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15 玩秋組(がんしゅうぐみ)やけど、何じゃ!?

「俺の前で、そんな汚い呪いが

 いつまでも通用すると思うなよ。

 ――今すぐその歪んだ理、

 根底からすべて書き換えてやる」


ニノがそう吐き捨てたと

同時に、彼の瞳から放たれた

青い神聖な光が、

王の間全体を埋め尽くした。


エルザとルナの身体を縛り、

二人の間で交互に流れ、

不気味に蠢きながら

入れ替わっていた赤黒い血の呪い。


その悍ましい呪いの回路に、

ニノの青い魔力が真っ向から

割り込み、侵食していく。


ニノが行ったのは、

単なる力任せの呪詛の破壊ではない。

彼はまず、この世界の根底を流れる

広大な星脈へ直接その意思を介入させ、

溢れ出す膨大な『命流』の奔流を

強引にその手の中に収集した。


行き場を失い激しくうねる大地の生命エネルギーを

一滴残らず掻き集め、瀕死のルナの身体へとそっくり

そのまま譲渡して還流させていく。


「なっ……!?

 術式が、内側から

 拒絶反応を起こして

 消えていく……だと……!?」


冬の精霊四天王の一人、

グレーネが信じられないものを

見るかのように目を剥き、

驚愕の声をあげる。


それと同時にニノは、

ルナの肉体を内側から容赦なく

凍りつかせていた極悪な

『氷呪術の術式』そのものを

視界に捉えていた。


複雑怪奇に絡み合う

氷の凍結文字を瞬時に紐解き、

その術式の配列を青い光で上書きし、

全く別の無害な理へと次々に書き換えていく。


そして、ニノの咆哮とともに、

呪縛の魔法陣は完全に光の塵となって霧散した。

二人の間を循環していた最悪の血の呪縛、

構造そのものを変質させられた氷呪術のすべてが、

ニノの手によって根底から完全に解除されたのだ。

世界そのものの理を統べるような超高度な調律を、

覚醒したニノは顔色一つ変えずに、

涼しい顔で平然と成し遂げてみせた。



だが、呪いの進行が止まったからといって、

すべてが解決したわけではなかった。

床に横たわるルナは、

すでに限界まで命を吸い上げられており、

その肌は氷のように白く、心臓の鼓動は

今にも止まりそうなほどに微弱だった。


ニノはすかさずルナの元へと滑り込み、

星脈からの命流の譲渡を途切れさせることなく

継続する。一刻の湯予もない。


そして、さらに最悪な事態が彼らを襲う。


「――邪魔者を排除する」


血の繋がりを絶たれてもなお、

冬の精霊の強大な闇の

オーラを全身から噴き上げるエルザ。

彼女は虚ろに濁った瞳のまま、

一切の私情を排した完璧な騎士の構えで

愛剣を突き出し、目の前にいる仲間たちに

向かって容赦なく襲いかかってきたのだ。


「エルザ――ッ!?」


闇に染まりながらも、

洗練された無駄のない剣技で

襲いかかるエルザの姿に、

コハルが悲鳴をあげる。


「コハル! カゲロウ!

 一旦エルザから離れろ!!」


ルナへの星脈の命流操作に集中しながら、

ニノが背後へ向かって鋭く叫んだ。


「くそっ、エルザ殿!

 目を覚ましてください……!」


カゲロウが叫び、

刀の腹でエルザの放つ

猛烈な剣撃を受け止める。


キィン、と高い金属音が響き、

激しい火花が王の間の闇を照らした。

闇堕ちしたとはいえ、エルザの剣は

王国最強と謳われた正統なる騎士のそれだ。


一切の手加減も油断もなく、

急所だけを冷徹に狙ってくるその猛攻を、

カゲロウとコハルの二人だけで

食い止めなければならない。

だが、死線を進むような

その剣技の重圧は圧倒的だった。


「エルザ! 待って、

 ウチだよ! コハルだよ!」


コハルが涙を流しながら、隙のない突きを

繰り出そうとするエルザの前に立ちはだかった。


「……死ね」


低く、温度のないエルザの声。

その瞳には、かつて優しく仲間を

気遣っていた姉としての面影は微塵もなかった。

ただ目の前の敵を討つという騎士の義務だけが、

闇の意思によって駆動している。


「何言ってるの!? 諦めないよ!

 また一緒に服買おうって言ったじゃん!

 アンコ包み焼きも買いに行くって

 ……泡泡スライムで一緒に遊ぶって、

 あんなにたくさん約束したじゃんか……っっ!!」


コハルは叫び、

エルザの身体を抱きしめようと両腕を広げた。

だが、その切なる願いが届くことはなかった。


冷酷に、迷いなく、エルザの闇の刃が

最速の軌道で突き出され――

無防備なコハルの胸を、容赦なく深く貫いた。


「え……る、ざ……?」


ドサリ、と倒れるコハル。

だが、そこから流れたのは赤い血ではなかった。

コハルの傷口から、きらきらとした淡い、

春の木漏れ日のような光の粒子が溢れ出し、

彼女の身体そのものが水面に映る月のように

揺らめき始める。


「なっ……!? 貴様、

 人間ではないな……!?

 思念体か!」


勝ち誇っていたグレーネが驚愕の声をあげる。

その瞬間、それまで完璧に戦況を支配し、

顔色一つ変えずに涼しい顔をしていた

ニノの表情が、初めて激しく崩れた。


「コハル―――ッッ!!!」


ルナの治療を終えたニノは、我を忘れて叫び、

弾かれたように床へ膝をついてコハルを抱きしめた。

その傷口に両手をかざし、

狂ったように星脈の命流を注ぎ込む。

この世界の理のすべてを書き換えてでも、

彼女の消滅を止めようと、ニノの瞳の青い光が

かつてないほど激しく爆発する。


「嫌だ……消えるな!

 頼むから消えないでくれコハル!

 待ってろ!俺が全部元に戻して

 やるからな……っ!!」


必死に光の粒子をかき集めようとするニノの腕の中で、

コハルは涙を浮かべながら、消え入りそうな声で、

優しく微笑んだ。


「ウチ、もうだめみたい……。

 ありがと。ニノ.......

 エルザを、よろしくね……☆」


いつもの、ふざけたような、けれど愛おしい

「☆」

のニュアンスを最後の輝きに残して、

コハルは完全な光の塵となり、

ニノの指の隙間をすり抜けて消滅した。


「あああああッッ!!!」


だが、絶望に暮れるニノの足元で、

突如として王の間の石床がどす黒い紫色の光を放ち、

見たこともない禍々しい

幾何学模様の魔法陣が浮かび上がる。


「なっ……!何だこれ……!?」


「ハーーーハッハッハ!!

 見事に呪いを解いてみせたな!

 だが、それがお前の命取りよ!!」


王の間の玉座の陰から、

グレーネの耳障りな高笑いが響き渡る。


「万が一、エルザとルナ、

 片方でも呪術が解除された時に発動する、

 もう一つの禁呪――

 それこそが、時空を穿ち世界の外へと

 追い落とす『異世界追放』の術式よ!!」


「しまっ……た……! 解除そのものが、

 起動の引き金だったのか……っ!」


ニノは歯噛みした。

彼が星脈の命流を操り、ルナにかけられた

氷呪術を完璧に書き換えて解除した瞬間、

その術式の崩壊エネルギーをトリガーにして、

裏に潜んでいた『追放』の術式が自動的に、

そして不可避に起動してしまったのだ。


どれだけニノの魔力に余裕があろうと、

書き換えに成功したという「結果」そのものが

起爆剤となっている以上、この発動を止める術はない。

ニノの身体が、足元から徐々に光のノイズのように

半透明になり、この世界から消失しかけていく。


その光景を見たグレーネは、己の策略の完璧な成就に、

その醜い顔をこれ以上ないほど歓喜に歪ませた。


「は……ははは、

 やった。天災を葬った!!」


グレーネは狂ったように天を仰ぎ、

耳障りな笑い声を王の間に響かせる。


「これでこの前の失態もチャラだ!

 冬の精霊様にお褒めの言葉をいただける!

 我の成果だ!!

 我が、あの人間どもを出し抜いて

 やったのだァァァハハハハ!!」


狂喜乱舞するグレーネの声が、

光に包まれゆくニノの耳に届く。

ねじれる視界の向こう側――

次元の裂け目の闇に、

冷徹な微笑を浮かべてこちらを

見下ろす影があった。


(あ、あいつか……

 魔力の流れの桁が違いすぎる……っ!)


そこにいたのは、

全てを裏で操る四天王ジゼルの姿だった。

グレーネはただの実行犯。これほど狡猾で、

世界そのものを揺るがす二重呪術の起動エネルギーを

裏から莫大に注ぎ込んでいた真の供給源は、

四天王ジゼルだったのだ。


「ニノ殿――ッ!!」


異変に気付いたカゲロウが手を伸ばすが、

ねじれる空間そのものが拒絶し、

触れることすらできない。


黒幕の正体をその目に焼き付けたニノは、

残された最後の力を振り絞り、

カゲロウに向かって絶叫した。


「来るなカゲロウ! 逃げろ!

 ここにいたらお前まで消される!!

 まずはグラッドだ! ゲートランド王城へ戻れ!」


「くっ……そたれがぁぁぁーーーッッ!!」


カゲロウは歯を食いしばった。

怒りに任せてグレーネに突撃すれば、

確実に自分も巻き込まれて全滅する。


今ここで自分が死ねば、


残されたルナは誰が守る?


エルザは誰が連れ戻す?


ニノのあの決死の叫びを、

無駄にするわけにはいかない。


「う、あああああッッ!!」


カゲロウは溢れ出る涙を拭うこともせず、

悔しさに顔を歪めながら、

全力で撤退すべく激しい地蹴りを見せた。


ニノの意志を継ぎ、生き延びるために。


親友の泣きながらの決断をその目に焼き付け、

ニノの意識は完全に暗黒の深淵へと叩き落とされた――。








重力という概念が消え去った無限の暗闇。


ニノの身体は、光の届かない虚無の中を


どこまでも落下していく。


(……ああ、この感覚。知っている)


脳裏に、あの日の記憶が鮮烈に蘇る。


あのときも、俺はこうして真っ逆さまに落下していた。


あの時は、どこまでも澄み切った青い空が広がっていた。

顔を打つ風は冷たくて、どこか新緑の匂いがした。

下を見下ろせば、息を呑むほどに美しいエメラルドグリーンの森と、

地平線の先まで続く広大なファンタジーの大地が広がっていて、

得体の知れない恐怖と同時に、どこか高揚感があった。




だが、今は違う。




暗闇を突き抜けたニノを包み込んだのは、

狂ったような熱気と、肺を不快に満たす

不衛生な排気ガスの匂いだった。


顔を打つのは爽やかな風ではなく、

アスファルトの照り返しを含んだ、

妙にぬるくて生暖かい、

まとわりつくような空気。


眼下に見えたのは――

美しき自然の大地などではなかった。


冷徹にそびえ立つ、

巨大なガラス張りの高層ビル群。

太陽の光を無機質に反射する、

コンクリートと鉄の檻。


無数の人々がアリのようにひしめき合い、

互いに目も合わせずに行き交う、

あまりにも灰色で、

泥臭いスクランブル交差点。


「ぐ、あぁッ……!!」


ドサッ!!!


激しい衝撃と共に、

ニノは硬いアスファルトの地面に叩きつけられた。

全身に走るコンクリートの鈍い痛み。

耳を劈くのは、風の音ではない。


『〜♪~家電のことなら!ノダ電気!~♪』


『あはは、ウケる〜! マジで?』


『ププーーーッ!!どこ見てんだっ!?死にてーか!?』


見上げるニノの目に映ったのは、

そう、渋谷スクランブル交差点。

無数の人間がスマホを片手に行き交う、

見慣れすぎた、あの「現実」の光景だった。


「えっ……!?

 ここは……渋谷!!??」


呆然と立ち尽くす。

カビ臭い古城の気配も、カゲロウの叫びも、

コハルの光の粒子も、ここには何一つ存在しない。


「う、そだろ……。

 俺は消滅しなかったのか……?

 なんで、戻ってきちゃったんだよ……!!」


異世界に残されたカゲロウは、

エルザはどうなる。

ルナは救えたのか。

ジゼルのあの圧倒的な魔力に、

カゲロウ一人で立ち向かえるわけがない。


悔しさと絶望で、

ニノはアスファルトに拳を叩きつけた。

何度も何度も……

「ちくしょう!!」

「ちくしょう!!!!!」

「ちくしょう!!!!!!!!」




「――ちょっとぉ。

 なにマジで凹んで座り込んでんだよ!

 そんな暇ないっしょ!?☆」


雑踏のざわめきを切り裂いて、妙にドスの利いた、

だけどテンションの高いギャルボイスが響いた。


ニノがハッとして顔を上げると、

人混みを優雅に割って、

高級な着崩した羽織を纏い、

厚底ブーツを鳴らしながら

歩み寄ってくるド派手な女性の姿があった。


その後ろには、明らかに堅気ではない、

黒スーツの男たちが数人控えている。


「え……? あんた、誰……?」


あまりの威圧感に、ニノは思わず後ずさる。

女性はネイルの光る指先で

煙管キセルを弄びながら、

フッと不敵に笑った。


「ウチは『玩秋組』(がんしゅうぐみ)組長。

 『霜月 照紅』(しもつき しょうく)

 みんなからは、

 略して『ししょう』って呼ばれているよ!

 ヨロッ~!☆」

挿絵(By みてみん)

自分の方向性がわからなくなってきました。

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