表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
よい子はおうちに還りましょう。  作者: 刻生アト
第一章 夏休み編
PR
2/4

2. 佐奈とアタシ

【2025/8/10】

 今日は佐奈をアタシの家に呼んで夏休みの宿題を片づけていた。時刻は大体午後三時ごろ、雲一つ無い晴天の猛暑日。麦茶と氷が入ったグラスも汗をかいている。少し肌寒いくらいキンキンに冷えた部屋の中で、外から聞こえる子供の声を聞いて優越感に浸る。部屋の真ん中に膝の高さほどの机を置いて、対面する形で床に座っていた。宿題を始めてから二時間くらい経っただろうか、佐奈の所作が目につくようになってきた。

 手元のクッションに体重をかけ、足を崩し体を伸ばす。

「うーーん…はぁ。結構進んだな。佐奈はどう?」

 佐奈は頑張って動かしていた小さい手を止めて、分かりやすく肩の力を抜いた。

「思ったより進まなかったよ〜。数学難しい…」

 問題集に向けられた佐奈の目は、普段付けていない大きい黒縁のメガネのせいでよく見えず、栗色のセミロングストレートヘアーの先端が無造作に問題集の上へと散りばめられている。

「数学やってるんだ。数学ってやる前に立てた見積もり通りに進むことってあんまりないよねー。三十分くらいで終わるかなって思った範囲に気づいたら一時間かかってるってことよくあるし」

 佐奈は顔を上げ、アタシと目が合う。

「そうなの?私はどんくらいかかるのかすらも分かんないな」

 佐奈は自虐気味に笑う。そのまま左手で消しゴムを弄り始めた。

「ちーちゃんは数学得意だからいいなぁ。私は頭悪いから時間かかっちゃうよ」

「いやいや、アタシも得意ってわけじゃないって。他の科目とそんなに差が無いってだけだよ」

「それでも私からしたら凄いよ。小さい時からずっと…」

 消しゴム弄りに右手が参加している。脱力した肩は未だに小さいままだった。

 アタシは体を起こし、両腕を机の上に置く。弄られまくっている消しゴムごと、佐奈の両手をアタシの両手で包み込む。

「アタシは佐奈が羨ましいけどなー。こんなに可愛いんだもん。アタシが男だったら絶対に逃がしてないよ」

 まっすぐに佐奈の目を捉えて言うと、佐奈は首をすくめてふふっと笑う。

「えーまたそれじゃん。そんなに褒めても何も出ないよ~」

「いやいやほんとだよー?」

 多幸感に満たされていると、部屋のドアからノックが聞こえてきた。

「千尋ー?今開けていい?」

「いいよー」

 返事をするとドアが開いた。木製のトレーを持ったお母さんがやってきた。

「宿題お疲れ様。よかったらこれ食べてね」

 新しい麦茶とチョコが数個乗ったトレーを机に置いた。

「ありがとうございます、チョコ大好きです!」

「ふふ、佐奈ちゃんは昔からチョコが大好きね」

「ありがとうお母さん」

 お母さんは軽く微笑むと、空になったグラスを持って立ち上がる。

「それにしても、佐奈ちゃんホントに大きくなったね。小学生のころと比べるとやっぱり変わるものね」

「何言ってるのお母さん、そんなの当たり前でしょ。それにアタシ達は成長期だからね」

「そうね〜、こんなに可愛くなって。同級生の男子達が羨ましいわ」

 あはは…と、佐奈はちょっと困ったように笑う。

「ちょっとお母さん、佐奈が困ってるでしょ。セクハラはダメですー」

 佐奈の方に顔を近づけて、手のひらをお母さんの方に向ける。

「あらあらごめんなさいね。それじゃあ佐奈ちゃんごゆっくり~」

 そう言って部屋を後にする。お母さんが居なくなった後、少しため息をつく。

「ごめんねーうちのお母さんが。佐奈にセクハラするなんて酷いよねぇ?」

 少しの間があり、佐奈は歯切れの悪い返事をした。

「はは…でも、ちーちゃんのお母さんは変わらないね。一緒にお話しをしてると、どこか安心するな」

「そう?まあお母さんはずっとあんな感じだしねー」

 そんな雑談をしながら、お母さんが持ってきてくれたチョコを休憩がてらにつまんでいた。

 実際、お母さんからしたら佐奈は前と比べて結構大きくなって見えるんだろう。アタシとお母さんも、中学時代の佐奈のことは知らないのだ。アタシと佐奈は生まれてから家が近く、いわゆる幼馴染というやつだ。中学に上がるまでは毎日のように共に過ごし、アタシが佐奈の家に行ったり、佐奈をアタシの家に呼んだりしてよく遊んでいた。だが中学になってから、佐奈の両親は離婚して少し遠くへ引っ越してしまった。中学校も別になり、スマホも持っていなかったため連絡先が分からず、佐奈とはほとんど会わなくなった。だが高校に入ってから、二か月ほど経って佐奈と同じ高校に進学していることに気が付いた。クラスは別だが、ある日廊下でばったり出くわしたのだ。それから毎日のように一緒に下校したり、短い休み時間でも教室に会いに行ったりした。しかしお互いの家がそんなに近いというわけでもないから、学校がある日はそんなに長い時間一緒にいられるというわけじゃ無かった。だからそれまでの空白の時間を埋めるように、今の佐奈のことをよく知るために、夏休みに入ってからは出来るだけ一緒に過ごそうと決めていた。そして今、こうして一緒にいられることが何より嬉しい。こういう時間をこれからも大事に過ごしていきたい。

 軽く休憩している時に何となくゲームを始めたが最後、アタシ達はそれに夢中になってしまい、今日はこれ以上宿題が捗ることはなかった。


【2025/8/12】

「結局最後まで残ったねー。アタシらだけだったんじゃない?」

「そうかも。途中から結構帰ってる人いたから」

 午後五時。まだまだ外は明るいが、学校の図書館は施錠してしまったため帰ることにした。夏休みの宿題の古文を片付けるために佐奈と学校の図書館へ勉強しにきていたのだ。

 佐奈と並んで歩きながら、ふぁぁとあくびをする。

「思ったより疲れたなー。もう若干眠いし」

「最近ちーちゃん眠そうだよね。夜更かししてるの?」

「いや、生活習慣は前と変わってないんだけどなー。ここ最近よく夢を見てる気がするんだよね。内容は覚えてないけど」

 また大きくあくびをする。片腕を上にあげて背伸びをした。

「にしても宿題めんどくさすぎ…古文なんか何にも分かんないっつーのにね」

 これ以上広げられそうにもないため、適当に話題を変える。

「私は数学とかよりはまだ好きかな」

「え、マジ?もしかしてスラスラっと読めちゃう感じ?春はあけぼの~、とか」

 佐奈は自転車を押していた手で口を軽く抑え、上品に笑う。

「ちがうよ。数学とかよりはマシって意味。私も意味とか全然分かんないよ」

「そうなのか〜。でもアタシよりは全然得意そう」

 アタシと佐奈は自転車を押しながら、横並びで歩いて話す。登校や下校の時はいつも自転車には乗らず歩いており、これが普通になっている。これに深い理由があるわけでもないが、強いて言うならアタシがゆっくり佐奈と話をしたいからだ。かといって自転車に全く乗らないわけでもなく、通学路の道が佐奈と分かれた後からは乗っている。そういうわけで、自転車に乗っていない時間の方が長いのだが、特に面倒だとは思わない。佐奈とより長く話していられるのなら、アタシはその方がいい。

「そういえば、さっき佐奈のクラスメイトっぽい人も居たじゃん、あの話しかけてきた女子。仲良いの?」

 図書館で勉強中、本を取りに行った佐奈が知り合いらしき人と話しているのを見た。何を話しているのかは全く聞こえなかったが、そんなに長く話していなかったところを見ると軽く挨拶した程度だろう。

「あー、うん。クラスメイトの人、だね。仲良いっていうか…まあ、軽く話したりするって感じ」

 佐奈の視線は一歩先の地面へと向けられ、歯切れが悪くなる。佐奈は昔から、歯切れが悪くなったり言葉が詰まったりする時は、やましいことがあったり遠慮していたりすることが多い。

「もしかして、アタシがいたから遠慮しちゃってた?全然気にせず話してきてもよかったんだよ?」

 何か引っ掛かる感じがした。

「いやいや、別にそういうわけじゃないの。夏休みになってから初めて会ったから。軽く挨拶しただけだから、全然大丈夫だよ」

 恐らく嘘ではないんだろう。ただ、言いようのない違和感がある。佐奈は大人しい子だから、もしかすると友達作りが上手くいっていないのかもしれない。でもこの流れで友達はどのくらいできた?なんて聞くのはちょっと気まずいし…。

「ちーちゃんは、古文の宿題で何について書いたの?」

 何と言おうか少し困っていると、佐奈から話題を変えてきた。わざわざ話を戻して掘り下げる必要もない。

「アタシは竹取物語の冒頭をちょっと取り出して書いたよ。内容知ってた方が語訳もしやすいだろうし」

 与えられた古文の課題とは、何かしらの文章を写してその部分の単語の意味、助詞助動詞や活用形について調べるというものだ。量こそ多くはないが、興味がない上に全く分からないので終わる気がしない。

「でも全然進まなかった…残りはどっかでまとめてやろうかなって思って、本借りてきた。佐奈は?」

「私は源氏物語の藤壺の範囲にしたよ。現代でも源氏物語がモチーフになってる作品もあるし。それに授業でも扱う内容らしいから、予習にもなると思って」

 なんとなく、佐奈が王道の作品を選んでいることが意外だった。

「藤壺?ってのは知らないけど源氏物語なら知ってる。にしてもそうか、授業でやる可能性が高いものを選ぶって方法があったな。アタシも今からそうしようかな」

 佐奈がアタシを見て、優しく微笑む。

「竹取物語も授業でやると思うから、丁度いいと思うよ」

「あ、そうなの?ラッキー!なんか得した気分」

 そんな話をしていると、佐奈と帰り道が分かれる場所まで来た。いつものように自転車に跨り、話を切り上げる。

「じゃ、また色々予定が決まったら連絡してね!アタシは基本いつでも暇だから」

「うん。じゃあね、ちーちゃん」

 ようやく使われた佐奈のママチャリは劣化気味の錆びた音を放つ。きぃー、と佐奈を連れて見えなくなった。アタシも帰ろうとペダルに力を込めようとした時、何か引っ掛かる感じがした。

「…?」

 物理的なものではなく精神的な、何か言い忘れていたことがあるような。いや、やり残したタスクが残っているというより、今について。今から何処に向かうのか、と無意識に自分に問いかけているような感覚。何故そんなことを考える必要があるのか。

 ふと気になって周囲を見渡す。が、別に特別なことはなく、隣の道路を数台の車が通り過ぎるだけの何の変哲もない風景。もしかして、無意識に佐奈の人間関係についてまだ気にしているのか。今から佐奈にもう一度その話をしようかどうか、勝手に検討していたのかもしれない。今日の出来事で気になっていた点といえば、それくらいしか思いつかない。本当にそうだとしたなら余計なお世話だ。しない方がいいに決まっている。

 数秒止まったが、すぐに自転車を漕ぎだしてアタシはそのまま帰宅した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ