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13/17

13 闇からの招待状ですが、何か?

そこは、

世界の半分を閉ざす永久凍土の奥深く。


氷の塊から削り出されたかのような

冷厳なる宮殿の謁見の間には、

地響きが鳴るほどの圧倒的な冷気と

威圧感が漂っていた。


「――で?

 言い訳はそれだけか? グレーネ」


凍てつく玉座へと続く階段の下、

四天王の一角たる氷晶将グレーネが、

威圧感に気圧され、床に膝をついたまま動けずにいた。


「人間相手になめきって、自身は出陣すらせず、

 配下の先遣隊だけで片付くと

 高みの見物を決め込んでいた結果が、これか。

 笑えぬな」


大剣の柄に手をかけ、グレーネを冷酷に見下ろすのは、

物理至上主義の四天王、氷剣王ロドン。


「ホント、無様だわぁ。アンタが部屋でぬくぬくと

 高みの見物してるからよ?」


派手な扇で口元を隠しながら、

きつい化粧の目を吊り上げたのは、

美を愛する四天王、氷雪将ヨルダ。


怒りのあまり、そのオカマ言葉には

激しい魔力が乗っている。


「後ろに控えてたアタシの軍まで巻き添え喰らったのよ!?

 人間どもの一撃で一瞬で灰にされるなんて……ッ!

 四天王の面汚しもいいところよ、この大バカちんが!」


「黙れ……! お前たちに何がわかる!

 まさか人間側に、あのような手練れや、

 文字通りの天災が紛れ込んでいようとは……っ!」


グレーネが屈辱に顔を歪めて床を強く握りしめ、

二人の罵声に対抗する。だが、ロドンはフンと

鼻で笑ってさらに畳みかけた。


「敵に手練れがいたぁ? 敵が天災だったぁ?

 だから負けましたと主に報告するつもりか、

 グレーネ。無能の極みだな。

 そんな言い訳、首をはねてください

 と言っているようなものだぞ」


「そうよぉ! 大体、

 アンタが初手でちゃんと前線に出て潰しておけば、

 そんなイレギュラーに弄られる隙なんてなかったのよ。

 アタシたちの貴重な魔力も無駄にしちゃってさぁ。

 ねえ、ジゼルもそう思うでしょう?」


ヨルダが同意を求めるように、

少し離れた場所に佇む人影へと視線を向けた。


――四天王、氷魔道王ジゼル。


深く被った黒紫のフード。その奥にある素顔は闇に溶け、

他の四天王でさえ一度も目にしたことがない。


ジゼルは禍々しい魔力の気配を静かに

ゆらめかせながらただそこに立っている。


ロドンとヨルダの騒がしい罵り合いにも、

グレーネの無様な姿にも、

一切興味がないとでも言うように、

微動だにせず完全な沈滅を保っていた。


その不気味な無言の圧力こそが、

言葉以上にグレーネの精神をジワジワと追い詰めていく。


「ジ、ジゼル……お前まで、

 私を愚弄するか……っ!」


何も喋らないジゼルへ向けられた

グレーネの血が滲むほどの怒りの視線。

四天王の歪な関係性が極限に達しようとした、


その瞬間。


『 ――静かにしなさい 』


玉座の奥から響いたのは、

脳髄まで直接凍りつくような、

絶対的な上位者の声音。


一瞬にして、謁見の間の全空気が完全凍結する。

さっきまで傲慢に言葉を荒らげていた〜ロドンやヨルダすら、

青ざめてとっさに片膝をつき、直立不動から一転して

最敬礼の姿勢を取った。


激しいプレッシャーの中、

玉座からの冷徹な宣告が下る。


『 グレーネ、次はありません……。』


「……っ、御意に……!」


絶対的な主の言葉が消え、

謁見の間に重苦しい静寂が戻る。


ロドンとヨルダは、床に這いつくばったまま小刻みに

震えるグレーネを、哀れむような冷たい目で見下ろすと、

何も言わずにその場を去っていった。


深くフードを被ったジゼルもまた、

最初から誰もいなかったかのように、

音もなく闇へと消える。


這いつくばったまま身震いを止められないグレーネは、

床の氷を血が出るほど強くかき毟った。


「(次はない……本当に消される……ッ!

 ああ、クソ、クソォ!!)」


もう絶対に失敗は許されない。

次は自らの命がかかっている。

狂気じみた焦燥感の中、

グレーネの脳裏で黒い策略が急速に形を成していく。


「(奴ら全員を一気に相手にする必要はない。

 敵の戦力を分断し、一人ずつ確実に葬り去るのだ……。

 まずは、最も脆い部分から食い破ってくれる!)」



――全員が去った無人の謁見の間。


「(・・・・・・)」


冬の精霊は、リブラでの未知の魔力に、

強い違和感を覚えていた。

極寒の冬を内側からじわじわと融解させるような、

この瑞々しい息吹。


「(・・・この感覚は、いったい……?)」



一方……




リブラでの激闘を終えて次なる目的地へと

旅を続けていたニノたち一行。

緑豊かな美しい森を抜けた瞬間、

彼らの視界は一気に開け、眩い光に包まれた。


「うわああぁぁ……! すごーい!

 なにこれ、めっちゃ綺麗!!☆」


コハルが馬車の窓から身を乗り出して歓声をあげる。


そこにあったのは、

エメラルドグリーンに輝く広大で静謐な湖。

そしてその美しい湖を囲むように、

どこまでも深く瑞々しい木々の緑が

絨毯のように広がっている。

差し込む陽光が水面に反射し、

まるで無数の宝石をちりばめたかの

ような輝きを放っていた。


だが、何よりも彼らの目を奪ったのは、

湖の中央に浮かぶ広大な島に、

誇り高くそびえ立つ建築物だった。


白亜の石材と青い尖塔。

まるで水面からそのまま生え出たかのように

厳かに佇むその姿は、周囲の自然と完璧な

調和を果たしており、見る者すべてを圧倒する

神聖なオーラを放っている。


「あれが、西の湖の街……さらにその中央にそびえる、

 私たちの目的地『レイラーク城』です」


エルザが馬の手綱を握りながら、

ぽつりと呟くようにガイドしてくれる。

だが、その声はいつもの凛とした張りをつまらせ、どこか硬い。

目の前に広がる絶景を前にしても、彼女の顔に浮かんでいるのは

旅の疲れの癒えなどではなく、胸の奥をじわじわと侵食していく

得体の知れない不安そのものだった。

白亜の城を見つめる瞳が、微かに揺れている。


「ふむ……水面に映る白亜の城、

 まさに一幅の絵画のようでござるな」


「それにしても本当に綺麗……ねえニノ、

 泳いだりできないのかな?

 魚とかいっぱい!美味しそう!☆」


感動から一転して食い気に走るコハルに、

後ろで荷物番をしていたニノが呆れたように息を吐いた。

 

「バカ言え、あれは城の防衛機構も兼ねた聖水湖だぞ。

 入った瞬間に不審者として警備の魔導兵に捕まるのがオチだ。

 ……まあ、これだけ広大な水があると、水流の供給や

 結界の維持に関わる魔力の導線は……

 ちょっと待ってね…

 うん!

 かなり綺麗に整えられてるみたいだな」


「……ニノ殿、もうそんなことまで

 わかるのでござるか?」


馬車の手綱を握り直しながら、

カゲロウが怪訝そうな顔で振り返った。

いくらリブラでの激闘を経て成長したとはいえ、

まだ遠くから城を眺めている段階だというのに。


「いや、なんとなくだよ。

 最近、魔力の流れが川みたいに視覚的に見えるようになってさ。

 だから、どういう意図でその術式が組まれてるか、

 なんとなく推測できるんだ。例えば、あそこにある

 左側の水門の術式なんかは、右側の循環機構と連動して――」


「いえいえ!

 結構でござる! 結構でござる!」


ニノが人差し指を立てて本格的な解説を始めようとした瞬間、

カゲロウは両手をぶんぶんと振って、食い気味にそれを遮った。


「それ以上は拙者の頭が爆発するゆえ、

 専門外の領域は結構でござる!

 難解な話はニノ殿の頭の中だけで

 完結させてくだされ!」


その横で、エルザは先ほどから手綱を握ったまま、

一言も発していなかった。白亜の美しい城を見上げる

その瞳はどこか虚ろで、まるでこれから起こる最悪の事態を

本能で察知しているかのように、その表情はひどく強張っている。


「……エルザ? どうしたの、そんな怖い顔して。

 大丈夫だよ! どんな悪い奴が来ても、

 あたしたちがついてるんだから!」


その重苦しい空気を察したコハルが、

馬車の窓から身を乗り出して、

太陽のような笑顔で声をかけた。


無邪気で、けれど真っ直ぐに自分を信じてくれている

コハルの言葉に、エルザはハッと我に返る。

胸の奥に渦巻く得体の知れない不安を必死に押し殺し、

エルザは微かに、本当に微かにだけ口元を緩めて頷いた。


「……ああ。そうですね、

 コハル殿。ありがとうございます」


エルザは小さく息を吐くと、

自らに気合いを入れ直すように馬を速めた。

一行は湖に架かる長い一本の跳ね橋を渡り、

重々しい門をくぐって、運命のレイラーク城へと

入城していくのだった。



その頃・・・



大国ゲートランドの王宮。

その平穏は、一人の宮廷魔道士の血相を変えた

報告によって破られていた。


「グラッド様! 大変でございます!

 勇者エルザ様の妹君、ルナ嬢が行方不明に!」


報告を聞いたグラッドは顔を真っ青にし、

城内に控えていた近衛騎士団長を呼びつけた。


「アルバド! どういうことだ!」


そこに立っていたのは、

『瞬殺剣』の異名を持つ近衛騎士団長アルバド。

彼は悔しさに奥歯を噛み締めながら、深く頭を下げた。


「……申し訳ございませぬ、グラッド様。

 ルナ嬢が昨日と今日の二日間、士官学校の講義を

 無断欠席しており、不審に思った教師からの報告で

 直ちに彼女の自宅を調べさせましたが.......

 ……エルザの自宅を警備していた近衛兵2名の

 殉職を確認し、ルナ嬢の姿自宅にはありませんでした。

 現在、全近衛兵にて捜索中です」


アルバドは拳を強く握りしめ、

己の不覚を呪うように言葉を絞り出す。


「国を救う勇者の親族を、

 王都のど真ん中で誘拐されるなど

 ……近衛兵の恥!

 近衛の面目のすべてをかけて、

 必ずや犯人を突き止めます!」


グラッドは焦燥のままに、

アルバドへ鋭い怒号を飛ばした。


「どんな些細な情報でも構わん!

 人員をいくら投入してもいい、

 王国中を徹底的に探し回れ!!

 何としてもルナ嬢を見つけ出すのだ!」


グラッドはそこで一度言葉を切ると、

苦渋に満ちた表情で、信じられない命令を付け足した。


「――それから、冒険者ギルドにも

 協力を要請せよ!」


その言葉が城中に響き渡った瞬間、

謁見の間が一瞬にして凍りついたかのような

沈黙に包まれた。


「ギ、ギルドですか!?」


グラッドの傍らにいた側近が、一瞬自分の耳を疑ったように

声を裏返らせる。団長であるアルバドの眉間にも、

深い深い皺が刻まれた。


本来、王宮を守護する近衛兵と、

荒くれ者の集まりである冒険者ギルドは水と油、決定的に仲が悪い。


近衛兵の中には

「ギルドなど犯罪の温床であり、野良犬の集まりだ」

と露骨に見下す輩までにいるほどだ。


さらに、先の王家と近衛兵上層部による裏切りの一件以来、

国への不信感を募らせたギルド側との関係は冷え切り、

両者の険悪な仲にはますます拍車がかかっていた。

まさに一触即発の状態であった。



・・・



王都の一角にどっしりと構える冒険者ギルドの本部。

その最奥にあるギルド長室に、近衛兵の使者が届けた

グラッドからの直筆の召喚依頼状が置かれていた。


「おいおい、あの上品でお高くとまった

 近衛の坊ちゃんどもが、どの面下げて

 俺たちに頭を下げにきたってんだ?」


地響きのような野太い声でそう吐き捨てたのは、

冒険者ギルド長オーウェンだ。


熊のように巨大な体躯に、むさ枯しい粗髭。

数々の死線をくぐり抜けてきた傷跡だらけの厳つい顔を歪めながら、

彼は届けられたばかりの王家の紋章が入った豪奢な依頼状を手に取ると、

中身を読みもせず、その場でビリビリと音を立てて真っ二つに破り捨てた。


「ギ、ギルド長!? 国王代理からの

 直接の要請ですよ!?」


「知るか! 近衛のバカどもが勝手にやらかした

 失態の尻拭いを、なんで俺たちがやらなきゃならねえんだ!

 ざまぁみやがれってんだ!」


ガサツな口調で吐き捨てながら、

オーウェンはふと動きを止めると、

太い指で顎の髭をさすり、

怪しくニヤリと笑った。


「……だが、まあ、タダで突き返すのも芸がねえな。

 おい! 暇そうにしてる『Dランク』の冒険者を一組、

 王城へ向かわせろ!」


「ええっ!?

 特級の緊急事態に、Dランクですか!?」


「いいんだよっ!

 何かの役に立つといいがな!

 ガハハハハハ!!」


オーウェンの腹の底から響くような大爆笑が、

ギルド長室に響き渡る。その笑みの裏には、

単なる嫌がらせだけではない、

老獪なギルド長としての深謀遠慮が隠されているようだった。





我らはDランクパーティーである。

名前はまだない。


そんな無茶振りを引き受ける羽目になったのは、

ギルドの隅でスープをすすっていた、

パッと見は極めて平凡な四人組であった。


「おいおい……王城直々の指名依頼なんて大層なもんに、

 俺たちみたいなDランクが行って本当に大丈夫なのか?」


大きな盾を背負った戦士ザードが、

不安げに頭を掻きながら呟く。


「大丈夫だってば。依頼書を見たら

 『行方不明の女の子を探す』任務なんだって。

 力仕事じゃなくて、街の聞き込みなら

 アタシたちの得意分野でしょ?」


身軽な革鎧を着込んだシーフのマリーが、

小さな短剣をお手玉のように弄びながらウィンクした。


「そっか。

 じゃあ、僕たちでも大丈夫そうだね。

 僕の出番はなさそうだけど、

 迷子探しならお気楽でいいや」


大きなローブの袖から白い手を出して微笑むのは、

ネクロマンサーの少年レイス。


「ええ。どんな任務であれ、

 困っている人を救うのが私たちの務めです。

 ……神のご加護があらんことを」


おっとりとした口調で聖印を胸に掲げ、

祈りを捧げるのは僧侶のシルエッタ。


かくして、緊迫感でピリピリと張り詰めた王城へと、

どこか緊張感の足りないDランク冒険者パーティの四人が、

緊張しながら足を踏み入れるのであった。






そして再び、レイラーク城。


城内の美しさとは裏腹に、

謁見の間でニノたちを待っていたのは、

あまりにも重苦しく不穏な歓迎だった。


ステンドグラスから差し込む微かな光の中、

レイラークの女王は悲痛な面持ちで、

おずおずと進み出たエルザを見つめる。


「よく来てくれました、勇者エルザ。

 まず……今から私が言うことを、

 絶対口外してはなりません。

 口外すれば精霊の怒りに触れます。」


エルザが息を呑む中、女王は苦しげに目を閉じ、

絞り出すように予言の言葉を口にした。


「今後、何があってもルナに会ってはなりません。

 ……あなたがルナに会った瞬間、

 あなたの精神は凍てつく闇に侵食され、

 そして、ルナもまたこの世から亡き者となります」


「なっ……!?

 ル、ルナですと……!?」


その名を聞いた瞬間、

エルザの顔から完全に血の気が引き、

ガタガタと身体を震わせる。

エルザの尋常ではない反応に、

その背後で、ニノは鋭い目を向ける。


絶対に会ってはならないという、

呪いのような黒い予言。

静まり返り、完全に凍りついた謁見の間。


――そこに。


バサササッ、と激しく羽音を立てて、

一羽の伝書鳩が謁見の間の窓へと飛び込んできた。

その脚に括り付けられていたのは、

最悪の罠への招待状であった。


前半飛ばしすぎました。

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