザへと向ける。
ヨルダもまた、その尋常ならざる冷気の気配に、
派手な扇を持つ手をピクリと震わせた。
玉座の奥から、
くすくすと低く冷たい笑い声が響いた。
『怯えないでください、我が忠実な部下たちよ。
彼女はゲートランドの「光」を裏切り、
我らに忠誠を誓った新たな刃──エルザです。
これからは彼女を5人目の幹部として迎えましょう』
「5人目ですとっ……!?」
グレーネがバッと顔を跳ね上げる。
ようやく主から手に入れた「最高の栄誉と功績」
そこに、自分が冬の戦力として引き込み、
この宮殿へと連れてきただけのはずのエルザが、
まさか自分と同格の「幹部」として並び立つという事実に、
彼女の血の滲むようなプライドが限界を迎えた。
「主に選ばれし冬の精霊軍『深冬邪党』の最高幹部は、
我ら『四天王』のみ! 私が直々に連れてきてやった
ただの裏切り騎士の分際で、5人目の幹部などと……
私と並び立とうなど、ふざけるなッ!」
グレーネが怒り狂い、
氷晶の魔力を引き絞って立ち上がろうとする。
だが、エルザは一瞥もくれず、
ただ静かにグレーネとの距離を詰めていく。
「私が連れてきてやった恩も忘れ、
主の御前でその不遜な態度とは!!
この私が直々に調教し直して――」
「静かにしろ、不純物……」
エルザの声は、
ロドンやヨルダの背筋をも凍らせるほどに、
完全に感情が死に絶えていた。
カチン、
とエルザの右手が、
腰の漆黒の長剣の柄にかけられる。
「な、に……!?」
「私に指示を下せるのは、我が主のみ。そして――」
エルザの瞳の奥で、冬の精霊さえも凌駕しかねない、
闇堕ちした騎士の黒い魔力が爆発的に渦巻いた。
「お前の言う通り。四天王に5人目は不要」
黒の閃光。
グレーネが防御の障壁を張るよりも、
その場にいるロドンやヨルダが動くよりも早く、
絶対零度の黒い一閃が宮殿を横裂した。
吹き荒れた吹雪が止んだとき、そこにいたはずのグレーネは、
叫び声をあげた形のまま美しく凍りついた氷像と化していた。
大金星をあげた誇らしげな顔は、恐怖の形相で完全に凝固している。
エルザは一瞥もくれず、
長剣をカチンと鞘へと戻す。
その音と同時に、グレーネの氷像は音もなく、
ただの細かい氷の粉となって床に崩れ落ち、
消え去った。
「…………ッ!?」
ヨルダが息を呑み、
派手な扇で口元を強く押さえる。
ロドンは床に膝をついたまま、
自らの大剣の柄を握る手に
凄まじい力がこもるのを感じていた。
一瞬で、最大の手柄を立てたはずの一角を
塵にした圧倒的な戦闘力。そして、
主の御前での容赦なき即座の粛清。
あの不気味なジゼルですら、
フードの奥の闇をわずかに揺らしたように見えた。
玉座の奥の影が、
再び愉しげに、低く笑った。
『フフ……素晴らしい。
四天王は、やはり4人でなくては美しくないですね。
……認めましょう、エルザ。今日からあなたが、
新たな四天王です』
エルザは無言のまま、
崩れ散ったグレーネの塵を踏み締め、
玉座に向かって静かに頭を垂れた。
「――四天王 漆黒の勇者エルザの誕生です」
静まり返った氷の宮殿に、彼女の冷酷で、
どこか嘲るような低い呟きだけが響き渡る。
氷剣王ロドン、氷雪将ヨルダ、氷魔道王ジゼル、
そして、かつての手柄を立てた功労者を完全に葬り去り、
新たな闇の象徴となった『漆黒の勇者エルザ』
こうして、不純物を排除した「本当の四天王」の陣形が、
血と氷によって、ここに誕生したのだった。
面白いですか?つまらないですか?
リアクションしていただければ非常に助かります。
書いていると本当にわからなくなります。




