↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『百升ノ音(ひゃくしょうのおと)』  作者: こうた
第二章 増殖する印

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/27

第23話 酒の名前

八日目の朝。


神谷透は、目覚ましが鳴る前に目を覚ました。


部屋は暗い。


カーテンの隙間から、薄い朝の光が入っている。


喉が渇いていた。


ベッド脇の水を取る。


しかし、飲む直前に手が止まった。


昨日の出来事を思い出したからだ。


水まで酒の味がした。


恐る恐る口をつける。


――水だった。


透は安堵した。


「……今日は大丈夫か。」


その直後。


スマートフォンが震える。


画面には一件の通知。


«100日限界チャレンジ 参加者20万人突破»


たった一晩で、二万人近く増えていた。


透は数字を見つめる。


自分が始めたわけではない。


それでも、自分の名前がこの騒ぎの中心にある。


そして、その数字を見た瞬間――


なぜか少しだけ嬉しいと感じてしまった。


透は自分に嫌悪した。


「……何考えてるんだ。」


---


午前十時。


ミオが新しい資料を持ってきた。


「昨日の酒瓶について調べました。」


テーブルの上に瓶を置く。


古い茶色の瓶。


ラベルにはかすれた文字。


«神酒»


「これは日本酒の銘柄じゃありません。」


ミオが説明する。


「神様に供える酒を、一般的に御神酒と呼びます。」


「神社の祭礼などで使われるものです。」


蓮が瓶を眺める。


「普通の日本酒とは違うんですか?」


「酒そのものが特殊とは限りません。」


ミオは答えた。


「重要なのは、誰のために、どのように使われた酒なのかです。」


「酒は飲むだけじゃない。」


「捧げるものでもある。」


透は古い酒蔵を思い出した。


百個の酒樽。


亡霊たち。


そして、酒を飲み続ける自分。


「じゃあ……。」


透が言う。


「俺たちは毎日、酒を飲んでるんじゃなくて。」


「何かに捧げている?」


ミオはすぐには答えなかった。


「まだ分かりません。」


---


午後。


三人は、古い酒造家の資料館を訪れた。


そこには明治から昭和までの酒造りに関する資料が残されていた。


ミオは展示資料を見ながら説明する。


「日本酒は、米をそのまま発酵させるだけじゃありません。」


「麹が米のでんぷんを糖に変えて、酵母がその糖をアルコールに変える。」


蓮が感心する。


「一つの発酵の中に、いろんな生き物の働きがあるんですね。」


「そうです。」


ミオは笑った。


「昔の人が酒を『生きたもの』のように扱った理由の一つでもあります。」


透は酒瓶を見る。


「生きたもの……。」


その言葉が妙に引っかかった。


---


資料館の奥。


古い酒造帳が展示されていた。


ミオがページをめくる。


すると、ある記録で手が止まった。


«明治三十八年


奉納酒 百樽


酒見村へ搬送»


「……百樽。」


透の顔が変わる。


「酒蔵で見た数と同じだ。」


ミオはさらにページをめくる。


次の記録。


«奉納後、記録なし。»


その下に、後世の研究者が鉛筆で書き込んだ文字があった。


«「百樽は酒ではなく、人のために用意されたのではないか。」»


---


突然。


展示室の照明が消えた。


真っ暗になる。


蓮が声を上げる。


「停電?」


違う。


非常灯も点かない。


暗闇の中で、


どこからか酒の匂いが漂ってくる。


透の耳に、声が届いた。


«「一つ。」»


また声。


«「二つ。」»


さらに。


«「三つ。」»


誰かが数えている。


暗闇の奥から、


カンッ。


酒杯の音。


そして、


«「百。」»


照明が戻る。


展示室には三人しかいない。


しかし、


展示ケースの中に変化があった。


さっきまで空だった古い酒杯。


その中に、


透明な液体が一杯だけ入っている。


ミオが青ざめる。


「触らないで。」


透は頷いた。


酒杯の横に、小さな説明札がある。


そこには、


「奉納酒用 明治期」


と書かれていた。


しかしその下に、


見覚えのない文字が浮かんでいた。


«八日目の一杯。»


---


その夜。


透は自宅で配信を始めた。


八日目。


机。


模様。


酒。


カメラ。


しかし、今日は違った。


透は酒を飲む前に視聴者へ話した。


「このチャレンジには、昔から続いている何かがある。」


コメントが一気に流れる。


«「怖い」»


«「設定?」»


«「続き気になる」»


«「飲め!」»


その最後の言葉が大量に増える。


飲め。


飲め。


飲め。


透は画面を見つめる。


その瞬間。


コメント欄に、知らないアカウントが現れた。


百升ノ音


«「酒の名前を知りたい?」»


透の指が止まる。


続けて表示された。


«「名前は、まだない。」»


«「だから人間が名前をつけた。」»


«「神酒。」»


«「御神酒。」»


«「奉納酒。」»


そして最後に――


«「百日目には、別の名前になる。」»


配信画面が突然暗転する。


しかし音声だけは残っていた。


透の声ではない。


子どもの声。


«「僕たちは、それを知ってる。」»


画面が復旧する。


机の上の酒瓶を見る。


ラベルが変わっていた。


そこには今まで存在しなかった文字が浮かんでいる。


«「生贄酒」»


透は、初めて酒そのものに恐怖を感じた。


そしてその夜から、


彼の身体にも、少しずつ変化が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。