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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第六話 百年前の写真

ビデオ通話の画面に映る古びた写真。


神谷透は思わず顔を近づけた。


「……これ、本物なのか?」


佐伯ミオは静かに頷いた。


「奈良県の山奥にあった廃村の資料です。」


「大学の民俗学研究室で保管されていました。」


透はもう一度写真を見る。


酒蔵の前。


村人たち。


中央に並ぶ五人家族。


父。


母。


長男。


長女。


そして、一番小さな男の子。


全員が無表情でこちらを見ている。


机には、黒い模様。


今、自分の机に描かれているものと寸分違わない。


「この家族は……?」


透が尋ねると、ミオは少し黙り、小さく息を吐いた。


「正式な戸籍が残っていないんです。」


「え?」


「村の記録からも名前だけが消されている。」


「存在したことだけは分かる。でも、誰だったのかは誰も知らない。」


透は眉をひそめた。


「そんなこと、あるのか?」


「普通ならありません。」


ミオは別の資料を画面に映した。


明治三十八年。


古びた新聞の切り抜き。


見出しには、


> 『酒蔵一家、忽然ト消ユ』




と書かれている。


記事のほとんどは墨で塗り潰されていた。


読めるのは最後の一文だけ。


> 「百日目、誰も帰らず。」




透は背筋が冷たくなるのを感じた。


百日。


また、その数字だった。



---


「それだけじゃありません。」


ミオは机から一冊の古い手帳を取り出した。


革表紙はひび割れ、紙は茶色く変色している。


「これは当時の巡査の日誌です。」


ページを開く。


達筆な文字。


> 一日目。




> 村長命ニヨリ一家拘束。




ページをめくる。


> 十七日目。




> 酒蔵ヨリ歌声ガ聞コエル。




さらにめくる。


> 四十三日目。




> 村人、夜中ニ乾杯ノ声ヲ聞クト言ウ。




七十九日目。


> 酒蔵ニ近付ク者、皆酒臭イ。




九十九日目。


文字が乱れている。


> 入ルナ。




> 酒蔵ノ扉ヲ開ケルナ。




最後のページ。


そこには、一文字だけ大きく書かれていた。


> 百日。




その下には、黒い染みが広がっていた。


インクではない。


酒でもない。


何か別の液体が染み込んだ跡だった。



---


透は画面から目を離せなかった。


「この巡査はどうなった?」


ミオはゆっくり首を振る。


「翌日、失踪しています。」


部屋の空気が重くなる。


その時だった。


ブツッ。


通話が乱れた。


ミオの映像が砂嵐になる。


ノイズの向こうで、誰かが立っている。


着物姿。


五人。


透は目を凝らす。


その中の父親らしき男が、一歩前へ出た。


画面いっぱいに顔が近付く。


青白い肌。


ひび割れた唇。


そして、酒のような赤黒い液体が口元から滴っている。


男は、ゆっくりと口を開いた。


「あと……九十四日。」


透は叫びながらノートパソコンを閉じた。


息が荒い。


心臓が痛いほど鳴っている。


しばらくして恐る恐る開き直す。


通話は切れていた。


ミオからメッセージが届いている。


> 「今の、見ましたか?」




透は震える指で返信する。


> 「見た。」




すぐに既読が付く。


しかし返事は文章ではなかった。


送られてきたのは一枚の写真。


ミオの研究室の机だった。


その机には、誰も描いていないはずの黒い模様が、ゆっくりと浮かび上がり始めていた。

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