第九話 止まらない配信
夕暮れの街。
神谷透と黒田蓮は無言のまま別れた。
「気を付けてください。」
蓮はそう言ったが、その足は自宅とは逆方向へ向いていた。
酒を買いに行く道だった。
透は止めようとした。
「蓮さん!」
しかし蓮は振り返らない。
まるで自分の意思ではないように、酒屋へ吸い寄せられていく。
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透も家へ戻った。
玄関を開けた瞬間、強い酒の香りが鼻を突く。
「……なんだ、この匂い。」
リビングへ入る。
机の上には、日本酒が一本置かれていた。
見覚えのない銘柄。
ラベルは古びており、銘柄の代わりに墨文字で一言だけ書かれている。
『献酒』
「誰が置いた……?」
鍵は閉まっていた。
窓も開いていない。
誰かが入った形跡はない。
それなのに酒瓶だけが机の中央に置かれている。
そして、その下には黒い模様。
昨日よりも複雑になっていた。
線が増え、円が重なり、人の顔のようにも見える。
透はスマートフォンを取り出した。
葛城梨央――民俗学者の連絡先を開く。
ミオから紹介された研究者だ。
電話をかけようとした、その時。
スマートフォンの画面が勝手に切り替わる。
ライブ配信 開始
「違う!」
まだ配信するつもりはなかった。
停止ボタンを押す。
反応しない。
カメラは自動で起動し、透の顔を映し始める。
視聴者数。
3人。
5人。
30人。
500人。
5000人。
数字は異常な速度で増えていく。
コメント欄が流れ始めた。
> 「始まった!」
> 「今日は何杯飲める?」
> 「頑張れ!」
その中に混じる、同じ名前。
百升ノ音
> 「席が増えた。」
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透はスマートフォンの電源を抜こうとした。
その瞬間、部屋中の照明が消えた。
真っ暗。
静寂。
数秒後。
パッ、と照明が戻る。
部屋の様子が変わっていた。
机の周りに、空の椅子が四脚並んでいる。
昨日までは一脚しかなかったはずだ。
「……誰が置いた?」
恐る恐る近づく。
椅子の座面は濡れている。
酒ではない。
水でもない。
甘く酸っぱい匂いがした。
その匂いを嗅いだ瞬間、頭の中へ映像が流れ込む。
暗い酒蔵。
泣き叫ぶ子ども。
「お父さん、帰りたい……。」
母親が子どもを抱き締める。
父親は必死に酒蔵の扉を叩く。
外から響く村人たちの声。
> 「百日耐えれば神がお救いくださる。」
> 「酒を飲め。」
> 「神へ返せ。」
映像はそこで途切れた。
透は床へ崩れ落ちる。
「これは……記憶?」
亡霊が見せたものなのか。
それとも、自分が幻覚を見ているだけなのか。
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その時、テレビが勝手についた。
ニュース番組だった。
アナウンサーが深刻な表情で原稿を読んでいる。
「速報です。」
「人気動画配信者・白石レナさんの行方は現在も分かっていません。」
画面が切り替わる。
レナの部屋。
警察が捜索している映像。
だが、その映像の奥。
誰にも気付かれない位置に。
着物姿の少女が警察官を見つめて立っていた。
透は立ち上がり、テレビへ駆け寄る。
画面を指差す。
「そこだ!」
しかし、次の瞬間には少女の姿は消えていた。
ニュースは何事もなく続いている。
画面の下には新しい速報が流れた。
> 『100日限界チャレンジ参加者、現在約3万人。』
透の全身から血の気が引いた。
「三万人……。」
一つの模様が。
一つの動画が。
一つの乾杯が。
今、この瞬間も新たな「席」を作り続けているのだった。




