1. 出会い
今は昔、竹取の翁といふものありけり。
その翁に子あり。名をば かぐや とぞいひける。
「父上」
家の前で座り込んでいる少女が言う。
「どうしたかぐや。もう寝るから早く家に入りなさい」
「お月様を見ると心が落ち着きます。どうしてでしょうか」
夜空の中で完璧な円を描き輝くそれを見て、少女は問う。翁は少し考えたのち、答える。
「夜になったら辺りが闇に包まれて、みんな不安になってしまう。だからみんなが安心できるように、私達を照らしてくれているんだ。今のかぐやのようにね」
それを聞いた少女は微笑む。
「そうなんですね。とても素敵です」
「それに、お月様には母さんもいるんだぞ」
「母上が?」
少女は驚き、翁は微笑む。
「そうだ。お月様はあの世って言って、この世で亡くなった人達が集まる場所でもある。だから母さんが見守ってくれているのも、かぐやが落ち着ける理由なのかもしれないね」
少女は勢いよく立ち上がり、再び問う。
「じゃあ私も、いつか母上にまた会えるということですか?」
「そういうこと。でもお月様に行くには、この世でいい子にしていなきゃいけないんだ。だから今日は寝ようね」
夜空のそれに負けないほどに少女は目を輝かせ、元気よく返事をする。
「はい!父上!」
月のその輝きと温もりは、淡々と、永遠に。
【2025/8/8】
「ね、ねぇちーちゃん、もう帰ろうよ…」
「大丈夫だって、どうせ何もいないんだしさ」
午後八時頃、真夏と言えど辺りはかなり暗くなり、虫の声が体を包み込む。アタシ達二人は夜空に輝く月とスマホの明かりを頼りに山道を進んでいた。目的地の廃村まではあと数分くらいだろうか。
「ほら見て。アタシ達と村が画面内に収まるところまで来たよ」
そう言ってアタシの左後ろで前かがみに付いてくる佐奈にスマホに映し出された地図を見せる。
「…着いたらすぐ帰ろう?」
「うん、いいよ。アタシも夜遅くなると困るからね」
それなら…といった様子で小さく俯きながらアタシの後ろにくっついてくる佐奈。ここに連れてきたのはアタシで、佐奈は怖くて行きたくないといった様子だったのに、アタシが行きたいという理由だけで頑張ってついてきてくれている。なんて可愛らしい生き物なんだ。
今歩いている山には心霊スポットになっている廃村がある。なんでも昔、災害や病気を収めるために少女を生贄に儀式を行っていたらしく、その少女の怨念が残っているらしい。興味本位で行ったものは魂を抜き取られ、最悪の場合死に至るとか…まあ、よくある設定だ。
ちょうど夏休みだし、佐奈とどこかへ遊びに行きたかったアタシはこの心霊スポットに行こうと提案した。別に心霊スポットに行きたかったわけじゃないけど、折角遊びに行くのなら、親友である佐奈の普段は見れない一面が見られるところが良かった。佐奈が怖がりなのは知ってたけど、実際どのように怖がるのかは見たことが無かった。幼いころに一緒に遊園地に遊びに行ったりもしてたけど、お化け屋敷などには絶対に入りたがらなかったし、何より高校生になった佐奈のことをもっと知りたかった。
しばらく歩いていると、道が広がって小さな建物っぽいものがあるのが見えた。
「あ、あれじゃない?なんか家っぽいのもあるし」
「ほんと?着いたの?」
佐奈は少し安堵した様子で顔を上げた。村らしき敷地の目の前までいき、スマホの地図で確認すると、ここが目的地だということが分かる。
「うーん、一応ここがその村っぽいね~」
「よかったぁ。じゃあちーちゃん、これ以上遅くなるのもよくないし、帰ろう?」
「うーん、そうだねー…」
そう言いながら、アタシは村の敷地に足を踏み入れる。
「ち、ちーちゃん?!それ以上は危ないよ!」
村まで着いたら帰る予定だったけど、思ってたより何も無かったせいで物足りなかった。
「大丈夫、ちょっと見たらもう帰るから」
「でも…」
「佐奈はそこで待ってていいよ。少し見たら戻ってくるから」
アタシにとっては佐奈が居ないとこの探索も意味を持たないのだが、あえて一人で行くと伝える。
「え、えぇ!?」
驚きの声が聞こえてくるが、それを無視して中へ入る。そして間もなく後ろから足音が聞こえてきた。
「ちょっとだけ、だから…」
思った通り、佐奈が後ろをついてきた。月明りだけの山の中で一人残されるくらいならアタシと一緒に行動した方がマシなはずだ。ここの駆け引きはアタシの勝ち。
「うん。すぐ帰るからね」
二人で廃村へ入り、道なりに進んだ。
村に入ると、先ほどまで左右を覆っていた草は大人しくなり、過去にここに人が住んでいたということを感じさせる雰囲気を醸し出していた。今歩いている道沿いに家らしきものが横に並び、家の中は草が覆い茂っていた。他にも畑や倉庫らしきものもあり、道も十字に交差していた。思ったよりも村は広く、月明かりだけを頼りに網羅するのは難しいだろう。
「結構色々残ってるもんだね。かなり歳月は経ってるはずだけど、なんとなくこの辺に家とか倉庫とかあったんだろうなっていう痕跡が見えるよ」
「なんでそんなに冷静なの…」
佐奈はアタシの後ろでずっと小さくなって俯いていた。
「特に何もないって。佐奈も見てみなよ」
「私はいいよ…それよりも早く帰ろうよ…」
佐奈は一刻も早く家に帰りたそうだが、私はまだ満足していない。
「んーじゃあそうだね。このまま迷っちゃ良くないし、このまま道なりに進んで村の端っこまで行くか、何か特別なものを見つけたら帰ろう」
「~~~~!」
佐奈は弱気な鳴き声をあげる。こんなに情けない佐奈の姿は初めて見た。ここまでなっても怖いから仕方なくアタシについてくるしかない。少し可哀そうだけど、ここまでいい反応をしてくれるとついつい意地悪してしまう。今度何か奢ってあげよう、そう思いながら奥へと進んだ。
数分歩いたが結局何か特別なものは見当たらず、代り映えしない雰囲気に佐奈も少し慣れてきたのか、アタシに並ぶ形で歩くようになっていた。正直さっきの佐奈の反応で結構満足したし、山を歩くのは思ったよりきついのでアタシも段々帰りたくなってきた。でも村の奥も近そうだし、どうせなら最後まで行っちゃおうと思っていた。
「結構私も慣れてきたよ。ちょっとは怖いの克服出来たのかな」
そういう佐奈は少し前かがみになってはいるものの、一人で歩いているし周りを見る余裕もできていた。少し嬉しそうな表情をしている。
「さっきまでの佐奈に比べたらかなり成長したね。アタシにずっとべったりしてたのに」
そういうと佐奈は少し恥ずかしそうに俯く。
「…だってホントに怖かったし。あとちーちゃん、ちょっと意地悪してたの私気づいてるからね」
バレていた。
「あーごめんごめん!佐奈の反応がちょっと面白くってさ。今度なんか奢るから許してよ」
「ホントに?じゃあ許してあげよっかな」
「ありがと〜!流石佐奈ちゃん!」
顔の前で大袈裟に手を合わせる。佐奈はふふっと笑みをこぼした。
と、そんな話をしているうちに村の端に近づいてきたのか、目の前の道に広がる草の背丈が高くなってきた。この先を道というには少し厳しいだろう。
「結局何も無かったね〜。丁度疲れてきたし、そろそろ帰ろうか」
「うん!よかったぁ、何もな────」
ガサガサッ、ヒュ、ゥゥオ!
突然、茂みの奥から音がした。奥だけでなく、手前や左右、アタシ達を中心にして一瞬。
「きゃあああ!何、なになになに?!」
叫びながらアタシの方へ突進してくる佐奈。少しよろめきながらもしっかりと佐奈を受け止めた。落ち着かせるために頭をなでる。
「…大丈夫、何か動物が通っただけみたいだよ。よく見えなかったけどタヌキみたいな影が見えたから」
アタシの腕の中でぐずる佐奈。かなりびっくりしたみたいで、鼻をすする音が聞こえた。
「そ、そんなにびっくりしたの?さっきまで余裕そうだったじゃん」
「だって…だってぇ…ほんとにびっくりしたんだもん…」
あまり会話になっていない気がする。
「…というか、ちーちゃんは、びっくりしてないの…?」
涙目で問いかけてくる佐奈。
「え?!あ、まあ、少しびっくりしたけど…そ、それよりも佐奈の叫び声の方にびっくりしたよ!」
「うぅ…ごめん…」
謝りながら佐奈は私の胸に顔をうずめる。正直言うと、アタシも結構ビックリした。タヌキみたいな影が見えたような気がしたのは嘘ではないが、一匹のタヌキ程度が出せる音と範囲ではなかった。群れが通ったと言わないと説明できないくらいである。いや、群れと言ったところで説明できるかも怪しい。
「…可愛いなぁ佐奈は!そ、それじゃ可愛い佐奈も見れたし、帰ろうか!」
「うん…帰る…」
振り返る。さっきまで通って来た道がまるで違って見えた。考え方だけで目の前の見え方がこうも変わるものなのか…。い、いや、たかがちょっと音が鳴っただけで、周りの景色は何も変わっていない!思い込みがちょっとだけ怖くしてるだけなんだ。実際、さっきまで余裕だったんだから、落ち着けば大丈夫…!────よし、佐奈を五体満足で家に帰す責任が、アタシにはある!
そう言い聞かせ、来た道を戻ろうとした時、ふと先ほどの茂みの方へ目をやると、一際明るく月に照らされた広場があることに気が付いた。この村に電灯などは無いし、ここまで明るいのならさっき来たときに気づくものだと思うが…。
「…ごめん佐奈。ちょっとだけ見たいものがあるんだけどいいかな?」
無言で首を横に振る佐奈。頭をグリグリと押し付けてくる。
「いや、ほんとに少しだけ。というか佐奈も見てみなよ。なんか…何と言うか明るい場所があるんだ」
明るい、という表現は違う気がして言葉に詰まった。しかしそれ以外に言葉が見つからない。道路に並んでいる街灯の光を明るいというのなら、その広場の光は『眩い』とでもいうのだろうか。光のヴェールがかかっている、とも言えるだろうか。他にも色々な表現を当てはめてみたが、どれもが少しずれていて足りない。というより、これを表現しようというほうが烏滸がましいのかもしれない。
先ほどまでの怖かった感情は消え、この光にアタシは魅了されていた。一体何なんだろう。
「なんか凄くキレイな場所があるよ、佐奈」
アタシに顔を押し付けている佐奈を見るが、体の輪郭を捉えられなかった。暗闇に慣れていた目が、その光を見たことでリセットされたのだ。元より月明かりで周囲が少し見えていたものの、それを遥かに超える輝きがその先にはあった。
一向に顔をあげようとしない佐奈を引き連れて、広場の入口らしき場所へ回り込み、その広場へ入る。
────圧巻だった。円形の広場を煌々と照らす月明かりは、今が夜であることを忘れさせるほどで、さっき見た光はその一部に過ぎないことを分からされる。周りを背の高い木々が囲み、草は絨毯のように整っていて、8本の松明が円を描くように等間隔に並んでいる。そしてその中心には背の高さほどの大きな円柱の石があり、その上に一人の少女が座っていた。
「すごい…」
素直な感想が出てきた。そんな言葉で済ませていいとは思わなかったが、それしか言えなかった。佐奈も異様な雰囲気を感じたのか、顔をあげてその情景を前に息をのんでいた。
圧倒される時間が続く。
「────って、なんか石の上に誰かいるんだけど!」
囁き声で佐奈に話しかける。佐奈はハッとして目をぱちくりさせた。
「だ、誰なんだろう…迷子なのかな…」
「いやどう見ても只者じゃないって!というかこんなところにあんな小さい子がいるわけないよ」
ここが心霊スポットであることを忘れているのか、佐奈はもう一人で立っていた。
「でも私達も二人でここに来てるし…もも、もしかしてお化け?!」
ここがどこか思い出したのか、急にアタシの腕を掴んでくる。
「違うでしょ、というかあれがお化けなら寧ろもっと出てきてほしいけど」
「やだやだ、お化けはやだよ...」
またさっきのように顔をうずめてきた。そんな佐奈は放って少女の方へ目を向ける。
見た目は小学校低学年くらいで、腰まで伸びた綺麗な銀髪に、白い着物と透き通るほどの衣が印象的だった。石に腰掛け、木々の間から見える満月を見上げていた。幼い顔からは連想できないほどの貫禄があり、とても迷い込んで来たとは思えない。その姿に魅了されていると、少女はこちらに気が付き、目が合った。
一瞬、体の主導権を取られたような感覚が襲い掛かる。別に、命の危険を感じたから動けないといったことでは無い。ただ、この光景を前に動き出すことを反射的に拒んだのだ。動いてるヒマがあるなら目の前のこの光景を目に収めたいといった感じだった。
しばらく少女と睨めっこしていると、少女が話しかけてきた。
「ねぇ────」
話しかけられると同時に、腕の中がビクッと反応した。佐奈は顔をうずめたまま、帰りたそうに広場の入口の方へアタシの体を引っ張る。
「あれには…月には何があるか知ってるか?」
中性的な、あるいは男と女の声が混ざった、まるで二人同時に発声したような声で少女は言った。アタシは佐奈の要求に逆らえず、じわじわと広場の中央から離れていった。少女は、アタシ達が広場から離れようとしている様子を見ると、興味が無くなったようにまた空を仰ぐ。
結局、その日はそのまま下山して家に帰った。帰り道はアタシがうわの空だったため、佐奈がアタシを引っ張って帰ったらしい。この村へ来た時とは立場が逆だった。
読んで頂きありがとうございました。
少し勘違いされそうなので補足を。ここの「かぐや」とは、竹取物語の「かぐや姫」をオマージュしてはいるものの、翁の「実の娘」です。竹から出てきた子とかではなく、普通の女の子という扱いです。




