14 絶対絶命ですが、何か?
・・・・・・
(私の家族の問題で、ニノやコハル、
カゲロウをこれ以上巻き込めない。
こんな危機すら一人で乗り越えられなくて、
どうやって冬の精霊を討伐するというのかっ……!)
深夜のレイラーク城。
冷たい月光が差し込む一室で、
エルザは音もなく愛剣を鞘へと収めた。
誰にも告げず、
ただ一人で闇の中へと消えるための準備だった。
女王の予言――
『ルナに会えば、お前は破滅し、ルナも死ぬ』
そして四天王グレーネの脅迫――
『ルナを助けたければ、一人で北の古城へ来い』
ニノの
「ここは動いてはダメだ。まず敵の出方をさぐる」
という正論は、頭では100%理解していた。
しかし、この完全に矛盾し、
誰にも相談することを許されない呪いの要件に対し、
エルザには一人で突入する以外の選択肢が残されて
いなかった。
夜の静寂を切り裂き、
エルザはただ一人、手綱を強く握りしめて
北の古城へと愛馬を走らせる。その背中には、
冷徹な決意と、仲間を巻き込みたくないという
悲痛な願いだけが背負われていた。
数時間後。
未明の薄明かりの中に浮かび上がったのは、
かつて聖水湖の防衛拠点だった「北の古城」の無残な姿だった。
かつての白亜の美しい壁面はどす黒い氷に覆い尽くされ、
まるで巨大な怪物の胃袋のようだ。
城門は無惨に破壊され、
内部からは不気味な捕食音が響いている。
「ギチギチギチ……ッ!」
城内に足を踏み入れたエルザを阻んだのは、
人間の死体に血管のような氷のツルを伸ばして
寄生する魔物『氷蝕虫』の
群れだった。
壁の隙間からドロドロとした
緑色の凍結液を吐き散らし、エルザの肉体を狙う。
焦燥に駆られるエルザは、凍結液で甲冑を焼かれ、
刃をすり減らしながらも、力技でその異形どもを叩き斬っていく。
息が上がり、満身創痍になりながらも、
彼女の心にあるのはルナの安否だけだった。
ただひたすらに、
血の匂いが漂う最深部を目指して突き進んだ。
一番奥にある、かつての王の間。
重々しい鉄印の扉を開けたエルザの目に飛び込んできたのは、
赤黒い魔法の触手に全身を捕らわれ、宙に吊るされたまま
意識を失っている妹・ルナの姿だった。
「よく来たな。明らかに罠だと分かっていて
単身で乗り込むとは。さすがは愚直な
勇者といったところか」
玉座の闇から姿を現した
冬の精霊四天王のグレーネが、
耳障りな笑い声をあげる。
「貴様がルナを……
おのれ! 成敗してくれる!!」
「おっと、落ち着け勇者よ。私を成敗するより、
妹を救うのが先ではないか?」
グレーネが指を鳴らすと、ルナを縛っていた触手が解かれ、
彼女の身体が冷たい床へと崩れ落ちた。
「ルナ……っ!」
エルザはハッと我に返り、なりふり構わず駆け寄って
その細い身体を抱き起こす。
まだ胸が微かに動いている。
息はある――よかった!
安堵したのも束の間、
ルナの腕の裂傷から溢れ出た鮮血が、
エルザの手に負った傷口に触れた。
その瞬間、
二人の「血」がまるで意志を持つ生き物のように蠢き、
拒絶反応を起こしながら互いの肌を浸食していく。
二人の血が、床に刻まれた術式を通じて、
交互に流れ、入れ替わり始めたのだ。
「わっははは――!!
ひっかかったな!!」
バキバキと音を立てて
赤黒い光の鎖が二人を縛り上げる。
「くっ……!? なに、これ……血が、
体の中に……逆流して……っ!?」
「無駄だ勇者よ! それは我が軍の精鋭魔道士十二人の命を贄とし、
お前たちの『血』そのものを媒介にして構築した二重の禁呪!
二人の血が互いの体内を交互に巡り、入れ替わることで成立する
呪いの循環システムだ!」
「片方の血流を弄れば、もう片方の拒絶反応が即座に心臓を穿つ!
混じり気のない同一の血族にしか絶対に反応せず、
それゆえに血を分けた親族には避けることも
防ぐこともできぬまま痛烈に作用する、
対勇者専用の絶対不可避の呪いだ!」
床に刻まれた巨大な魔法陣が、
12人の怨嗟の声を上げるように赤黒く明滅する。
第一の禁呪――
『氷血怨鎖』。
エルザの体内から流れ込んだ血が引き金となり、
ルナの身体を内側から容赦なく凍りつかせていく。
肌がみるみるうちに青白く透き通り、
その生命の灯火が急速に消えかけていく。
「ルナ……っ、ルナァッ!!」
「さあ、妹の命が尽きる恐怖と絶望を味わうがいい!
そして、その血の繋がりこそが第二の禁呪の引き金だ!」
第二の禁呪――
『双血氷獄呪』。
ルナの体内から逆流してきた血が、
彼女の生命力と引き換えに発生した膨大な
負のエネルギーを乗せて、
すべてエルザの体内へと流れ込んでいく。
「あああああぁぁぁーーーーッッ!!!!!
私の頭が、闇に……っ!!負けるかっ!!」
もがき苦しみ、絶叫するエルザ。
やがて、その凛としていた瞳から完全に光が消え、
視線が虚ろに濁っていく。
エルザの身体から溢れ出したのは、
禍々しく濃密なドス黒い負のオーラ。
――冬の精霊の眷属
・・・闇堕ち勇者の誕生の瞬間である。
・・・・・・
――ズガァァァン!!!
王の間の重厚な鉄印の扉が、
凄まじい衝撃波と共に吹き飛んだ。
追いついたカゲロウが、全魔力を込めて放った刀による
渾身の横一文字の斬撃が、大扉のヒンジごとへし折って
強行突破したのだ。
朝方、エルザの不在に気づいたニノたちが、
馬車を限界まで飛ばして追いついた瞬間だった。
「エルザのバカ! なんで!?
ウチらに任せろって言ったっしょ!?☆」
コハルが叫びながら突入する。
しかし、二人が目にしたのは、
禍々しい闇のオーラを纏って立ち尽くすエルザと、
胸元まで完全に氷化し、かろうじて息を繋いでいる
ルナの姿だった。
「ハハハハ! 遅かったな!
勇者は完全に我が主の僕となったわ!」
勝ち誇るグレーネの声が響く。
「……ッ、貴様……
よくも、よくもエルザ殿を……!!」
カゲロウが怒りで刀をきつく握りしめる。
だが、誰よりも激しい怒りの炎を燃やしたのは、
いつも冷静なはずのニノだった。
仲間を・・・その妹を・・・
汚いやり方で隙を突き、
禁呪で蹂躙したグレーネに対し、
ニノの脳内で理性のリミッターが焼き切れた。
(ふざけるな……。こんなクソみたいな呪文、
俺が、俺の手で完全に書き換えてやる……!!)
その猛烈な怒りと「救いたい」という
強い意志がトリガーとなり、
ニノの脳裏に、今までロックされていた
幼い頃の記憶が濁流のように溢れ出した。
――優しい光の中で、ひぃおばあちゃんの手。
そして、抱っこされながら聴いていた、心地よい子守歌。
あどけないメロディだと思っていたその文字列が、
今、天才星脈調律師としてのニノの脳内で、
完璧な『コード(呪文)』として再翻訳されていく。
(……あ、ああ……そうか。
全部思い出した……!)
ひぃおばあちゃんは、世界を裏から
支えていた『星脈調律師』だったんだ。
そして、その血と、
万物の理を解き明かす全知の思考を極大で、
隔世遺伝として引き継いだのが――この俺だ。
優しい子守歌の皮を被っていた最高位の術式が、
天才調律師としてのニノの脳内で、
今、完璧な『真実の呪文』として紐解かれていく。
それは遙かなる時を超えて受け継がれた魂の旋律。
ニノの体内で深く眠っていたすべての魔力と血脈が、
その怒りの咆哮に応えるように共鳴し、
爆発的な輝きを放って完全なる覚醒の時を迎えた。
「おい、世界を統べる
支配者気取りのクソ野郎ども」
ニノの瞳が、
見たこともない神聖な青い輝きを放ち始める。
その冷徹にして烈火のごとき声は、
王の間全体の空気を激しく震わせた。
「俺の前で、そんな汚い呪いが
いつまでも通用すると思うなよ。
――今すぐその歪んだ理、
根底からすべて書き換えてやる」
世界の法則さえもひれ伏すような
圧倒的な青の輝きが、暗暗たる王の間を
白日のごとく照らし出した。
しばらくは笑いを挟む隙がありません。




