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『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第一章 印を押した夜

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第四話 最初の失踪

朝七時。


神谷透はほとんど眠れないまま目を覚ました。


昨夜の出来事は夢だったのではないか。


そう思いながら床に落ちたスマートフォンを拾う。


画面には細かなひびが入っていたが、電源は入る。


通知は異常な数だった。


『白石レナさんがライブ配信を開始しました』


透はすぐに配信を開いた。


画面には、いつものように明るく笑うレナの姿が映っている。


「みんな、おはよー!」


「二日目も頑張ろうね!」


だが、その笑顔はどこかぎこちなかった。


目の下には濃い隈。


テーブルの上には、空になった酒瓶が何本も転がっている。


「昨日さ……。」


レナは急に声を潜めた。


「変な夢を見たんだよね。」


コメント欄が一気に流れる。


> 「どんな夢?」




> 「ホラー?」




> 「またネタ?」




レナは笑おうとした。


しかし笑えなかった。


「地下の酒蔵で……知らない家族と一緒にお酒飲んでた。」


透の心臓が跳ねる。


地下の酒蔵。


自分も夢で見た場所だ。


その時だった。


レナの表情が固まった。


視線が画面の外へ向く。


「……え?」


コメント欄にも異変が起きる。


> 「後ろ!」




> 「誰かいる!」




> 「振り向くな!」




レナは恐る恐る後ろを見る。


そこには誰もいない。


「やだ、みんな脅かさないでよ。」


そう笑った瞬間。


配信が突然切れた。


画面には、


『ライブ配信は終了しました』


とだけ表示された。



---


昼過ぎ。


SNSは大騒ぎになっていた。


「レナが消えた。」


その言葉がトレンド入りしていた。


事務所も家族も連絡が取れないという。


警察への通報。


ニュース速報。


部屋にはスマートフォンだけが残され、


机にはあの黒い模様が描かれたままだった。


透は血の気が引くのを感じた。


「まさか……。」


その時、一本の通知が届く。


『白石レナ 二日目』


投稿時間は、ついさっき。


「そんなはずない!」


震える指で動画を開く。


映っていたのは、レナの部屋だった。


机。


酒瓶。


黒い模様。


すべて昨日と同じ。


だが──


レナだけがいない。


誰もいない部屋で、酒瓶がゆっくりと持ち上がる。


見えない誰かが酒を注ぐ。


そして、誰もいないはずなのに、


「乾杯。」


と、複数の声が重なった。


動画はそこで終わった。


コメント欄は凍り付いていた。


> 「これ誰が投稿した?」




> 「乗っ取り?」




> 「怖すぎる……。」




> 「レナさん、どこ?」




その中に、一つだけ異質なコメントがあった。


> 「二人目が来た。」




投稿者名は、


百升ノ音


透はその名前を見た瞬間、全身に鳥肌が立った。


プロフィールを開こうとする。


しかし、画面には


「このユーザーは存在しません」


と表示されるだけだった。


その日の夕方。


透は机の前に立っていた。


「今日は……やめる。」


そう決意する。


だが、冷蔵庫の扉は、ひとりでに開いた。


日本酒の瓶が、ゆっくりと机の上へ滑ってくる。


そして、誰も触れていないグラスに酒が注がれ始めた。


コポ……コポ……。


部屋の奥から、五人分の声が響く。


「今日は、三日目。」

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